それはいつもの帰り路
唯「ふわぁ~あちぃ…あずにゃん、アイス屋さんよっていこうよぉ!」
梓「先輩…昨日も一昨日も同じこと…」
唯「暑は夏いからアイスを愛す、そんな私は貴方に熱中症患者♪」
梓「何言ってるん…」
梓「あ…」
唯「どしたの、あずにゃん
唯と梓が、ふと、立ち止まったのは、
ちょっとした街角にはよく見掛けるような古本屋。
唯「ど~~したのぉ?あずにゃん??」
梓「先輩、少し寄っていきませんか?」
古本屋に入ると案の定無愛想なご主人。夕刊に夢中の様子。
唯「うわっ…むっずかしいほんばっか…」
梓「先輩…」
梓「お邪魔しまーす。」
店主「…」
店主「ん?」
店主「あずさちゃんか!」
途端に店主の顔が綻ぶ。
梓「小父さん、久しぶりです♪」
店主「○○は元気にしてるかい?」
唯(○○…確かあずにゃんのお父さん…)
唯は数週間前に会った梓の父親を思いだす。
唯(ねえねえ、)
梓(はい?)
唯(このおじさん、あずにゃんの伯父さんなの?)
梓(いえ、親戚の伯父さんじゃなくて…お父さんのお友達なんです。)
店主「あずさちゃん!友達じゃなくて、腐れ音楽仲間だから!」
そう言う店主は梓の父親よりほんの数年年かさに見える。
けれど、きっと親しい関係に違いない。
梓を見る目が、ほんとに優しいから。
唯(本がたくさん…)
梓「通りかかったんで、ちょっと寄って見ました♪」
店主「そっかそっか!」
店主「相方はお友達かい?」
梓「友達というか…部活の先輩です。」
店主「へぇ、そっかそっか…」
唯(私には一生縁のなさそ…な…)
唯「あ…」
人と『本』との出会いは偶然と好奇だ。好き嫌いと直感がよく横顔を差し挟む。
けれど…
唯「あ…」
唯「あべすた。」
梓「はい?」
店主「『アヴェスター』か。完全版の奴だね。
日本語じゃあ、古層アヴェスターから新層まで…」
店主「残ってるやつが全部翻訳されてるのはそれだけだ。」※
※脚色です。実際には存在しません。
梓「なんなんですか?それ?」
店主「旧約聖書あるだろ?簡単に言うとアレに近い本だ。」
店主「神の言葉と予言者の言葉がごっちゃになってる…」
梓「キリスト教の本ですか?」
店主「うんにゃ。アーリヤ人の古い宗教だ。」
梓「?」
唯「あべすた…」
唯「…あべすた。」
唯は数分冊に分かれている、アヴェスターの一つを手に取る。
そのとき。
周辺の音が甲高く反響して、暗くなり明るくなる。
『双子。』
唯「え?」
『時間は双子を孕んだ。』
唯「…」
『時間は双子を産んだ。』
唯「…」
『私はそれを見る。』
唯「…」
『私は双子のためにある。』
唯「…」
『私はやがて来る。』
唯「…」
梓「せんぱい?」
唯「あうっ。」
梓「?」
店主「?」
唯「あれ?」
梓「せんぱい…大丈夫ですか?」
店主「いやいや、あずさちゃん。馬鹿にしちゃいけない。」
店主「『本』との出会いなんてそんなもんだ。自分の世界を好奇心が突き破ってさ、
その人を一瞬にして、どっかに連れてくんだよ。」
唯「一瞬?」
店主「先輩さん?」
唯「ボケッ…」
梓「せんぱい!」
唯「うん?」
店主「ほしいのかい、それさ。」
店主「あべすたー。」
唯「…」
唯「ほしい…かも。」
店主「…」
店主「じゃ、一冊百円でいいさ、もってけな~!」
梓「え!?いいんですか!?」
店主「ああ。ついでにバンヴェニストの解説本もつけるぞ。」
梓「そんな…悪いですよ!」
店主「いいんだって!さっき言っただろ、本と人は…」
唯「…」
唯は譲ってもらった本を紙袋に入れてもらい、引きずるようにして家に持ち帰った。
唯はそれから貪るように読み始めた。
読み始めた?
後になって覚えれば、両親まで伝った『神の種』が発芽して、栄養を求めたような。
けれど、ギー太を愛でることも欠かさない。
アフラの王もデーウァの君も、音楽をもまた愛するから。
軽音部部室
唯「ふぁぁ…」
律「眠。」
澪「お前ら…」
和「唯たちの担任、私に直接文句言ってきたわよ…」
和「二人とも弛みすぎだって。」
律「どぅわってもうすぐ夏休みなんだもーん!」
澪「律、講習受けないんだって?」
律「今年も遊び倒すぜ!」
澪「…」
唯「ふぁ…ぁ…」
ドサッ
和「!」
和「唯、最近よく読んでるわね、その図象の本。」
紬「図象?」
紬の目に入ったのは、唯の読んでいる古い本の、
羽根(翅?)をもつ人間を象った一種のマーク。
紬(あれ?あのマーク…)
紬(…)
律「おいおい…ゆいちゃんまでお受験対策ですかぁ…」
唯「ん~?」ペラペラ…
梓「ゾロアスター教の『きょうてん』だそうですよ。」
律「ゾロアスター教?なんだそれ?RPGに出てきそうな響き。」
澪「世界史でちらっと出てきたろ…」
梓「確かずっと昔に絶滅したとかって…」
和「あずさ、確かイランやインドにはまだ残ってたはずよ、いわゆる信者が。」
梓「そうなんですか…」
律「じゃ、何か?唯もゾロアスター教徒になったってか?」
唯「うん。」ペラ…ペラ…
律「へ…」
梓「え…」
唯「…」ペラ…ペラ…
律「えっと…私の又従兄弟がさあ…例の『しゅーきょー』に捕まって脱会させるのに…」
紬「日本人では一人もゾロアスター教徒はいないはずよ。」
紬「たしか、師資相伝ならぬ親子相伝で。基本的に異教徒が改宗するのは無理らしいわ。」
和「紬、詳しいわね。」
紬「お父さんのお友達にインドの方がいらしてね、昔ちらっと…」
紬(…)
紬(それに、あのマーク…)
澪「唯は何かに夢中になると…つきっきりだからな。」
律「…唯よ、面白いんかそれ?」
唯「面白いよ~。」ペラ…ペラ…
律「どんな内容なんだよそれ?」
唯「ん~?」
唯「せかい、かな。」
律「はあ?なんだその中二病的な…」
唯「基本はザラシュストラの生き方と言葉、神様への『うた』だよ。」
律「ざ、ざら…なんだそれ…」
唯「ゾロアスターはザラシュストラとも読むんだって。
昔のイランの言葉はわかんないからどう読むかしんないけど…」
唯「でも、言葉の後ろには神様がいるでしょ。」
律「…(こりゃ重症だ…)
澪「ゾロアスターって予言者、だよな?」
梓「預言者?」
唯「『ふわるなふ』を受けた人の子として『しゅっぴたーま家』に生まれたひと。」
律「あの…ゆいさん?ふわるなふって…」
唯「『ふわるなふ』は神様から溢れる光。
キリストさんの頭に付いてるのとか天使の『わっか』、だよ。」ペラ…ペラ…
律「…」
澪「イエス・キリストまで出てくるのか、その本?」
唯「出てこないけど、お話の筋は少し似てるかな。」
澪「そ、そうなのか…」
唯「『さおしゅやんと』っていう人が現れて、デーウァの君と、その配下を全て滅ぼして、」
唯「アフラの王が、『あむしゃすぷんた』、『やざだ』たちのもと、
治める正しい世界が来るんだって。」
唯「『あむしゃすぷんた』も『やざだ』も天使みたいなものだよ。」
和「いわゆる善と悪の戦いね。」
唯「うん。」
唯「『めーのーぐ(精神的なもの)』と『げーてーぐ(物質的なもの)』の。」
唯「けどね、間違って考えてるんだ、今のマズダー教徒は。」
唯「ザラシュストラもぺるしあ王の『まご(祭司)』たちの考え方も…みんな結構間違ってる。」
唯「…」
唯は一瞬、哀しそうな顔をした。
和「どういうこと?」
唯「今日はおしまい!おしまい!アイス食べにいこ!」
律「プッ…それでこそ唯だな!」
和「そうね…。今日は私も一緒に行くわ。」
澪「はあ…」
紬「…」
最終更新:2012年09月23日 00:02