…………――



律と私はゆったりとした座り心地のいいソファに座った。


律「梓は元気にしてるか?」

澪「ああ。HTTで活動していた頃とはまるで別人だよ。よく笑うんだ」

律「普段からよく笑ってたと思うけどなぁ」

澪「う~ん……なんていうか、自分のために笑ってる感じかな」

律「今までは他人のために笑ってたのか?」

澪「梓は元々気を使うタイプだし、少なからずそういう所あったと思うけど」

律「私はそうは思わないな。笑いのツボが変わったとか、熟女の艶めかしさを身に付けたとか、そんなとこだろ」


律は嬉しそうに言った。


澪「だいぶ単純な分析だけど、あながちハズレでもないかも。梓のロリ熟女っぷりは中々そそるものがあるし」

律「お前、梓のことそんな目で見てたのかよ……」

澪「ち、違うぞそれは! ただ世間一般的に見て梓は良い歳の取り方をしたという話で……」

律「冗談だよ」


律が笑って、私は恥ずかしくなって、そして少し笑った。



この5年間、私は変わろうと努力した。

HTTがなくなっても、律がいなくても一人で生きていけるように。

けれどそれも、所詮やせ我慢していただけだったのかもしれない。

律とこうやって話すことができて、私の中の張りつめていた何かが

ゆるやかに落ち着いていくのが分かった。


澪「……律がいない間、私も変わろうと努力したんだ。

  梓みたいに結婚して、人並みの幸せを手に入れなくちゃって、

  自分の中にある放課後ティータイムを忘れようとしたさ」


私は一息ついて、律を見た。

律は黙って私の言葉に耳を傾けている。


澪「でも無理なんだ。過去の私を否定する勇気なんて、私にはなかった。

  放課後ティータイムはもう昔のことで、今の私には関係ないんだって、

  どれだけ自分に言い聞かせても、怖くてそれを認められなかった。

  私はとても弱い存在なんだって気が付いたよ」

律「……澪だけじゃない。私も、唯も、ムギも、梓も……

  私たちは弱いんだよ。そんなの分かり切ってたことだろ?」

澪「私たちは弱くて、脆くて、誰かに守られないと生きていけなかった。

  だからこそ、かつての私たちは信じられないくらい美しかったんだと思う」

律「そうだな……。昔は良かった、なんて言うつもりはないけど

  あの頃は確かに全部がうまくいってた。私たち自身も、私たちを取り巻く環境も……」


いつからだろう。

私たちのやりたいことと、私たちに求められていることがずれていったのは。


澪「外の世界は、私たちにとっては取るに足らないちっぽけなものだと思ってた。

  でも、その世界が私たちを守ってくれていたと知ったのはずっと後になってからだった。

  結局、私たちは外の世界によって守られ、そして破壊されたんだ」

律「…………」


私たちは純粋な空気の中でしか生きられない。

そして私たち自身の中にある純粋さは、自分たちの手で最後まで大切に扱ってきた。

私たちのうち一人でも欠けると崩れてしまう、とても複雑で分かりやすい構造の、見えない形を。


澪「私には律と唯とムギと梓がいないと駄目なんだ。

  放課後ティータイムを捨ててしまったら、私が私でなくなる。

  私たちがやってきたことを否定したら、今の私も死んだも同然なんだ」

律「放課後ティータイムがやっていきたことは間違いじゃなかったと思う?」

澪「間違ってなんかない」


口にした言葉は、自分の声とは思えないくらい力強かった。


澪「私たちはずっと正しいことをしてきたはずなんだ。

  今日、律に会ってそれがよく分かったよ。

  後悔なんてする必要ないんだ。だから私は――」


私の心にあった暗い影は、いつの間にか綺麗に消えてなくなっていた。

急に世界が眩しく輝いているように感じられた。

とても懐かしい光りが、内側から溢れるように私の心を満たした。


澪「だから私は、受け入れるよ。

  唯が殺されたのも、ムギが死んだのも、全部正しいことだったんだ。

  私は変わることができないし、変わっちゃいけない。

  誰かのために生きるんじゃなく、放課後ティータイムのために生きなくちゃならない。

  それは私自身のためでもあり、最後に残された希望でもあるんだ」


律「……本当にそれでいいのか?」


律はどこか遠くを見つめながら言った。

それはまるで私の決意を先へ導いてくれているような言葉であり、

あるいは死に際の人間が最後の別れを告げる時のような言葉でもあった。


澪「唯とムギなら、私のこのバカげた決心も許してくれると思う。

  二人の気持ちを無下にしてしまうことになっても、それは二人のために必要なことだから」


私の中にいる唯とムギは、笑っていた。

一点の曇りもない澄みきった青空のような、心地良い感覚。

だけど一つだけ、空っぽの存在がその景色を不完全なものにしていた。



澪「…………梓はきっと、こんな私を軽蔑するだろうな。

  今の梓はもう過去の梓じゃなくなってしまった。今の梓は私の中に含まれていない。

  だから私は放課後ティータイムの梓だけしか受け入れられない。

  それはとても悔しいし、残念なことだと思う。

  でもそうしないことには、私は救われることができないんだ」

律「梓は梓の道を行くさ。大事なのは忘れないことと、諦めることだ。

  今の澪ならそれが出来る。そうだろ?」

澪「律と一緒なら……なんだって出来るよ」




律は背伸びをするように立ちあがった。


律「行こう」


私に手を差し伸べる。

私は律の手を握る。



律と一緒ならなんだって出来る。

私にはもう怖いものなんてない。

ふわり、と体が宙に浮いた。


…………。

…………。






――――続いてのニュースです。今朝、放課後ティータイムの元メンバー秋山澪さんが
自宅マンション下で死亡しているのが発見されました。部屋など荒らされた形跡はなく、
検察は飛び降り自殺とみて現場周辺を調べています。遺書などは見つかっていません。
秋山さんはバンドグループ「放課後ティータイム」が解散した後、音楽業界を引退して
しばらくメディアに登場していませんでしたが、突然の死亡に大勢のファンからは戸惑
いと悲嘆の声が叫ばれました。平沢唯さんの衝撃的な事件から10年余、当時社会現象を
巻き起こした同バンドグループですが、メンバーの相次ぐ死去により残ったのは田井中
律さんと中野梓さんの2人だけとなりました。うち田井中さんは5年前に行方不明とな
り未だ所在は分かっていません。秋山さんの通夜は今夜行われ、告別式には――――





おわりです。
稚拙な駄文でお目汚しすいませんでした。