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あれから数日後、私は何とか律のおかげで学校に通っている。

相変わらずイジメは続いているが、どうにか律のおかげで耐え抜いている。

だが、やはりあの日の出来事が私の生活に影響を与えているのは事実だった。


澪母「ねぇ澪、そろそろ正直に話してくれないかしら?」

澪「何でもないよ…いいからほっといて…」


感づかれるのは当たり前の事だったのかもしれない。

私が制服やスカートを勝手にクリーニングに出したのだ。

本来それはママがやるべき仕事であって、ママが私を心配するのも当たり前だ。

でも、パパやママにはあの日の事は絶対に知られる訳にはいかない。

恥ずかしかった、軽蔑されると思った。


ママは溜息混じりに相槌を打つと、私に背を向けて食器を洗っていた手を再び動かした。

最近はずっとこんな調子だった。

私が心配させまいと口をつぐむと、ママは逆に不安感に苛まれていく。

最悪の悪循環だ。


できればママともパパとも顔を合わせたくない。

私は二人に気取られずに玄関で靴を履くと、こっそりと家の外へ出ていった。

二人が眠る時間に戻れば大丈夫、最近は私の部屋に近寄ろうともしないのだから…。




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ブランコに乗ったまま携帯を開くと、既に時刻は深夜の一時半だった。

溜息を吐いて公園を後にし、ふらふらと歩いていると。


澪「あれ?…」


見慣れた人影が足早に路地に入っていくのが見える。

私も後を追って恐る恐る、路地に足を踏み入れた。


あれは間違いなく律だ、でもこんな場所で何を…。

その時。


「ひ、ひぃぃぃぃぃぃいいっ!!」


曲がり角から若い男が飛び出してきた。

慌てて私は物陰に身を隠す。


顔を半分だけ出して覗くと…。


澪「っ!!……あの人……」


間違いない、私を犯した男子生徒だ。


「か、か、勘弁してください!!ど、どうしても我慢できなかったんですよ!!」


ここからは見えない誰かに、少年は叫んでいた。


「勘弁しろだぁ?どの口がそんな事言ってんだ…」


この声って…。

曲がり角から姿を見せたのは、紛れも無く…。


律だった。


まさか…私のために犯人を見つけ出して、こらしめようとしているのだろうか。

固唾を飲んで見ていると、少年は恐怖で顔を引き攣らせたまま言った。






「だ、大丈夫ですって!!田井中さんがイジメを仕切ってるとか、そういう事は一切言ってないですからっ!!」




……。


…………。

……えっ?。


……あれ?。



今……何て言った?。



律「言ってんじゃねぇか!今ここで!」


律の足が少年の顔面を蹴り飛ばす。


うずくまる彼の体を蹴りつけながら、律は忌ま忌ましそうに罵声を浴びせる。


律「私はちょっと怖がるぐらいの悪戯をしろって言ったんだよ!誰がテメェの汚いイチモツを突っ込めなんて言った!?澪を私だけのものにするために何ヶ月も前から計画して、クラスの連中使って、


やっと澪をあそこまで追い詰めたんだぞ!後少しで…後少しで手に入ったのに!それを勝手に汚しやがって!テメェは死ね!今すぐ殺してやる!聞いてんのかテメェェェっ!!…」



……嫌。


……嘘。


…いやだ…うそだ……。



そこから先、私はどうやって自分の家に戻ったのか覚えていない。





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下駄箱を開くと、私は上履きを履かずに、そのまま軽く振った。

予想通り、相変わらず画鋲を上履きに入れるなんていう古典的な悪戯がされていた。


もう、何も感じない。


だって、こうするように仕向けたのは律なんだろ。


画鋲を放り捨て、上履きを履いてトイレへと向かう。

用を足す訳でもなく、鏡に写ったボロボロの私の顔を見つめた。


肌はやつれ、目には隈が出来ていた。

昨夜は一晩中眠れず、放心したままボンヤリと部屋の天井を眺めて夜明けを迎えた。

泣きたい筈なのに、もうどの時点で泣いていいのかすら分からない。


それほど私は律を信頼していた。


トイレから出ると、そのまま力無く教室の戸を開けた。

委員長「あらあら、秋山さん、今日は一段とみすぼらしいわね!ひょっとして田井中さんにまで見捨てられたのかしら?」

既に教室に来ていた律が、再び怒りの形相で委員長に食ってかかる。


普段なら、頼もしい律に感謝しているところだ。


でも、今はその様子があまりに滑稽で、思わず吹き出してしまった。


澪「ふふっ…あははは……」

委員長「な、何よ…突然……」


委員長はもちろん、律も笑い出した私を見て唖然としている。

そんな事に構わず私はひたすら笑った。

大声で笑った。


この茶番が可笑しくて。


今まで律を信じてきた私がバカらしくて…惨めで。


笑いながら泣いた。


律「お、おい!しっかりしろよ、澪っ!…」


私の肩に律の腕が伸びてきた。


力一杯、それを叩いた。


律「っ!?……み、澪……?」


澪「触るな……私はお前のお人形じゃない……」


その一言で律は私が真実を知ったと気付いたようだ。

目を白黒させ、何かを言おうと口をパクパクと動かす。


教室中がざわめき、そして所々に律を蔑む声も混じり始めた。


「あっちゃー、ヤバいんじゃないの?田井中さん…」

「自業自得よね…私達だって正直、脅されてやってたんだもの」

「あはは、見てよ…田井中さん、泣いてる~」


イジメの終わり方は二つある。

一つはイジメをする側が新しいターゲットを発見した時。

もう一つはイジメを仕切っていた人物が見限られた時。


そして後者であった場合、見放されたその人物は間違いなくイジメを受ける側となる。

どちらにしても、この学校という社会の中で人間は常に誰かを群から弾きたがる。


気が付けば律は腕を抱えて膝をつき、目に涙を溜めて嗚咽を漏らしていた。



孤独になった彼女を囲み、敵となったクラスメイト達はかつて私に投げ付けていた言葉をそのまま律にぶつけていた。


しかし、律の目には恐らくクラスの連中など映ってないだろう。

顔を上げると、律は縋るような目を私に向けてきた。


私に嫌われた事が、何よりもショックだった様子だ。


痛々しいその姿に、胸の奥がチリチリと痛んだが私は彼女を許す気などにはなれない。


私はこの、親友だと思っていた女のくだらない独占欲で虐められ、あまつさえ犯されたのだ。

あの日の悪夢は忘れた事もない。

衣類を剥がされ。

体中を触られ。


将来、来るべき日に破られるそれを面識すらない男に勝手に破り捨てられた。


私は小さく鼻を鳴らすと、律に背を向けて自分の席に着いた。

その時、場の空気を理解したらしい委員長が視界に入る。

彼女は他のクラスメイト達とは違った目で律を見ていた。


頬を赤らめ、潤んだ瞳で彼女を見つめ、笑っていた…。



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