澪「いや……でも……」

さわ子「せっかく、楽器も買ったんだし本気でやりなさい! 私も教えるから!」

紬「本当ですかっ!?」

紬が目を輝かせて尋ねた。その後ろで唯も目を輝かせていた。

さわ子「もちろんっ!」

唯紬「やったーっ!!」

澪「そんなこと勝手に……」

二人は喜びのあまりその場で飛び跳ねた。話が勝手に進んでいくので澪は腕を彷徨わせた。

さわ子「あなたたちいつも依頼が無くて暇なんでしょ? だったら教えてあげるわよ!」

澪「うっ……」

悔しいことだが反論できなかった。澪は胸に槍を突き刺された気分になった。

さわ子「まずは衣装からね!」バッ

さわ子はどこからともなく衣装を取り出した。そして、不気味な笑みを浮かべながら、ジリジリと澪に詰め寄った。

さわ子「ウェヒヒヒヒ……!」

澪「ひっ!?」

さわ子は澪に襲いかかった。澪は恐怖のあまり身動きがとれずすぐに捕まってしまった。

ガチャ

純「打ち合わせに!」

純「来ました……」

事務所に入ってきたのは純と梓だった。しかし、上半身が下着姿の澪とそれを襲うさわ子を見て、二人は顔を真っ青にした。

純「えーと……間違えましたっ!」

バタンッ

澪「間違ってないよっ!」

事務所には澪の叫び声が虚しく木霊した。


~~~~~

純「ほんと、驚きましたよ」

紬「ごめんね、驚かせちゃって」

紬が非礼を詫びながら二人にティーカップを並べた。

梓「どうもすいません」

さわ子はあの後、即刻事務所を追い出された。

澪「……今日も遊びに来たの?」

澪は相変わらず、頬杖をつきながら純に尋ねた。それに純は笑顔で答えた。

純「違いますよ! ミーティングですよ!」

純「そうだよね、梓?」

梓「う、うん……」

梓はその場をごまかすために紅茶を一口啜った。

澪「ミーティング……」

紬「そうだっ! 二人共、早速純ちゃんと梓ちゃんに教えてもらったら?」

唯「そうだね! そうしようよ、澪ちゃん!」

澪「う、うん……」

純「何でも教えますよ!」

澪は自分の机の上に置いておいたベースを取りに向かった。

その時、背後からこの建物の階段を登る音が聞こえた。他のメンバーも扉の向こうを見つめた。すると、大きな叫び声が聞こえた。

「あきやまーっ! ここにいるのかーっ!?」

澪「えっ……」

梓「澪さんのことですよね……?」

梓が不安そうに澪の顔を見た。澪は黙って何度も頷いた。

紬「今度は何かしら……」

声はだんだんと大きくなり、明らかに近づいている。
紬は扉へと向かった。四人は息を呑んで紬の背中を見つめた。

ガチャッ

「秋山ー!秋山ってやつはいるかー!?」

紬がドアノブに触れる前に扉が開いた。カチューシャを着けた女性警官が中に入ってきた。紬は口元に手を当てながら、傍に退いた。女性警官は真っ直ぐに澪の元にやってきた。

澪「ど、どうしたんですか……?」

「秋山とかいう探偵はどこだっ!?」

澪「私ですけど……」

「へ?」

「お、女……?」

澪がおずおずと答えると、女性警官は目をまん丸にして動かなくなった。

突然、事務所に入って高圧的な態度を取り、勝手に目を丸くして動かなくなる図々しさに澪はムッとした。

澪「どこのどなたですか?」

律「私は警察官の田井中律!」

律は警察手帳を澪に突きつけた。澪は律の勢いに押されて、一歩後退した。

唯紬「警官……?」

澪「警官が何の用で……」

律「今日来た理由はお前に会いに来たんだっ!」

律「……ところで名前は?」

澪「秋山澪……」

律「そっ、秋山澪さんに会いに来たって訳ですよ」

澪「どうして私に……」

澪は上から下まで律を見た。こんな声の大きい警察帽子も被っていないような大雑把な警察がどんな理由で来たのかはさっぱり見当がつかなかった。

律「えー会いに来た理由は……」

律「平沢憂ちゃんって知ってるだろ?」

澪「う、うん……」

律「この間、私の務めている署でその子からストーカー被害の相談があったんだ」

澪「!!」

澪はドキリとした。律の肩越しに唯を見ると唯は目を丸くしていた。

律「で、大体想像がつくように警察は取り合わなかった」

律「けど、私は個人的に憂ちゃんの相談に乗った」

律「相談を受けた後にストーカー対策についてあれこれやったんだ」

律「そして先日、憂ちゃんに連絡してみると、解決したって言うから驚いたんだ」


~~~~~

律『もしもし、憂ちゃん?』

憂『律さん? どうしたんですか?』

律『ストーカー対策の作戦思いついたんだけどさっ!』

憂『あっ!』

律『どうしたの、憂ちゃん?』

憂『すいません……連絡するの忘れていました……』

憂『もう解決したんです……』

律『へ?』

憂『私の姉が務めている探偵事務所が解決してくれました』

律『あ、あぁ……そうなんだ……』

律『いやぁー! よかった、よかった!』

憂『ご迷惑お掛けして申し訳ございません……』

律『いや、いいんだよ! 解決したならそれで!』

憂『ありがとうございました、律さん!』

律『うん、これからも気をつけてね!』

憂『はい、それじゃあ……』

律『あ、そうだっ!』

律『その探偵事務所の名前教えてくれない?』

憂『名前ですか? “秋山探偵事務所”ですよ』

律『秋山探偵事務所……』


~~~~~

律「それから憂ちゃんにこの事務所のことを教えてもらってここに来たんだ」

律「どんな奴が事件を解決したのか気になってさ」

律「まぁ、女だとは思ってなかったんだけどな!」

澪「…………」

律は言い終えてから腕を組んだ。澪は黙ってそれを見ていた。梓と純はハラハラしたように澪と律を見つめていた。

律がふと横を見るとベースが目に留まった。

律「あれ? ここって探偵事務所だよな?」

律「何でベースがあるんだ?」

律がベースを指差すと澪は再びドキリとした。理由は定かではないが、律に欠点を指摘されるのはどこか不愉快だった。

唯「私たちバンド組んでるんだ!」

律「バンド?」

唯「うん!」

唯は両腕を広げて嬉しそうに言った。

律「へぇー……私も昔ドラムやってたんだ」

澪紬梓純「!!!!」

唯以外の四人が“ドラム”の言葉に大きく反応した。反応は律にも伝わったようだった。

律「ど、どうしたんだよ……」

梓「実はウチのバンド、ドラムがいなくて……」

律「え?」

梓「だからその……ドラムをやってくれる人がいないかなぁ……なんて……」

律「あー……」

律は少し困った表情で頭を掻いた。澪は複雑な心境だった。

律「ごめん、できるかわからない……」

律「また考えとくよ!」

梓「そうですか……」

梓は少し落胆したようだった。澪は残念だったのか自分でも判断できなかった。

律「いてっ!」

紬「どうしたの?」

律「いやー今朝ドジ踏んで紙で指切っちゃってさ……」

紬「まぁ!」

律が人差し指を見せると薄っすらと傷口が見えた。

澪「うわああああぁっ!」

律「え?」

澪は突然大きな声を上げてその場にしゃがみこんだ。一同は呆然として机の影に姿を潜めている澪の方を見た。唯が心配そうに駆け寄った。

唯「どうしたの、澪ちゃん?」

澪「痛い話はダメなんだよぅ~……」

澪は涙目で答えた。ブルブルと震えている澪を見て、律はあるアイデアが閃いた。律は澪と唯の元へ歩いた。

律は震えている澪の正面にしゃがみこんで指を差し出した。

律「あーっ!? 指から血が出てきたーっ!」

澪「ひっ……!」

律「うわーっ! 大変だぁーっ!」

澪「ひいいいぃっ!!」

律「血がドバァーっと! 失血死しちゃうよーっ!」

澪「っ……!!」

プツンッ

澪の恐怖が限界点を大きく超えた。澪の中で何かが音を立てて切れた。

澪は顔を俯けたまま静かに立ち上がった。律はいきなり立ち上がった澪を呆然と見上げた。澪の顔の様子は前髪で隠れて窺えなかった。澪は無意識の間に拳を握り締めていた。そして、握り締めた拳を頭上へと翳した。律の笑顔が引きつった物に変わった。そして、澪は全力で拳を振り下ろした。

ゴンッ!

律「あたっ!」

鈍い音が事務所に響いた。

澪「はっ……!」

澪は我に返って自らの拳を見つめた。下を見ると律が頭を押さえて蹲っていた。

澪「あ、あの……」

律「…………」

澪「だ、大丈夫ですか?」

澪は思わず辺りを見渡した。唯は緊張した面持ちで澪を見つめ返した。紬は口元を手で覆っている。

澪が律の肩に手を添えようと腕を伸ばした瞬間、律が素早く立ち上がった。立ち上がると同時に澪を指差して睨みつけた。

律「秋山澪! 公務執行妨害罪で逮捕するっ!」

澪「えーーーーーーっ!!!!!」

律「署まで来てもらおうか」

澪「そんな……」

唯「澪ちゃん……」

唯が憐れみの込もった瞳で澪の顔を見た。梓と純は身を寄せ合って事の成り行きを見ていた。
澪はこれからの自分を想像すると、ガタガタと体が震え始めた。

律「ぷっ……」

律は放心状態となっている一同を見て吹き出した。

澪「え……?」

律「はははははっ! 逮捕なんて嘘だよ、嘘!」



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