唯「どうしたの、ムギちゃん?」

紬「ストーカーを捕まえる方法が思いついたかも……」

澪「えぇっ!?」

唯「聞かせて! ムギちゃん!」

唯はテーブルの向かい側にいる紬に身を乗り出した。紬は三人の顔を見てから頷いた。

紬「あのね……」


~~~~~

紬「どうかな……」

紬が話し終えると憂は下を向いて俯いた。紬は静かに三人の様子を窺った。

澪「…………」

唯「私はそれでいいよ」

憂「でも、お姉ちゃんが……」

唯「大丈夫だよ!」

唯は乗り気でない憂を制するように強い口調で話した。そのまま唯は澪の顔を見つめた。澪は決断を迫られた。

澪「……わかった、それでいこう」

澪は目を閉じて小さく息を吐いた。唯は大きく頷いてから拳を握りしめた。

澪「明日決行しよう」





翌日 平沢家

決行当日は雲の無い明るい夕方だった。オレンジ色の夕焼けがその日の終わりを告げ、夜に近づこうとしていた。
一同はテーブルを囲うようにして座っていた。

澪「一応持ってきたよ」

澪は机の上に鞄を置いて、中から防犯グッズを取り出した。

唯「私も準備できたよ!」

唯は憂の隣に座った。唯は髪をリボンで結び、ポニーテールにしていた。その姿は憂と瓜二つだった。梓と純は口を開けて二つの顔を見比べた。

純「憂と唯さんって本当に双子じゃないんですか?」

梓「全然見分けがつかない……!」

紬「これで準備万端ね!」

澪「あぁ……!」

今日は唯と紬だけでなく澪も気合が入っていた。ふと憂の顔を見ると、笑っていた。やはり、泣いている憂の姿は見たくない。

澪「よし、いこう!」

唯紬「うんっ!」

澪が立ち上がると他の全員も立ち上がった。表情は真剣そのものだった。

憂「はい、お姉ちゃん」

憂が唯に買い物袋を手渡した。唯は買い物袋を受け取り、憂の顔を見つめた。

唯「じゃあ、行ってくるね!」

憂「気をつけてね! お姉ちゃん!」

唯「うん!」

憂に扮した唯は手を振って自宅を出た。澪はその背中が見えなくなってから振り向いた。

澪「よし、定位置に行こう」

紬が先に頷き、他のメンバーもそれに続いた。

憂がストーカーの視線を感じるのは決まって帰宅途中だった。
今回は憂に変装した唯が憂の代わりに買い物に出かけ、帰りにストーカーを引きつける作戦だった。そして、澪と紬が唯の跡をつけるストーカーに声を掛ける。梓と純には緊急事態に備えて憂と一緒に近辺に待機してもらった。

澪は紬と一緒に待機場所で待ち構えた。紬は真剣な表情で身を潜めながら道路の先を見ていた。澪も同様に静観していた。辺りが静かになると、自分の動悸が聞こえた。そんな中で澪にある考えが浮かんだ。

澪「ムギ」

紬「どうしたの、澪ちゃん?」

紬は後ろを振り返って尋ねた。

澪「今回はムギがストーカーに声を掛けてみないか?」

紬「えっ……でも、澪ちゃんが声を掛けた方がいいんじゃ……」

澪「今回の作戦はムギが考えただろ? だから、ムギに初仕事を頼もうかなって思って……」

紬「…………」パアァッ

紬は頬を赤らめて澪の顔を見た。そして、見る見ると顔が輝きだした。

紬「本当にいいの……!?」

澪「うん、せっかくだからムギにやってほしいんだ」

紬「……わかった」

紬「私に任せて! 澪ちゃん!」

紬は鼻息を出して遺憾無く意気込みを表した。澪はやる気に燃える紬を見て安心した。

~~~~~

唯は買い物を終えて帰宅していた。スーパーを出て、しばらくしてから視線を感じていた。しかし、唯は振り向かなかった。唯はそのまま歩き続けた。唯は住宅街に入った。

数分が経過し、まもなく澪たちが待機している交差点に差し掛かろうとしていた。唯は不自然に思われないように携帯電話を取り出して、メールを送信した。そして、携帯電話を元のポケットにしまった。
交差点に差し掛かり、横目でちらりと左の道路を見た。すると、電柱の影で澪と紬が立っていた。唯は何事も無かったかのように交差点を渡り切った。

澪「ムギ……!」

澪が小声で呼びかけると、紬は道路を見つめながら黙って頷いた。その直後に、不審な動きを見せる小柄な男が現れた。

澪「(あれか……!)」

男は前方の唯をまじまじと見ていた。毎日憂をつけているストーカーに間違いなかった。
紬が早歩きでストーカーに接近し、肩を叩いた。

紬「すいませんっ!」

紬は物怖じしない堂々とした態度でストーカーに声を掛けた。ストーカーはギョッとしてその場を飛び退いた。澪はそれを見て梓の時のストーカーを思い出した。

紬「あの女の子の跡をつけてますね?」

ス「なっ……なんのことだよ!」

紬「とぼけても無駄です!」

ス「俺は散歩していただけだ!」

ストーカーが反論している間に唯がやってきた。

唯「どうして私をストーカーするんですか!」

先程まで跡をつけていた女性が目の前に現れ、ストーカーは狼狽え、あらぬ方向を見た。

ス「しっ……知らない! 俺はアンタのことなんか知らないぞっ!」

ストーカーは大声を出して言い切り、その場を立ち去ろうとしたその時

「待ってください!」

ス「!!!!」

前方に女性が立ちふさがっていた。ストーカーはあんぐりと口を開けて固まった。

ス「う……憂さん……!」

ス「どどっ……どうして二人も……!」

ストーカーは首を左右に振って瓜二つの顔を指差した。そして、力無くその場に崩れ落ちた。

唯憂「どうしてストーカーするんですか!!」

ス「い、いや……! 俺は……!」

ストーカーは両手を振って弁明を試みたが、鬼気迫る二人の顔を見て項垂れた。憂の両隣に立っていた梓と純は腕を組みながら、ふんと息を吐いた。

ストーカーは自供を始めた。ストーカーの正体はこの近隣に住んでいる大学生だった。買い物をしていた憂を見て、一目惚れした。しかし、声を掛ける勇気は無かった。結果、憂を見つめる事しかできず、ストーカーになってしまった、との事だった。

よく見ると、気弱そうな男性でこの後の自分の処遇を案じているようだった。憂は項垂れるストーカーに話しかけた。

憂「もうこんなことはしませんか?」

ス「はい、もうこんな事は二度としません……」

ストーカーはビクビクと怯えながら更に頭を深く下げた。

憂「わかりました……」

憂「あなたを許します」

ストーカーは目を丸くして憂の顔を見上げた。

ス「本当にすいませんでした……」

それ以上何も言わない一同を尻目にストーカーはそそくさと去って行った。ストーカーの背中を見つめていた澪が振り返って憂に尋ねた。

純「憂はこれでよかったの?」

憂「うん、見ていたら何だかかわいそうになって……」

純「そっか……」

純は防犯グッズである筒を下に降ろした。それを聞いて澪は憂の気持ちがわかったような気がした。

紬「ふぅー……緊張したー……」

紬は肩を降ろして大きくため息をついた。

唯「ムギちゃん、お疲れ様」

澪「お疲れ、ムギ」

二人は紬の肩を掴んで微笑みかけた。それを見て紬も二人に微笑んだ。

紬「うん! できてよかった!」

梓「どうかしたんですか?」

唯「今日はムギちゃんの初仕事の日なんだよ!」

憂「だったらお祝いしないとね!」

唯「じゃあ、みんなでお祝いしよう!」

澪「……そうだな!」

澪も紬の快挙を祝福したかった。純が遠慮がちに唯に歩み寄った。

純「私たちもお祝いしていいですか?」

唯「もちろん!」

唯が快諾すると、純は梓と顔を見合わせた。

純「じゃあ、行こっか! 梓!」

梓「うん!」

一同は全員笑顔を浮かべながら平沢家へ向かった。






ある日の秋山探偵事務所

澪はベースを弾いていた。唯もギターを弾いていた。紬は紅茶を飲みながら、その二人を楽しそうに眺めていた。
この事務所は暇を持て余していた。退屈になると梓に貰った趣味で時間を潰していた。紬はアンプを持ってきていた。澪と唯は実際にアンプに繋いで演奏してみる事にした。

澪「これでいいのかな……」

紬「うん、バッチリ!」

澪はコードと繋がっているベースを心配そうに見つめた。澪とは対照的に唯は興味津々だった。

唯「これで音が大きくなるんだよね!」

紬「うん! じゃあ、二人とも弾いてみて!」バッ

紬は元気良く澪と唯に両腕を広げた。唯はピックを頭上に翳した。一瞬、ピックがキラリと輝いた。

ギュイイイイィン

唯「かっこいい……!」

唯は感嘆の声を上げた。まるでギターに命が吹き込まれたようだと思った。

澪「私もやってみようかな……」

澪はベースを構えた。そして、指を動かした。

ボン ボボン

澪「すごい……!」

澪は感動して紬の顔を見た。紬も嬉しそうに微笑んでいた。

紬「いよいよスタートね!」

澪「うん!」

唯「まだ全然弾けないけどこれからだね!」

そう言って唯はアンプに近づいてコードに手をかけた。そして、コードを引き抜いた瞬間

ギイイーィン!!

想像を絶するようなけたたましい音が事務所に鳴った。唯は驚いて後ろにひっくり返り、澪は思考が停止した。

唯「な、何……今の……?」

澪「」

紬「多分、ボリュームを下げる前にコードを抜いたから……」

唯「そんな事が……」

唯はへなへなとソファーに倒れこんだ。

ガチャッ

澪唯紬「!!!」

突然、事務所の扉が開いた。三人が一斉に扉の方を向いた。扉を開けたのは髪の長い眼鏡をかけた女性だった。

「うるせぇーんだよお前らァッ!!!」

今度は女性の大声が事務所に響いた。三人は恐怖に慄いた。事務所に静寂が流れた。

「何ジャカジャカジャカジャカ鳴らしてんだよーっ!!」

澪「さ、さわ子さん……!」

澪は顔を青ざめ、まるで般若のような形相のさわ子の名を呼んだ。

さわ子「あら? ここって探偵事務所じゃなかったっけ?」

先程とは打って変わった様子で澪のベースを指差した。澪も思わず自分のベースを見つめた。

澪「こ、これですか……?」

さわ子「あら、唯ちゃんギターをやってるの?」

唯「う、うん……」

唯は激しい動悸を抑えるように両手を胸に当てた。

さわ子「あなたは? 新しい助手?」

紬「は、はいっ! 琴吹紬です!」

さわ子「そう。私はこの建物の三階に住んでいるオーナーの山中さわ子よ。よろしくね!」

さわ子「それにしても、ギターかぁ……懐かしいわ……」

唯「さわちゃんギターやってたの?」

さわ子「えぇ、高校生の時にね」

唯「じゃあ、ちょっと弾いてみてよ!」

唯は興味が湧いたのでギターをさわ子に手渡した。受け取った瞬間、さわ子の目つきが変わった。

さわ子「しゃーねーなー……」

澪「え……?」

突然のさわ子の変貌に澪が何かを感じた瞬間、さわ子の両手が高速で動いた。

ピロリロピロリロピロリロ

紬「は、速い……!」

澪「え、ええっ!?」

三人はさわ子の演奏に驚愕した。ヒートアップしたさわ子はギターを目の前まで持ち上げた。

ギュイイイイイイイイィン

澪「は、歯ギター!?」

唯「ギー太!」バッ

さわ子「はっ……!?」

唯は声を上げながらさわ子に飛びついた。腕を掴まれたさわ子はそこで我に返った。

紬「唯ちゃん、ギー太って何?」

唯「このギターの名前だよ……」

澪「(ギターに名前つけるんだ……)」

唯は目に涙を浮かべながらギターを抱きしめた。澪はため息をついてからさわ子を見た。

澪「すごいですね、さわ子さん……」

さわ子「えぇ、理由は教えられないけど熱中していたからね」

さわ子「で、あなたたちはバンドなんて組んでどうしたの?」

澪「あ、時間があるので最近始めた趣味をしようかなーなんて……」

澪は指を弄りながら独り言のように呟いた。

さわ子「えぇっ!? ダラダラとやるだけで終わらせるのっ!?」



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