翌日 中野家

澪「今日で撮影は終わります」

梓「そうですか……」

やはり、梓はどこか元気がなかった。それを見た澪はある決意を固めた。

澪「昨日の検証である仮説が可能性が出てきました」

梓「ある可能性……?」

澪「はい、実は撮影期間の間に人影が現れるのは一日置きだったんです」

梓「一日置き……」

梓はこれまでの事を順を追って思い出してみた。すると、確かに姿を現すのは一日置きだった。

梓「あっ! 本当だ……!」

澪「昨日の検証では映っていませんでした」

澪「つまり、今日は映っている可能性が高いです」

梓「っ……」

梓は恐々とビデオカメラのある方向を見つめた。

澪「そして、その次に来るのが恐らく二日後……」

澪「その時に、犯人と直接会ってみようと思います」

梓が緊張の面持ちで澪を見つめていた。その瞳にはほんの僅かではあるが、光が差し込んでいるように見えた。

梓「直接会って大丈夫なんですか……?」

梓は二人の身を案じていた。他の誰かに危険が及ぶのはなんとしても避けたかった。

澪「それは対策を立てておきます」

梓「そうですか……」

澪「もし、今日の検証で映っていたら、明日もお邪魔してお話しさせてもらっても構わないですか?」

梓「多分、大丈夫だと思います」

澪「ありがとうございます」

唯「ビデオカメラ全部回収したよ~」

鞄を下げた唯が二人の元へと歩いてきた。澪は唯の横に立ち並んだ。

澪「最後に郵便受けを見ます」

澪は堂々とした動きと態度で勢いよく蓋を開けた。すると、新聞の下に小さな便箋が入っていた。澪はそれを開封して中身を見た。


“梓さん……ドウシテぼくノ側にイテくれなイノ?”

“ぼくハイツモアナタを見ツメテイル”


澪は手紙を読むと、腕を頭の近くまで上げて、勢いよく紙を丸め込んだ。

梓「えっ!」

唯「澪ちゃん!?」

澪は全力で紙を握り潰した。澪はマグマのような怒りを指の一つ一つに込めた。唯と梓は呆気にとられて、ただその様子を見ているだけだった。
澪は手を解いて、クシャクシャになった紙屑を見つめた。

澪「もう、こんな事はさせません!」

澪は紙屑を握り締めた方の拳を梓に向けた。唯も梓の方へ向き直った。

唯「あと、少しだから待っててね!」

梓「……はいっ!」

梓は大きな声で返事をした。それを見た澪は大きく頷いた。





秋山探偵事務所

澪「今日で最後だな……」

唯「そうだね……」

澪は手の平にある三枚のメモリーカードに目を落とした。この小さなカードが全てを映し出す。澪はメモリーカードをパソコンに差し込んだ。タイミングよく、唯が紅茶を運んで来た。

澪「始めるぞ」

唯「うん」

カチカチッ

澪が軽快にクリックして、最後の検証が始まった。

日が出ている時間帯はまったく姿を現さない。そんなことは、これまでの検証を通しても自明の理だ。
二人は夜の世界へと神経を集中させていた。

やがて、ディスプレーの中の世界は真夜中になった。
澪は無意識の内に姿勢が前のめりになっている事に気づいて座り直した。唯は紅茶を一口した後に息を吐いた。映像の中の時刻は午前二時過ぎを指していた。

唯「きたっ!」

澪「…………」

二人はパソコンを手前に引き寄せて、顔を引っ付けてディスプレーを覗き込んだ。
黒い人影が深夜の住宅街を徘徊している。そして、中野家の前で立ち止まった。

澪「あとは手紙か……」

澪がそう呟いた直後に、ストーカーはポケットから手紙を取り出して投函した。その後も、中野家を眺めた後にその場を後にした。
そして、例の如くその後は姿を現さなかった。

澪「やっぱり一日置きか……」

唯「ってことは……」

唯「今夜は来ないから……明日の夜?」

澪「多分そういうことになるな」

唯「うーん……何とかしないとね……」

澪「それは明日、中野さんと一緒に話し合おう」

唯「そうだね」

澪「じゃあ、最後に編集して、今までの映像と合わせようか」

唯「わかった、頑張ろう」

澪「あぁ」

~~~~~

澪「ふぅー何とか完成した……」

澪は大きな伸びをした。唯はソファーであくびをしていた。

唯「澪ちゃん、今日はこれで終わり?」

澪「いつもならそうなんだけど、今日は頼みたい事があるんだ……」

唯「何でも言ってよ!」

唯は拳を握り締めて意気込みをアピールした。澪は組んでいた手を解いてから言った。

澪「一緒に買い物に来てくれないか?」

唯「え?」

澪が真剣な表情なのに対し、唯の目は丸くなった。





翌日 中野家

ピンポーン

梓『はい』

澪「探偵事務所の秋山です」

梓『いま行きますね』

通話が切れ、梓が出て来るまでの間に澪は服装を正した。そして、玄関のドアが開き、姿を現したのは鈴木純だった。

唯「あ! 純ちゃん!」

澪「え?」

純「こんにちは! 澪さん、唯さん!」

澪「どうして今日は……」

純「ストーカーが今夜来るかもしれないんですよね?」

純「梓の親友として、私も黙っていられないですよ!」

純は当たり前のように言い切って腕を組んだ。

純「まぁ、中に入ってください」

澪「お、お邪魔しまーす……」

唯「お邪魔します」

澪は純の勢いに少し圧倒されながら、後に続いて家に入った。

梓「あ、こんにちは」

梓はリビングで紅茶を注いでいた。やはり、壁を覆うレコードの数には圧倒された。
そして、四人はソファーに座って向かい合った。

澪「検証映像にやはりストーカーは映っていました。きっかり、一日置きです!」

梓「…………」

澪「だから、一日空けた今日の深夜……恐らく午前二時頃に来る可能性があります」

澪「今回はその場でストーカーと直接対決しようと思います!」

純「対決って……」

純「直接会って大丈夫なんですか?」

澪は純の質問が昨日の梓の物とまったく同じ事に気づいた。

梓「対策しておくって言ってましたけど……」

澪「はい、準備してきました」

澪は鞄をテーブルの上に置いて、ファスナーを開いた。そして、中にある荷物を取り出してテーブルに並べた。

梓「これは……」

唯「防犯グッズだよ!」

澪「話し合いに持ち込むつもりですが、もしもの時のために揃えてきました」

純は大量の防犯グッズを前に目を丸くした。その中でも一際目を引いたのが細長い黒い筒だった。純はそれを手に取って澪に尋ねた。

純「これって何ですか?」

澪「あぁ、それは引き金を引くと、中から網が飛び出て対象の動きを止めるんだ」

純「へぇー……」

純は筒を元の位置に戻した。

澪「これらを持って待ち伏せをします」

澪「そして、それぞれの配置場所なんですが……」

澪はスリープさせていたノートパソコンを起動させた。画面には中野家を眺めているストーカーの画像が映し出されていた。

澪「犯人は家の正面に立ちます」

澪「そこで、犯人の近くに一人配置します。いざという時の援護もすぐに可能です」

澪「唯は郵便受けの裏手に回ってくれないか」

唯「わかったー」

澪「私は近くの角からストーカーが来るまで待ちます」

澪「そして、ストーカーが立ち止まって、しばらくしたら、近づいて声をかけようと思います」

梓「なるほど……」

梓は澪の説明に頷いた。純はパソコンと澪を交互に見た。

純「で、私はどうすればいいんですか?」

澪「危ないから来ない方が……」

純「お願いです! 私にも手伝わせてくださいっ!」

澪は困ったように梓の方を見た。梓も困った表情で肩をすくめた。

澪「……わかりました」

純「やった!」

澪「けど、無茶はしないこと!」

澪「わかった?」

純「わかってますって!」

純は許可されたことが嬉しいのか、満面の笑みを浮かべていた。純の自信がどこからの物なのかはわからなかった。しかし、あまり表立って出すことは少ないが、親友をここまで心配している純を見て悪い気はしなかった。


その後、梓の両親が帰ってきて、澪と唯と純は中野家と一緒に夕飯を共にした。梓の両親は何度も頭を下げて礼の言葉を述べた。

そして、いよいよ深夜になった。心配する梓の両親を普段通り寝室に向かわせ、中野家の照明を全て消した。梓は電気の無いリビングで待機することになった。

澪「それじゃあ、各場所に移動しよう」

唯「オッケー」

一同は待機場所に着くために玄関へ向かった。梓は心配そうに三人を見つめていた。

梓「本当に気をつけてくださいねっ!」

唯「わかってるよ」

梓「純も無茶しないでね!」

純「はいはい、わかってますよ」

純は素っ気ない返事をして先に玄関を後にした。澪と唯は梓へ向き直った。

澪「それじゃあ、行ってきます」

外に出ると、夏の生ぬるい風が吹いていた。すぐそこに唯の待機場所がある。

澪「じゃあ、唯はそこに」

唯「しゃがんどけばいいの?」

澪「うん。音を立てないように気をつけて」

澪は唯に警棒を手渡した。

唯「わかった、気をつけるね」

唯は小声で返事をして、澪と純を見送った。

澪「さてと……」

純「私は澪さんと同じ場所ですよね!」

澪「うん……」

結局、純は澪と同じ場所に待機することになった。澪がストーカーに接近し、ストーカーが逆上すれば唯と二人で駆けつける、という計画だった。
澪は例の黒い筒とスタンガンを純に手渡した。

純「これで大丈夫ですね」

澪「あとはいつ来るのか……」

時計を見ると、時刻は十二時半を指していた。澪は息を吐いて、その時を待った。

純「なんだか探偵みたいですね」

澪「私は探偵だけど……」

純「澪さんは怖くないんですか?」

澪「…………」

怖くない、と言えば嘘になる。確かに澪は怖がっていた。少し足が震えている気がする。早くこんな薄暗い深夜の住宅街から抜け出して、家に帰りたい。
しかし、それ以上の気持ちがあった。

澪「怖い……けど……」

澪「やっぱり、困っている中野さんを放っておけない……」

純「…………」

澪「困っている人を見て見ぬ振りをする世の中になる方がよっぽど怖いと思う……」

純は俯きながら話す澪の横顔を見て、少し微笑んだ。

純「これからもずっと、そのままでいてください」

澪「え?」

澪は考え込んでいたため、よく聞こえなかった。しかし、純はそれ以上何も話さなかった。


時間が経過し、午前二時に突入した。二人の位置から唯の姿は見えなかった。澪は唯が現在時刻を確認できているかどうかハラハラしていた。

純「緊張しますね……」

澪「…………」

澪はストーカーが現れる場所に全神経を集中させていた。純の声も緊張の色を帯びていた。
澪はポケットに入れた警棒を強く握り締めた。

純「!!」

純が声を押し殺して澪に呼びかけた。澪が顔を上げると、パソコンで何度も見た姿があった。黒い上着を着て、顔をフードで隠している。紛れもなくストーカーだった。

澪の動悸が一段と速くなる。まるで、体が石像になったかのように動かない。

ストーカーは中野家の前で立ち止まった。

澪「っ……」

純「……!」

澪はどのタイミングでストーカーに話しかけようか考えていた。純はそんな澪の背中を見つめることしかできなかった。

澪「(何か……何か動きを見せた時にしよう……!)」

ストーカーは家を眺め続けている。澪と純はその様子を眺めている。

澪「!!」

ストーカーがポケットに手を突っ込んだ。そして、その手が次に現れた時には白い便箋を手にしていた。

澪「(手紙を投函したら近づこう……!)」

ストーカーは腕を伸ばして手紙を投函した。一瞬遅れて、澪が一歩足を前に踏みだした。

澪「(今だっ……!)」

澪が角から姿を現したその時

唯「待ちなさいっ!!!」

唯の大声が深夜の住宅街に響き渡った。その声は怒りが込められていた。



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