数日後 秋山探偵事務所

唯「あ~つ~い~……」

澪「仕方無いだろ、我慢しろ」

唯「う~……溶けそう……」

唯は机に顔を突っ伏してうなだれていた。澪は両手を組んでじっとしていた。

依頼が一件も入ってないので、二人は時間を持て余していた。

唯「こうやって年を取っていくのかなぁ……」

澪「な、なんだよ急に……」

唯「こんな風に、時間だけが流れていくのかなぁー……って思って」

澪「うっ……」

澪も何度かそんな風に考えた事はあった。このまま何もせずに終わってしまうのだろうか。そんなことばかり考えるとネガティブ思考に陥ってしまう。

澪「そんな後ろ向きな考えじゃ駄目だ!」

澪「もっと、前向きじゃないと。じゃないと、来るものも来なくなるだろ」

唯「じゃあ、いつ来るの~……?」

澪「そ、それは……」

澪「今すぐにでも来るかもしれない!」

コンコン

澪「へ?」

唯「き、来た……! 来たよっ!」

唯「あ、開けるよ……?」ギュッ

澪「う、うん……」

唯はドアノブに手を掛けた。

ガチャ

唯「は、はい?」

純「あ、どうも」

唯「え? どうしたの?」

純「あー……依頼に来ました」

澪「まさか、またいなくなったんですか!?」ガタンッ

澪は勢いよく立ち上がった。その衝撃で座っていた椅子は倒れてしまった。

純「あ、それは大丈夫です。猫は元気にしてますよ」

純「で、依頼は私からじゃないんですよ」

唯「じゃあ、誰からの依頼なの?」

純「私の友達からです」サッ

純が脇に退くと、後ろに小柄な少女が立っていた。

梓「初めてまして、中野梓です」

澪「中へどうぞ」

梓「失礼します」

唯が部屋の中に手招きすると、梓は軽く会釈した。そして、一歩足を踏み入れた瞬間

梓「(うっ……なにこの部屋……暑い……)」

澪「あ、唯。お茶用意して」

唯「はーい」トトト

純「(見たことあるような光景……)」

唯「お茶どうぞー」

梓「あ、どうもすいません」

唯は梓と純にお茶を配ると澪の隣に座った。

澪唯「(なんていうか……)」

澪唯「(小さくて(ちっちゃくて)可愛い……)」

梓「あのー……」

澪「はっ! すいません!」

唯「(ネコみたいで可愛い……)」

澪「今日はどういったご用件で」

澪が尋ねると、梓は一呼吸おいてから話し始めた。

梓「最近、私の家に変な手紙が来るようになって……」

唯「変な手紙?」

梓「初めは無視してたんですけど、どんどん酷くなって無視できなくなってしまって…… 」

純「二人に手紙見せてみなよ」

梓「あ、そうだね。手紙持ってきたんです」スッ

机の上に大量の手紙の束が置かれた。

澪「見せてもらいますね」

澪と唯は手紙を取って読んでみた。筆跡が特定されないようにする為なのか、定規を使って書かれたと思われる汚い文字だった。

“アナタノことがスキデス,付き合ッテ欲シいデス”

“梓さんヘ ぼくはずっとアナタノこトヲ見てまス”

“疲レテルノ? 君ノソバニイテ苦労ヲ分合イたい”

“永遠ニ一緒ニイヨウネ。ぼくはイツマデも待ツカラネ”

澪「(な、なんだこれ……)」ザワッ

澪の背筋に寒気が走った。手紙から目を逸らし、ちらりと梓の顔を窺った。梓は憔悴した顔で、よく見ると目の下にうっすらと隈ができていた。

梓「両親も心配してくれて警察にも相談しましたけど、実害がないと動けないらしくて……」

そう言い終えると、梓は暗い表情を浮かべて俯いた。それを見た純は澪の顔へ視線を動かした。

純「この子本当に困ってるんです……」

純「最近、何話してもあまり笑わなくなったし、全然楽しそうじゃないんです。そんな梓をもう見たくないんです!」

純「助けてあげられませんかっ!?」

純の気迫に澪は気圧された。純の瞳は真剣そのもので、心の底から困っている友人を助けたいという気持ちが込められていた。

澪「わかりました、引き受けましょう」

純「本当ですか!」

澪「はい、困っている人を見捨てる事なんてできませんから!」

純「…………」

純は目を丸くして、呆然と澪を見つめた。

梓「あ、ありがとうございます……!」

梓は感謝の言葉を述べると同時にぽろぽろと涙をこぼし始めた。突然の事態に他の三人は困惑した。

純「あ、梓、大丈夫!?」

唯「どどど、どうしたの!?」

澪「ほら、ハンカチで拭いて!」

梓「すいません……グスッ……」

梓はハンカチを受け取り、目を拭った。澪は心配そうに梓を見守っていた。

純「……格好いいです」

不意に純が呟いた。

澪「え?」

純「格好いいですっ!」バッ

大きな声と共に、純は勢いよく立ち上がった。

澪「ど、どうしたんですか?」

純「秋山さんのこと、澪さんって呼んでもいいですか? 私のことも呼び捨てで、タメ口でいいですから!」

澪「な、何でっ!?」

唯「はいっ! じゃあ、私は純ちゃんのこと純ちゃんって呼んでもいい?」バッ

純「全然構いませんよ!」

純「……って、もう呼んでるじゃないですか」

澪「お、おい! お客様……依頼人なんだぞ!」

澪「そんな馴れ馴れしく……」

澪は厳格な態度を示すように腕を組んだ。

唯「え~? 別にいいんじゃないの? 本人もそう言ってるんだし」

純「そうですよ、私の方が年下ですし」

澪「そ、それでも……仕事中はだな……」

梓「プッ」

澪「え?」

梓「すいません、ちょっと可笑しくて……」

梓はまだ涙を浮かべていたが、それは笑い涙だった。
澪はきょとんとした顔を浮かべたが、その直後にどこか温かい安堵感を覚えた。
人が笑う。ただそれだけで。

澪「すいません……」

澪も話が脱線したことを謝罪した。そして、咳払いをして仕切り直した。

澪「それじゃあ、まず、いつ頃から手紙を送られ始めたのか教えてもらえますか?」

梓「はい、確か……」

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澪「わかりました。では、本日はお聞きした事をまとめて何をするか考えようと思います」

梓「お願いします」

純「どうか、お願いします」

澪「はい、全力でやらせてもらいます」

純「……私にはタメ口で言ったじゃないですか~」

澪「し、仕事中ですから……」

純「は~い……頑張って下さい」

梓「失礼します」

ガチャン

唯「忙しくなるね~」

澪「まったく……」

澪はため息をつきながら事務椅子へ腰を下ろした。唯はコップに残っているお茶を飲んでソファーで横になって寛いでいた。

唯「あの二人仲良いね」

澪「うん、そうだな」

澪は純の姿を思い出した。友達を懸命になんとかして助けようとする素晴らしい光景だった。

唯「私もあんな風になってみたいなぁ……」

澪「……唯は良い奴だよ」

唯「え? 本当に?」

澪「あぁ」

澪がそう答えると、唯の顔は花が咲いたように明るくなった。

唯「澪ちゃんも素敵で良い人だよ!」

澪「そうか……よかった……」

唯「これからも、お互いに支え合っていこうね!」バッ

そう言って、唯は拳を上に振り上げた。

澪「……唯」

唯「どうしたの?」

澪「頼みがあるんだ」

唯「何でも言ってよ! 支え合う仲間……親友だからねっ!」

澪「……今日は残業してくれないか?」

唯「……へ?」

澪「中野さんから聞いた事をまとめるんだ」

唯「……あ、あれ~? 何だか急に眠くなってきたような……」

澪「そうか! じゃあ、早く仕上げないとな!」

澪「何ならコーヒーでも奢るぞ!」

唯「うわ~ん!」



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最終更新:2012年07月14日 15:57