ガサガサ

唯「猫じゃらしだよ~」フリフリ

澪「美味しいご飯もあるから出ておいでー」

ガサガサッ

澪「」スッ

唯と子どもたちが見つめる中、澪が一歩踏み出そうとしたその時。

バッ!

澪「うわああああああああああっ!!!!!」

子供達「うわあああああああああああっ!!!!!」

突然、何かが飛び出し、澪は驚いて尻餅をついた。子どもたちは驚いた澪に驚いた。

唯「あっ!」

澪に尻餅をつかせたのは猫だった。しかし、捜していた純の猫ではなかった。焦げ茶色の目つきの悪い野良猫だった。

澪「違う……のか……」

野良猫は一同を一瞥すると、どこかへ歩いて行った。

「捜してた猫じゃなかったの?」

唯「うん……」

澪「…………」

澪「一体どこにいるんだ……」

澪は座ったまま、ため息交じりに呟いた。

「大丈夫だよ」

唯「え?」

唯は思わず、子どもたちの顔を見た。

「きっとその辺りに怖がって隠れてるんだよ」

「絶対に見つかるよ!」

「応援してるよ! お姉ちゃんたち!」

気がつくと子どもたちが二人を激励していた。二人は聞き入っていたが、ふと我に返った。

澪「そうだ! 残り時間も少ないんだ……!」

澪「ごめん、ありがとう!」

唯「ありがとう! 最後まで諦めないよ!」

「頑張ってねー!」

「ばいばーい!」

唯「ばいばーい!」

唯は振り返って両手を振って別れを告げた。

澪「(疲れてたから、どうかしてたんだ!)」

澪「(急がないと!)」ダッ



夕日も沈み、辺りも暗くなり始めている。それに比例して、澪たちの焦りも膨れ上がっていく。

唯「出ておいで~」フリフリ

澪「出ておいで~。お腹減ってるだろ~」

唯「いないね」

澪「…………」

純「秋山さん、平沢さん!」

唯「あっ」

二人が振り返ると、後ろに純が立っていた。純は帰宅途中のようだった。

純「まだ……見つかってないんですか?」

澪「はい……」

澪は消え入るような声で答えた。それを聞いて、純は組んでいた腕を解いた。

純「それなら私も手伝います!」

唯「え?」

澪「そそ、そんな……悪いですよっ!」

純「構いませんよ! 一緒に手伝わせてください!」

澪は少し迷ったが、今となっては手段は選べない。

澪「……それじゃあ、お願いします!」

純「はいっ!」




日は完全に沈み、空は完全に黒色で覆われている。その中で月と数多の星々が一際明るく輝いている。
タイムリミットが刻一刻と迫る。正確なタイムリミットは午後七時である。

純「出ておいで~。みんな心配してるよー!」

唯「お腹空いてるでしょ~! 出てきなよ~」

残り三分

澪「(どこにいるんだ……)」

澪「(お願いだから出てきて……!)」

澪「(仕事の成功や失敗なんかどうでもいい……!)」

澪「(ただ、あの人の悲しむ姿は見たくないんだ!)」

残り一分

唯「っ……」

澪「ぐっ……!」

純「…………」

澪「(諦めない……!)」

澪「(最後まで……!!)」グッ

澪は最後の意地で足を踏み出した瞬間

ピピー ピピー ピピー ピピー

無情にもアラームが終了の合図を告げる。

澪「あ…………!!」

唯「あ…………」

ピピー ピピー ピピー ピピー

澪が鳴り響くアラームを静かに止めた。澪は恐る恐る振り返ると、純は微笑んでいた。

純「帰りましょう」ニコッ

澪「…………はい」



鈴木家

ここに着くまでの帰路の間は誰一人として何も話さなかった。

純「終わりましたね」

唯「…………」

いつも元気なはずの唯も今は暗く俯いていた。今までも、仕事のミスがあれば落ち込んでいたが、ここまで落ち込んでいるのは初めてだった。

純「二日間、ありがとうございました!」

純「えーと、依頼の料金は……」

澪「すいませんでしたっ!」

唯「すいませんでしたっ!」

澪が大きな声で謝罪した。それを見た唯も澪に続いた。あまりにも突然の事に純は面食らってしまった。

純「ど、どうしたんですか!? 顔を上げてくださいよ!」

唯「大切なペットのはずなのに……グスッ……見つけられなくて……!」

唯は自分の不甲斐無さに悔しくて、悲しくて泣き出した。言葉では表せないような、様々な思いがどんどん湧き上がってきた。涙が溢れ出て止まらない。

澪「唯……」

泣いている唯の姿を見て、澪も目に涙を浮かべた。

突然、二人の肩に手が置かれた。顔を上げると、純が優しく笑っていた。

純「いいんです。気にしなくていいですよ」

唯「で、でも……グスッ……」

純「二人とも格好良かったです。最後まで諦めない姿勢が素敵でした」

純「それだけでも依頼して良かったと思います」

純「だから、元気出してください!」

唯「グスッ……あ、ありがとう……グスッ……」

澪「ほら、唯」スッ

澪「鼻水出てるぞ……」

差し出されたティッシュを見た直後、唯はさらに泣き出した。まるで、ダムが決壊しているかのようだった。

唯「な、なんで……グスッ……こんなにも良い人が……グスッ……こんなにも……」

ボロボロと泣いている唯を見て、純は安心した表情を浮かべた。

純「お茶でも飲んでいってください」

澪「え、でも……」

純「いいですよ、……ね?」

純は支えている唯を見てから付け加えた。澪も唯を落ち着かせる必要があると思った。

澪「それじゃあ……」

澪も唯のもう片方の肩を支えようとしたその時

「ニャー」

澪唯純「……へ?」

三人が振り向くと、小さな猫が行儀良く座っていた。

純「ああーっ!? ウチの猫だ!!」

澪唯「えーーーーっ!?」

純は急いで駆け寄り、抱き上げた。

純「どこに行ってたの!? 心配したんだからっ!?」

猫「ニャー」

純「もう……絶対に離さないんだから……」

純は泣きながら猫を優しく抱きしめた。猫を見た澪は体の力が抜けて、その場に座り込んだ。

澪「はは……良かった……良かった……」

澪が力無く笑っていると、横から小さな影が現れた。

雄猫「ニャー」

唯「へ?」

澪「この猫は……?」

純「あっ、この猫は確か向かいの家の……」

澪「そういえば、聞き込みの時に向かいの家の猫もいなくなったって言ってた!」

唯「ってことは……この猫たちは二人でデートしてたってこと……?」

澪「そう……だな……」

ドサッ

唯も体の力が抜けたのか、澪と同じ様に座り込んだ。

唯「良かった……本当に……」

澪「そうだな……」

二人は夜空を見上げた。そこには見る者を安心させる、優しい月の輝きがあった。





翌日 秋山探偵事務所

純「向かいの家の人も感謝してました。ありがとうございますって」

唯「まさか、二件も解決するとはね……」

唯「……あれ? この事務所を始めて、依頼を解決するって初めてじゃない?」

澪「あ、本当だ」

純「えぇっ! そ、そうなんですか?」

澪「はい、言ってませんでしたか?」

純「(デンジャー!! 知らなかったーっ!!)」

唯「やったーっ!!」

唯はあちこちで飛び回り、喜びを全身で表した。そんな唯を見て澪と純は微笑んだ。

澪「これからも頑張ろう!」

唯「うん! 仕事が増えるといいね!」

純「え? 仕事無かったんですか?」

澪「えぇ、今までも数件依頼はありましたけど、失敗ばかりで……」

純「(ますます、デンジャー!!)」

純「(……だけど、本当に嬉しそう)」

純「…………」

笑顔一杯の唯を見ていると、純の心もどこか暖かくなってきた。

純「……仕事初達成おめでとうございます!!」

純「それじゃあ、ここで失礼します!」

澪「気をつけてお帰り下さい」

純「はい、ありがとうございました!」

唯「またねー!」

ガチャン

唯「ふぅー……解決できてよかったぁー……」

唯「あれ?」

唯が振り向くと、澪は俯いて体を震わせている。顔は髪で隠れていて窺うことができなかった。

唯「澪ちゃん、どうしたの? 具合でも悪いの?」

澪「やっ……たぁ~~~~!!!」

澪「やった! やった! 初めてだ~!」

唯「み、澪ちゃん……落ち着いて……」

澪「落ち着いてなんていられるか!」

澪「そうだ! 記念にパーティーでもしよう!」

澪「唯、何が食べたい?」

唯「え、えーと……」

澪「えぇい! もう今日は出掛けよう! 外食だ!」

唯「え、ちょっ……澪ちゃん……」

澪「さぁ、行こう行こう!」

唯「わかったからちょっと落ち着いて。ねっ!」

ガチャン

事務所には誰もいなくなり、静寂が訪れた。事務所の扉の向こうからは、澪の陽気な声と唯の笑い声が聞こえた。



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最終更新:2012年07月14日 15:55