鈴木家

ピンポーン

純「あ、きたきた」

インターホンのチャイムがなり、純は玄関へ小走りで向かった。

ガチャ

澪「おはようございます」

唯「おはよ~」

純「おはようございます。寝不足なんですか?」

あくびをしながら、朝の挨拶をする唯を見て、純は笑いながら言った。

唯「うん、仕事は少し久しぶりだったからちょっと手間取っちゃって」

純「(久しぶり?)」

澪「鈴木さんは今日、お仕事ですか?」

純「はい。両親も今日は出かけてます」

澪「そうですか」

そう言うと、澪は持っていた鞄の中からファイルを取り出した。ファイルの中には何百枚もの行方不明の猫の特徴を記載した貼り紙が入っていた。

澪「今日の予定はまず近所に聞き込みをしようと思います。それから、この貼り紙を配って回ろうと思います」

純「はい、お願いします」

澪「それじゃあ、行ってきます。お仕事頑張ってください」

純「そちらも頑張ってください」

唯「うん!頑張るよ~!」

澪「(もうつっこまない……)」

澪は立ち止まって地図に目を落とした。

澪「よし、まずは隣の家から……」

ピンポーン

『はい』

澪「すいません、秋山探偵事務所の秋山と申しますが、隣の鈴木さんの家の飼い猫が脱走したそうなのですが、何かご存知ありませんか?」

『いえ、知らないです』

澪「そうですか、ご協力ありがとうございました」

ブツッ

澪「ここは無しか……」キュッ

澪は地図の上にバツ印を付けた。

澪「よし、次の家に行こう」

唯「澪ちゃん、猫のチラシは?」

澪「そうだった……」

澪はファイルから一枚貼り紙を取り出し、郵便受けに投函した。

澪「改めて、行こうか」

~~~~~

澪「ふぅ……」

唯「ちょっと、疲れたね」

二人は夏の住宅地を歩き回っていた。澪は帽子を持って来ればよかったと後悔した。

澪「情報は無しか……」

二人は鈴木家の左右三件ずつを訪問した。しかし、有力な情報は得られなかった。
次は、向かいの列の住宅を訪れた。

まずは、鈴木家の向かいの家へ。

ピンポーン

『はい』

澪「お忙しい所失礼します。秋山探偵事務所の秋山と申します」

澪「向かいの鈴木さんの飼い猫が脱走したそうなのですが、何かご存知ありませんか?」

『知らないです』

澪「そうですか、ご……」

『それが、ウチの猫もいなくなってるんですよ』

澪「え?」

「ご協力ありがとうございました」、と言いかけた所で澪は止まった。

澪「ちなみに、いつ頃からでしょうか?」

『昨日からです。朝ごはんをあげた後だから、八時以降の午前中かしら……いつの間にか、いなくなってたんです』

澪は鞄の中から、別のファイルを取り出した。そして、猫の失踪に関してまとめた紙を見た。

“七月十八日、午前九時頃に失踪”と書いてある。純の猫と同じ時間帯に失踪している。

澪「……わかりました。ご協力ありがとうございました」

唯「ダメだったね」

澪「あぁ」

澪「まぁ、この列の残りを回って行こう」

唯「そうだね」

~~~~~

澪「はい、ありがとうございました」

澪「ここもダメか」

結局、鈴木家の周辺住宅では、有力な情報は何一つ得られなかった。澪は地図の上に新たに印を書き加えた。

唯「この辺りにはいないのかなぁ」

澪「まぁ、貼り紙を配って回ろうか」

唯「暑い~……」

~~~~~


喫茶店

唯「涼しいー……」

澪「半分くらいは配ったかな」

貼り紙の入ったファイルは半分程に減っていた。喫茶店は程よい冷房が効いていて、唯はリラックスした表情になった。

唯「本当にどこにいるんだろうね」

唯はアイスティーを飲んでのんびりと寛いでいた。澪はアイスコーヒーを口にした。アイスコーヒーが午前中の喉の渇きを潤す。

澪「飼い猫の場合、外に慣れてないからその場でじっとしている事が多いってネットで見たけど」

唯「動き回られても困るけど、見えない所でじっとされても困るね」

澪「明日までだからな……」

捜索期間は明日までと、昨日の話し合いで決めていた。

唯「紙を見て誰かが見つけてくれるといいね」

澪「そうだな、これだけ配れば一人ぐらいは猫を見ていると思うけどなぁ」

唯「何とかして、見つけたいね」

澪「うん」

澪は返事をして、アイスコーヒーを一気に飲み干した。

澪「よしっ、休憩終わり!」

澪「今日の後半戦に行こう!」

唯「うん!頑張ろう!」

~~~~~

二人は数時間かけて、駅前の施設を歩き回り何とか全て配り終えた。

唯「ふぅ~終わったね~」

澪「この辺りはもう配ってたからちょっと手間取ったな」

唯「初めてだから仕方無いよ」

既に日は暮れて、辺りも暗くなっていた。事務所に帰る前に二人は鈴木家に立ち寄った。

ピンポーン

純『はい』

澪「あ、秋山探偵事務所の秋山ですけど」

純『あ、ちょっと待っててください』

純はインターフォンを切った。澪はその間に服装を正し、唯の横に並んだ。

ガチャ

純「猫は見つかりましたか?」

澪「近隣で聞き込みしましたが、この周辺で見た人はいないそうです」

純「そうですか……」

澪「…………」ギュッ

純は落胆した様子だった。その様子を見て、澪は少し胸が苦しくなり、思わずスーツの胸元を握り締めた。

澪「ご、ごめんなさい……」

純「いえいえ、仕方無いですよ。猫なんてほら、小さくてすばしっこいし」

澪「…………」

純は気丈に振る舞い二人を労った。そんな純を見て澪は何を話せばいいのかわからなくなった。

純「明日もありますし、今日はゆっくり休んでください」

純「一日中歩き回ってたんでしょう?」

澪「はい……」

純「じゃあ、明日もよろしくお願いしますね」

澪「はい、お伺いします」

唯「失礼しました」

純「はーい」

ガチャン

澪「……帰ろっか」

唯「うん」

二人は事務所へ向けて歩き始めた。

澪「…………」トコトコ

唯「…………」トコトコ

澪は普段からベラベラと話すタイプではなかったが、今日はいつも以上に口を開かなかった。唯はそんな澪を心配そうに覗き込んだ。

唯「ねぇ、澪ちゃん」

澪「何?」

唯「大丈夫?」

澪「…………」

澪は答えられなかった。澪が俯いて答えあぐねていると、唯が澪の正面に立ち止まった。

唯「大丈夫だよ、必ずどこかで見つかるよ!」

澪「唯……」

澪は唯の顔を見た。唯は澪を元気づけるように微笑んでいた。澪の中で熱い何かが湧き上がってきた。

澪「(そうだ……諦めるんじゃない……まだ途中じゃないか……!)」

澪「(まだ、明日がある……。諦めちゃ駄目だ!)」

澪「唯、ごめん!」

澪「最後まで諦めちゃ駄目だ!」

唯「そうだよ! 澪ちゃん! ファイトだよ!」グッ

澪の顔が晴れた様子を見て、唯は拳を握り締めた。

唯「絶対に見つけるぞっ!」

唯「おーっ!」バッ

澪「おーっ!」バッ

唯は勢いよく握り締めた拳を上に上げた。澪も遅れてそれに続いた。二つの拳には強い意志が込められていた。



翌日 鈴木家

澪と唯は鈴木家の前に立っていた。澪はインターフォンを押す前に唯の顔を見た。唯は黙って頷き、澪を見つめ返した。澪は正面へ向き直り、インターフォンを押した。

ピンポーン

ガチャ

純「おはようございます」

澪「おはようございます!」

唯「おはようございまーす!」

澪は元気良く挨拶をした。純は立ち直った様子の澪を見て、一瞬微笑んだ。

澪「今日は仕事ですか?」

純「今日はちょっと友達と出掛けようと」

澪「わかりました」

純「今日もよろしくお願いします」

澪「すいませんが、今、猫の好きな食べ物や遊び道具はありますか?」

純「えーと……キャットフードと猫じゃらしが……」

澪「お借りしても構わないですか?」

純「いいですよ、ちょっと待っててください」

ガチャン

純は駆け足で家の中に戻り、指示された物を用意した。

ガチャ

純「持って来ました~」

澪「ありがとうございます」

澪はキャットフードと猫じゃらしを受け取った。

純「これ使うんですか?」

澪「はい、今日はそれを使って捜索しようと思います」

澪は後になって後悔しないように、できる限りの事をしようと考えていた。

澪「じゃあ、行ってきます」

純「気をつけてくださいね」

唯「絶対に見つけますから!」グッ

純「……はい! 待ってます!」

意気込んだ唯を見て純は再び微笑んだ。

澪「よーし、唯は猫じゃらしを持って」

澪「私はキャットフードを持つから」

唯「匂いでおびき寄せるんだね?」

澪「あぁ、低い位置に持てば来てくれるんじゃないかな」

唯「なるほど」

澪「よし、行こう!」

唯「猫ちゃ~ん、出ておいで~」フリフリ

唯「美味しい、美味しいご飯があるよ~?」フリフリ

唯「隠れてちゃ食べられないよ~?」フリフリ

唯は猫じゃらしを振り回しながら、猫に呼びかけた。路駐している車があれば、その下を覗き込んだ。

澪「猫ちゃーん」

澪も茂みの中を掻き分けてみたりしたが、気配は感じられなかった。

唯「猫ちゃ~ん!」

澪「どこにいるんだーっ」

~~~~~

唯「い、いない……」

澪「(もう何周位回ったんだろう……)」

二人はあの後から、住宅地を何度も歩き回っていたが、野良猫一匹すら見つけられなかった。

日は徐々に暮れて、夕方に差し掛かろうとしていた。

二人が公園の前を通ると、子供たちが元気良く遊んでいた。

唯「元気だねぇ……」

澪「そうだな、私たちも負けてられないな」

二人が公園を横切ろうとしたその時。

「あっ! 猫だ!!」

澪「!!?」

子どもの声を聞いた瞬間、澪の体に電撃が走った。唯も同様に固まっていた。

唯「澪ちゃん……!」

澪「行こうっ!」バッ

二人は子どもたちが集まっている場所に駆け寄った。

澪「ねぇ、君たち! 猫がいるって聞こえたんだけどどこにいるの?」

「トイレの裏の草むらだよ」

唯「本当に!?」

「本当だよ!」

澪「ありがとう、私たち今行方不明の猫を探してるんだ」

「へ~そうなんだ」

澪と唯は忍び足で公衆トイレの裏手に回った。すると、茂みの中からガサガサと音がする。

澪「…………」ゴクリ

澪は緊張して、生唾を飲み込んだ。その音は普段よりも大きく聞こえた気がした。



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