秋山探偵事務所

唯「今日もお菓子持ってきたよ~」

澪「……休憩時間は終わってるぞ」

唯「依頼一つも来てないじゃん」

唯「はいっ!今日はアイスクリームだよっ!」

澪「あのな……」

唯「チョコとバニラと抹茶があるけど、澪ちゃんはどれにする?」

澪「……バニラ」

唯「じゃあ、私は抹茶にしようかな~。はい、スプーン」スッ

澪「ん、ありがとう」スッ

唯「ん~!冷た~い!」

澪「(美味しい……)」

唯「暇だねぇー……」

澪「そうだな……」

澪「(探偵事務所を開いたのはいいけど……)」

澪「(殆ど依頼が無い……)」

澪「(助手の唯は失敗ばかりだし……)」

澪「(あぁ……唯が浮気相手の尾行に失敗したの思い出した……)」キリキリ

唯「美味しい~!」

澪「…………」

澪は思い詰めたように窓の方を見た。西日が差し込み、部屋の中は蒸し暑い。普通の事務所なら、夏のこの時期にはクーラーが稼働している。しかし、唯はクーラーが苦手な体質だった。

それ以前にクーラーを取り付ける余裕も無かった。事務所の照明も暗い時以外は極力消すようにしていた。

澪「(暑い……)」

澪の額に汗が滲む。暑いだけでなく、今後の不安のせいもあった。目の前の唯は幸せそうにアイスクリームを食べている。
そんな唯を見ていると、安心するような気もした。

コンコン

澪唯「!!」

夕焼けで薄暗くなっている事務所にノックの音が鳴った。インターホンは付けていない。

澪「唯、出てくれ。新聞とか訪問販売なら断っといて」

唯「わかったー」トトト

唯は立ち上がって扉を開いた。

ガチャ

唯「はい?」

純「あのー、依頼に来たんですけど」

唯「へ?」

純「依頼に来たんですけど……」

純がそう言うと、唯は静かに澪の方へと振り返った。澪は黙って立ち上がり、二人の元へ歩いた。

純は不安な様子で二人を見た。澪と唯は体を震わせている。

純「あ、あのー……」

澪唯「確保ーっ!!」

純「ぎゃーっ!!」

絶叫が事務所に響き渡った。

澪「見苦しい所をお見せして、すいません……」

純「いえいえ……(この部屋あっつ……)」

澪「あ、唯。お茶用意して」

唯「はいはーい」

澪「今日のご用件は何でしょうか?」

純「飼い猫が家から脱走してしまって、行方不明になってしまったんです」

澪「」ガクッ

澪は思わず、ソファから転げ落ちる所だった。

唯「お茶どうぞ~」

純「あ、ありがとうございます(助かった~……)」ゴクッ

純「(冷たくて美味しいー……)」ゴクッ

唯「冷たーい……」

澪は考えた。

この事務所ではペット捜索は受け付けていなかった。貴重な依頼人には違いないが、本人の為にもここは断るしかない。こうしている間にも彼女のペットは遠くに行ってしまっているのかもしれない。

澪「あ、あのー……」

純「はい?」

澪「この事務所ではペットの捜索は行ってないんです……」

純「え?」

澪「ペット探偵というのもありますし、そちらに行かれた方がよろしいと思いますよ」

純「そんなのあるんですか?」

澪「はい、ありますよ」

澪「少しお待ちください、電話帳持って来ます」スッ

澪が立ち上がろうとしたその時。

唯「待って!澪ちゃん!」

澪「え?」

唯「これは……チャンスかもしれないよ……!!」

澪「な、何の……?」

唯「私たちがこの状況を抜け出す切っ掛け……」

澪「…………」

バァン!

澪純「」ビクッ

突然、唯が机を叩いたので、澪と純は大きく反応した。

唯「私たちが絶対にあなたのペットを見つけます!」

純「は、はぁ……」

純は突然の事態に面食らっている。澪は我に返った。

澪「ちょっ……何勝手に話を……」

唯「大丈夫だよ、澪ちゃん」

唯「そんな気がするんだ!」

澪「唯……」

唯はやる気に満ち溢れていた。澪にも唯のやる気は伝わっていた。

澪は再び考えた。
確かにペットの捜索は専門じゃないし、やったこともない。だけど、目の前にいる困っている人を見捨てる事なんて、できるわけがない。

──困っている人を助けたいんだ

澪は唯と交わした約束を思い出した。

~~~~~

唯『澪ちゃんはどうして探偵になろうと思ったの?』

澪『うーん……そうだなぁ……』

澪『……子どもの頃、デパートで迷子になったことがあるんだ』

澪『怖くて一人で泣いていたら、お姉さんが来て、私が泣き止むまで励ましてくれたんだ』

澪『それから、マ……お母さんと合流して、大丈夫だったんだけど、その時のお姉さんが忘れられなくてさ』

澪『だから、私も困っている人を助けたいんだ』

唯『そのお姉さん、きっと喜ぶよ』

澪『そ、そうかな……』

唯『じゃあ、これからも頑張らなくちゃね!』

澪『うん!』

唯『あっ!そうだ!約束しようよ!』

澪『な、何を?』

唯『“絶対に最後まで諦めないこと”!』

澪『……わかった、約束だ!』

唯『うん!約束!』

~~~~~

澪「わかりました、この依頼……引き受けます!」

純「本当ですか!?」

澪「はい!任せてください!」

唯「猫の特徴は?」

純「あ、写真持って来ました」ゴソゴソ

純「どうぞ」スッ

純は机の上に一枚の写真を提出した。澪がそれを手に取り、唯が横から覗き込んだ。

唯「か、可愛い~!」

純「そうですか……えへへ……」

純は照れ臭そうに笑みを浮かべた。しかし、その表情もどこか影が潜んでいるように見えた。そんな様子の純を見て、澪の思いは一層強くなった。

澪「(絶対に見つけてみせる……!)」

澪「じゃあ、それ以外の細かい特徴や猫がいなくなった時刻などを教えてください」

澪「唯、メモ帳取って」

唯「はい!」

純「えーと、猫の特徴は……」

~~~~~

澪「なるほど……」

澪「わかりました、今日はお聞きした事をまとめて、調査の予定を組んでおきます」

純「はい、お願いします」

唯「気をつけて帰ってね~」

純「はい、ありがとうございましたー」

ガチャン

澪「……なんで、タメ口なんだよ」

唯「あれ?そうだね、いつのまにか」

澪が話を聞いている最中にも、唯は純に話しかけていた。純は少し戸惑いながらも、リラックスしているようだった。唯のおかげなのかもしれない。

澪「よーし、まずは鈴木さんの住所、猫の特徴、他の細かい所をまとめないとな」

唯「え……今日やるの……?」

澪「当たり前だろ?善は急げだ」

唯「帰って見た~いテレビがあるんだけど……」

澪「今は仕事の方が大事だ!」

唯「うわ~ん!」



翌日 秋山探偵事務所

唯「ふぅ~……昨日は疲れたよ……」

唯はため息をつきながら、ソファーに倒れこんだ。その横で澪は忘れ物が無いか荷物の点検をしていた。

澪「書類よし、貼り紙よし、手帳・メモ帳よし、鞄よし」

澪「準備完了!鈴木さんの家に行こう!」

唯「うん!」

二人は事務所を後にした。



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