目が覚めた私はカーテンを開け外を見た
 庭の花や草木が雫を携え太陽の光でキラキラと輝いている
 きっとさっきまで雨は降っていたのだろう
 だけど、今は気持ちいいほどの青空が広がっていた

 テーブルの上のおにぎりはもう片付けられている
 そういえば、ひとくちしか食べていない

 携帯を確認すると何件かメールがあった
 軽音部の皆からだ

 澪ちゃん梓ちゃんからは核心に触れる内容
 唯ちゃんりっちゃんはなぜ何も言わずに帰っちゃったのか?
 といった内容のメールが
 どちらにしても私を心配してくれているのはその文面からヒシヒシと伝わってきた

紬「澪ちゃん、2人に何も言ってないんだ」

 それも当然だろうと思う。とてもデリケートな問題だから
 澪ちゃんなりに最大限の気遣いをしてくれているのは
 澪ちゃんのメールからも伺えた
 特に「責任をとる」という一文に

 私はその言葉に少しも揺れ動かなかった
 だって、私が本当に望んでいるのは……

 そもそも澪ちゃんだって私に対するキスをした責任感からこう言っているだけだろうというのは
 容易に想像がつくし
 だからといって、真面目な澪ちゃんが恐らくすごく悩んで出した結論だろうから
 それを責める気はまったく無かった

紬「それはそうと、早くメールを返さないと」

 皆の心配の度合いの大きさに比例して返信するメールの内容に頭を悩ます
 だけど、とりあえずは……

 コンコン

紬「誰?」

菫「私です」

紬「どうぞ」

菫「お、おはよう。お姉ちゃん
  って言っても、もうお昼だけど」

紬「そうなの、どうりで」

菫「あ、あの。昨日は……」

紬「ねぇ、菫」

菫「な、なに?」

紬「お腹空いたわ。おにぎり残ってる?」


 休み明け。私はいつもと変わりなく学校へ行った

和「あんたね。来るって言ってたから待ってたのに」

唯「仕方ないよ。雨降ってたし」

和「電話かけたら『あーあー。わかりました。すみませんでした』なんておざなりな返事で」

唯「だって眠かったんだよね」

和「いかんともしがたいわね」

唯「和ちゃんだって私の言い訳聞く前にすぐ電話切ったじゃん」

和「当たり前でしょ」

紬「おはよ」

唯「あ、ムギちゃん。おはよ~」

和「ムギ、大丈夫なの?」

紬「うん。なんだか心配させちゃったみたいでごめんね」

和「いいのよ」

唯「そうだよ。ムギちゃんが元気ならそれでいいんだよ」

紬「うふふ、ありがと」

律「おっす~」

紬「りっちゃん、おはよ」

律「お、ムギ~。元気でなによりだ」

紬「りっちゃんも心配させちゃってごめんね」

律「いいって、いいって」

紬「ところで、澪ちゃんは一緒じゃないの?」

律「澪のやつはなんか下駄箱に手紙が入ってたらしくて
  それを見てどっかいっちゃった」

唯「ええっ!? それって……」

律「まぁ、あいつはファンクラブがあるくらいだしな」

和「大変ね」

紬「あ、ちょっと私お手洗いに行ってくるね」

律「途中で漏らさないように気をつけてな~」

和「下品よ」

唯「そうだよ、りっちゃん。ちゃんとお漏らしあそばせないようになさって下さい
  って丁寧に言わなきゃ」

和「もう唯は黙ってた方がいいわよ」

紬「ふふっ。じゃあね」

 そう。澪ちゃんの下駄箱に手紙を入れたのは私
 私はちゃんと澪ちゃんに自分の気持ちを伝えるために例の体育館裏へ呼び出していた

澪「や、やぁムギ」

紬「澪ちゃん2人っきりね」

澪「うん」

 澪ちゃんは一呼吸置いて話しだした

澪「なぁムギ。私もすごく悩んで考えたんだ
  でも、わからなかった。いったいどうすればいいのか。好きってなんだろうって」

澪「だけど、ずっとムギのことを考えていてなんだか不思議な気持ちになったって言うか……」

澪「これから先。もしかしたら、ムギに対してこんなチャンス滅多にないかもって思って」

澪「だから、こんな私で良ければ、よろしくお願いします!」

紬「ごめんなさい」

澪「あはは、そうだよな。付き合って欲しいって言われた相手に告白して振られるとか当たり前……」

澪「って、ええっ!?」

紬「本当にごめんね、澪ちゃん」

澪「え? なんで? どうして私が振られてるの……?」

紬「だって、澪ちゃん私に気を遣って付き合ってくれるって言ってるんでしょ?」

澪「そ、そんなこと……」

紬「本当に? だったら今から皆に私たちが付き合うことになったって自慢してきてもいい?」

澪「そ、それは……。2人だけの秘密にしないか?」

紬「嫌だって言ったら?」

澪「ううっ……」

紬「ふふっ。意地悪なこと言ってごめんね」

紬「でも、本心から私と付き合っていいって思ってるの?」

澪「……」

紬「ねぇ、澪ちゃん。私色々と自分を勘違いしていたの
  私が本当に望んでいたのは別のところにあってね」

澪「勘違い? 本当に望んでいること?」

紬「澪ちゃんが私のことを本当の親友だって思っているなら
  自分の思っている真実のところを話してほしいの」

澪「……わかった」

澪「私はムギにキスをしてしまった義務感から逃げるために付き合うっていう選択肢を選んだ」

澪「私は最低な奴だ」

紬「ありがとう、澪ちゃん。私は澪ちゃんが本当に私のことを考えて悩んでその結論に至ったんだってわかってる」

紬「だから、最低なんかじゃないわ」

澪「……ムギ」

紬「私はそんな真面目な澪ちゃんが好き。でもきっとそれは親友として」

紬「りっちゃんも、唯ちゃんも、梓ちゃんも同様に好き」

澪「私も一緒だよ。ムギとの友情は一生のものだって思ってる」

紬「今の私にはそれで充分なの。皆が仲良くしてさえいてくれれば」

澪「でも、ムギこそ無理してないのか?」

紬「だから言ったでしょ? 私の望むところは別にあるって」

澪「う~ん……。よくわからないけど」

紬「それよりも、もし私と澪ちゃんとが本当に付き合うってなったら
  りっちゃんどう思うかな?」

澪「な、なんでそこで律なんだよ」

紬「気にならないの?」

澪「た、確かに。律のことだからムギと付き合うってなったら
  なんで親友の私に相談も無しに付き合ってるんだよ
  とかうるさそうだけど」

紬「澪ちゃんも、りっちゃんが澪ちゃんに黙って誰かと付き合うことになったらどうなるかしら?」

澪「なっ!? 駄目駄目! お付き合いはお互い成人してからだな」

澪「そもそも律みたいなやつに言い寄ってくる人がいるとは思えないけど」

紬「そう? 男の子にも人気がありそうな気がするけど」

澪「え? そうなのかな……」

紬「安心して澪ちゃん。きっとりっちゃんだって澪ちゃんと同じ気持ちだと思うわ!」

澪「同じ気持ちって……。お互いに黙って誰かと付き合ったりしないってこと?」

紬「そうね。むしろお互いよく知ってる人と付き合っちゃったりして」

澪「なんだよそれ」

紬「うふふ」

澪「なぁ、ムギ」

紬「なに?」

澪「ムギが言う通り私は真剣に悩んで、その上でムギと付き合ってもいいかなって思ったんだ」

澪「確かにキスをした責任をとるっていう体裁もあったけど」

澪「だけど、ムギはこれで本当にいいのか?」

澪「自分の気持ちを押し込めてやしないのか?」

紬「もしそうだとしても、澪ちゃんはキスした責任感で私と付き合うってことよね」

澪「それは……」

紬「好きも嫌いも相手次第だし
  それに私の本当の気持ちに気づいたし
  勘違いの恋だったけど恋愛を体験できて今は良かったって思うわ」

澪「その勘違いさせた原因は私にあるんだよな」

紬「酔っ払っていたから仕方ないわよ」

澪「でも、そのせいでムギは苦しんで……」

紬「もう、気にしないで」

澪「いや、何か私に罪滅ぼしをさせて欲しいんだ」

紬「そう言われても……」

澪「そうじゃないと、私の気がすまない」

紬「まぁ、そういうことなら」

澪「私に出来る事ならなんでも」

紬「そうね。だったら」

澪「なにかあるのか?」

紬「ええ。これは澪ちゃんにしか出来ないこと」

澪「そ、それは?」

紬「それは────」


 学園祭 ロミオとジュリエット公演日

律『ああ、ロミオ。あなたはなぜロミオなの?』

澪『あの天使のような声は』


和「ここまでは順調ね」

紬「ええ」


律『なぜここに? 屋敷の石垣は高くて簡単には登れないのに』

澪『高い石垣など、恋の軽い翼で飛び越えてみせましょう』

律『ああ、ロミオ』

澪『ジュリエット』


和「ここで2人が抱き合う」

紬「山場ね」


澪「……」

律「お、おい、澪。続きの演技」

澪「あ、ああ」

律「抱き合うのは恥ずかしいだろうけど我慢な」

澪「わかってる……」

澪(すまん律。これもムギのたっての願いなんだ)

澪『ジュリエット』

律『ロミ……むぐっ!?』


和「ええっ!? ちょ、ちょっと!? キスしちゃったわよあの2人!」

紬「キマシタワー」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!! 私の澪たんがぁぁぁぁぁぁぁっ!!」バタッ!!

「ちょっと! 誰か奇声を上げて倒れたわ!」

「しかもしれっと『私の澪たん』とか言いやがったわ!」

「そんなことより早く救急車呼べ! 救急車!」

和(確認しなくても誰が倒れたのかわかる自分が憎い……)



 これこそ求めていた世界

 私の「すばらしい日々」が今始まる

 おしまい