律「たっだいま~」

唯「あ、りっちゃん」

律「いや~、澪のやつもさっきと比べたらかなり上達したぞ」

澪「って、なんか教室の雰囲気おかしくないか?」

和「ムギとは会わなかったの?」

澪「いや、会ってないけど」

律「何かあったのか?」

唯「実はね、ムギちゃん、りっちゃん達を呼びに行ってくれたんだけど
  教室に帰って来たら澪ちゃんとりっちゃんを連れてきてなくて
  そしたら、なんか泣いちゃって、机に伏せてヤダヤダーってしてたら
  さっきあずにゃんに連れて行かれちゃって……」

律「すまん、さっぱりだ……。唯に聞いた私が馬鹿だった」

澪「和?」

和「えっと、もうそろそろ時間だからムギに澪達を呼びに行ってもらったんだけど
  なぜか2人を連れ戻さずに教室に帰ってくるなり泣いちゃって
  机に突っ伏して駄々っ子みたくしてたら、梓ちゃんが来て無理矢理連れて行って……」

律「いったいどうなってんだよ……」

和「いや、私たちもさっぱりなのよ……」

唯「部室で何かあったの?」

律「劇の練習の他は、梓が昨日部室にチューナー忘れたからって取りに来ただけだな」

澪「そう言えば、梓もやけに慌てて部室から出てったな」

和「気になるわね……」

律「しゃーない、もう一回部室見てくるわ
  もしかしたら、ムギいるかもしれないし」

和「ええ、お願いね」

澪「私も行こうか?」

律「いいって。それより澪は特訓の成果を皆に見せてやれよ」

澪「ええっ!? う、うん……わかった」

律「じゃあ、がんばれよ」

澪「えっと、じゃあ、どうしよっかな……」

澪「あの……でも特訓したって言っても、それは律と2人だったし
  やっぱり皆の前でやるのはちょっと恥ずかしいって言うか」

澪「私、小学校の頃から劇は照明係とか舞台の幕を上げ下げする係とか
  そういう裏方やらせたら結構評判良かったんだけど
  いきなり演じる側でしかも主役っていうのはちょっとどうかなって」

澪「い、いや! 別にやる前になんとかしてハードル下げとこうって魂胆じゃないし
  やるからには全力で取り組むつもりだし
  だけど、失敗しても選んだ皆の責任もちょっとくらいは……」

唯「澪ちゃん本当に特訓したの?」

和(大丈夫かしら……)

紬「澪ちゃん!」ガチャ!!

澪「ひぃっ! ごめんなさい! もう言い訳しません! がんばります!」

唯「ムギちゃん帰ってきた!?」

和「ムギ、さっきは一体どうしたっていうのよ」

紬「ちょっと面かせや!」

澪「え、ええっ!?」


―――

梓「はぁ、ムギ先輩の行動力には驚かされるなぁ」

梓「上手くいくといいけど」

梓「でも、もし駄目だったら軽音部かなりヤバい雰囲気にならないかな……」

梓「いや、でもキスしたって言ってたし」

梓「……」

梓「でも、なんか引っかかるなぁ」

梓「う~ん……」

 ブーッ!! ブーッ!!

梓「あ、携帯。律先輩?」

梓「もしもし?」

梓「え? 私のカバン? あ、そういえば部室に置きっぱなしでしたね」

梓「すみません、今取りに行きます」


―――

澪(こ、こんな誰も居ない体育館裏で私は何をされるのだろう……)

紬「き、急にごめんね、澪ちゃん」

澪「い、いや。私もちゃんとロミオを演じるよ」

澪「だ、だから、お願いだから、殴ったりしないで」

紬「殴るだなんて……。そんなことするわけないじゃない」

澪「そ、それもそうだよな
  いや、ムギが一生懸命脚本書いてたの知ってたから
  それなのに、私ったら何時まで経っても恥ずかしいって言って全然上達しないし
  ムギにボコボコにされても文句は言えないって思ってるけど
  さすがに暴力とは無縁そうなムギなんだからそれはないよな」

紬「澪ちゃんヒドイわ」

澪「でも、いきなり体育館裏に呼び出すムギも悪いんだぞ?」

紬「え? 体育館裏って恋が芽生えちゃいそうなロマンス溢れる場所じゃないの?」

澪「いや、聞いたこと無いな……。そういうのは伝説の樹の下とかじゃないか?」

紬「そ、そうなんだ」

澪「どこで知ったかはしらないけど……」

紬「ご、ごめんね。こんな場所で悪いけど
  私、澪ちゃんに聞いて欲しいことがあるの」

澪「聞いてほしいこと?」

紬「うん」

紬「あ、あのね」

紬「私ね」

紬「澪ちゃんのことが……」

紬「好き、なの」

澪「……」

紬「えっと……澪ちゃん?」

澪「わ、私も。好き、だよ」

紬「ほ、本当に!?」

澪「う、うん」

紬「結婚前提!?」

澪「い、いや。そこまでは……」

紬「え?」

澪「でも、ムギは好きだよ。きっと律だって唯だって梓だって
  軽音部の皆、ムギの事が好きだと思うけど」

紬「何そのハーレム。だったらまとめてめんどう見ちゃうわよ。清らかな百合交際」

澪「ハーレム? ってか、いったい何言ってるの?」

紬「じゃなくて、私が言ってるのはloveの方なのよ?」

澪「ら、ラヴって。私たちは女同士だし、そういうのはちょっと……」

 ど、どういうことなのかしら……。
 もしかして恥ずかしがってる?
 ここは澪ちゃん的にも、もうひと押し欲しいのね!

紬「あ、あのね。私ってば自分で言うのもなんだけどルックスはノーマルだし
  スタイルはモデルさんとかとは比べ物にならない中肉中背って感じだけど
  逆にそっちの方が愛嬌もあるかもとか思っちゃったり」

紬「それに、子供も好きだし、夜遊びもしないし」

澪「う、うん」

紬「おまけになんといっても、私の家、すごくお金持ちなの!」

澪「そ、それってパパは金持ちってことか!?」

紬「そう! パパもママも私もおか~ね~もっち!」

澪「うん……知ってるけど」

紬「そ、そうよね……」

 私ったら、お金で釣ろうなんて……
 最悪な人間だわ……

紬「じ、じゃあ、ミドリガメあげようか?」

澪「いや、いらないけど……」

 そんな!?
 あんなに可愛いミドリガメでもダメだなんて
 澪ちゃんは私にこれ以上いったい何を望んでいるというのか
 じゃなくて……

紬「ごめんなさい。私ったら変なこと言っちゃって……」

澪「い、いや。別にいいけど」

 でも、どうして? 澪ちゃん
 あのお花見の日に交わした口づけ
 あれで、私をその気にさせといて……

紬「ねぇ、澪ちゃん」

澪「な、なに?」

紬「どうして、澪ちゃんは……。あの日私とキスしたの?」


―――

律「おー。来た来た」

梓「すみません」

律「鍵掛けちゃうところだったぞ」

律「ところで、ムギと一緒だったんだって?」

梓「あ、はい」

律「なんか教室帰ったら騒然としててさ。梓がムギを連れ去ったって」

梓「連れ去っただなんて」

律「いったい何があったんだよ」

梓「まぁ、その……秘密です」

律「なんだよ、それ」

梓「いいじゃないですか」

律「で、我らがムギ姫は無事に返してくれたんだろうな」

梓「王子様のところへ行きましたよ」

律「王子様?」

梓「なんでもないです」

律「んまっ! じゃあ私ことジュリエットも愛しのロミオが待つ教室まで帰ろうかしら~」

梓「あの、律先輩がジュリエットってこと思い出す度に笑っちゃうんで
  ちょっとそういうの控えてもらってもいいですか?」

律「なんだと~!」

梓(それに、今のジュリエットの配役はムギ先輩だし)

梓(お花見の時にキスまで進んでるくらいなんだから上手くいくだろうけど
  でも、何か忘れてるような……)

律「おい、何考えこんでるんだよ」

梓「いえ、ちょっと今年のお花見したこと思い出してて」

律「あー。酔っ払い澪が見れて面白かったよな」

律「まぁ、私は澪の親にバレないように私の部屋で澪の酔いが醒めるまで
  相手しなきゃいけなかったから大変だったけど」

律「あいつ、酔っ払うとベタベタしてきてウザイのなんのって」

律「で、寝て起きたら全然覚えてないでやんの」

梓「さわ子先生にも困ったものですよね。生徒を酔わせるなんて」

梓「でも、確かに酔っ払った澪先輩は結構レアで……」

梓「……あ」


―――

紬「……え? 覚えてないの?」

澪「ご、ごめん」

紬「そんな……」

澪「さわ子先生にお酒飲まされてたらしくてさ
  なんかジュースみたいだったから気づかなくて」

澪「でも、どういう訳かすごく美味しかったから結構グイグイいっちゃって……」

澪「気づいたら律の部屋のベッドの上でさ」

紬「!?」

澪「律にも、澪は酔っ払ったらすぐチューとか迫ってくるって言われて」

紬「じゃあ、私とキスしたのも」

澪「ご、ごめん。謝って済む問題じゃないけど、本当にごめん」

 あれだけはしゃいで、悩んで、苦しんで
 なのに……それなのに……

澪「あ! ムギ待って!」

紬「来ないで!」

澪「うっ!」

 こんな惨めな涙なんて見せたくない
 見られたくない

梓「ムギ先輩!」

澪「あ、梓!?」

梓「澪先輩! ムギ先輩は!?」

澪「い、今走っていっちゃって……」

梓「何やってんですか!」

澪「え」

梓「早く追いかけて下さい!」

澪「……わかった!」


―――

律「ったく……」

唯「あ、りっちゃんお帰り。そのカバンは?」

律「梓のだよ。部室閉めるってのにまたほっぽって出ていきやがって
  仕方ないから持ってきてやった」

律「って、今度は澪がいない……」

唯「澪ちゃんならムギちゃんに『面かせや!』って体育館裏に連れてかれた」

律「いったい今日はどうなってんだよ……」


―――

紬「はぁはぁ!」

 私は何かを振り切るために走った
 素敵な思い出やキラキラした気持ちや
 そして今まで勘違いをしていた自分の感情
 そんなものは汗や涙と共に流れ出てくれればいいのに

 でも、とりあえずのところは

澪「待って! ムギ!」

 澪ちゃんから逃げなくては

澪「話を聞いてくれ!」

紬「嫌ぁっ!」

 嘆き叫び怒り裏切り
 負の感情が爆発して
 今、澪ちゃんに捕まっちゃったら
 私はどうなるかわからない
 もしかしたら、澪ちゃんに酷いことを……
 だから、澪ちゃんから逃げなきゃ

 だけど、こんなに一生懸命走っているのに
 澪ちゃんとの距離はみるみるうちに縮まっていく
 自分の体力の無さを呪った

 もう澪ちゃんに捕まってしまう
 そう思った瞬間
 けたたましいブレーキ音が響いた

澪「ムギ! 危ない!」


―――

「だ、大丈夫か!?」

紬「はぁ……はぁ……」

「お、おい。君」

紬「す、すみません……」

「どこにも当たらなくてよかったけど……」

紬「ごめんなさい、急いでいたもので」

澪「おい、ムギ! 平気か!?」

紬「!?」

澪「トラックじゃなくて自転車でよかったな。トラックだったら確実に死んでたな」

紬「あの! この自転車貸していただけませんか!?」

「え? あの、ちょっと」

澪「お、おい。もう追いかけっこはここまでにしよう」

紬「ううぅ……膝が……」シクシク

澪「え!? 怪我したのか!? 血とか怖い!」

紬「怯んだ隙に、今だっ!」シャー

「あ! 俺のお気に入りの自転車!」

紬「必ず返しますので!」シャー

「コラ~! 自転車泥棒ー!!」

紬「今、手持ちがこれだけしかないんですけど
  とりあえずこれで許して下さい!」ブァサッ

「さ、札束!?」

澪「しまった! 膝をすりむいて泣いた振りをして逃げられた!」

紬「速い! この自転車なら澪ちゃんを振り切れるわ!」シャー

澪「くっ! 本気で追いかけてるのに置いてけぼりだ」

 カンカンカンカンカンカン

紬「……」

澪「はぁはぁ……。や、やっと追いついた……」

紬「踏切憎しっ!」ギリッ

澪「な、なぁムギ」

紬「来ないで……」

澪「そういう訳にはいかないんだ」

紬「嫌! 嫌よ!」

澪「ムギ!」

紬「離してっ!」

澪「ムギ! ちょっと落ち着いて」

 「お待ち下さい!」

紬「!?」

澪「だ、誰!?」

 「おと! なの!」

紬「恋なら!」

 「キャリ! アが!」

紬「必要!」

 「むて! きの!」

紬「服部!」

斎藤「斎藤でございます」

紬「そうね」

澪(こ、このやりとりはいったい……)

斎藤「お迎えに上がりました」

紬「……ありがとう」

斎藤「こちらの自転車は持ち主様へ返却しておきます」

紬「お願いね」

澪「え? ちょっと待って!」

斎藤「秋山 澪 様でいらっしゃいますね」

澪「あ、は、はい」

斎藤「わたくし、琴吹家に仕えております、斎藤と申します」

斎藤「紬お嬢様が何者かに追われていると屋敷に連絡があり参上いたしました」

斎藤「秋山様がお嬢様を追い回していたということでお間違いはありませんか?」

澪「いや、その、追い回していたっていうか……」

斎藤「ご安心下さい。その何者かが秋山様であると確認したいだけなのです」

澪「そういうことなら。はい、そうです」

斎藤「では、何も事件性はないと」

澪「は、はい」

斎藤「撤収!」

 「「「「「はっ!」」」」」

澪「うわっ! な、なんか気づかない内に囲まれてた!?」

斎藤「お騒がせして申し訳ありません。それでは」

澪「あ、あの! ムギと……紬さんとお話させて下さい」

紬「斎藤! 早く車を出しなさい!」

澪「ムギ!」

斎藤「秋山様。申し訳ありませんがお嬢様はご覧のように少々興奮気味で御座います」

斎藤「少しお嬢様にもお時間を頂き、落ち着いてからというわけには参りませんでしょうか?」

澪「で、でも……」

斎藤「大丈夫でございます。必ず後日、お話の場は設けさせていただきますことを
    この斎藤がしかと約束させていただきます」

斎藤「なので今日のところはお引き取り願います」

澪「わ、わかりました」

斎藤「ありがとうございます。それでは」

澪「……ムギ」


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