食堂

紬父「菫、紬はまだか?」

菫「あ、もうそろそろいらっしゃるかと」

紬「遅くなりました」

紬父「では、いただこうか」

紬母「スミレチャン ハ イッショニ 食ベヘンノ?」

菫「私は使用人の身ですので、後ほどいただきます」

紬母「コノ前マデ イッショニ 食べヨッタノニ」

紬父「さしずめ斎藤の教育方針なんだろう」

紬父「紬のことも、もうお姉ちゃんとは呼ばなくなったからな」

紬「斎藤が厳しすぎるのよ」

紬母「ドゲンカセントイカン!」

紬父「まぁ、斎藤にも主従関係の線引きというのがあるんだろう
    こと、そういうものに関しては彼に一任しているし
    執事というものの斎藤なりの美学があるんだろ
    やり過ぎはいけないが、そこも理解してやらんとな」

紬「そうね。わかります、お父様の言うこと」

紬母「ジャケン 寂シイノォ……」

紬「ところで、お父様。ちょっとお聞きしたいことが」

紬父「ん? なんだ、言ってみなさい」

紬「お父様とお母様の出会いについて」

紬父「ふふっ、そうか。紬もそんな年頃か」

紬母「アナタ 恋愛ニ 年齢ハ 関係アリマヘーン」

紬父「それもそうだな。恋に年齢制限は無いな」

紬「実は先程斎藤にお父様とお母様が結婚するにあたって
  お祖父様と喧嘩なさったと聞いて」

紬「それほどまでにお父様を突き動かすものが何なのか気になって」

紬父「んん、そうだな。私はどちらかと言えば直感で動くタイプだったからな」

紬父「恋というのは予告もなしに突然はじまるが
    予感というものは漠然とあるような気がする」

紬父「あれはまだ車も電話もないような時代だったか」

紬母「イツノ 時代ノ 話ダッチャ」

紬父「もとい、電気自動車も携帯電話もまだ普及してないような頃だ」

紬父「私はいつものように港の埠頭で海の男ごっこをして暇を潰していた」

紬「……本当にお暇だったんですね」

紬父「いや、これが父の日課だったのだ」

紬「そうですか……」

紬父「もやい抗に片足を乗せていつものように気取っていると
    向こうの方に船が入ってくるのが見えた」

紬父「私はなんだかあの船には大切な何かがあるような、そんな気がしてな
    気づけばその船に向かって駆けていたんだ」

紬父「結果その予感は当たっていた。私にとっての黒船来襲といったところだ
    船には便利なものやもしかしたら危ないものも乗っていたかもしれない
    しかし、その中でもひときわ輝いていたのが彼女だった」

紬父「ブロンドの長い髪、透き通るような白い肌、ブルーの澄んだ瞳」

紬父「私は目を奪われ一歩も動けなかった」

紬父「それに気づいた彼女が私に向かって笑顔でこう言った」

紬母「コンニチワ」

紬父「その不思議ななまりが入った挨拶はまさに文明開化の音がしたものだ」

紬父「そして続け様にこう言った」

紬母「キシリトール」

紬父「私は瞬時に彼女がフィンランド人だと理解した
    と、同時に結婚も申し込んでいた」

紬父「それもそうだろう、ニッコリと笑う彼女の歯は真珠のように美しかった
    さすがはキシリトールを産みだしたフィンランド人だけはある」

紬「いきなりですね」

紬父「それほど当時は魅力的だったのだ。いや、もちろん今も魅力的だがな」

紬母「抱キシメテモ ヨカデスカ!」

紬父「ははっ! 紬が見ているぞ」

紬「……」

紬父「あとはその勢いで親父に彼女との結婚の許しを請うために家に帰った」

紬父「それが二人の出会いだ」

紬「へぇ」

紬父「親父はろくに日本語も喋れない奴と結婚とは何事だと怒鳴った」

紬父「私は、なぜ今までと今しか見ないんだ、これからいくらでも日本語は覚えると反論した」

紬父「その証拠に今では日本人顔負けの流暢な日本語を喋っている」

紬母「ゼッコウチョー! ヨロコンデー!」

紬「ええ、本当に」

紬父「親父は旧態依然のやりかたに囚われ、変わることに臆病になっていた」

紬父「もちろん家の重圧もあっただろう。だが伝統を守るばかりじゃ駄目だ」

紬父「私はとにかくこの家に嫌気が差していた。だからぶっ壊してやりたかったんだ」

紬父「もしかしたら、親への反発という部分も大多数を占めていたかもしれない」

紬「はい、その辺りのことは斎藤から聞きました
   琴吹の歴史を重んじるお祖父様に対して己の力で時代を切り拓くのだとお父様が反論なさったと」

紬父「そうだ。結果良い方向へいったがそれも運がよかっただけかもしれない」

紬父「しかし、あのままだと遅かれ早かれ確実にこの家は破滅に向かっていただろう」

紬父「今頃はどこかの企業の傘下になっていたに違いない」

紬父「確かに歴史を守るのは大事なことだ
    しかし後世の人から見れば今この瞬間瞬間が歴史を紡いでいる時なのだ」

紬父「何も成さずにいてはその他の歴史の波に埋もれ誰からも認識されないかもしれない」

紬父「だが、何か行動を起こして、例えそれが失敗に終わったとしても
    失敗した歴史として認識してもらえる」

紬「ですが、その今まで築いてきた歴史が潰えてしまうかもという重圧は無かったのですか?」

紬父「そこで今までのものが潰えてしまっても、所詮はその程度のものだったのだということだ」

紬父「全てのケースがそうとは言えないが、ときにはそんな割り切りも必要なのかもしれないな」

紬「ただ待っているだけでは何も変わらない」

紬父「そうだな、時には自分から変えてみる事も必要だろう」

紬父「それに例えその時は上手くいかなくても、どうにかなるものだ」

紬父「それはこの父が保障しよう」

紬「ええ、私もお父様のように生きたいと、そう思います」

紬父「ああ、時には琴吹の名を忘れて無茶をしてみればいい」

紬父「この家だってそんなにヤワじゃない。今まで紡がれてきた歴史がそう言ってる」

紬「無茶をしてきた本人がそう仰るならそうなんでしょうね」

紬父「ふふっ、そうだな」

紬「ありがとう、お父様。私なんとかやっていけそうです」

紬父「それはよかった」

紬「ところで、プロポーズの言葉などはなかったのですか?」

紬父「もちろんあった」

紬「聞きたいわ!」

紬母「恥ズカシイどすぇ」

紬父「まぁいいじゃないか」

紬父「俺のために毎朝キシリトールを作ってくれ」

紬父「これがプロポーズの言葉だ」

紬母「キャー///」

紬父「それに対しての返事が」

紬母「サンタクロース」

紬父「こうして二人は結ばれた」

紬「菫、ご馳走様でした。いつも後片付けありがとうね」

菫「いえ、とんでもございません」

紬父「おい、まだ続きがあるんだぞ」

紬「すみません、私には成さなければならないことがあるのです」

紬父「そ、そうか」


 数日後・放課後

紬「ど、どうかな?」

和「……また思い切ったことをしたわね」

紬「他と同じじゃつまらないと思って。それに破壊からの新生というのもあると思うの」

和「まさかムギの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったわ」

和「それにしても、ロミオとジュリエットが最後まで出会わなくて
  ロミオはタク家のアンって人と結婚、ジュリエットは生涯独身を貫きましたって」

和「ロミオとジュリエットを根本から覆しちゃったわね」

和「それにこのロミオの結婚相手は元々のお話にはいないから配役してないし……」

紬「あ、あの。私がやってもいいけど」

和「う~ん……。どうしてもムギはこれで行きたいの?」

紬「やっぱり……駄目かな?」

和「だったら、いっそのことコメディにしてみる?
  ロミオとジュリエットが出会いそうで出会わないみたいな」

紬「悲劇から喜劇へ?」

和「でも、正直なところ時間もないし、なによりクラスの皆がどう言うか」

紬「だよね……」

和「そのムギのたまには変化球で攻めてみようっていう姿勢は評価するけど
  きっと周りは直球勝負を期待してると思うのよ」

紬「うん」

和「悪けど、今回は途中まで出来上がっているやつみたいに原作に沿った形の脚本でお願いできないかしら?」

紬「わかった。ごめんね和ちゃん」

和「いいのよ」

紬「はぁ……」

紬「やっぱりいきなり変えるたってそう上手くはいかないわよね」

紬「難しい……」

和「小道具はどんな感じ?」

エリ「もうばっちし!」

アカネ「順調だよ」

姫子「木役の人の寸法も測ったし、あとは作るだけだね」

唯「皆がんばれ!」

和「で、唯はなにそこでのんびりとしてるのよ」

唯「失礼な! 私だって今必死でやってるのにぃ。絶賛営業中だよ!」

和「開店休業の間違いじゃないの? 私には何もやってないように見えるんだけど」

唯「何もしないが私のお仕事なんだよ」

和「それでいて軽音部に行くとお菓子と紅茶ばっかりでしょ」

唯「いや~、誘惑が多くて~。嬉しい限りですが」

和「ニート一直線ね」

唯「ひどいっ! 和ちゃんが私にジッとしてる練習しときなさいって言ったのにっ!」

和「時と場所を考えなさい」

唯「ああ言えばこう言うんだからぁ」

和「どっちがよ……」

律「お~い澪、もうちょっと大きな声出さないと」

澪「だ、だって……恥ずかしい」

律「クラスメイトの前でそんなんじゃ、いざ舞台に立ったらどうなるんだよ……」

澪「な、慣れてないんだからしかたないだろ」

律「いつになったら慣れるのやら」

澪「うぅ……。やっぱり私には荷が重すぎるよ……」

律「むぅ……」

律「和!」

和「なに?」

律「ちょっと私たち二人だけで特訓してくる!」

澪「ええっ!?」

律「澪は皆が見てるから出来ないんだろ?」

澪「ま、まぁ。そうかな」

律「だったらとりあえず私と二人だけで完璧に仕上げて自信をつけてからだとどうだ?」

澪「う、うん。律と二人だけだったらなんとかなりそうな気がする」

紬「え? ちょっと、あの、二人っきりって……」

和「そうね、このままじゃどうしようもないし
  可能性があるのならそれにこしたことはないわ」

律「ってわけで、ちょっと軽音部の部室でやってくるから!
  梓も今日はクラスで学祭のことやるから来れないって言ってたし」

紬(ただでさえ幼馴染っていうアドバンテージがあるのに
  さらに二人っきりで特訓なんてされちゃもう……)

紬「わ、私も連れて行って!」

律「なんでムギが?」

紬「え、えっと……一応脚本だし」

澪「ムギは自分の仕事がまだあるだろ?」

和「そうね、脚本の残りも早めに仕上げてもらわないと」

紬「……うん」

律「それじゃ!」

澪「おい! そんなに引っ張るな!」

紬「……」

 … … …

和「小道具はなんとかなりそうだし、衣装も先生が作ってくれてる
  ここまではなんとか順調ね」

和「問題は主役と」

和「ムギ、脚本はどう?」

紬「……」

和「ムギ?」

紬「あ、ごめん。なんだった?」

和「どうしたのよ、ぼーっとして」

紬「う、うん。なんでもない、大丈夫」

紬(あの二人が気になって仕方がないなんて言えないし……)

和「ちょっと疲れてるんじゃない?
  一生懸命にやるのはいいけど、根を詰めすぎると良くないわ」

紬「そうね」

和「やっぱり誰かに脚本手伝ってもらう? 場面ごとに区切って」

紬「ううん。原作をなぞるだけだし」

和「そう。でも無理そうなら早めに言ってね」

紬「ありがとう。だけど平気だから心配しないで」

和「だったらいいけど」

姫子「ごめん、委員長。そろそろ私バイトの時間で」

和「あ、そうね。もうこんな時間だし、今日は上がりにしましょうか」

和「えっと、じゃあ澪と律を呼んでこないと」

紬「わ、私が呼んでくる!」

和「あ、じゃあお願いできるかしら」

紬「うん!」

和「……やけに張り切ってたわね」

唯「ねぇ、和ちゃん」

和「ん? なに唯」

唯「私、心を入れ替えるよ」

和「な、なによ急に」

唯「なんだか私だけジッとしてるのが申し訳なくなってきて」

和「そう……。今日はもう終わりにするつもりだし
  出来ればもうちょっと早くに心を入れ替えてほしかったけど」

唯「まぁ、私にもそれなりの準備が必要だし」

和「そうね……」

唯「ちょうど明日から土日で学校休みだし、この腐りきった心と体を鍛え直すために決めたことがあるんだ」

和「決めたこと?」

唯「明日はまず8時に起きて、公園をジョギングして
  部屋の掃除のあとは和ちゃんちにも行くもんね」

和「いや、別に家に来なくてもいいけど……」

唯「和ちゃんちにも行くもんね!」

和「まぁ、来たければ来てもいいけど……」

唯「うん!」


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