紬「ただいま……」

斎藤「これは紬お嬢様、おかえりなさいませ」

紬「ええ……」

斎藤「本日はいつもよりお早いおかえりで御座いますが
    どうかなされたので?」

紬「ちょっと体調がすぐれなくて……部活はお休みさせてもらったの」

斎藤「なんと!? 今すぐ医者をお呼びいたします!」

紬「ちょっと寝不足で気分が悪いだけだから、そこまでしなくても大丈夫よ」

斎藤「左様でございますか……。しかしお電話でもいただければお迎えに上がりましたのに」

紬「ちょっと、一人で考えたいこともあったから……」

斎藤「はぁ。それは昨夜遅くまでされていたことと何か関係が?」

紬「……」

斎藤「申し訳ありません。余計な詮索をしてしまいました」

紬「いえ、いいのよ。別に隠すようなことでもないから」

紬「でも、今はちょっと一人にさせてもらえる?」

斎藤「お嬢様……」



菫「ただいま帰りました」

斎藤「おお、菫。いいところへ」

菫「どうしたの?」

斎藤「うむ、紬お嬢様のことなんだが」

菫「おね……お嬢様がなにか?」

斎藤「先程お帰りになられたのだが、気分がすぐれないと部活もお休みになられてな」

菫「寝不足だらかなんじゃ」

斎藤「それとは別に、何か深刻に悩んでおられる様子でな」

斎藤「帰ってくるなり、一人になりたいと仰られたり」

菫(脚本のことで頭が一杯なんだろうなぁ)

菫「大丈夫だと思うけど」

斎藤「何が大丈夫なものか。お前はお嬢様が心配でないのか!?」

菫「だから、大丈夫だって」

菫(私はお姉ちゃんが何で悩んでるのか知ってるし
  でも、それを言いふらしていいのかどうか……)

斎藤「ああ、なんてことだ……。やはり幼少期から一緒だったのがいけなかったのだ
    だから、こんなにもお嬢様のことを軽く考えるようになってしまって」ブツブツ

菫「……」

紬「はぁ……」

紬「自分から立候補しといて、今更やっぱり無理ですなんて言えないわよね」

紬「どうしようかしら……」

 コンコン

紬「誰?」

菫「菫です」

紬「……入ってらっしゃい」

菫「失礼します」

紬「どうしたの?」

菫「ごめんね、お姉ちゃん」

紬「どうして謝るの?」

菫「さっき、帰ってきた時一人になりたいって言ってたって、おじいちゃんに聞いたから」

紬「いいのよ。菫だけは特別」

菫「お姉ちゃん……ありがとう」

菫「あとね、おじいちゃんがすごく心配してたよ」

紬「斎藤が? そうね、そんな振る舞いもしてしまったかもね」

菫「私はお姉ちゃんが何で悩んでいるのか知っているけど
  知らない人から見たらちょっと心配になっちゃうだろうね」

紬「菫は私の悩みの種を知っているの!?」

菫「うん。でもそれを他の人にも言っていいかどうかもわからないし」

紬(もしかして、菫も私と同じ悩みを!?
  学校の誰かが好きになって、しかもその誰かが女の子ってことで……)

菫「舞台の脚本なんて書くの大変そうだもんね。クラスの皆の期待も背負ってるし
  悩んじゃうのもわかるよ」

紬「……ええ、そうね」

菫「でも、あまりにもおじいちゃんが心配しちゃって
  だからお姉ちゃんが実は脚本を書くのに悩んでいるって教えてあげてもいい?」

菫「それなら安心すると思うから」

紬「ええ。斎藤にはいらぬ心配をさせて悪かったわ」

菫「まぁ、心配するのも仕事みたいなところもあるけどね」

紬「ふふっ、そうね」

菫「今から脚本の続き書くんでしょ?」

紬「ええ。今日もお夜食をお願いしようかしら」

菫「でも、寝不足でしょ? 今日は早めに寝たほうがいいんじゃ」

紬「だって、脚本が無いとお稽古も進まないもの」

菫「だからって、そんなに無理したら本当に体壊しちゃうよ」

紬「壊れられるものなら壊れてしまいたいわ……」

菫「何か言った?」

紬「いいえ。菫の言う通りね。今日は早めに寝るわ」

菫「そうだよ。今日だって部活休んじゃうなんて。軽音部の皆さん心配したんじゃない?」

紬「そうね、心配させて気を引こうなんて卑怯よね」

菫「え? う、うん」

紬「斎藤にも心配するなって言っておいて。心労がたたって倒れられても困るから」

菫「わかった。それじゃ」

紬「ねぇ、菫」

菫「なに?」

紬「私ね、安易な考えで脚本担当になったこと後悔してるわ……
  本当に……後悔してる……」

菫「おねえ……ちゃん……?」


―――

菫「――ってことで、学園祭の舞台の脚本で頭が一杯だから悩んでたって訳
  だから、あまり心配するなって紬お嬢様が」

斎藤「なるほど……。ところでその舞台の演目は?」

菫「ロミオとジュリエットだったかと」

斎藤「やはり……お嬢様もお年頃というわけか」

菫「やっぱり、ロミオとジュリエットっていったら歴史もあるし、演劇を越えてもはや芸術みたいなもんだもんね
  お嬢様があれだけ悩んでいらっしゃるのも納得っていうか、なんか悩み過ぎな気もするけど……」

斎藤「確かに脚本を書くことで悩んでおられるのは間違いないだろうが
    菫はお嬢様がただ脚本のことで悩んでいらっしゃると思っているのか?」

菫「え? 違うの?」

斎藤「お嬢様は今、恋をなさっている」

菫「こ、恋!?」

斎藤「紬お嬢様はこの琴吹家の一人娘。すなわちこの家を継ぐ身
    そうなれば、将来選ばれる相手も琴吹にそれ相応の男性ということになる」

菫「それと脚本を書くことにどういう繋がりが……」

斎藤「菫もロミオとジュリエットがどういう話かも知らぬ訳じゃあるまい」

菫「……あ」

斎藤「おそらく、お嬢様の意中の男性は琴吹家には似つかわしくない者なのだろう
    お嬢様は自分をジュリエット、相手の男性をロミオに当てはめ物語を紡いでいる」

斎藤「しかし、あくまであれは創作物。実際に家を捨てる覚悟が自分にはあるのか
    例え紬お嬢様にそんな不退転の決意があろうとも相手はどうだろうか」

斎藤「そんな現実とフィクションとの境にお嬢様は心を苦しめられていらっしゃるのだろう」

菫「そ、そう言われると、そんな気もしないでもないけど……。
  でも、本当にそうなのかな……」

斎藤「もしかしたら、このような名のある家などに産まれてくるべきじゃなかったと
    思われているのかもしれない……」

斎藤「ああ! おいたわしや! 紬お嬢様っ!!」

斎藤「この斎藤、お嬢様の苦しみを少しでも和らげることができたならっ!」

菫(ダメだ……さっきよりもっと心配し始めちゃったよ)

斎藤「こうしてはおられん! 行くぞ! 菫よ!」

菫「ええっ!? 行くってどこに!?」

―――

紬「はぁ……」

紬「こんなことで落ち込んでるのも馬鹿らしいかも……」

紬「本当に澪ちゃんとりっちゃんがロミオとジュリエットになるわけじゃないんだし」

紬「でも、私が頑張れば頑張るほどあの2人の仲が深まる気もするし」

紬「……ただの我儘なのかな」

紬「でも、そんなに簡単に切り替えることが出来ない」

紬「私……どうすれば……」

 「そのお悩み、わたくしめにお任せ下さい!!」

紬「だ、誰っ!?」

 「おと! なの!」

紬「恋なら!?」

 「キャリ! アが!」

紬「必要!?」

 「その! 名も!」

紬「服部!?」

斎藤「斎藤でございます」

紬「そうね」

菫(このやりとりはいったい……)

紬「急にどうしたって言うの?」

斎藤「この斎藤。紬お嬢様に大切なお話があり参上いたしました」

紬「話?」

斎藤「はい。宜しければ、少しの間お耳を傾けて頂ければと」

紬「今はそんな気分じゃないんだけど……」

斎藤「今のお嬢様のお悩みなどは、楽勝、ラクショー、私にかかれば、でございます」

紬「……わかったわ。話してごらんなさい」

斎藤「ありがとうございます」

紬「で、どんな話なの?」

斎藤「旦那様と奥様のことでございます」

紬「お父様とお母様の?」

斎藤「旦那様と奥様とのご結婚の際に大旦那様が大反対されたことはご存知でしょうか?」

紬「お祖父様が? いいえ……知らないわ」

斎藤「大旦那様は伝統を重んじ、先祖代々続いてきた琴吹という家を守ろうとしていらっしゃった方でした
    しかし、逆を言えば時代遅れであったのは否めません」

紬「それで、お父様とお母様が結婚する際に何かあったと?」

斎藤「はい。旦那様がたまたま日本へ観光にやってきた一般女性。後の奥様ですが、その方に一目惚れして
    屋敷にお連れされ、すぐにでも結婚すると仰ったのです」

斎藤「しかし当時、旦那様には大旦那様がお決めになられた許嫁がいらっしゃいました
    家柄というしがらみによって決められた許嫁が」

斎藤「もともと些細なことで衝突しあっていたお二人でしたので、当然大喧嘩になりました」

斎藤「大旦那様はこの家の誇りある歴史を守らずしてどうすると詰め寄ると
    旦那様は守ることも大事だが己の手で切り開き
    自らが範となり後世へ残すことも大切だと反論なさいました」

斎藤「さすがの大旦那様も思うところがあったのでしょう」

斎藤「歴史や伝統を重んじるあまりに時代の変化に取り残され没落していく」

斎藤「皮肉にもその当時バブル景気に湧いていた日本経済に対して
    どういう訳か伸び悩んでいた経営のことも重なった」

斎藤「結局そのまま旦那様が押し切る形となり旦那様と奥様はご結婚なされたのです」

斎藤「その後は旦那様の仰った通り、琴吹という伝統を守りながらも柔軟な発想から事業を展開し
    世界に名だたる企業にまで発展させ、親子の仲も紬お嬢様がお生まれになってからは修復されました」

紬「そんなことが……。でも、それと私の悩みとどういう関係が……」

斎藤「わたくしは、お嬢様のことを心の底より慕い、お仕えしております」

斎藤「そのお嬢様がお選びになった方も、わたくしは無条件で信頼し
    この身が果てるまでお尽くしする所存です」

斎藤「それが、お嬢様に対するわたくしの忠誠でございます」

紬(……きっと何か勘違いをしているのね)

斎藤「身分違いの恋であろうと、それがお嬢様の決めた道ならば
    この身でいばらを切り裂いて先陣を行きましょうぞ!」

紬(違いじゃなくて、同じってところに悩んでるんだけど……)

斎藤「どのようなことがありましても、この斎藤がお味方いたします!」

紬(ここで、実は好きな人は女性なのって言ったらそれこそ泡を吹いて倒れちゃうかも……)

菫(なんかお姉ちゃん困ってるような……)

紬「わ、わかったわ。ありがとう斎藤。とても気分が楽になったわ」

斎藤「いえ、主人の悩みを解決するのも執事の勤め」

紬「あなたこそ執事の鏡だわ」

斎藤「勿体なきお言葉。それではお嬢様、そろそろご夕食の準備が整う頃でございます」

菫「あ! まだ私、食器の準備とかぜんぜん出来てない! すぐ行ってきます!」

紬「菫、ちょっと待って!」

菫「はい?」

紬「あの、ちょっとお話があるんだけど」

菫「えっと、でも……」

斎藤「菫、お嬢様のお相手をして差し上げなさい。準備は私がしておくから」

菫「は、はい。わかりました」

斎藤「では、お嬢様」

紬「ええ、ご苦労様。ありがとう」

菫「あの、お姉ちゃん。やっぱりおじいちゃんが言ってたことは見当違いなんじゃ……」

紬「いえ、ほぼ合ってるわ」

菫「ええっ!? じゃあ、こ、こ、こ、恋をしてるってこと!?」

紬「まぁ、根本が間違ってるんだけど」

菫「どういうこと?」

紬「もう自分一人で抱え続けるのも限界だし、菫だから話すんだけど」

菫「う、うん」

紬「あのね、驚かないでほしいんだけど」

菫「わかったよ」

紬「私、殿方より女性の方が好きかもしれないの」

菫「え……」

紬「もちろん恋愛感情でよ」

菫「あー。うん」

紬「今日ね、好きな人がロミオ役に選ばれて
  で、目下私の恋のライバル的な人がジュリエットになっちゃったの」

紬「それなのに悲劇とはいえ、私がそんな二人の愛の物語を書かなくちゃいけないなんて」

紬「もし時間が戻るなら私もジュリエット役に立候補すればよかったって」

紬「本当に浅はかだったわ」

菫「へー、大変だね」

紬「あまり驚かないのね?」

菫「なんて言うか、昔からお姉ちゃんがそっち方面に興味があるってのは
  なんとなくわかってたから」

紬「そう?」

菫「あ、でも、お姉ちゃん自身が女性に対して恋愛感情を抱いていたってのは
  ちょっとビックリかも」

紬「どうして?」

菫「あくまで第三者として観察してるのが好きなんだと思ってたから」

紬「まぁ、それも好きだけど」

菫「でも、そういうのが好きってことは素養もあるってことだし
  そうなるもの別に不思議じゃないけどね」

紬「気持ち悪いって思わないの?」

菫「全然」

紬「そう、よかったわ」

菫「私だって、例えお姉ちゃんが想像を絶する変態でもずっと本物の姉のように慕っていく所存です」

紬「変態は心外だわ」

菫「ご、ごめん」

紬「ふふっ。ああ、なんだか菫に話を聞いてもらったら一気に気が楽になったわ」

菫「よかった」

紬「本当に、私は良い執事と良い妹を持ったわ」

菫「えへへ」

菫「じゃあ、そろそろ私も夕食の準備のお手伝いしてくるね」

紬「ええ、お願いね」


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