律「よし! 練習はこれくらいにして、そろそろお茶にするか!」

梓「お茶の前に練習するようになったのは進歩ですけど
  結局練習時間よりお茶の時間の方が長いじゃないですか~」

紬「じゃあ、すぐに用意するわね!」

唯「ムギちゃん、なんだか最近練習よりお茶淹れる方が張り切ってるね」

梓「ムギ先輩……」

 梓ちゃんには悪いけど、私はこのティータイムが部活の時間で何よりも楽しみ
 何故なら……

澪「ムギ、今日のお茶も美味しいな」

 ティータイムの時
 私の隣には痩せてるくせにボイン……

澪「ん、なにムギ? そんなに私の方ジロジロと見て。なにか私変?」

紬「え? ううん、なんでもないの」

 標準体型のボインが座ってくれるから!

 ちょっと前までは仲の良いただの友達でしかなかった
 でも今は違う
 とあることがきっかけで友達以上の感情が芽生えてしまった
 きっと澪ちゃんも同じ気持ちを抱いていると思う
 そうであってほしい

 なんだか一度そんな意識をしちゃうと、普段の学校生活で
 澪ちゃんの近くへ行くにはなんだか変に緊張しちゃって勇気がいる
 だから、気兼ねなく澪ちゃんの隣に座れるティータイムは私にとって大変貴重な時間となった

 だけど、そんな恋に障害はつきもの

律「ムギは、澪がそんなに飲んで食べてするから『澪ちゃん最近太ったなぁ』
  って感じでジロジロと見たんだよ、きっと」

澪「なっ! なんだとぉ~!」

律「ひゃん! こわ~い」

澪「可愛く怖がっても駄目だ!」ペチン!!

律「いでっ! 私の可愛いおでこがっ!!」

 このデコが私とボインの間に立ちふさがる

澪「ムギはそんなこと思ってないよな」

紬「え? うん……」

澪「いや、もうちょっと強く肯定してもらわないと……」

律「ほらほらぁ~、ムギだってそう思ってるってことじゃん」

 デコというのは勿論、我が軽音部部長のりっちゃん
 りっちゃんは高校生のくせにおデコなんか出しちゃって
 最初会ったときは正直ギャグかと思った
 あんなに積極的におデコを出すなんて私には考えられないし
 少なくとも私には出来ない

律「いやぁ~、ムギを見てると昨日の私を見るようだ」

澪「どういうことだよ」

律「昨日、私も同じようなこと思ってたから」

澪「律っ!!」

律「ムギも、お淑やかなのはいいけど、ちゃんと言いたいこと言わなきゃ
  私のようになれないぞ」

梓「律先輩のようになっても……」

律「おいおい、それはどういうことかな、中野よ」

澪「ムギ……本当に、そう思ってたの……?」

紬「ち、違うのよ澪ちゃん」

律「じゃあ、どのような思いで澪を見てたのかなぁ~?」

紬「えっと……澪ちゃん、今日も綺麗だな、って」

澪「えっ!? あの……えっと……。あ、ありがとう」

唯「あらあら」

梓「まぁまぁ」

律「おいおい、なに甘い空気漂わしてるんだよ……」

 そう、私が澪ちゃんに対して特別な想いを抱き始めたのは
 3年生になってから間もない頃
 軽音部のみんなでお花見に行ったあの日……

 ~ ~ ~ ~ ~

律「じゃあ、明日の休みの日は軽音部で花見な!」

唯「わーい!」

さわ子「飲むわよー!」

梓「先生も来るんですか……」

さわ子「当たり前じゃない! 私だって軽音部の顧問なんですもの」

澪「あんまり羽目を外しすぎないで下さいね」

さわ子「それはシラフの私に言われても保証できないわね」

澪「はぁ……」

唯「で、昼間にするの? それとも夜?」

律「そりゃあ、花見と言ったら夜桜だろ」

紬「あの……ごめんなさい。私、その日は家のことで夕方から予定があって……」

律「あ、そうなんだ……」

唯「じゃあ、来週にする?」

梓「でも、今週逃すときっと来週には葉桜になっちゃってますよ」

紬「だったら私抜きでやってもらっても」

澪「そういう訳にもいかないだろ、昼間にやればいいじゃないか
  それだったらムギも来れるだろ?」

紬「うん。ごめんね夜桜見物じゃなくなって」

律「いやいや、いいって! 昼間だろうが夜だろうが桜の綺麗さは関係ないし!」

唯「そうそう、お弁当の美味しさは昼でも夜でも変わらない!」

梓「花より団子を包み隠さない唯先輩はさすがです」

さわ子「昼間っから酔っ払うってのも乙なもんよね~」


 お花見当日

さわ子「ひゃっひゃっひゃっひゃ!」

紬「先生、大丈夫ですか!?」

さわ子「わたしゃ酔っ払ってませんよぉ~」

梓「なんか出来上がってる……」

律「この中で一番自制心を保ってなきゃいけない立場なのにな」

澪「うぅ……。周りの花見客の人の注目を集めまくってる」

さわ子「いや~、しっかしこのお弁当すごく美味しいわね」

唯「憂が持たせてくれたんだ」

さわ子「羨ましいわねぇ~。いっそのこと私も平沢家の子になろうかしら」

唯「さわちゃんと姉妹になっちゃうなんて、この世で一番最悪なことだよねぇ~」

さわ子「それもそっか! あ~っひゃっひゃっひゃっひゃ!」

さわ子「って、何あんた達黙ってるのよ! もっと盛り上がっていかないとっ!」

軽音部一同「……」

さわ子「まぁ~ったく……こんな良き日だっていうのにぃ……」

律「面倒くせぇなぁ……」

紬「今年の花見はいつにも増して楽しいわ」

梓「ムギ先輩の楽しいと感じる基準を詳しく知りたいです」

さわ子「私だってねぇ、PTAと学校の板挟みで大変なのよ」

さわ子「だから、こんな時くらい羽目外したっていいじゃないのよ!」

唯「大変な職についたねぇ、偉いねぇ」

梓「でも、生徒に対してはちゃんと教師らしく振舞ってもらわないと」

さわ子(ちっ! そっちがそうなら、無理矢理にでも盛り上げて……)

さわ子「あなた達、もうコップが空っぽね。さぁさぁ、先生が飲み物入れてあげるわね」

さわ子(にひひ……)トクトクトク...

さわ子「ほら、このカルピスソーダは誰が欲しい?」

澪「あ、じゃあ私がもらいます」

さわ子「ほい、澪ちゃんね。沢山飲むのよぉ」

さわ子「他の子は?」

唯「私、炭酸系苦手だからムギちゃんの持ってきてくれた紅茶でいい」

紬「魔法瓶に沢山作って持ってきたから、いくらでも言ってね」

梓「私も、ムギ先輩の紅茶がいいです」

律「春とはいえまだ少し肌寒いから温かいものが嬉しいよな」

澪「あ、だったら私もムギの紅茶の方が……」

さわ子「澪ちゅわ~ん! 私の入れた酒……じゃなくて
     カルピスソーダが飲めないっていうのぉ!?」

澪「ひっ! わ、わかりました。飲みます、飲みますからあんまり絡まないで下さい」

さわ子(うっひっひ。せめて澪ちゃんだけは道連れに)

 … … …

さわ子「で、その男とはそれっきりってことよ」

律「へ~」

梓「ほうほう」

唯「すごいね~」

紬「先生も苦労なさってるんですね」

さわ子「その苦労が人生のスパイスになってるのよ」

唯「だとしたらスパイス効き過ぎな激辛人生だよね」

律「何がすごいってさわちゃんの恋愛遍歴のほぼ全てが片思いに始まり
  恋に発展することなく終わっていくってとこだよな」

さわ子「ちょっと! 馬鹿にしないでもらえる!?」

澪 ポ~ッ

紬「あ、ちょっと私お手洗いに……」

梓「場所わかります?」

紬「うん、大丈夫」

さわ子「ったく……あなた達みたいな小便臭い小娘よりかは
    私のほうがいくらか経験も豊富だし、魅力溢れてるわよ」

律「でも、私たち女子高だし。出会いとかないし」

さわ子「私だって桜高の生徒だったのよ!」

さわ子「でも、あなた達くらいの頃には好きな他校の男子に告白したりしてたし
     恋愛に対して一切妥協はしてなかったわよ!」

唯「その結果メタルに走ることになってしまうとは当時のさわちゃんも思ってもみなかっただろうね」

さわ子「そういう軽口は男子とキスでもしてから叩きなさい。私なんてそれ以上のことも……
     ウヒッ、ウヒヒヒヒヒ」

律「まだ昼間ですよ~」

澪「キス……トキメキとスキ」

梓「どうしたんですか? 澪先輩」

澪「なぁ、梓……キスってどんな感じかな……」

梓「えっ? えっと……残念ながら私も経験がないのでなんとも……」

澪「数奇な運命で好きになり 奇数の数だけキスをした」

梓「澪先輩!? 急にどうしたんですか!?」

律「ああ、いつもの発作だろ。にしてもこれはいつもの歌詞より酷いな」

澪「鱚がKISSして海に帰す」

唯「さすがの私でもこれは手放しで褒められない」

さわ子「澪ちゃん、そこは『鱚とFUCK』くらいにした方が勢いつくんじゃない?」

律「この公園のゴミ箱どこにあったっけ?」


紬「ただいま~」

唯「おかえりムギちゃん」

さわ子「ううっ、私もおトイレ」ブルッ

律「そのまま便器にでもはまってきて下さい」

紬「お手洗い結構混みだしてきてたから、もしあれだったら
  みんなも早めに済ませちゃった方がいいかも」

唯「だったら、私もいってこようかな」

梓「私もです」

律「じゃあ、私も」

澪 ポ~ッ

律「澪は?」

澪「わたしはらいじょうぶ」

律「ん? そうか。じゃあムギと澪でお留守番よろしく」

紬「わかった~」

紬「ねぇ、澪ちゃん。このお花見会場って露店もあるしなんだかお祭りみたい」

紬「りんご飴とか綿菓子とか帰りに買っていこうかしら」

澪「ねぇ、ムギ」

紬「なぁに」

澪「ムギはキスしたこと、ある?」

紬「私は……そういうことはまだ……かな」

澪「キスってどんな感じかな」

紬「ん~、イメージでは甘酸っぱいとか?」

澪「なんだかよくわからない」

紬「まぁ、いずれ私たちだって恋をして……」

 そう私が言った時、一陣の風が吹いた

 私はその風で髪の毛が乱れないようにしっかりと手で抑える

 近くで「キャッ」と幼い女の子が小さな悲鳴を上げる
 どうやらさっきの風に驚いて持っていたキャラクターものの風船を離してしまったみたいだ
 きっと露天でお母さんに買ってもらったものだろう
 桜の木の枝の間を縫って空へ舞い上がっていく

 私は風船がその枝のどれかに引っ掛かればいい
 そうすれば木登りが得意な、そう例えばりっちゃん
 りっちゃんなんかはきっと木登りが得意だろうから
 どれかの枝に引っ掛かればきっとその風船はまた女の子の元に戻るんじゃないか
 そう思いながらじっとその風船の動向を見ていた

澪「ねぇ、ムギ」

 不意に澪ちゃんに呼ばれて目が合う
 どういう訳か彼女の顔は私の顔のすぐ近くにあった

 これ以上近づけばきっと私と澪ちゃんは……

 そう思った瞬間、また風が吹いた

 さっきの風よりは幾分穏やかな風
 だけど私はその風に対してなんの抵抗もしなかった
 いえ、出来なかった
 ただ風が吹くままに髪が乱れる

 その乱れた髪が私と澪ちゃんの触れ合う部分を覆い隠す
 まるで二人だけの秘密を守るように



 どれくらいの間そうしていたのだろうか
 きっと私の頭の中はいまだかつて無い濃厚で凝縮された経験のために
 処理が追いつかなくなりオーバーロードをしていたのだろう
 なので、私にはその時間を正確に把握することはできなかった

 ふと気づくとすでに澪ちゃんは私から離れていた
 唇にはまだ微かに感触が残っている

 もう一度女の子が離してしまった風船を見る
 2度目の風が吹く前とさほど変わらない高度を漂っている
 そこで初めてさっきの出来事はほんの一瞬のことだったのだと悟った

 私はどういう訳かその風船がどの木の枝にも引っかからずに
 大空へ舞い上がって欲しいと願った

 女の子には悪いけど、なぜだかそう願わずにはいられなかった


唯「ふわぁ~、さっきすごい風だったね」

律「ほんと、Hな風だったわん」

梓「さわ子先生には幻滅しました」

さわ子「うひひっ、梓ちゃん白だったわね~」

梓「最低です」

唯「そういうさわちゃんは毛糸の赤いパンツだったね」

さわ子「い、いいじゃない。まだ肌寒いし暖かいのよこれ」

律「ババ臭っ」

梓「そんなんだから彼氏できないんですよ」

さわ子「ぐぬぬ……」

紬「……」ポケ~ッ

澪「……」ポ~ッ

律「って2人とも、ぼ~っとしてどうした?」

紬「えっ!? あっ!? な、なんでもないの!」

律「ん? そうか?」

紬「あの、私そろそろ帰らないと!」

梓「もうそんな時間なんですか?」

紬「え、えっと……う、うん、ごめんね」

さわ子「まだまだこれからなのにぃ~」

紬「私のことは気にせずに続けてください」

唯「そっか~、残念だなぁ」

紬「じゃあ、またね!」

澪 ポ~ッ


 あんなことがあった後だったのでなんだかいたたまれなくなって
 その場から逃げ出すように帰途に着く

 少し歩いて冷静になると慌ててあの場を出てきてしまったことに後悔した
 なにより澪ちゃんには何も言わずに来ちゃったから
 でも戻ることなんて出来そうにない

紬「別れの挨拶くらいはしときたかったな」

 もちろんさっきの行為に対しての「ごめんなさい」という返答ではなく
 ただ「じゃあね」とか「またね」といった類のもの

 ふと先程のことを思い返すと、顔がほのかに熱くなる
 思ってもみなかったまさかの出来事、だけど嫌じゃない
 むしろ……

 私は来た道を振り返り軽音部が陣取っていた場所を探した
 だけどここからじゃ人ごみに紛れて澪ちゃん達を判別できない

 空にはさっきの風船がフワフワと浮かんでいる

紬「どこにも引っ掛からなかったのね。あの女の子かわいそうに」

 その言葉とは裏腹に私はなんだか嬉しくなってしまった

 私はさっきの素敵な出来事を何度も何度も思い返し
 ゆっくりゆっくりと家路に着いた

 ~ ~ ~ ~ ~


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