紬「え?」

ついに言ってしまいました。
ムギ先輩はもちろん、唯先輩も澪先輩も律先輩も凍りついてしまいました。

梓「ムギは卑しい家畜豚だからゴミクズのように扱うべきです!」

大事なことなのでもう一度言ってやりました。
先輩たちは凍りついたままです。
少しするとムギ先輩が顔を真っ赤にしました。
怒っているのかと思ったら、瞳に水滴を湛えています。
どうやら泣いてしまったみたいです。

律「おい梓!」

律先輩が私を糾弾するべく大声をあげました。
この時の律先輩は部長らしくて、ちょっとだけかっこいいなって思ってしまいました。


梓「どうしましたか? 律先輩」

律「おい、お前、何言ってるのかわかってるのか?」

梓「わかっていますよ。ムギは卑しい豚だからそれ相応の扱いが必要だと言ってるんです」

律「梓ァ……」

律先輩は信じられないものを見るような目で私を睨みつけました。

澪先輩も同じ様に私を睨んでいます。
唯先輩は……どうやらムギ先輩をなだめているようです。

律「ムギに謝れ!」

梓「なんで謝る必要があるんですか? 私は当たり前のことを言ってるだけなのに」

律「考えなおす気はないんだな」

律先輩とくだらない押し問答をしている暇はありません。
私はムギ先輩の傍へつかつかと歩み寄り、金髪を鷲掴みにして顔をこちらに向かせました?

紬「キャッ」

唯「あずにゃん……?」

ムギ先輩が苦悶の表情を浮かべます。
唯先輩は……怯えていました。
普段の私とのギャップに驚いているのでしょう。

梓「ムギ、お前は卑しい家畜豚ですよね?」

紬「あずさちゃん? 何を言っているの?」

梓「ムギは私達を裏切った汚いメス豚だと言っているんです? 違いますか」

真っ赤だったムギ先輩の顔から血の気が引いていくのがわかりました。

律「おい梓、いい加減に……」

梓「まあちょっと待って下さい。ムギ、あなたは……」

紬「はい。私は卑しい家畜豚です。どうぞゴミクズのように扱って下さい」

その目に既に生気はなく、絶望だけが残っていました。

梓「それじゃあムギは連れていきます」

私はムギ先輩の髪をひっぱって部室を出ようとしました。

律「おい、待て」

紬「いいの。りっちゃん」

澪「梓……ムギ……」

唯「ムギちゃん、なんで…………?」

唯先輩の言葉が背中から聞こえるのを無視して私は扉の外にでました。



それからも毎日私とムギ先輩は部活にいきました。
もちろん、明るい雰囲気のけいおんぶは既にありません
事ある毎にムギ先輩の髪を掴み引っ張り、ある時は蹴飛ばし殴るなどの暴行を加えました。

そのたびに律先輩が声を荒立て、それをムギ先輩がなだめました。
澪先輩と唯先輩は戸惑ったり怯えたりしています。

どれだけ罵っても、どれだけ傷つけてもムギ先輩は私に抵抗しませんでした。
私はそのことに酷く苛立っていました。
言い訳にはならないかもしれませんが、酷く苛立っていた私は、まともな判断のできる精神状態ではなかったのです。


ある日部室に行くと、ムギ先輩が一人で紅茶を入れる準備をしていました。
何かいいことがあったのか鼻歌を歌いながら。

私は楽しそうにお茶をいれているムギ先輩がどうしても許せませんでした。
だからお湯の入ったポットを投げつけました。

嘘だと思われるかもしれませんが、ムギ先輩にあてるつもりはありませんでした。
本当です。信じて下さい。

ポットがぶつかる瞬間の、ムギ先輩の驚きと恐怖に満ちた瞳は今でも忘れられません。

それが今回の事件に至るあらましです」

律「ちょっとわからないことがあるんだが……」

澪「なんでムギは梓に従ってたんだ?」

梓「それはムギ先輩がバラされたくなかったからです」

唯「なにを?」

梓「転校するって」

律「え?」

梓「ムギ先輩は一ヶ月後に転校する予定だったんです」

澪「一ヶ月後……ということはライブの直前にか」

梓「私はその情報をあるルートから仕入れ、ムギ先輩に話しました」

梓「ムギ先輩はけいおん部のみんなには伝えないで欲しいといいました」

梓「だから私はムギ先輩に取引をもちかけました。なんでも言うことを聞いてください、と」

律「それでムギは梓に従っていたのか」

梓「ムギ先輩としては予想外だったと思いますがね。私があんな酷いことをするなんて」

梓「これで全部わかりましたか?」

唯「まだわからないことがあるよ」

唯「なんであずにゃんはムギちゃんにあんな酷いことしたの?」

梓「……したかったからじゃ駄目ですか?」

唯「駄目だよ。わけわかんないよ」

???「だいたいのあらましはわかりました。詳しい事情は屋敷で聞かせてもらいましょう」

唯「誰?」

斎藤「琴吹家の使用人をしております斎藤ともうします。以後お見知りおきを」

斎藤「では中野梓さん。ついてきてください」

梓「はい」

律「梓……」

澪「梓……」

唯「あずにゃん……」


ーー
ーーー
ーーーー
ーーーーー

唯「ムギちゃん! 意識が戻ったって聞いてとんできたんだけど」

紬「あら、唯ちゃん。お見舞いにきてくれたのね。ありがとう」

唯「えへへ~。いつものムギちゃんだ」

紬「ごめんなさい。棚から落ちてきたポッドにぶつかって入院しちゃうなんて、本当に情けないわ」

唯「気にしなくていいんだよ」

紬「しかもここ一年の記憶がないの。こんな私でも唯ちゃんは仲良くしてくれる?」

唯「モチロン。りっちゃんも澪ちゃんもそんなこと全然気にしないよ~」


唯(斎藤さんは今回の件を事故として処理した)

唯(ムギちゃんにはポッドが落ちてきて偶然ぶつかったと説明したらしい)

唯(一方のあずにゃんは普通に学校に通っている。部活に顔を出すことはなくなったけど)

唯(それは私達も一緒だ)

唯(けいおん部がただ息苦しいだけの空間になってしまったから)

紬「ねぇ唯ちゃん。今度ライブやるんですって? 私も参加していいのかな?」

唯「もちろんだよ」

唯(……転校話もなくなったそうだ)


ーー

澪「じゃあ今日からムギも復帰したことだしバシバシ練習するぞー」

律・唯「えー」

紬「まぁ澪ちゃん。今日はみんながお見舞いにきてくれたお礼も兼ねていつもよいいい紅茶を用意したの」

澪「まあムギがそういうなら」

紬「はいどうぞ」

唯「いつもより……」

澪「……美味しい」

律「……だと」

唯「やっぱりHTTはこうじゃないと。ムギちゃんが戻ってきて本当に良かったよ」

律「ああ……4人揃ってこそのけいおん部だからな」

ーー
ーーー

紬「みんな一年前よりずっとうまくなったのね」

紬「特に唯ちゃんは凄いわ」

唯「えへへへ」

澪「そういうムギも記憶なくす前とほとんど変わらない腕じゃないか」

紬「ええ、そうね…………」

律「ムギ……どうかした?」

紬「何かが足りない気がしたの。変ね。私たちの演奏に何の問題もないはずなのに……」

ーー
紬(何かが足りない)

紬(何が足りないんだろう?)

紬(ライブだって成功したし、けいおん部のみんなとも仲良しだし)

紬(考えてばかりじゃ駄目ね。そろそろ唯ちゃん達がくるから紅茶の準備をしなくちゃ)

紬(カップを出して……って奥に何がある)

紬(これは……5個目のカップ?)

紬(来客用かしら? 和ちゃんや憂ちゃんがたまにくるし)

紬(…………いいえ違うわ。和ちゃんや憂ちゃんには違うカップを使ってもらってる)

紬(このカップは部員用に私が特注したもの)

紬(斎藤に問い質さなきゃ)


ーー
ーーー

梓「わ、ムギ先輩?」

紬「中野梓さん……よね?」

梓「はいそうですけど。……何の御用ですか?」

紬「けいおん部の5人目のメンバーの中野梓さんよね?」

梓「……人違いじゃないですか? 先輩とは初対面のはずです」

紬「初対面の人が『ムギ先輩』だなんて言うかしら?」

梓「……」

紬「ねぇ、話をしましょう」

ーー
ーーー
ーーーー

紬「斎藤から全部聞いたの。この一年間に何があったのか。どうして私が入院することになったのか」

梓「ムギ先輩……」

梓「申し開きはしません」

梓「ムギ先輩の気が済むようにしてください」

紬「じゃあなんでも言うことを聞いてくれる?」

梓「はい」

紬「なんで私を殴ったりしたのか教えてくれる」

梓「それは斉藤さんから教えてもらったんじゃ?」

紬「梓ちゃん。なんでも言うこと聞いてくれるって言ったよね」

梓「…………ムギ先輩が」

紬「ムギ先輩が……?」

梓「裏切ったからです。突然転校するなんて。それも誰にも告げずに」

梓「親に対して必死に抵抗して欲しかったんです」

梓「私達に相談してくれれば何かできるかもしれない」

梓「だからムギ先輩が根をあげるまで虐めてやろうと思ったんです」

紬「そうだったの」

梓「幼稚すぎたんです………………ほんとうにごめんなさい」


紬「ねぇ梓ちゃん。私も謝らなきゃいけないと思うの」

紬「記憶がないから確かなことは言えないんだけどね。私は臆病だったんだと思う」

紬「たぶん転校することを伝えればけいおん部がギスギスした」

紬「別れの予感に支配されて心地よい空間がなくなってしまう」

紬「それが嫌で逃げていたの。ただの現実逃避」

紬「ライブ直前に私が抜けて困るって、分かってたはずなのにね」

梓「……」

紬「だから梓ちゃん、けいおん部に戻ってきてくれない」

梓「それは無理です。……今更戻れません」

梓「私はみんなに酷いことをしました」

紬「お願い」

梓「嫌です」

紬「なんでも言うこと聞いてくれるって言ったじゃない」

梓「それとこれとは話が別です」

紬「梓ちゃんのケチ」

梓「ケチで結構です」

紬「ドケチ」

梓「子供ですか」


紬「アズサちゃん!!!!」

梓「はい!」


紬「…………けいおん部のみんななら大丈夫だから。絶対に大丈夫だから」

梓「………………………………………………………………………………はい」


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ーーー
ーーーー




>ねぇ、なんで鼻歌歌ってたと思う?


>あの時私は、梓ちゃんが「ムギ」って呼び捨てにしてくれたのを思い出したての

先輩は記憶がないんじゃ……

>記憶がなくたってわかるわ。だってこんなにかわいい後輩に呼び捨てにされて嬉しくないわけないもの

…………ムギ先輩

>なあに?

………………………来週の日曜日デートしてくれませんか。ムギ

>よろこんで


おしまい