さわ子「姿勢正してェ~~~! 喫食開始ィ!」

受刑者達「いただきます!」

唯(うっ……)

律(げー……)

澪(うわぁ……)

紬(……)

梓(な、なんて事を……)プルプル

皆さん、こんにちは。平沢唯受刑者です。
突然ですが皆さんに質問です。皆さんが一番こだわりを持っている主食は何ですか?
単純に一番好きな主食でもいいですよ。
ご飯? パン? 麺?
人によって十人十色、千差万別の好みやこだわりがあるのかもしれません。
今回は、そんな主食にまつわる喜怒哀楽のお話になりそうです。



第三話



11時00分 木工場 食堂

本日の昼食メニュー
 麦飯
 焼きそば
 キュウリの漬物
 バナナ

唯(こんな酷い食事、収監されて初めてだよ…… いや、これまでの人生の中でもベスト3に入る
  酷さかも……)

唯(麦飯、大好きです。キュウリの漬物、しょっぱ過ぎない漬かり具合でgoodです。バナナ、
  目も鼻も舌も狂喜乱舞してます。ただ……)

唯(この焼きそば。これは、これは無いよぅ…… グデグデネチョネチョの麺、塩味っぽいのが
  わずかについた味の薄さ……)

唯(まず“焼き”じゃないよね。焼いてないでしょ。鉄板で炒めてないでしょ、明らかに。
  茹でてから油まぶしただけじゃないの、これ)

唯(それに焼きそばの麺が箸で挟み切れる柔らかさって、一体どうなってるの? これって混ぜ続けたら、
  この器の中で糊になるんじゃないかな)

唯(いや、茹でたから柔らかくなったなんて言い訳はどうかと思うよ。だって、その理屈でいったら、
  ラーメンも蕎麦もうどんもみんな糊になっちゃうしさ)

唯(だから、百歩譲って焼きそばを茹でて作るのを認めたとして、せめて茹で時間と味つけには
  もうちょっと気を遣おうよぅ……)チラッ

唯(わぁ、他のみんなも焼きそばには全然手をつけてない。キュウリの漬物で一生懸命、ご飯を食べてる)

唯(あずにゃんなんか顔色が真っ青だよ。麺類には人一倍こだわり持ってる子だし、そりゃそうなるよね……)

唯(工場の食堂での昼食は交談禁止だから、余計にこの焼きそばが悲しくて重いなぁ……)



午後4時50分 214号室

律「さってと、夕メシ夕メシ」

本日の夕食メニュー
 麦飯
 おでん(ちくわ、大根、こんにゃく、さつま揚げ)
 きんぴらごぼう
 金時豆と昆布の佃煮
 塩漬けキャベツ

梓「」ガツガツムグムグイライラガッシュガッシュグチャグチャイライラ

律「しっかし、今日の昼メシはひどかったなぁ」

唯「ねー、あれは無いよねー」

澪「ここのご飯は概ね美味しいけど、たまにああいうハズレがあるからな」

梓「あんなの麺に対する冒涜です!」プルプル

紬「まあまあ、梓ちゃん」

澪「ん? 律、今日の晩の献立、醤油いらないぞ」

律「あ、ついいつもの癖で出しちゃった。わりーわりー」

唯「!」

唯「りっちゃん、ちょっとお醤油貸して」

律「ああ。ほいよ」

唯「へへー。ご飯にお醤油をチョロっとかけてっと……」ピチャッ ピチャチャッ

唯「久し振りだなー、お醤油ご飯」モグモグ

梓「……」ジーッ

唯「んんっ! やっぱ、おいしー!」

麦3分に米7分のご飯がお醤油とピッタリ合って、ものすご~~~くおいしい!
家の白いご飯でしてた時より、全然おいしいよ。これならおかずなんかなくてもいいなぁ。

澪「かけ過ぎには気をつけろよ、唯」

紬「そうよ。塩分の取り過ぎは体に悪いのよ」

唯「え……? あ……」


『かけ過ぎたらメッだよ、お姉ちゃん。塩分の取り過ぎは体に良くないんだからね』


律「どした? 唯。ボーッとして」

唯「う、ううん、何でもない。いやー、あんまりにもお醤油ご飯がおいしくてさぁ」

澪「まったく、もう…… 何だか心配になるよ、唯を見てたら」クスッ

律「でもさ、シャバじゃあ身の回りに美味いもんだらけだってのに、グルメ(笑)やスイーツ(笑)は
  『もっと美味いもん、もっと美味いもん』って馬鹿みたいに走り回ってるじゃん。醤油飯くらいで
  幸せになれる唯を見てたら、私は逆に安心しちゃうな」

唯「そう? えへへー」テレテレ

梓「いや、微妙に褒めてないような……」



午後5時30分、余暇時間。
夕食の空下げ(下膳)も終わり、みんなは折りたたみ式テーブルを囲んで思い思いにそれぞれの
余暇時間を過ごします。
りっちゃんと澪ちゃんは将棋、ムギちゃんは雑誌を読んでて、あずにゃんはノートに何やら書き物。
私は何をしよっかなぁ。

チャララッチャッチャララチャララ~

放送『受刑者の皆さんにお知らせします。明日十二月十二日水曜日は、えり布、敷布、枕カバー、
   靴下の洗濯です。出寮の際、出入口に出して下さい。繰り返します――』

律「明日は洗濯か。忘れてたな。準備しなきゃ」

唯「あっ、いいよ、りっちゃん。私がやっとくから」

律「そうか? サンキュー」

唯「なんのなんの。えーっと、衣類洗濯願箋っと…… 靴下はみんな出すよねー?」カキカキ

律「うん、出すー。うわ、飛車取られた。くそー」

澪「出すよ」

梓「出しまーす」

紬「私は私物の靴下だから自分で書くわね」

唯「ほーい。靴下4点と、敷布とえり布と枕カバーが5点、っと……」カキカキ

願箋を書いたら、洗濯札を付けた布ヒモでみんなの靴下をまとめて、214号室の洗濯袋に投入。
ちなみに官物の靴下は黒色で、私物の靴下は紺色です。

唯「敷布、えり布、枕カバーの白物は朝になったら洗濯袋に入れれば大丈夫だよね。よーし、
  オッケー! カンペキ!」

さーてと、本格的にする事が無くなっちゃった。
どうしよう。何しよっかな。
支給のチリ紙でもたたもうかな……



唯「……」タタミタタミ

紬「……」パラリ

梓「……」カキカキ

律「ちょっとタンマ。やっぱ今の無し」

澪「却下」パチン

梓「あっ」ポロッ コロコロ

律「どした?」

梓「また獄衣のボタンが取れちゃいました」

律「すーぐ取れやがんのな」

梓「もうっ、針と糸借りなきゃ」サッ

梓(入口ドアの横にある報知器ボタンを押して、小窓の前で気をつけ、っと……)

コツコツコツコツ ガラガラッ

さわ子「何だ」

梓「222番、中野です! ボタンが取れたので針糸を願います!」ペコリ

さわ子「よし!」



梓「……」チクチク

澪「王手」パチッ

律「詰んだ……」ヘナヘナ

唯「ねーねー。ムギちゃん、何読んでんの?」

紬「ん? エルメスの特集よ」 パラリ

唯「えるめす……?」

紬「うん。このケリーバッグなんかいいわね」スッ

唯「けりー……? 何それ?」

紬「こういう風に台形で、かぶせ蓋に錠が付いてるのがケリーバッグっていうの。モナコの
  グレース・ケリー公妃が由来になっててね。今では色々なブランドから出てるけど、
  私はやっぱり元祖のエルメスが一番好き」

唯「ほえ~」

紬「このケリープルシュなんて、ドブリス地のマロンで落ち着いた色合いの割にはモコモコの
  ムートンが付いてて、すごくオシャレで可愛いわよね」

唯(知らなかった…… こんな世界があったなんて……)

紬「ほら、これなんて唯ちゃんにピッタリだと思うわ」

唯(良家のお嬢様で、一人っ子で、O型で、受刑者かぁ…… 怖いもの無しかも……)ジーッ

紬「どうしたの? おかしな唯ちゃん」クスッ

刑務官「こらっ!! お前、何やってんだ!!」


唯律澪紬梓「!?」ビクッ


刑務官「そんな事していいと思ってんのか!!」


律「向かいの房だ。何やったんだ?」

唯「び、びっくりしたよー」ビクビク

梓「ウチの房かと思いましたよ」アセアセ

澪「水道の水出しっぱなしで、歯でも磨いたか?」


刑務官「さっさと歩け!!」


律「あっ、引っ張られてくぞ」

澪「誰だ?」

律「風子だ。風子」

紬「えっ、高橋さん? あの真面目な?」

律「懲罰房行きかぁ。一体、何やったんだ?」

梓「私、ちょっと見てみます」サッ

梓(また報知器ボタン押して…… 刑務官が来る前に小窓から……)チラッ

ちずる「」トントン

梓(あっ、向かいの小窓で島さんが雑誌を指差してる。あれは…… うわっ、来た!)

コツコツコツコツ ガラガラッ

さわ子「何だ」

梓「222番、中野です! 針糸、ありがとうございました!」ペコリ スッ

さわ子「よし!」

コツコツコツコツ

梓「わかりましたよ。雑誌のクロスワードパズルです」ササッ

律「あちゃー、ヘマしたなぁ」

唯「ええっ? パズル、ダメなの?」

紬「ダメよ、官本(※)に勝手に書いちゃ」     ※刑務所が貸し出す共用の雑誌、書籍

澪「ノートに書き写してからやればお咎め無しだったのにな」

唯「そっかー、写せばよかったんだね」

律「ま、風子もこれでいい薬になったんじゃないか?」

唯「でも…… 風子ちゃん、何だかかわいそう……」

澪「私達も気をつけないとな。明日は我が身だよ」

紬「規則違反は仮釈放に響くものね」



刑務官「入れ!」ドンッ

風子「きゃっ!」

刑務官「正座!」

風子「は、はいっ! ううっ、ぐすっ……」ポロポロ


刑務所の中ではパズルをしてしょっぴかれちゃうのです。



午前10時45分 木工場 刑務作業中

今日はパン! パンの日!
昼食の献立がパン食の日なのです!
みんな、指折り数えてこの嬉しい日を待っていました。
ほらほら、昼食を乗せたカートが配食係に押されて、作業中の木工場を駆け抜けていきます。
ああ、木屑の臭いに混じって、パンの香ばしい匂いが……

律(パンだ……)

澪(パン……)

紬(パンね……)

梓(麺もいいけど、パンも……)

唯(よぉ~し、気合い入れて仕上げちゃうぞ!)フンス



午前11時00分 食堂

パン食は毎月6回、昼食時に支給されます。
その6回の中でも今日のパン食は、特にみんなが待ち焦がれていた最高のものなのです。

本日の昼食メニュー
 コッペパン
 マーガリン
 小倉小豆
 フルーツサラダ(パイン、黄桃、みかん、リンゴ)
 牛乳

唯「わぁああ……」キラキラ

食堂全体に満ちているフルーツの甘い香り。
ギトギト光るマーガリンや小倉小豆の上を、妖精さんが華麗に舞っています。

さわ子「姿勢正してェ~~~! 喫食開始ィ!」

受刑者達「いただきます!」

澪(まずはフルーツサラダから…… んん~、美味くて脳がとろけちゃうよ)パクパク

紬(はぁ、甘い甘い小倉小豆…… 幸せ~。ビューだわぁ)モグモグ

唯(ああ、マーガリン…… マーガリンをパンにたぁくさん塗って……)ペトペト パクパク

梓(マーガリンと小豆を混ぜてパンに塗ると、また味が一塩増すんですよね、これが)マゼマゼ ペトペト

律(おおー。梓、ハジけてるなぁ。私もやろっと)マゼマゼ ペトペト

梓律(んまーい!)モグモグ

唯(小さい頃に初めて食べたイチゴショートよりも、学校帰りに食べたクレープよりも、
  何百倍も何千倍も美味しいなぁ。パンってすごいんだねー)モグモグ

澪(こりゃヘロインなんか目じゃないって)パクパク

紬(でも、ここに入る前は色々な料理をいっぱい食べてきたのに、何でマーガリンを塗っただけの
  コッペパンがこんなに美味しいのかしら……?)モグモグ

唯(ん……?)キョロキョロ

唯(わぁー、みんな幸せそうな顔で食べてる)ニコッ

律(へへー)ニコッ

澪(美味いよな)ニコッ

紬(幸せね)ニコニコ

梓(最高です!)ニンマリ

さわちゃん刑務官に見咎められない程度に顔を見合わせて、幸せに浸る私達なのでした。


第三話 終わり



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