これからの接し方も生き方も、
さっきまでの言い訳も悩みも。
全部放棄するかのように、私は口を開いた。

澪は赤ん坊をあやすように私の頭を撫ぜる。
かなり深く切ってしまったようで、血は止めどなく溢れてくる。
医者に見せたらなんて言われるのか、素人の私には皆目見当がつかないけれども
まぁ死にはしないだろうと楽観視出来る程度ではある、はず。

でも、もしかしたら邪魔をされたくない私の都合のいい考えなのかも知れない。
そんな風に考えている間にも澪の血は私の体に口を通して流れこんでくる。

舌に纏わり付くベタついた体液。
口の中をどろりと巡らせて一周させたら喉を鳴らして飲み込む。
水よりも遥かに重たい感触のそれはまるで鉛のよう。

律「み、お」

澪「ん?なんか言ったか?」

律「・・・いた、い・・・だろ?」

澪「ん・・・別に、へーき」

律「ふぅん・・・」

生返事をしながら私は行為を続ける。
痛そうだな、可哀想だな、悪いことをしたな。
そんな思考、きっとあと少し経ったら私の頭からは吹っ飛んでしまう。
そんなことはわかっている。
だけど、私は澪のことを気にかけることすら出来なくなる自分が怖かった。
まるで別の誰かになってしまうんじゃないだろうかという不安に駆られる。

澪「い、いよ・・・ほら、な・・・?」

そう言って今度は手首を掴んで傷口を広げる。
私ですら痛々しいと思うような光景だった。

澪「なんだよ。・・・いらないのか?」

なのに澪は余裕の表情を浮かべている。

律「・・・いる」

頭のネジが飛んでいったみたいだ。
私の思考は完全に停止した。
目の前に広がる光景のことしか考えられない。
この行為が終わった後のこと、そんなつまらないことは頭の隅っこに全部押しやってしまったよ。



・・・

・・・


律「・・・」パカッ

澪「・・・ん?メール・・・?」

律「いや、何時かなぁと思って」

澪「そっか・・・」

律「・・・」

澪「・・・」

律「え、なに?」

澪「何時だったんだよ」

律「三時」

澪「明日、学校行けるかな・・・」

律「まぁなんとかなるって」

澪「・・・どうせ私が起こすんだろ?」

律「そうとも言う」

澪「そうとしか言わない」

律「・・・ごめん」

澪「え・・・?」

律「その・・・いちごとのこと」

澪「・・・」

律「ムカついた?」

澪「・・・っていうか、殺したくなった」

律「」

澪「なに絶句してるんだよ」

律「いや、その、激しいなぁと思って」

澪「・・・律のせいだろ」

律「そりゃ、まぁ・・・」

澪「今日でもうわかったと思うけど」

律「何?」

澪「血、やめるのやめよう」

律「え?」

澪「律の欲求不満がどこで爆発するかわからないから・・・我慢させる方が怖いんだよ・・・」

律「ごめん・・・でも」

澪「なんだよ」

律「もう、しないよ・・・」

澪「そんなこと、信じられないよ」

律「・・・」

澪「わかってるのか?」

律「・・・え?」

澪「お前は私よりもいちごをとったんだ」

律「なっ・・・!それは違う!」

澪「違わない。じゃあそこにどんな差があったと思う?」

律「・・・血?」

澪「当たり。誰が~なんて律には関係ないんだよ、血さえあれば」

律「そ、そんなこと・・・!」

澪「ないって言い切れるか?」

律「・・・」

澪「保健室に行ったのがいちごじゃなくて姫子だったら?唯だったら?どうしてた?」

律「・・・」

澪「答えろよ」

律「・・・してた、かもしれない」

澪「・・・」

律「なんで、黙るんだよ・・・」

澪「そう答えるってわかってたけど・・・やっぱり、ちょっとショックだ」

律「本当に、ごめん・・・」

澪「いいや、自分でした質問だし・・・とにかく、律はもう我慢しなくていいから」

律「でも・・・」

澪「なんだよ」

律「・・・澪は」

澪「え?」

律「澪の、理想の・・・私たちって、何?」

澪「・・・何?どういうこと?」

律「いつまでこうしてればいいんだ?」

澪「律、わかりやすく」

律「・・・その言葉の通りだよ。私は、いつまで澪の血液に依存すればいい?」

澪「・・・」

律「澪は、いつまで私をこうやって甘やかしてくれるんだ?その先に何があるんだ?」

澪「・・・律、それは」

律「全部、私が悪いよ。わかってる。私が余計なことを言ったせいだ」

澪「・・・」

律「だから、私が終わらせなきゃ、駄目だと思うんだ・・・?」

澪「律・・・」

律「だいたい、血液に興奮するなんてどうかしてる。これはタチの悪い病気だ」

澪「りつってば・・・」

律「治さなくちゃいけないんだ、治さなくちゃ」

澪「律ってば」

律「・・・なに?」

澪「律のそれは、多分治らない」

律「おいおい、そんなのわからないだr」

澪「じゃあ聞くけど、私の体見て興奮するか?」

律「するに決まってんだろ」

澪「じゃあ、それをどうしたらしなくなると思う?」

律「・・・考えたくないけど、澪を嫌いになったり、すれば・・・」

澪「多分、律にとっての血液も同じようなものだよ」

律「え・・・?」

澪「何か、決定的にトラウマになるようなことがないときっと治らないよ」

律「・・・じゃあ」

澪「馬鹿なこと言うなよ?」

律「・・・」

澪「私はさ、律のためなら何だって出来るんだ」

律「澪・・・」

澪「だからさ、律が何を不安に思ってるのか・・・よくわからなくなる」

律「それは、澪の体を傷つけたくなくて・・・!!」

澪「・・・私は律に尽くしたいよ」

律「でも、それは・・・間違ってるだろ」

澪「ふーん、浮気したヤツが言うセリフか」

律「・・・」

澪「・・・」

律「寝るわ・・・」

澪「・・・」

律「・・・無視かよ」


・・・

・・・


翌日


今日は朝から天気が悪い。
これだけ雨の音がうるさいと逆に静寂に包まれている錯覚に陥る。
五時間目の授業は古文。
訳をノートに落し込むだけのつまらない授業。

昔の人は何を思ってこんな文章を書いたんだろうか。
昔の人の中にも律みたいな人はいたんだろうか。
考えれば考える程、私の思考は授業から脱線していく。

澪「・・・」

ちらりと視線をそらす。
その先にはいちご。

昨日は殺したいなんて言ったけど。
実は私はいちごに感謝しているんだ。
・・・あぁでも殺したいのも本当。

澪「・・・」クスッ

いちごに手を出すなんて、律も思い切ったことをしたものだと感心する。
きっと律は馬鹿なんだな。
そのお陰でこれまで以上に律は私の言うことをきくことになるだろう。
だって律は優しいから。

馬鹿だから間違いを犯して、
優しいから必死でそれを償おうとする。

別に、私はどうでもいいんだよ、律。
私はただ、律が欲しいだけ。
それだけだから。

昨日はあんな風に怒ったけど、謝ってくれて嬉しかったんだよ。
どこにフラついても結局は私のところへ戻ってくるんだって、よーくわかった。

律、これで誰がお前の家か思い知っただろう?
私だよ。もちろん、飼い主も私。
私がハウスと言えばお前はここに戻ってくるしかないんだ。

可愛い律。
ただの浮気も躾のなっていない犬の仕業だと思えば、大したことないさ。

澪「・・・」

依存なんてしていない。
そんな簡単でお手軽な言葉で片付けるなよ。

私たちが共依存者だと言うならそれこそ馬鹿な話だ。

澪「・・・」カタカタ

『共依存者は自己愛・自尊心が低いため、相手から依存されることに無意識のうちに
自己の存在価値を見出し、共依存関係を形成し続けることが多いと言われる。』

ほら、電子辞書だってこう言ってる。

私は私を大切にしているし、律だってそれは同じ。
魂を誰かに支配されるなんて、絶対に有り得ない。
それが例え律だったとしても。

私たちは虚ろな目でボンヤリと生きているわけでもないし、
寄りかかり合った脆い関係に憧れてなんていない。

澪「・・・。」

視界を黒板に戻す。
なんだ、急いで書かないとまずいじゃないか。

とにかく。

互いに依存出来るほど夢見がちじゃないんだ。
いつか終わりがくる関係なら今ここで絶ち切ってやる。

律はこのままだとよくないと思っているみたいだけど、それこそ子供だ。
どうやったらこの関係を続けていけるか、どうせ考えるならそっちに思考を働かせろって。

非現実的なものに興味はない。
律が思っているよりもずっと、独善的で利己的なんだよ、私は。

澪「あっ・・・まだ書いてない・・・」

黒板消しに消されていく文字を見つめながら思わず言葉が出た。



・・・

・・・


放課後



澪「律、帰ろう」

律「ん、そだな」

唯「あーりっちゃんいたー!」

律「へ?どうした?」

唯「和ちゃんが探してたよ?会議だってー」

律「うげっ、そうだっけ?」

澪「お前なぁ・・・」

律「嘘だろー・・・」

唯「和ちゃんが嘘つくわけないじゃん」

律「だよなぁ・・・澪」

澪「あぁ、先に帰ってるよ」

律「悪いな」

澪「それじゃ」

律「おう、またあとで連絡する」

唯「りっちゃん、早くー」

律「あーわかったわかった行くよ」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



律「で、なんで部室?」

唯「これでゆっくり二人で話ができるねー?」

律「お前、会議って・・・」

唯「嘘に決まってるじゃん」アハハ

律「・・・嘘じゃないってのが嘘だったのか、くそ」

唯「んー?『和ちゃんは嘘つかない』って言ったんだけどなー」

律「・・・で、何の用だよ」

唯「せっかちさんだねぇ?」

律「そりゃここまでして呼び出されたらどんな用事か気になるだろ?」

唯「言われてみればそうかもね」アハハ

律「あー、わーかったぞー?ダメダメ、私には澪がいるんだから。唯の気持ちには答えられないなぁ」

唯「えー?やだよー!私と付き合ってよー」

律「でも私には澪というものがだなー」

唯「そんなぁ・・・じゃあいいものあげるからさぁ」

律「んー?いいものってなんだー?(いつまで続くんだ、この小芝居)」

唯「血」

律「」

唯「聞こえてるー?」アハハ

律「・・・え?」

唯「・・・冗談だよ。私がりっちゃんのためにそんなことするわけないじゃんっ」

律「いや、それが本気じゃないのはわかるけど・・・え?」

唯「だーめだよ、りっちゃーん」

律「な、なんだよ・・・?」

唯「いくら名前が美味しそうだからってさー」

律「!?おまっ」

唯「りっちゃんさー、わかりやすすぎ」アハハ

律「は、はぁ?どういうことだよ・・・?」

唯「澪ちゃんはあんなだし、りっちゃんといちごちゃんは目合わせてるのに挨拶すらしないし・・・」

律「だからって・・・」

唯「だから私、思ったんだよねー」

律「・・・」

唯「昨日保健室で何かあったんじゃないかって」

律「唯、お前・・・」

唯「ん?」

律「鋭すぎ」

唯「あはは、りっちゃんが馬鹿過ぎるんじゃない?」

律「言ってくれるな・・・って、あれ?」

唯「なに?」

律「なんで、その、血のこと知ってるんだ?」

唯「え?いちごちゃんに聞いたから。直接はもちろん教えてくれなかったけど」

律「無理矢理聞き出したのか」

唯「違うよ、質問の仕方一つで答え方は変わってくるでしょ」

律「よくわかんないけど、ふぅん・・・(唯ぱねぇ)」

唯「でもやっと納得できたよ。澪ちゃんの怪我の謎も解けたし。すっきりしたー」ニコー

律「・・・」

唯「あれ?怖い顔してどうしたの?」

律「・・・探偵ごっこは楽しかったか?」

唯「んー、それなりにね」

律「そうか。で?お前は結局私に何を言いたいんだ?」

唯「え?言いたいこと?うーん、特にないかなぁ」

律「・・・」

唯「そんな目で見ないでよ。ホントホント」

律「じゃあなんでわざわざここに呼び出したんだよ」

唯「んー、なんでだろ」

律「お前なぁ・・・」

唯「あ、今日も澪ちゃんの家に行くの?」

律「・・・お前に関係ないだろ?」

唯「あっれー?大事な大事なバンドメンバーにそういうこと言うの?」

律「・・・」

唯「あはは、冗談だよ。私はね、りっちゃんにどうしても言っておきたいことがあるから呼び出したんだよ」

律「なんだよ」

唯「我慢しなきゃいけないことなんて何もないと思うよ?」

律「・・・何の話だ?」

唯「わかってるくせにー」

律「・・・」

唯「あれ?怒っちゃった?」

律「・・・別に。っていうか唯に言われたくない」

唯「私に言われなかったらずっと『どうやったら抑えたらいいんだろう』とか考えてたくせに」アハハ

律「うるっさいな!お前に何がわかるんだよ!!?」

唯「え?知らないよ、そんなの」

律「」


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