いちご「・・・りつ」

毅然とした声が聞こえた。

律「なんだよ」

うん、なかなかふてぶてしい返事だ。

いちご「本当に怒るよ」

その瞳は真っ直ぐに私を見つめていた。
だけど私の口元は笑っていたと思う。

律「はは・・・」

一際強く、いちごの肩を掴んだ。

律「…怒れば?」

そして馬鹿にしたように言い放つ。
いちごは私を睨みつけている。
クラスメートにこんなに睨まれたのは生まれて初めてかもな。

いちご「・・・何をする気?」

律「だーから・・・指、切っちゃったんだろ?」

いちご「・・・そうだけど」

律「私がなんとかしてやるって」

いちご「遠慮する。離して」

律「まぁまぁ」

いちご「ねえ」

律「なんだ?」

いちご「邪魔。退いて」

律「断る。手、もっとちゃんと見せてくれよ」

いちご「・・・」

律「なんだよ、嫌なのか?」

いちご「律・・・いつもの律じゃない」

律「・・・私は私だ。元々こんなんだよ」

いちご「違う・・・!」

律「何?怯えてんの?」

これから何をされるのかなんとなく悟ったのか?

いちご「・・・調子に乗らないで」

律「べっつに調子に乗ってるわけじゃないけど?」

いちご「とにかく、やだ。やめて」

律「いいだろ、減るもんじゃないし」

いちご「減るよ」

律「確かになー・・・」ペロッ

適当に相槌を打ちながら深く切られた指を舐める。

いちご「・・・!?!?」

久方ぶりに口の中に広がる重い液体。
こいつでしか満たせない乾きが私にはあって。
何日も何日も、只これを待っていたんだと体が震える。

律「・・・」

すぐには飲み込まない。
深く切ってるとは言え、出血の量はたかが知れているだろうから。
有限のものとわかっているから大事に味わうのさ。

いちご「なに、してるの・・・?」

律「えー?手当てじゃん?」

飄々と答える。
今ので目の前の女は随分と気を悪くしたようだ。
ふと、もったいぶってこの血を味わうには他にも理由があると気付く。
きっと、私はハイトクカンってヤツにゾクゾクしてるんだな。

律「・・・ははっ」


とんだクズだぜ。


いちご「・・・も、いい加減にして!」

律「え?・・・そんなこというなよ」アハハ

そう言って私はいちごを腰掛けていたベッドに押し倒した。
抵抗する力がほとんどないのは意外だった。

いちご「・・・え?」

律「・・・」

いちご「律・・・冗談でしょ?」

律「さぁ」

いちご「律って澪と・・・」

律「澪がどうかしたか?」

いちご「・・・付き合ってるでしょ」

律「知ってるんだ?」

いちご「あれだけあからさまなら誰だって気付くよ」

律「ふぅん・・・で、何が言いたいの?」

いちご「やめた方がいい。澪も悲しむし」

律「・・・さぁ、そりゃどうだろうな」

いちご「何言って・・・」

律「あぁ、ほら。また垂れてきてるぜ?」ペロ

いちご「・・・!?」

やっばい。
抑えがきかない。
良くないのはわかってる。
今すぐいちごから離れろと頭じゃ身体に指令を出している。
なのにどういうわけか、いちごの手首を掴む力は徐々に強さを増していく。

いちご「・・・後悔するよ」

律「知らねぇよ」



・・・

・・・


教室


律「うっす」

唯「りっちゃん!もう具合はいいの?」

律「あぁ、とりあえずな」

紬「顔色も随分良くなってる・・・よかったぁ」

律「へ?顔?」


おいおい嘘だろ?
人様の血を舐めたら顔色が良くなりましたって、まさに輸血だな。
ついつい鼻で笑ってしまった。


澪「最近ずっと元気なかったからな。ちょっと心配だったんだぞ」

律「あぁ心配かけてごめんな」

唯「午後の授業はどう?大丈夫そう?」

律「へーきへーき。唯、宿題やってきたか?」

唯「それは聞かない約束だよ!」

紬「・・・ノート先着一名様~♪」サッ

律唯「はぁい!!」

澪「お前ら・・・」


・・・

・・・


帰り道




澪「今日もうち来るだろ?」

律「・・・うーん、いいや」

澪「え?」

律「いや、たまには一人で勉強しようかなーなんて」

澪「・・・なぁ、りつ」

律「なんだ?」

澪「私とのソレは・・・ストレスが溜まるだろう?」

律「は、はぁ・・・?ソレってなんだy」

澪「セックス。決まってるだろ、馬鹿律」

律「」

澪「・・・」

律「そ、そんなことない、ないない。っていうか道端でセックスとか言うなよ」アハハ

澪「・・・なぁ、なんで保健室から帰ってきたときはあんなに元気だったんだろうな?」

律「・・・そりゃ、休んだかr」

澪「誰かから血をもらってたりしてたら笑っちゃうよな」

律「み、澪・・・?」

澪「あーそういえばいちごが指切って保健室に行ってたなぁ」

律「お、おいちょっ・・・!」

澪「なぁ、りつ」

律「なんだよ・・・」

澪「いちごの血って、やっぱり苺味なのか?」

律「っ・・・!」

澪「はは、なんてな。冗談だよ、律」

律「・・・な、なんだよ、ビックリさせるなy」

澪「いちごだって人間なんだから普通に血の味するよな?」

律「」

澪「隠そうとしても無駄だぞ、律」

律「・・・」

澪「とりあえず、うち来い」

律「わかったよ・・・」


・・・

・・・


澪の家



律「みお・・・」

澪「なんだ?」

律「ごめん・・・」

澪「・・・」

律「もう止めるって言ったのに・・・」

澪「・・・」

律「しかも他の人の・・・」

澪「それだけか?」

律「え?」

澪「律がいちごにしたことだよ」

律「どういう、ことだよ・・・?」

澪「だから・・・血を舐めただけ、か?」

律「・・・」

澪「黙ってると私の言ったことを肯定することになるけど?」

律「ここで否定しても嘘になるだけだ・・・」

澪「・・・やっぱり」

律「・・・」

澪「どうして?」

律「しょうがないだろ」

澪「・・・何が?」

律「私は・・・澪を傷つけたくなかった」

澪「・・・りつ」

律「なんだよ・・・」

澪「私、今すごい傷ついてる」

律「・・・」

澪「律の言う、『傷つける』って何?」

律「それは・・・澪の体が」

澪「体に傷がつかなければ何をしてもいいのか?」

律「・・・」

澪「律の言いたいことはわかるよ。あのままだと、確かによくなかったと思う」

律「・・・あぁ」

澪「どうなるのか、自分でも怖かったよ」

律「うん・・・」

澪「だけど、そのせいで律が他の人と寝るくらいなら・・・」

そう言うと澪は腰掛けていたベッドからおもむろに立ち上がった。

律「澪・・・?どこ行くんだ?」

意図がわからず静止することもできず、私はただ澪に尋ねた。
澪は私の言葉を無視して、机の上の何かを探している。

澪「・・・」カチャカチャ

律「おい・・・澪?」

澪「・・・」

お目当てのものが見つかったようで、澪の動きがピタリと止まった。
そしてそれを手に持ち、私に向き直す。

律「・・・!!?」

澪「りつは、これが欲しいんだろ?」

澪の手にはカッター。
カチカチと乾いた音を立てて徐々にあらわになるのは刃。
その凶器は夕焼けの太陽の光を鈍く返して怪しげに光っている。

律「おい、澪・・・待てよ」

澪「りつはさ・・・私じゃなくて、これが欲しくてたまらないんだろう?」

そう言って私を見つめたまま、澪は右手首を切った。

律「・・・おい!澪!」

私は慌ててベッドから立ち上げり静止しようとする。

澪「来るなよ!!!」

律「なっ・・・!?」

澪「来るなよ・・・黙って、見てろよ」

律「澪・・・!やめろよ・・・!」

澪「うるさい・・・お前が欲しかったのは、これだろ?」

律「・・・!わ、私は、澪を傷つけたくなくて・・・それで・・・!」

澪「そう思ったならとことん我慢しろよ!!」

律「っ・・・」

澪「お前のしたことは、結局私を傷つけてるんだよ・・・!」

律「ごめん、でも・・・!」

澪「近寄るなって言ってるだろ!」

律「なぁ、澪・・・やめろよ・・・!」

どうしてこうなったんだ。
私が悪いのは分かっている。
だけど…。
それにしてもあんまりじゃないか。
どうしたら澪を止められる?
どうしたらまた笑い合える?

私も澪も、お互いが好きなだけだったはずなのに…。
くそっ…。

律「・・・」ゾクッ

澪「・・・」

やめろ、何を考えてるんだ、私は。
これの何がそんなにいいって言うんだよ。
この期に及んでまだこの忌々しい液体に興奮してるっていうのか?

律「・・・」

澪「律・・・どうしたんだよ、黙って私の腕ばかり見つめて」

律「それは・・・」

澪「いいよ、言わなくて」

そう言って澪はベッドに腰掛けていた私の上にそのまま乗った。

澪「・・・抵抗、する?」

律「・・・」

澪「ははっ・・・そうだよな、できるわけないよな?」

澪は自嘲気味に笑った。
そして私の顎を左手を掴んで、上から覗き込みながらこう言った。

澪「ほら。好きなだけ味わえよ」

作ったばかりの傷口を強引に私の唇に押し付ける。
痛いんだろう、平然を装いながらも僅かに顔が歪んでいる。

澪「なんだよ、口開けろよ。どうせ飲みたいんだろ?」

律「んん・・・やめっ・・・」

澪「やめ・・・?まさか『やめて』なんて言わないだろうな?」

律「・・・」

どうしたって言うんだよ。
小さい怪我に怯えて耳を塞ぐお前はどこに行っちゃったんだよ。

あの頃の澪も、私たちの関係も。
全てぶっ壊したのは私、なんだよな。

あぁ、もう。
澪の血が口の周りにつき、
鉄っぽい匂いが鼻孔を擽った。
小さな違和感と大きな枯渇感。

考えるのも面倒になって。
そんな中で『どうすれば開放されるのか』、
私が導きだした答えは至ってシンプルなものだった。

律「ん・・・みお・・・」

澪「っつぅ・・・そうだよ、そうだよな・・・りつは、血が・・・大好きだもんな・・・?」


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