ケータイのディスプレイを眺める。
十数秒も経つと暗くなる画面、その都度私は適当なボタンを押してバックライトを灯していた。

「……。」

ディスプレイには私と澪がいて。
このときの私たちはまさかこんなドツボに嵌るなんて想像もしていなかった。
我ながら、屈託のない笑顔だと思う。
今となっては何も知らない馬鹿な女にしか見えないけど。

見ていると苛立すら覚える。
なのに…。
どうしてだろうな、この画面から目が離せないんだ。

「あぁ…なんで…なんでこうなったんだよ…。」

誰が悪い?
そう聞かれれば私は自分だと断言するだろう。

誰を裁く?
そう聞かれればやはり自分をと即答するだろう。

「……。」

全てを壊したのはきっと私で。
それを許したのは澪だった。


・・・

・・・


数日前、休日


律「おっ、来たか」

澪「あぁ。入っていいか?」

律「もっちろん!おかえりなさいませー」

澪「ば、ばかっ」

律「ははっ冗談だよ。あがれあがれ」

澪「お邪魔します」

律「先に部屋に行っててくれ。適当に飲み物とか持ってくから」

澪「あぁ、悪いな」


この日の私たちは浮かれていた。


律「よっ」ガチャ

澪「早かったな」

律「おう。どっち飲む?」

澪「えっと、じゃあそっち」

律「ほいよ」


二人きりの空間。


澪「えっと、どうしようか」

律「とりあえず、宿題でもするか?」

澪「珍しいな、律から宿題だなんて」

律「そうか?私だってたまにはやる気を出すぜ」

澪「そうか、わかった。じゃあ自力でやろうな」

律「そりゃないぜ!」


両親は帰ってこない。


澪「・・・」

律「・・・くっそー」

澪「律、まだ?」

律「この問題がわかんないんだよ」

澪「えぇ?それこの間やったところじゃないか」

律「気のせい気のせい」

澪「何言ってるんだ」ペシッ

律「あたっ」


言葉にはしなくても、お互いがわかっていた。


澪「全く・・・それじゃいつまで経っても終わらないぞ?」

律「そう思うなら教えてくれよ」

澪「駄目。自分で解くこと」

律「えぇー?あまりこれに時間掛けてると・・・」

澪「な、なんだよ・・・」

律「言わせるのか?」

澪「いや、その、いい・・・わかる」


セックスをするチャンスだってこと。


律「久々に二人きりなんだし・・・な?」

澪「・・・わ、わかったよ」

律「へへ、やった」

澪「ほら、教えてやるから覚えてくれ」

律「はーい」


なし崩し的に始まったこの関係。


澪「・・・だ。わかったか?」

律「あぁ」キリッ

澪「本当か?」

律「うん、マジマジ」


付き合おうだなんて、口約束はしていない。


澪「全く・・・こんなすんなり理解できるなら」

律「公式見ながらなら出来るんだけどなぁ・・・」

澪「 暗 記 し ろ 」

律「はい」


今思えばあの時も衝動が抑えられなくなって、澪を押し倒したのが始まりだった。


澪「いいな?」

律「わ、わかったよ・・・」

澪「よし、それじゃ宿題は終わりだな」

律「おう!さんきゅ!」


もしかしたら私は少し自制心というものが足りないのかも知れない。


澪「・・・」

律「・・・な、なんだよ」

澪「その・・・」

律「なに?」

澪「しない、のか・・・?」

律「・・・それは」

澪「しようよ」

律「・・・!」


お預けを食らって限界だったらしく、この日の澪はいつもよりずっと積極的だった。


澪「っあぁ・・・!りぃ、つ・・・!」

律「・・・」ピタッ


真っ最中に、私はある衝動に駆られたんだ。


澪「なん、だよ・・・って、ちょ・・・!!いったい!りつぅ・・・!!」

律「・・・」

澪「や、りつ・・・!!やめて!」

律「・・・」

澪「ねぇ、律ってば・・・!それ以上噛まないでよ・・・」

律「・・・ご、ごめん」

澪「どうしちゃったんだよ、急に・・・」

律「・・・血が」

澪「りつ・・・?」

律「いや、ごめん・・・忘れてくれ。続き、いい?」

澪「あ、あぁ・・・」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


澪「なぁ、さっきのって・・・」

律「え?何が?」

澪「だから、その・・・血って」

律「・・・」

澪「黙ってたら、わからない」

律「・・・血が、その、少しでもいいから・・・舐めたくて」

澪「・・・!?」

律「おかしいよな・・・私、どうかしてたんだ」

澪「前から、ずっとそう思ってたのか?」

律「・・・」

澪「律、正直に言って」

律「・・・うん」

澪「そっか・・・」

律「引いた?」

澪「引きはしないけど・・・」

律「ずっと、澪の血・・・飲みたいと思ってた」

澪「え・・・?『舐めたい』じゃなくて『飲みたい』のか・・・?」

律「好きな人のなら、当然だろって思ってたんだ」

澪「いや・・・それは・・・」

律「でも違うんだよな、わかってるよ。この間、梓と話しててさ」

澪「うん」

律「怪我したときによくペロってするだろ?」

澪「あぁ、私も律にされたことあるな」

律「そんな話をしてて、あれじゃ足りないって言ったら、その、ビックリされた」

澪「それは、うん・・・」

律「そのときに初めて思ったんだよ。あれ、この感覚っておかしいのかなって」

澪「・・・」

律「澪はさ」

澪「うん」

律「私の血、舐めたい?」

澪「・・・血は、嫌いだ」

律「わかってるよ。でも、好きな人のだぞ?」

澪「・・・舐めてって言うなら、舐めるけど」

律「やっぱ、そういうもんなのか」

澪「あぁ・・・ごめんな、わかってやれなくて」

律「いや、いいんだ。私がおかしいんだろうし」

澪「・・・」

律「とにかく、それから自分のこの欲求について考えるようになったんだ」

澪「そうだったのか・・・全然知らなかったよ」

律「いいんだよ、私が黙ってたんだから。怖がらせたくなかったし」

澪「・・・」

律「でもな、さっき・・・我慢できなくなって」

澪「そっか・・・」

律「嫌いになったか・・・?」

澪「まさか、ならないよ」

律「よかった・・・」

澪「・・・」

律「・・・みお?」

いっそ拒絶してくれればよかったのに。
それができたら、きっと私はもう二度と澪にこんな話を切り出すことはなかった。
なんて、勝手な考えか。

澪「・・・いいよ」

律「え?」

澪「ちょっとなら・・・」

律「・・・」

澪「ちょっとなら、いいよ」

律「・・・!!?」


ここで遠慮すればよかったんだ。
だけど、私は欲望に勝てなかった。



・・・

・・・


たった数日前のことなのに、遠い昔のことのようだ。

澪の腕は手首の血管近く、ヤバそうなところを外してカッターを滑らせた。
指にしようかとも思ったけど、演奏に支障が出そうだからと避けた。

加減がわからなくて、最初の一筋はほとんど跡がついただけ。
時間が経つにつれ、少しずつ出血し、結果的に玉のような小さな血の塊がいくつか出来上がって。
それを舌で舐めとったんだ。

「……。」

あのときのことを思い出すと、気分が高揚する。
ケータイの画面を見つめる私はこの頃の私とはもう別人だ。

「汚ねぇな、私…。」

今、澪の腕には二本の傷跡がある。
二本目は一本目のすぐ下。

私の欲望が澪を傷つけたんだ。

澪の腕、血、肌を裂く感触、その時のうめき声、隠すように巻かれた包帯。
自己嫌悪に陥りながらも、私はそれらに興奮した。
この不謹慎でどうしょうもない欲求を、誰か止めてくれ。



・・・

・・・


翌日



唯「ねぇ、りっちゃん」

律「ん?どうした?」

唯「澪ちゃんのことだけど・・・」

律「澪?なんの話?」

唯「腕の包帯だよー」

律「・・・!」

唯「あれって・・・」

律「・・・」ドキドキ

唯「ちゅーにびょう?」

律「」ズルッ

唯「すごいね!私初めてみたよ!」

律「あ、あぁそうか。よかったな」アハハ

唯「うん!・・・で、あれはいつ治るの?」

律「へ?さぁ、それは・・・本人が恥ずかしいこと言ってるって気付くまでじゃないか?」

唯「んー、違くてさぁ」

律「え」

唯「傷の方」

律「・・・!」

唯「あれ、嘘なんでしょ?」

律「なっ・・・!」

唯「澪ちゃんが急にあんなこと言い出すなんて不自然だもんね」

律「・・・そりぁ、確かに、そうだよな」

唯「傷には気付いてないみたいだけど、ムギちゃんもあずにゃんもきっと不審に思ってるよ」

律「・・・唯は、なんで」


ガチャ


梓「お疲れ様です」

唯「あずにゃーん!」

律「・・・」

梓「律先輩、どうしたんですか?」

律「え?」

梓「なんか怖い顔してたんで」

律「そうか?ちょっと考えごとだよ」

梓「へぇ、律先輩でも考えごとなんてするんですね」

律「中野ぉ!」




・・・

・・・


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