さわ子「……………………っっ」
紀美「……………………………」
律「……こいつら、一番言っちゃいけない事をあんなに……」
澪「私……この人達よりも……先生たちの方が怖くなってきた……」
唯「ムギちゃん……今の内に安全なとこに避難しよ……」
紬「え……ええ………そ、そうね……」
律(合掌…)
……私も紀美も極力平和的にに収めようとしたけど……もう、限界だった……。
このガキ共は……大人を舐めすぎている。
私は紀美に目で合図を送る。
紀美ももう限界だったらしく、いつでも行けると、その眼が唸っていた。
―――コイツら、絶対ニ殺ス―――!
さわ子「おい……てめえら」
男A「……なんだよ? いーかげんマジうっせえって……ああ?」
メガネを外し、私は男に向き直る。
ここにいるのは、もう既に山中さわ子でも河口紀美でもない。
地獄よりその轟音を音色として響かせる魔のへヴィメタバンド……そう……
――DEATH DEVILメンバー、キャサリンとクリスティーナだ!!!
キャサリン「テメーら……覚悟は出来てんだろーな……?」
男A「はぁ?? 一体何の覚……」
キャサリン「ガキが……ナマ抜かしてんじゃねえェェーーーッッッ!!!!」
――ばきいいぃいい!!
男A「ぶべっっ!!」
男の一人に向かい、私は渾身の力でフックを見舞う。
瞬間、男の顎が外れた感覚と共に、男が歩道の植え込みに頭から突っ込んでいった。
だが、それでも私は止まらず、その背中に向け、履いていたヒールの踵をグリグリとねじ込む。
キャサリン「大人に対する言葉使いってのを教えてやろうかコラ、あああああ!!!!???」
男A「ぁ……ぁごが……アゴがぁぁぁ……!!」
クリス「オラァ!!……今アタシになんつったよテメェ、誰がオバサンだぁ?? ミリ単位で刻まれてえかクソガキがぁ!!」
男B「ぐ……ぐるじぃ……だ、助げ…げほっ……!」
男C「お……俺っちが悪かったっす……か、勘弁……してくだっ…べほぉっ!」
向こうも向こうで、男二人の胸倉を掴み上げては怒鳴り声を上げている。
クリス「オラ、さっきの威勢はどうした? ざけてんじゃねえぞコラ、そのピアス、○ンタマン中にブチ込んでグチャグチャにしてやろうか、ああ??」
クリス「死ね、死ね死ね死ねェェェ!!!!」
――ばきっ!! がすっ!! ごぐしゃあっ!!
みるみる内に青くなっていく男二人の頭を掴み上げ、クリスティーナはその顔面に、暴言と共に容赦なく頭突きをぶちかましている。
……いや、クリスティーナごめん、私でもそれはちょっと引く……。
唯「あ……あわわわわわわ……」
澪「怖いよぉぉぉ!! 律…!! この人達すっごくこわいよぉぉぉぉぉっっっ!!」
紬「はははは……わ、私……腰……抜けて………っっ」
律「私達……よく今まで生きて来れたな………」
――そして……
男達「す……すみませんでしたああああ!!!」
私達の強さと罵声に圧倒され、すごすごと男たちは引き下がって行った……。
一人は顎を、残りの二人は顔を抑えながら夜の街に消えていく。
……三人とも、あれじゃ当分は病院通いだろうな……。
クリス「チッ、根性なしのクソガキが」
さわ子「あんた……いくらなんでもやりすぎ……」
紀美「いやぁ~~、久々にキレちゃったからさ、あはは♪」
さわ子「……あんたが私の味方で、ホントに良かったわ」
唯「さ……さわちゃん……」
澪「先生……」
律「………っっ」
唯「さ……さわちゃん……怖かったよぉぉ……ぐずっ…うぅぅっっ」
唯「うわぁーんっ…っ…」
唯ちゃんが泣きながら私に駆け寄ってくる。
その唯ちゃんに対して……私は手を振り上げ……
――パシンッ!
唯「…っ!」
一発、平手を打った。
紀美「さわ子……あんた……」
同様に、りっちゃん、澪ちゃん、ムギちゃんにも平手を一発づつ打つ。
みんなが揃って左頬を少し赤くし、涙目で私を見ていた。
……こんな風に生徒に手を上げるなんて生まれて初めての事だ。
叩いた手の平が痺れ、心がどこか痛い。
……でも、私はやった。
それが、この子達の先生として、また、先輩としてのケジメだと思ったから……。
さわ子「あなた達!! 夜まで遊ぶなってあれほど言ったでしょ!!」
唯「ご……ごめんなさい……!」
さわ子「私と紀美が来たから良かったようなものの、もし私達が来なかったらどうなってたと思ってるの!」
律「……ごめん……っ!」
さわ子「まったく……今日、あれだけ注意したのに……あなた達は……!」
さわ子「卒業まで残り少ないんだから……あんまり心配かけさせないでよ……! あなた達に何かあったら、私は……わたしは……っ」
さわ子「いえ、私だけじゃない……あなた達に何かあったら……梓ちゃんや憂ちゃん、和ちゃんや純ちゃん……みんなの大切な人が悲しむの、それ、分かってるの…?」
澪「さわ子先生……っっ…うっ…ひっく……っ」
紬「私達……楽しい事に夢中で……全然、気が回ってませんでした……ごめんなさい……っっ!」
さわ子「揃って卒業して……同じ大学に行くんでしょ……? だったら、もっと周りの事も考えないとダメよ……ね?」
唯「ごめんなさい……ごめんなさぃ………」
律「私のせいだ、私が……澪の言う事をしっかり聞いてれば……」
澪「ううん……律だけじゃない、私だって……」
さわ子「誰かじゃないの、今日は、みんなが悪いのよ」
紬「……うん、先生の言う通り……だね」
紬「みんなが悪い、だから、みんなで謝ろう……ね」
唯「そうだね……」
四人が私と紀美に向き直り……そして。
「――先生、紀美さん、心配かけてごめんなさいっ!」
と、腰を大きく曲げて、泣きながら謝ってくれた。
さわ子「……もういいのよ、だから早く泣き止みなさい……それに、女の涙は、もっと大事な時に使うものよ?」
紀美「さわ子もああ言ってるしさ、だから、もう気にしなくてもいいよ?」
さわ子「私タクシー呼んで来るわ、紀美、ちょっとこの子達の事、お願いね」
紀美「うん、分かったよ」
少し離れ、携帯を片手に近場のタクシー会社に電話をして、それを二台ほど手配して貰う。
さわ子(……ちぃっとばかし、強くやっちゃったかな)
叩いた手の平がまだじんじんとする……。 でも、自分のしたことに後悔なんてない。
だってみんな、大切な教え子で……大事な後輩だから……。
3年間私は……あの子達の為に、邁進して来たのだから……。
唯「さわちゃん……」
澪「怖かったけど……でも、かっこよかった……」
律「あんな人に私達、ずっと守られてたんだよな……」
紬「うん……私、叩いてくれて……すごく嬉しかった……」
唯「暖かかったよね……痛かったけど……でも、それ以上に私……嬉しかった……」
澪「ああ………」
律「なんか、卒業すんのも寂しくなっちゃうよなぁ……」
紀美「ったく……ほんっといい先生じゃない、あいつ……」
紀美(そりゃ、生徒がこんなに可愛いんじゃ……結婚と仕事、どっちを取るか、悩みもするよなぁ)
紀美(さわ子……あんた、どうするんだ?)
さわ子「はい……はい、ええ……では二台、お願いします」
電話を終え、紀美たちの所へ戻る。
紀美「お、熱血教師のお戻りだ」
さわ子「だーれが熱血教師か」
紀美「十分熱血だって、まったく、どこのヤンキー教師ドラマだよ」
さわ子「もう、好きに言ってなさい」
紬「ところで、どうしてお二人はここに?」
澪「その荷物、呉服店のものみたいですけど……」
律「着物でも買ったの? さわちゃん」
脇に置いてある着物の箱を見て、次々と生徒の間に疑問符が投げかけられる。
やば、気付かれたかな……?
さわ子「こ、これは……そう、今度梓ちゃんに新歓ライブで着せる衣装の材料よ、おほほほっ」
唯「なーんだ、てっきりお見合いでもするのかと思った」
さわ子・紀美(ぎくっ)
それは天然ならではのボケか、それとも思いつきなのか、唯ちゃんの言葉にどきっとする。
まさか……本当に気付かれてるなんて事、ないわよね?
律「それはないない、さっきのを見たろ? あんな凶暴になっちゃ、旦那さん喧嘩の度に死んじゃうってーの」
さわ子「りっちゃん……それはどういう意味かしら…………?」
律「べ………べべ別に深い意味はありましぇんっっ!」
さわ子「まったく………」
さっきまであんなに怯えてたのに、すぐに調子を戻すとコレなんだから……。
でもま、それが彼女達の良い所でもあるか。
そうこうして、少しだけ話をしていた時、呼んだタクシーがやって来た。
紀美「あ、タクシーってあれじゃない?」
さわ子「うん、来たみたいね」
さわ子(とりあえず……あれ以上詮索されることはもうないかな……)
タイミング良くタクシーが来てくれたので、紀美と私は別々に乗り込み、生徒達も家の方角に別れて乗り込む事になった。
紀美「じゃあさわ子、私この子達送ってくから、またね」
さわ子「うん、紀美も今日はありがと、唯ちゃんとムギちゃんも気を付けて帰ってね?」
唯「はーい、先生じゃーねー♪」
紬「ではまた学校で、先生、今日はありがとうございましたーっ」
澪「唯、ムギ、また学校でな」
律「じゃーなー♪」
紀美たちを乗せたタクシーが動き、二台目に私と澪ちゃん、りっちゃんが乗り込む。
そして、運転手さんに道先を指示して、私達のタクシーも発進した。
さわ子「ふぅ……なんか疲れたわぁ」
律「ごめんねさわちゃん、わざわざタクシー代まで出して貰っちゃって…」
さわ子「いいのよ今日ぐらい……それに、高校生に出させるほど、お金に困ってもないしね」
律「よっ、さすが大人♪」
そう、調子良く笑うりっちゃんだった。
澪「それで……先生、さっきの話なんですけど……」
律「そーそー、本当にその着物、どうしたの?」
さわ子「………………」
それを言ったらどうなるだろう……。
二人なら反対するだろうか……それとも、応援してくれるだろうか……。
……………もしも、それを言ったら………私はその言葉を、素直に受け入れられるだろうか。
彼女達の希望に、私は……本当の意味で、応える事ができるのだろうか……。
さわ子「ふふ、内緒……よ……」
律「ちぇー、ずるいなぁ」
澪「まぁまぁ……先生……」
澪「いつの日か落ち着いたら、教えてください……」
さわ子「……ええ、その時までの、お楽しみにね♪」
結局、私は最後まで言う事は出来なかった。
でも、今はこれで良かったんだ……。
最後の最後、本当にどちらかが決まったら言えばいい……。
今はまだ……きっと、おそらく……たぶん……言うべき時ではないと……思うから……。
タクシーは夜道をひた走る。
街灯やネオンが滲んで見え、視界が霞む。
涙を止める為に私は少し、目を閉じる。
そんな私の涙に、後部座席の二人が気付けるわけがなかったのだった……。
――――――――――――――――――
そして数日後、生徒の卒業式も終わり………。
母「うん、着付けは問題なさそうねね」
さわ子「帯、少し曲がってないかしら?」
母「母さんが着付けてあげたんだもん、ばっちりよ」
さわ子「ふふ、ありがと」
母「じゃ、行きましょう……先方にも、既にお待ちいただいてるようだしね」
さわ子「………ええ………そうね………」
この日、おそらく、私の人生のの最大の分岐点………。
―――お見合いの日が、やって来た……。
私達のお見合いは、桜が丘から少し離れた所の、とある料亭で行われた。
外からでも手入れの行き届いた大きな庭園が見え、舞い落ちる桜が、その料亭の上品さを一層引き立てている。
店に入り、女将さんの案内で、私は母と共にその部屋に辿り着く。
ここに……彼がいる。
おそらく将来の私の夫になるであろう、その人が……。
最終更新:2012年02月09日 22:22