紀美「はぁ? お見合い? あんたが???」

 ファミレスの店内に紀美の大声が響く。

 その声に、周りの客の注目が私達の席に集まっていた。


さわ子「声が大きい! もし生徒に聞かれたらどーすんのよ!」

紀美「あ……ああ……ごめん……」

紀美「でもあんた……いきなりお見合いって……」

さわ子「しょーがないでしょ……伯父さん、酔ったら話止まらないんだから……」

紀美「でもねぇ……」

 ……正月の一件から数日経った頃、私は紀美を呼び出し、事の始まりを話していた。

 自分ではどうすることも出来ないこの話を、私はとにかく誰かに話したかった。 

 ――そして出来れば、解決策を教えてもらいたかったんだ……。


 ――年明けのその日、叔父の切り出した言葉は、私を驚かせるには十分な内容だった。


伯父『僕の会社にいい男がいるんだよ、これがまた顔は整ってるのに独身でさ、よくそれ系の愚痴を聞かされたもんだよ』

さわ子『へ、へぇ……そ、それで?』

伯父『彼にも相当結婚願望はあるんだけど、それで良かったらどうかな? 僕が彼を紹介してあげようか?』

母『まぁ……! いいじゃない! 今時お見合いなんて珍しいっ』

父『……ふむ』

さわ子『え……えっとその……お、伯父さん??』

 伯父のその言葉に母は目を輝かせ、父は考え事をしているかのように口を閉ざしている。

 この場で私の味方をしてくれるのは……どうやら伯母さんだけのようだった。

伯母『あなたったら……さわ子ちゃん気にしなくて良いからね?』

伯父『いいじゃないか、これも何かの縁だし……』

伯母『でもあなた、さわ子ちゃんの意見も少しは聞いたらどうなの?』

伯父『まぁまぁ、こういうのは思い切りが大事なんだって』

伯母『あなた……』

 ここ一番で思い切りと行動力に溢れているのは、確かに伯父の良い所なんだろう……でも、言い方を変えればそれは傍若無人で猪突猛進、あまり褒められる事ではなかった。

 この性格が無ければ、伯父も間違いなくいい人なんだけどなぁ……。


伯父『んで、どうだろう、これがその彼なんだけど……』

 伯父が携帯を取出し、1枚の写真画像を私に見せる。

 会社の慰安旅行で取った物なのか、画面には、浴衣姿でさわやかに笑う男性の画像が映し出されていた。


さわ子『……………』

紀美「それで……まさかその顔に一目惚れして、『あ、悪くないかも……』なーんて思ったんじゃ……」

さわ子「そ、そんな事ないわよ! 確かに顔は整ってたけど……その……」

紀美「んでさ、どんな人なの? その見合い相手って」

さわ子「伯父さんの話だと仕事の業績も上々で、一応次の専務候補って言われてるみたい」

紀美「ふむふむ」

さわ子「性格も人当たりが良くて、酒好きだけどタバコもギャンブルもやらない、音楽もクラシックが好きな、決して悪い人ではないって……言ってた」

紀美「ま、結婚相手にゃもってこいの男だねぇ、そりゃ」

さわ子「そうなのよ……」

 これで多少は素行が悪いような男だったらそれを理由に撥ねつける事も出来たのだけど……伯父が紹介してくれたその男性は生憎と、話を聞く限りでは完璧で……。

 私が過去に付き合ってきたどの男よりも、完成された経歴と性格をしていたのだった。


紀美「……さすがに、それは断ったら、お前どんだけ強欲なんだって話になるわな……」

さわ子「……でしょ、客観的に見ても、断るには勿体なさすぎるのよ、その人……」

紀美「まぁいいけどさ……んで、結局その人、来るには来るんでしょ? こっちに」

さわ子「うん、今年の春……3月ぐらいに、顔見せに来るって……」

紀美「……まだ先の話ではあるけど、あまり遠い日でもないね」

さわ子「うん……母さんも伯父さんも、すごく乗り気だったからね……」


 ……結局、伯母の静止の声も聞かずに、伯父は母と一緒にお見合いの話を勝手に進めてしまった。

 父が始終無言だったのは、母と伯父が一度言い出したら聞かない事を知っていたからに違いないだろう。

 そんな母の性格もあり、私が教師を志した時だって、説得に随分骨を折らされたからなぁ……。

 ……でも、私だってただ流されて行く事を選んだわけじゃない、それなりに食い付こうと試みたけど……。

 見合い話に意見をする私を見る母の、その残念そうな顔が……あと一歩の所で、私を引き留めていたのだ……。


紀美「別に、結婚してからでも教師は続けられるんじゃないの?」

さわ子「……それは無理、母さんが絶対に許してくれない」

紀美「結婚したら女は家に引き籠って家事か……頭硬いねぇ、あんたのお母さんもさ」

さわ子「悪い人ではないのよ……ちょっと、ほんのちょっと……考えが古風なだけなの」

紀美「……んん……じゃあ、まさにあれだ、結婚を取るか、それとも仕事を取るかってやつだ」

紀美「うへぇ……どーしたもんかねぇ……」

 タバコに火を付け、紀美は悶々と考え込んでいた。

 私自身の問題なのに、紀美はああでもないこうでもないと考えを巡らせてくれている。

 それがやっぱり嬉しくもあり……また同時に、こんな個人的な事で考えさせてしまって悪いと、私は思ってしまっていた。


さわ子「紀美……」

紀美「……理由はどうあれ、見合い話を了承したのはさわ子自身だろ?」

さわ子「うん……」

紀美「確かに、見合いなんて今時古臭いとも思うし……アタシもどっちかってえとそれには反対だよ」

さわ子「うん……」

紀美「でも、あんた自身はどうなのさ?」

さわ子「私自身……?」

紀美「そ、さわ子はどう思ってるの?」

紀美「あんた今悩んでるっしょ、結婚と仕事、どっちを取るべきかって」

さわ子「……………」

 鋭いな……紀美……。

 いや、紀美じゃなくても、私の話を聞けば、普通は察しが付くか。

紀美「いい男と結婚して親を安心させたいし、友達だって相次いで結婚して子供をこさえてるし……自分もそろそろ結婚したいっていう気持ちと……」

紀美「今の仕事を、教師を続けたいっていう純粋な気持ち、今のさわ子の中にはこの二つがある、そうでしょ?」

さわ子「……うん」

紀美「でも、自分は遅かれ早かれ、そのどっちかを選ばなきゃならない」

紀美「けど、どっちも悪くは無い、このまま仕事に打ち込むのもいいし、結婚して家庭を築くのだって、きっと悪い事じゃない」

さわ子「……うん」


紀美「私にはどっちがいい、なーんて事は言えない。 だってそれは、さわ子自身が決める事だからね」

紀美「……だからさわ子、あんたはどっちなのかを聞くよ」

さわ子「私自身………か」

 しばらく俯き、自分なりに考えを巡らせてみる。

 その時だった。

声「ママー、はやくっはやくっ♪」

声「そんなに慌てないのー、まったくあの子ったら……」

声「ははは、いいじゃないか、元気で何よりだ……ああすみません、3人禁煙でお願いします」

ウェイトレス「かしこまりました、こちらへどうぞー♪」


さわ子「…………子連れ…か」

 入口から入ってきた、ある家族の姿が目に止まる。

 私と同年代ぐらいだろう、落ち着いた声の旦那さんに、優しい声のおっとりとした奥さんと、その奥さんの手を引っ張り、元気に笑う子供の姿が見えた。


男の子「ママー! ぼくジュースのみたいっ!」

女性「うふふ……じゃあ、今日だけ特別よ?」

男の子「うんっ!ママだいすき♪」

男性「ははは、母さんも何か飲むかい?」

女性「じゃあ……コーヒー、いただこうかしら?」

 遠くの禁煙席のテーブルに見える、ある家族の光景。

 その夫婦の薬指には、うっすらと輝く銀の指輪と……

 そして、その指輪の輝きにも負けないぐらいの、明るい表情の家族の姿が、そこにあった。


さわ子「…………幸せそう……」

 そう言えば……去年の結婚式もそうだった。

 愛する人と結ばれたその友人の笑顔はとても綺麗で……とても幸せそうだった……。


さわ子「…………結婚……かぁ」

 私の結婚生活は、どうなるんだろう。


 ……私の手料理を楽しみに、仕事先から帰ってくる旦那さん。

 その旦那さんを小さな子供と一緒に玄関で出迎えて……私の作った料理を、家族3人で食べて……夜には布団の中で川の字になり、安らかに眠って……。

 連休には実家に帰り、孫の顔を楽しみに出迎えてくれる母と父……そんな二人にべったりな子供と、その光景を優しく見守る私がいて……


 ……普通の幸せ……ありふれていて……とても些細な、幸せな結婚生活……。


 ……私にも、得られるだろうか。

 あの家族にも、あの時の友達にだって負けない……素敵な笑顔に満ちた、幸せな日々が………。


さわ子「……私……お見合いの話、進めてみる」

紀美「そっか……まぁ、さわ子が決めたんなら、私は応援するよ」

さわ子「うん……ありがと、紀美」

紀美「いいって……んじゃぁ見合いに似合う和服ぐらい、今度見に行こっか?」

さわ子「そうね……いつぐらいが予定取れそう?」

紀美「アタシもこれから仕事で忙しくなるからなぁ……来月ぐらいでどう?」

さわ子「うん、じゃあ来月の頭ぐらいに、ちょっと買い物付き合って」

紀美「おうよ、どーせやるんなら、バッチリやっちゃいな♪」

さわ子「あはは、そうねぇー」

 ……きっと、これで良かったのだ、うん。

 そう、自分の中に残ったわだかまりを流し込むように、私はコーヒーを飲み干す。


さわ子「お姉さん、コーヒーもう一杯」

ウェイトレス「かしこまりました~♪」


 ――やってやる、やってやるんだから。


さわ子「――ふんすっ!」

 そう、教え子の言葉を借りて、私は意気込むのであった。


――――――――――――――――――

 そして月日は流れて行く。

 新学期も始まり、1月の終わり……。


 職員室には、合格通知を貰って歓喜してる生徒や……それとは逆に不合格を告げられ、落ち込んでいる生徒等、様々な生徒の顔がちらほらと見え隠れしていた。

 私がこの学校の生徒だった時も、この時期はそうだったっけ……

 確か、職員室のあちこちでこんな光景があった事を、うっすらと覚えていた。


さわ子「うん……第二志望には落ちちゃったけど……まだ第一志望が残ってるから、焦らずにね?」

生徒「はい、ありがとう……ございます……っっ」

さわ子「そんなに落ち込まないの、気分が暗いと、受かるものも受からなくなるわよ?」

さあこ「……大丈夫、自分でたくさん考えて悩んで……それで進んだ道なら、きっと後悔はしないと思うから……ね?」

生徒「はい……っっ……えへへ……うん、山中先生、私もう一度頑張ってみる!」

さわ子「ええ、それじゃ……寄り道しないで早く帰るのよ?」

生徒「はーいっ、山中先生ありがとうございました!」

 そう、元気にお礼を言い、一人の生徒は職員室を飛び出して行った。


さわ子「きっと後悔はしない……か」

さわ子(私が言っても、なんか白々しいなぁ……)

さわ子「んんん……」

 大きく伸びをして、肩を鳴らしてみる。

 ぽきりと鳴る肩の音がどこか気持ち良い……反面、そんな年寄り染みた事をしてる自分がちょっぴり嫌になった。


堀込「山中先生」

さわ子「っと……堀込先生、お疲れ様です」

 かつての私の担任であり、今は私の上司である堀込先生が、コーヒーカップを片手に声をかけて来てくれた。


堀込「ああ、お疲れ様……どうだ、生徒の進路は」

さわ子「まぁ……みんな落ちたり受かったりで、一喜一憂ですねぇ……私もなんだか飲まれそうで……さっきの生徒も、あんなに頑張っていたのに、それが残念で……」

堀込「はっはっは、まぁ、それが担任ってやつだからな……ほれ、ブラックだが、飲むか?」

さわ子「ありがとうございます……」

 先生の淹れてくれたコーヒーを飲み、一息つく。

 インスタント独特の苦みが口から頭を刺激し、若干ではあるが、目が覚めた気がする。


堀込「生徒の学生生活も残り僅かか……山中、最後までしっかりと頼むぞ」

さわ子「はい、あの子達は、私が最後までしっかりと面倒見ます」

堀込「良い返事だ、それではな」

さわ子「はい、お疲れ様です」

堀込「っと……そうだ、2年の軽音部の生徒が言っておったぞ、最近先生が来てくれないから、練習がいまいち進まんとな」

さわ子「……梓ちゃんが?」

 そういえば……3年生の進路の事もあってか、ここ最近は吹奏楽部にも軽音部にも私…全然顔出してなかったな……

 吹奏楽部は部長や2年生に任せてたけど、軽音部には今梓ちゃんしかいないだろうから、きっと寂しがってる事だろう。

 仕方ない事とはいえ、梓ちゃんには悪い事をしたと思う私だった。

堀込「部活の顧問なら、請け負った部の方もしっかりと見とれ、生徒は3年生だけではないんだぞ?」

さわ子「そうだった、私、今からちょっと見てきます」

堀込「ああ、まだ部室にいるだろうから、行ってやれ」

さわ子「はい、ありがとうございましたっ」

 先生の言葉に頷き、私は書類をまとめ、そのまま音楽室に向かう事にした。

――――――――――――――――――

 音楽室の扉を開けると、窓際の椅子にちょこんと座ってた梓ちゃんが一人で練習をしていたのが見えた。

 誰もいない部室で一人で練習……か……先輩達も受験でそれどころではないだろうし、こりゃぁかなり寂しかっただろうな……。


さわ子「梓ちゃん、いる?」

梓「あ……先生、今日は大丈夫なんですか?」

さわ子「うん、時間も空いたから、今日は暗くなるまで付き合うわよ」

梓「あ、ありがとうございます!」

さわ子「唯ちゃん達は……もう帰ったのね?」

梓「はい、少し前までは先輩達もいたんですけど……今日は図書館で和先輩達と勉強みたいで……」

さわ子「そっか……じゃあ、今日は私がみっちりと教えてあげる」

梓「はい、ありがとうございます♪」

さわ子「覚悟なさいよー? 私の特訓、結構厳しいんだからね?」

梓「ゆ、唯先輩にだって出来たんです、私だって……!」

さわ子「あはは、やる気があって良いわねぇ」

さわ子「じゃー、まずは歯ギターとシャウトのやり方から……」

梓「それは結構です」

さわ子「も~、ノリ悪いわねぇ~~」

梓(今更だけど、この人に教えてもらって大丈夫なのかな、私……)


 そして、私と梓ちゃんの二人だけの個人レッスンが始まった。

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