幸せの形は人によって様々だ。


 暖かい家庭、大切な仲間、愛しい恋人……。

 好きな仕事、楽しい趣味……


 幸せは、人と、その人の現在(いま)の数だけ存在する。


 でも、巡るめく生活の中で、もしもそのどちらかを選ばなければならなくなったとなったら……。


 ―――あなたは、どちらを選びますか?


 それは、年明けまで残り数日となった冬のある日の事。

 学校も冬休みに入り、今日は久々の休暇。 私も大掃除を終えた部屋で、のんびりと休日の一時を過ごしていた。


さわ子「大掃除も終わったし年賀状も書いた、仕事もとりあえず区切り付けたし、今日は久々のオフといきますかねぇ……♪」

 私は意気揚々とパソコンの電源を立ち上げ、ネットを開き、お気に入りの動画サイトにアクセスする。


さわ子「えっと……」

 カタカタとお気に入りのアーティスト名を入力し、検索タグから表示されたサムネイルの中から、好きなアーティストの動画を適当に選んでクリックし、その音源を聴いてみる。

 ~~♪ ―――!!


さわ子「んんん……や~っぱ海外のメタルは、クオリティが違うわよねぇ~~」

 ネットの動画サイトに上げられているメタルを聴いては時に調子良く乗ってみたりして、私は自分だけの時を過ごしていた。

 ……この学校に赴任して早数年、今年は教師として初の担任になったり、これまでに続いて吹奏楽部と軽音部の2つの部活の顧問を掛け持ちしたりと、私の教員生活も、慌ただしいながらも相応に充実していた。

 そう、ある一点を除けば……だけど。


さわ子「~~♪……ん?」

 パソコンを立ち上げて何時間か経った頃。

 ふと、振動音と共に部屋に響く携帯の着信音に気付き、私は携帯に出る。


さわ子「はいはーい……って、珍しい、母さんからだ」

 着信を告げた主は、実家の母からだった。


さわ子「もしもし、母さん?」

母『ああーやっと出た、さわ子、元気だった?』

 電話越しからは普段と変わらない母の声が聞こえてきた。

 ここ最近は仕事続きで実家に電話すら掛けれない日が続いてたが、母も特に変わりがないようなので、どこか安心する。

さわ子「うん、色々と大変だけど、なんとかやってるわよ」

母『そう、それなら良いんだけどねぇ……あ、あんた、今年のお正月はウチに帰ってくるの?』

さわ子「お正月……ん~……一応帰るつもりだけど、どうかしたの?」

母『いえね、今年は遠くに住んでるおばさん一家もウチに来るみたいだから、さわ子も来るかと思ってねぇ』

 遠くのおばさん一家か……

 最後に会ったのは、確か私が高校生の頃だから、会うのはだいたい10年近くになるのかな……。

 懐かしい顔が頭をよぎる、みんな元気にしてるだろうか。


さわ子「そっか、うん、わかったわ」

母『向こうの家のお子さんも大きくなったって言うからねえ……あんた、今年はお年玉くらい用意しときなさいよ?』

さわ子「お年玉ねぇ、あ~あ……私ももう貰う側じゃなくて、あげる歳かぁ」

母『なーに言ってんの、あんた来年でいくつになると思ってんの?』

さわ子「と、歳の事はいいでしょ……?」

 歳の事を言われ、思わず眉間にシワが寄る。

母『仕事もいいけど、そろそろ将来の事も考えておかないと……でないとさわ子、あんたそのまま行き遅れちゃうわよ?』

さわ子「あーあー、何も聞こえませーん」

母「あのねぇ……」

 ふざけてその場をしのぐように話を終わらせようとするも、母の話は一向に終わる様子が無かった。


母『私も、早く孫の顔が見たいんだけどねぇ……』

さわ子「もー母さんったら、私だってまだまだ若いんだし、今はそんなに焦る事ないって……」

母「そう言っていられるのも今の内だけよ、年なんてあっという間に過ぎちゃうんだからね?」

さわ子「……母さん、あんまりしつこいと私行かないわよ?」

 少しだけ語尾を荒くし、私の不快感をそれとなく母に伝えてみる。

 すると気を悪くした事に気付いてくれたのか、母は平謝りで話を止めてくれた。

母『あらごめんなさい、私ったらつい愚痴っぽくなっちゃってやーねぇ』

さわ子「……もう、とりあえず元旦にはそっち向かうから、おばさん達にもよろしく言っといて」

母「ええ、それじゃあさわ子の好きなお雑煮作って待ってるからね?」

さわ子「ありがと、それじゃあね」

 ――ピッ

 そして、半ば強引に話を切り上げ、電話を切る。


さわ子「ふぅ……まったく、母さんったら……」

さわ子「………分かってるわよ、そんな事…………」

 ……そう、そんな事、自分でも分かっていた事だ。

 歳だって25も過ぎ、友達も次々と結婚して行き、いわゆる『行き遅れ』っていう、耳が痛い単語が脳裏をかすめる。

 そんな歳に、私は差し掛かっていた。

 ――三十路……俗に言うアラサーなんて言われる嫌な言葉は……気付けば、目前にまで迫って来ていた……。

さわ子「でもでも、今はその……仕事だって忙しいし、軽音部だって吹奏楽部だってまだまだこれからだし……あああもう、やめやめ!!」

さわ子「ったく、せっかくの気分が台無しじゃないの……もーーっっ!」

 抱えていた頭を上げ、誰にでもなく虚勢を張ってみるけど……それで現実から逃れられたら苦労はしないものだ。

 座布団に座り直し、財布を手に考えてみる。


さわ子「……んんん~、お年玉かぁ……もうあげる歳になっちゃったのねぇ……私って……」

 ほんの少し前までは、祖父母や親戚のおじさん達から楽しみに受け取っていた筈だったのに、今度は私がそれをあげる側になるとは……。

 ほんと、知らない間に歳を重ねてしまったと、自分でも思うなぁ……。


さわ子「……お年玉って、今いくらぐらいが普通なのかしら?」

 財布の中に入ってる紙幣の枚数を数え、それを計算してみる。

さわ子「私の時はだいたい1~2万円ぐらいだったけど……いや、でもそれだと来月発売のアルバムが遠のくし、車検だって近いし車のローンもまだ残ってるし……ううう……」

 頭の中でソロバンをはじき、大体いくらぐらいが相場なのかを考えてはみる……が、考えれば考える程にまとまらなくなって行く。

 て言うか、……そんな計算をしてる自分がどこか嫌になった。

 でも、私だって一応は教師なんだし……大人だし、親戚に見栄ぐらいは張りたい……けど、見栄を張りすぎて自爆するのも、大人としてそれはそれでかっこ悪い。


さわ子「んんん~~……どーすりゃいいのよ~~」

 己の懐具合と世間体が頭の中で渦を巻き、それが葛藤となって余計に私を悩ませる。

 あの頃笑顔でお年玉をくれたおじさん達の中にも、実はこんな葛藤があったのだろうか……?

 財布の中の紙幣を睨みつけては、私はそんな事を考えていた……。


――――――――――――――――

 簡単な食事を終え、動画の続きを見ていた時だった。


さわ子「あ……」

『――ド○ンゴが、午前0時をお知らせします……』

さわ子「もーー、いいとこだったのに時報うざったいなぁ……って、0時?」

 ふと、ある事に気づき、カレンダーで日付を確認してみる。


さわ子「そっか……もう、クリスマスなんだ……」

 そう、日付は変わり、今日は12月の24日。

 今時の独り者には無縁となる、忌まわしい聖夜の日となった。


さわ子「生憎と予定はないし……また今年のクリスマスも紀美達と一緒……かなぁ~、あーあ……」

 放っておいた携帯を取り、紀美に電話をかけてみる。

 そして数秒のコール音の後、紀美の声が受話器から通って来た。

紀美『はーいもしもし? さわ子どったん?』

さわ子「久しぶり~、あの紀美、今日の夜ヒマしてる?」

紀美『今日って……ああ、もうクリスマスか』

さわ子「うん、もし予定がなかったら、またみんなで集まって、私の家で鍋パでもやらない?」

紀美『はっは~ん、さてはまた今年も一人だなぁさわ子~?』

さわ子「べ……別にいいじゃない、そんな事~」

 紀美のこのリアクションも半ば予想はしてた……が、実際に言われると少々キツイ物があるなぁ。


紀美『あっはっは、ごめんごめん、冗談だって』

さわ子「まったく、笑えないってーの」

紀美『まぁまぁ……うん、私も一人だからいいよ、今年も付き合ってあげる』

さわ子「ありがと、ごめんね? 急にさ」

紀美『気にしない気にしない、アタシとさわ子の仲っしょ?』

紀美『一応デラとジェーン達にも声かけてみるよ、明日の夕方ぐらいに適当に買い物してからそっち向うから、料理の方よろしくね~』

さわ子「うん、分かった~」

紀美『んじゃ、またあとでね、メリクリ~』

さわ子「めりくりー」

 ――ピッ

 通話を終え、冷蔵庫の中を開けてみる。


さわ子「それじゃ、明日は鍋と行きますかね……」

 献立は何が良いだろうか。

 去年は確かカレー鍋だったし、今年はシンプルに水炊きでもいいかな?

 ん~……でも、すき焼きも捨てがたい………。


さわ子「ま、明日買い物しながら考えよっと」

 そう思い立ち、今日はもう時間も時間だし、私ももう寝る事に決めたのだった。

 …………。

さわ子「……………」

 敷いた布団に潜り、昔を思い出す。

さわ子(…………今年も……かぁ)


 一昨年は確か唯ちゃんの家で、軽音部のみんなや憂ちゃん、和ちゃん達を交えたクリスマス会をやったんだっけ……その次の年には紀美達と一緒に鍋パをやって……

 今年も、去年と同じように紀美達と一緒に……。


さわ子(……思えば、あの時彼氏にフラれてからもう2年も経つのかぁ)

 それから今日に至るまで、それらしい男は未だ現れず……か。

 我ながら、結構寂しい生活を送ってるものだ。

さわ子(…………来年こそは、私だって……………っ)

さわこ「……ふんすっ」

 唯ちゃんの言葉を借り、とりあえず意気込んでみる。

 そうだ、来年こそは……私だって………。


 …………


 ――夜は更けていく。

 どこか空虚な気持ちを残したまま、私の意識は、次第にまどろみの中に溶けて行った……。


―――――――――――――――――

 翌日

 ――ピンポーン…♪

さわ子「来た来た…♪ はーい、今開けるわよー!」

 家のチャイムが部屋に鳴り響き、来客を告げる。

 それが紀美達の到着と確信した私は料理の火を止め、彼女達を出迎える。


 ……ちなみに今年の鍋は新たな挑戦の意味合いも兼ね、トマト鍋にしてみた。

 味付けは問題ないし、他のみんなの口にも合うとは思う、たぶんだけど。


紀美「やっほーさわ子、披露宴のライブ以来だねぇ」

さわ子「いらっしゃーいってあれ? 他のみんなは?」

紀美「あー実はさ……デラもジェーンも他のみんなも、どうしても都合つかなくってさ……」

さわ子「マジで……?」

紀美「うん、マジで」

 紀美のその一言に思わず固まる私。 まさか……こうなるとは予想外だった。

 料理も結構作ってしまったし、どうしようかな……。


紀美「デラは最近できた彼氏と一緒って言うし、ジェーンも今実家に帰ってるって事でね…」

紀美「……ああ、ジャニスは仕事だって言ってた、一応あそこのライブハウス、クリスマスの夜はそれなりに盛り上がるからねぇ」

さわ子「まぁ……あそこはね」

 確かに、クリスマス限定のライブなんて、よくある話だからなぁ。


紀美「ミホコは当然旦那と一緒で、そんなわけで、今年は私一人になりましたとさ……あはは」

 渇いた笑いのまま、紀美もまた残念そうに項垂れていた。

 まぁ………急だったし……仕方ないっちゃ仕方ないか……


紀美「そ、その代わり、お酒はたくさん買っておいたよ! だから今日はとことん飲もう! ね?」

 紀美の持つビニール袋の中には、確かに大小様々な酒瓶が入っていた。

 けど……それを1日で飲む気なのか、紀美は。

さわ子「いいわよ、そんなに気を遣わなくても。 今日だって、もともとは私の思い付きだったんだしさ」

紀美「まーまー、たまにゃー二人で飲むのも悪くないって事にしてさ……ね? ほら、せっかくの女子会だし、何よりクリスマスだしさ」

さわ子「女子会ってあんたねぇ…………まぁいっか、とりあえず上がってよ、お鍋ももうじき出来上がるから」

紀美「じゃーお邪魔しまーす♪ おー、いい匂いだねぇ♪」

 やたらと上機嫌に振舞う紀美だ。 私に気を使ってるのがよく分かる。

 そういう分かりやすいところは、昔も今も変わってないなと思う私だった。


さわ子(……ま、いっか)

 ――いきなりって事もあったし、それで来なかったみんなを悪く言うのは止そう。

 それはさすがに大人気が無いし、何よりも……自分が余計惨めになるだけだ。


さわ子(……しかし、デートに帰省に仕事に旦那…ねぇ……みんな、充実してるじゃないの……)

 うん、仲間が充実してるって事は、きっと良い事なんだ……そうなんだ。


 そう、良い事なんだ―――。


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