──────────────────────────────


… …

…………!!


片肘をついて飛び起きる。

思い出せないが、何かとても恐ろしく、そして寂しい夢を見ていた気がする。

涙が頬を伝い、顎の先から掛け布団に一滴したたる。
とっさに眼鏡をずらして涙をシャツの袖口で拭う。


 (眠ってしまったのね…しかも眼鏡をしたまま)


ここは保健室のベッドの上だ。
状況を理解して安息とも嘆息ともつかぬ溜め息をつく。

ごう、とクーラーの室外機が低いうなりを上げている。
空調の風を受けたカーテンの衣擦れの音が、さやさやと響く。
胸元を少し緩めて風を入れる。
昼下がりの黄色く穏やかな陽光が、カーテン越しに柔らかく投げかけられる。


上半身を完全に起こすと、全身が寝汗にまみれているのか、
胸、腹、背中、脇の下に至るまで、汗の粒が重力に負けて肌を滑っていくのが分かる。
額に張り付いた前髪を払う。


ほどなくして、味覚に鉄分を感じるのに気付く。
右手の甲で拭うと、何か余程恐ろしい夢を見ていたのだろう、噛んだ唇から血が滲んでいる。


家に帰ったらシャワーで汗を流して寝てしまおう。食欲など到底湧かない。
夢ごときに精神を掻き乱される自らの不甲斐なさを恥じるばかりだ。

しばし呼吸を整えつつ、ぼおっとしていると、
不意に保健室のドアがノックされ、ドア越しに声が聞こえる。


 「高橋さん、起きてるか?」

 「あ、秋山さん」

 「カーテン開けていいかな?」

 「…どうぞ」


ドアを開ける音がして、足音が近付くと、
秋山さんは遠慮がちにカーテンを押しのけながら、私の顔を覗き込む。


強い西日を浴びた秋山さんの髪も、朝と同じように、
いつもよりやや明るい色をしているように感じられた。


 「ごめん、もしかして起こしちゃったか?そろそろ帰りのホームルームなんだけど…
  動けないならこっちにに高橋さんの荷物を持ってくるよ」

 「無理に起こされたわけじゃないから謝らなくていいわ。
  でもホームルームは難しいかな。ちょっと汗かいちゃって…」

 「確かに寝汗がすごいな。じゃあ荷物を持ってくるから。
  あと、着替えのジャージも誰かから借りてくる」

 「ごめんね。ありがとう…あれ?どうしたの、それ?」


秋山さんの顔を間近でよく見ると、唇の端が切れている。


 「ああ、これ?別に乾燥してもいないのに、いつの間にか切れてたよ。
  さすがに高校生でお肌の曲がり角は勘弁してほしいな」


秋山さんはそう言って苦笑し左の親指で口元を拭う。



二、三のやりとりの後、秋山さんは教室に戻っていった。

彼女は私と似ている。が、なぜこうも違うのだろう。

恥ずかしがり屋で引っ込み思案なのにファンクラブができるほどの人気。
軽音部でも大いに活躍しているのも頷ける。

それだけに一方で、軽音部の凡俗どもに振り回されているのが残念だ。
朱に交われば何とやら。そのうち身を滅ぼすのではないか。

秋山さんの足音が遠ざかるのを聞きながら、私はそう憂慮した。


カーテンを完全に開いて視線を窓の外に移すと、埃っぽい校庭に西日が燦々と降り注いでいる。


 (早く休日にならないかな…)


今週末も、また、土蔵の古書を渉猟するとしよう。

あの場所は、旧き良き先人たちの知恵が横溢する聖域だ。

そう、まさに私だけの聖域。

くだらない人間関係に巻き込まれるよりは、
喜ばしい知識に囲まれて暮らすことが、私には至上の幸福なのだから────



                                            終わり






                                   (ふりだしに もどる?)






48:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/22(日) 23:55:35.99 ID:ipTBxKiU0


これで終了。

一応、メガネをかけた時点で身体が、そして人格・記憶が一部混在しつつ入れ替わる。
髪の色が明るくなっている描写がそれ。

そして保健室でのやりとりにより人格・記憶も完全に入れ替わる、と。

最近ひいきにしているモブの高橋風子の出番が少ないので、
逆に「澪をメガネ無し風子とすればいい」と思ったのと、
作画のブレで、今週の澪は風子っぽいな、などと思ったのがきっかけ。

でも風子はこんな根暗じゃなくてもっと健気に頑張る子だと信じたい。
とりあえず、けいおんモブの中では風子一押しだっつーことだよ言わせんな恥ずかしい。