和「ひ……ひぃぃあああああーーっ!!」

和は奇声を上げて立ち上がり、ガシガシと頭をかきむしった。
ホームルーム中の教室に和の声が響き渡る。

唯は呆気にとられて身体が硬直してしまった。
他のクラスメイトもさわ子も、奇声の主が和だとわかると、
その事実を飲み込むだけで精一杯になってしまった。
この時教室にいた人間は、ただ和を眺めているほかなかった。

唯「の……和ちゃん?」

いち早く我に還った唯が和に声をかける。

和「っぬぅぅぅぅぅぅああああああ!いい加減にじろ゛お゛お゛お゛ォォェェァァアア!?」

和は唯に背を向けたまま、唯の机に回し蹴りをお見舞いした。

唯「げうッ……!?」

吹き飛んだ机は見事唯にぶち当たった。
唯は腹を抱えてうずくまり、咳き込んだ。

唯「うっ……えほっ……げっ……ほ」

和「ひゃっほおおおおーーっ!!!」


姫子「ちょ、ちょっと和…あんた何やって…」

和「ヤンキーマジうざいんですけどおおおおおおおおおおおお?!」

和は自分の椅子を掴むと、それを高々と頭上に掲げた。

姫子「え…?う、ウソ…ちょっと待っ…」

姫子は後ずさったが、和はゆっくりと近づいて行った。

和「へ、へへへへええええ」

姫子「やだ…や、やめ」

和「ラァ!!」

和は姫子の頭目掛けて、勢いよく椅子を降り下ろした。

姫子「あぎぃっ…」

姫子はどさりと倒れ、それきり動かなくなった。
姫子の頭から流れる血が床にじわじわと広がり、茶髪が赤く染まった。

澪「き、キャアアアアアアアアアア!!!」

空気をつんざくような澪の悲鳴が静まり返っていた教室にこだました。

その声で、教室にいた人間は我に還った。

さわ子「ちょ、ちょっと真鍋さん?!」

和「ク、クハァァ…」

和はゆっくりと、床に座り込んだ唯に近づいていった。

唯「あ…あああ…」

唯は恐怖のあまり、失禁してしまった。

和を止めなくてはならない。
そうわかっていても、誰も身動きをとれなくなっていた。

今この教室は、和によって支配されていた。
クラス会議の時のそれとは全く違う形で広がった支配の中、
唯は自分が数秒前までしていたイタズラを心の底から後悔した。



律「和…や、やめろ…」

ありったけの勇気を込めた律の声が上擦った。

和「あ?!」

和はぐるんと首を律の方に向けた。
赤いオシャレメガネの奥の眼はきつく釣り上がっていて、
そこに宿る有無を言わせぬ怒りの色は、律を容易に貫いた。

律「ひっ…」

律はその場に尻餅を着きそうになるのをなんとかこらえた。

和はまた唯の方に顔を向けた。

和「ゆいいいいいい…てめえさっきからなにしてくれてんだああああ……?」

その声に、和らしい優しさは全く無かった。

唯「あ、あ…あぅぅ……」

生まれて初めて向けられた剥き出しの憎悪に対し、唯は抗う術を知らなかった。

和「さ、さすがの、わた、わたわたわたしも」

怒りのあまり、和の声は震えた。

和「ゆ、ゆ、ゆるゆるゆるさね」

和「ゆるさねえぞおおおおォォォォォォ!?ガアアァァァァあああ」

和は両手を広げて唯に飛びかかった。

唯「いやあああああああっ!!!」

その瞬間、和と唯の間に、紬が割って入った。

紬「だ、ダメっ…!や、やめて和ちゃん……」

紬は涙声で訴えた。

和「じゃ、邪魔邪魔邪魔すんな邪魔マユゲ」

和「邪魔だああああああああ!!」

和は紬の髪をがっしりと掴み、そのマユゲ目掛けて頭突きを繰り出した。

紬「がっ…」

和「ラァ!オラァ!」

和は何度も紬のマユゲに頭突きした。
それから掴んでいた髪を放し、
手を拡げてむしりとった金髪をぱらぱらと床に落とした。

紬「どかない…!絶対にどかないわ…!」

紬は唯を庇うように、両手を広げて和の前に立ち塞がった。
瞼は腫れ上がり、膝は震え、立っているのがやっとだったが、
紬は恐怖に負けまいと自分を奮い立たせた。

紬「りっちゃん!早く唯ちゃんと姫子ちゃんを保健室に連れていって!」

律「あ、あぅぅ…」

紬「りっちゃん!!」

律「あ…わ、わかった!」

律は急いで唯に駆け寄り、腕を掴んで立たせた。
それから姫子のほうに目をやったが、
割れた額から流れる夥しい血は律をぞっとさせ、
素人目にみても最早助かりそうもなかった。

春子「わ、私が姫子を連れていくから…律は早く唯を…」

律「お、おぅ…」

律は震える唯を連れて教室から出ていった。

和「ムギィィィィ…なんで邪魔するのよおおおお…?」

紬「和ちゃん…正気に戻って…お願い……」

さわ子「ムギちゃ…琴吹さん!危ないわ!真鍋さんから離れて!」

紬は首を横に振って答えた。

紬「と、止めないと…。唯ちゃんやクラスのみんな…それから和ちゃん自身のあめにも…」

和は、にいっと笑って言った。

和「そうなんだ。じゃあ私…」

その声はいつもの和だった。
紬はその声を聞いて、身体の力がフッと抜けた。

紬「和ちゃん…一体どうしてあんな…」

紬が和に歩み寄ろうとしたその瞬間。


和「じゃあ私…あんたも許さないからあああああああああァァァァ!!!」


和の怒号が窓ガラスをビリビリと鳴らした。


和は紬の方に手を伸ばすと、首をぐっと、掴んだ。

紬「あっ…ぐ……」

和「へひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

およそ善意のある人間のものとは思えないその笑い声は、教室にいた人間全てを凍てつかせた。

紬「が…っ……かはっ……」

紬は大粒の涙を流しながら必死に抵抗したが、その悪魔の手を振りほどく事はできなかった。

和「ぎひゃっ…ひぃひゃひゃひゃひゃひゃ」

和はオシャレメガネを外すと、それを紬の口にぐしゃりと押し込んだ。

紬「い……がっ…あがぁっ」

紬の口は割れたレンズでズタズタになり、気持ちの悪い鉄の味が広がった。


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