――美女峠(現岐阜県高山市)


当時、その麓には茶屋があった。
飛騨高山から信州へ行く人には、これが最初の休み茶屋であるが、
年の瀬になると、娘を迎えにくる人手でにぎわうのが年中行事になっていた。


吹雪の中、期せずして歓声があがった。

近付いてくる相手からも反応があったが、よく聞き取れない。
ただキャーという若い女の悲鳴にも似たどよめきだった。

あちこちで抱き合ってすすり泣く声が聞こえる。
まさに感情の奔流というべきものだった。


  「ウヰぃ~!元気だった!?会いたかったよぉ……」

  「お姉ちゃん!?一年間本当にお疲れさま!無事でよかった……」


ここから高山の町までは一里半、あとわずかである。
しかし、さらに奥飛騨の故郷を目指す者も多かった。




――平沢家

飛騨のとある寒村、雪の重みで今にも潰れそうなあばら屋の中。

重湯のように薄いヒエ粉の粥をすするユヰ、ウヰの姉妹がいる。


  「ごめんね、お姉ちゃん。
   やっぱりお父さんとお母さんの畑だけでは食べていけなくて……」

  「うぅん、来年も桜が丘で糸引きするから大丈夫だよ。
   見て見て!今年は四十円も貰ったんだよぉ~」

  「すごい!私も、桜が丘に行こうかなぁ」

  「ダメダメ!畑を見る人がいなくなっちゃうよ!」


ユヰは、手の切れるような真新しい十円札四枚をうやうやしく神棚に供え、
「フンス!」とかしわ手を叩いた。

  (ああ、これで年が越せる……お姉ちゃん、ありがとう……)

その後ろ姿を見ながら、ウヰは姉に手を合わせて感謝するのであった。


飛騨では、掛け売りの借金を暮れから正月にかけて返済することが多かったが、
平沢家の例は、このような事情をよく物語っている。




  「――あの時代は、飛騨はどの家も貧しかったんです。

    たとえ給金が貰えなくても、娘を口減らしできるので、
    信州に送り出す家がたくさんありました」


ユヰの妹であるウヰが当時を懐かしんで語る。
のち、彼女もまた工女として桜が丘に行くことになる。


  「お姉ちゃんも、糸引きはつらいとか、

   私に会いたいとか泣き言を言うことはありましたが、

    飛騨に帰りたい、と言ったことはたった一度きりでした。

    農作業、つまり昼の野良仕事と晩の夜なべ仕事のほうが、

    ずっとつらくて厳しいものでしたから。

    それに、琴吹の工女ならば白米のごはんが食べさせてもらえるので……

    おどけて“ごはんはおかず”

    なんていう糸引き唄を歌ってくれたこともありましたね」




――中野家


また別の寒村。ここにも、似たようなあばら屋がある。

いろり端の薄い布団からは、父の咳き込む声がする。


  「新米工女だから仕方ないとはいえ、

   厳しいネェ……。薬代の借金が、まだ……」

  「……ごめんなさい。来年はもっと頑張るから」


痩せた母が嘆息して言うと、アヅサは居たたまれない気持ちになる。

この年、アヅサが持ち帰ったのはたったの三円八十銭。

当時の新工としてはむしろ頑張ったほうであろうが、本人たちは知るよしもない。


新工は手付金と前借金を合わせると、
前述のウヰの話にように「年末に持ち帰れる給金はなし」
という、人身売買同然の約定書が交わされることも珍しくなかった。

ひどい場合は罰金やら違約金やらで新たに借金を負う例さえあったのだ。

これが、際限のない貧しさと悲劇の繰り返しになるのである。




――正月。


  「工女たちにとって、

   正月といえば呉服屋の初売りが大きな楽しみでした。

   当時は他に楽しみもないですし。

    二日の朝早く起きて呉服屋に行くと、もう道いっぱいの行列でした!」


元工女の鈴木ヂュンが、目を輝かせながら回想する。


  「私は好き勝手できるお金はあまりなかったけれど、
    先着順で手拭いとかくれましたから、どっと店に入ってにぎやかなもので、
    お正月の雰囲気はどきどきした良い気分でした。

    隣村にミヲさんという、それはきれいな人が居て、
    どの年の正月だったか、
    着飾った姿を町で見かけて、思わず目を見張ったものです……」




正月、故郷に帰った工女たちは、美しく着飾って、古川や高山の町に出てきた。

履き物は下駄や草履ではなくワラ靴だったが、
髪には油を光らせ、かんざしもさして、それなりの情緒があった。


  「おっ、ミヲぉ~!」

  「あっ、リツぅ~!」


先週、野ムギ峠を越えて帰ってきたばかりなのに、
何年ぶりかのように、彼女たちもはしゃいだものである。

この女たちを、工場の検番たちは大歓迎した。


  「よく来てくれたわね二人とも!是非とも、この全米が震撼する衣装を!」


訪ねてきてくれるということは、再契約が保証されているようなものだからである。




  「姉ちゃんは、手業は速いものの大雑把な性格が災いしたのか、
   給金は年に六十~七十円ほどでしたが、
    正月だけでも同じくらい稼いでいたかもしれませんね。

    持ち前の明るさは、工女の間でも評判でしたから、
    各工場からの勧誘も結構ありました」


リツの弟の田井中聡が、さも痛快といった口調で懐旧する。


  「一度、『工女より募集員のほうが向いてるんじゃねぇの?』
    と冗談半分で言ってやったら、
    『それもアリかもな~』なんて軽口を叩いていましたっけ。

    でもその後、金品が飛び交うような勧誘合戦は、だんだん廃れていきましたけどね」


勧誘合戦が廃れるのも無理はない。

ピーク時の募集費は工女への総賃金の1/3という
信じられない数字になり、工場側は耐えきれなくなった。

工場側は「桜が丘製糸同盟」を作って協定し、飛騨でも「工女供給組合」ができ、
華やかな勧誘合戦も、大正の終わり頃には姿を消した。



二月になれば、勧誘された飛騨の工女たちは、
再び雪深い野ムギ峠を越えて、信州桜が丘へ向かう。

こうして、来る年も来る年も、野ムギ峠の雪は、工女たちの血で赤く染まったのである……





◆前半終了です◆

閲覧と支援ありがとうございます。

風呂その他に行ってきますので小一時間ほど離れます。

┏━━━┓
┃諸注意┃ で書いたとおり、後半は原作にもある暗い展開ですので、
┗━━━┛ くれぐれも無理に閲覧なさらぬよう。

19 助言ありがとうございます。ひとまずはこのまま続けます。
34 すみません。特に前半はかなり原作から引用しています。

※訂正 >>36最終行 ×再現 → ○際限



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