――また別の日の朝。

外は未明の寒さが肌を刺すというのに、釜の中は熱湯が煮えたぎり、
室内温度は華氏八十度を越して、ムッとするサナギの悪臭が鼻を突く。

水蒸気が天井の外気に冷え、大粒の水滴となって雨のように落ちてくる作業場では、
工女たちの着ている着物はみんな濡れていた。

そして一歩外に出ればたちまち寒風吹きすさぶという、極端な寒暖乾湿の差がある工場生活。

健康な者でも体調を崩しやすく、夜業残業の過労もあって、結核の温床であった。


  「ミヲちゃんミヲちゃん。眠いよぉ~、疲れたよぉ~」

  「グズグズしてると三日連続最下位だぞ。飯抜きだけは勘弁だからな!」


最下位とは、社長命令で日夜続けられている各作業場間の競争のことである。

琴吹製糸場第一工場には第一から第十作業場まであって各作業場に検番が一人いる。

成績最優秀の作業場の検番には、一日一円の賞金が出るが、

その賞金は最下位作業場の検番の給料から取った罰金や、
工女たちから取った罰金によってまかなうという、

まことに巧妙な仕組みで、会社側はいくら続けても痛くも痒くもないようになっていた。




――会議室


  「だいたいアナタたちはやる気が有るのか無いのかハッキリしなさい!」


社長の怒号が響く。成績の悪い検番たちは一時間も油をしぼられていた。

ただし、怒号は男の野太い声ではなく、女の金切り声である。

その社長の名を、琴吹紬という。

金髪碧眼というおよそ日本人離れした容貌の持ち主であるが、
その詳しい来歴を知る者は少ない。

ただ、若くして短期間に中小製糸工場を飲み込み、
桜が丘随一の琴吹製糸場を創りあげた女傑であることは確かであった。


  「社長、午後から製糸同盟の会合もありますし、
   このあたりで……工女の体調不良も一因ですから」


白髪の男性が口を挟む。社長の懐刀である工場管理人の斎藤である。


  「……ねえ斎藤、今おかしなことを言ったわね、
   工女がかわいそうですって?そんなことを言ってるから業績が上がらないのよ!」

  「いえそれは……、この頃警察もうるさくて、
   これ以上時間延長は危険ですし、工女に病人が続出して、
    かえって能率が上がらないのでは、と申し上げただけで、決して……」

  「バカ者っ!警察や工女の病気を恐れていて製糸ができると思っているの!?
   検番長も呼びなさい!」


検番頭以下全ての検番も紬社長に呼ばれて、
罵声を浴びせて引き下がらせるときには、


  「明日の朝から三十分早く仕事を始めなさい。
   ただし始業の汽笛は定時に鳴らせるのよ。いいわね?このことをみんなに伝えて」


絶対者の命令がその夜、
工場のすみずみまで伝達されるのにそんなに時間はかからなかった。




  「それでも、飛騨の者は逃げた人は少なかったですよ」

と、元工女の鈴木ヂュンは語る。

  「野ムギ峠を一人では越せないということもあるけど、
   それよりも、村へ帰ったとしても、
   “どこそこの娘は辛抱足らずだ”と村中に噂が広がり、
   嫁にも行けないことをよく知っているから、みんな我慢しました。

    大体、そのころの飛騨の小作農には食べるものも無かったですし。

    白米なんて、死ぬ間際に米のとぎ汁みたいな粥を、
    死に水みたいに口にするのが精一杯でした。

    それが桜が丘では毎日白米を食べさせてもらえたんですから」


そういえば、かつて、野ムギ峠にはお助け茶屋という茶屋があり、
冬には峠越えの避難所にもなっていた。

とみ婆さんという老婆が一人で切り盛りしていたという。

峠の茶屋で甘酒を飲みながら、逃げてきた工女に対して、

  「なんて言ったって、女は辛抱が肝心じゃで、
   またいいこともあるワ。娘コ、さあ早く行かっしぇ……」

老婆のそんな言葉が聞こえてくるようである。




――八ヶ岳に白く初雪が来る。秋が深まり、冬の気配がする。

すると、夜ごとに布団を濡らして泣いた工女も、
逃げだそうと思い詰めた工女も、急に生き返ったように元気になる。


  「さあ!あとひと月だ!」

  「うるさいぞ、馬鹿リツ!」

  「でもミヲちゃんも嬉しいよね?」

  「……うん。アヅサもこの一年間、よく頑張ったな。寂しかったろ?」

  「……はい。でも、やっと帰れると思うと、楽しみです!」


一年間死にもの狂いで稼いだ金を故郷に持って帰る。

ただそれだけを楽しみに、彼女たちはどんな苦しさにも辛抱したのである。



終業の汽笛一声。

「桜が丘千本」の煙突の火は消え、
天竜川にかかった水車から工場内の機械までぴたりと止まった瞬間、
どの工場にも一斉に「ワァー」と歓声が上がった。

寄宿舎へ引き上げれば、やがて甘酒と大きな切り餅が配られる。

誰からともなく、糸引き唄の大合唱が始まる。


  「♪ごはんはすごいよ 白米だよ ホカホカァ~」

  (筆者註:飛騨をはじめ、工女の出身地の貧農にとって、
        白米は極めて貴重であった。“すごい”の一言にその思いが凝縮されている)


  「♪キビ アワ ヒエ ソバ 雑穀だよ これこれェ~」

  (筆者註:玄米やムギすら食べられず、
        貴重な白米を売って、自らは雑穀を食べる例もままあった)


  「♪白いご飯は 真っ白いお宝ァ~」

  (筆者註:現金収入のない農村では、比喩ではなく、
        白米はまさにお宝であった。その気持ちを直截に表現している)


  「♪夢の おとぎ話ィ~」

  (筆者註:その銀シャリを腹一杯食べる。まさしく夢のようなおとぎ話。
          ただ、製糸場で白米ばかりを食べて脚気になる工女もいたのは、皮肉な話である)


  「♪ごはんはすごいよ ないと困るよォ~」

  (筆者註:戦前は、小作農の小作料は物納が中心であったから、
        不作で米が穫れないと、たちまち困窮を極めた。
          かといって小作料を金納するといっても、
          無論貧農には現金収入などなく、工女の稼ぎが頼みの綱であった)


  「♪むしろごはんがおかずだよォ~」

  (筆者註:白米など年に一度食べられれば良い方であったし、
        もし食べられるとしても、茶碗に山盛りというわけではない。
          ごはんをおかずにして、
          雑穀でできた粥などをすする例も散見されたことを、よく表している)


  「♪日本人ならとにかく雑穀よりごはんでしょォ~」

  (筆者註:当時、飛騨では『四分六』といって、
        地主に収穫の60パーセントを渡さねばならなかったが、
          日本人なら雑穀より白米が食べたい。
          “とにかく”という表現で、その切なる願いが一層強められている)


  「♪でも私 所詮は 小作人!」(どないやねん!)

  (筆者註:しかし、所詮は小作人。
        やはり当時の貧農にとって、米飯は高嶺の花である事実は揺るがなかった。
          自嘲気味な合いの手が、
          その明るい曲調とは裏腹に、かえって侘びしささえ感じさせる)



  「♪一・二・蚕・糸、ご・は・ん!」

  「♪一・二・蚕・糸、ご・は・ん!」

  (筆者註:そんな貧農の娘でも、
        蚕糸、すなわち生糸を紡ぐおかげで白いご飯が食べられる。
          その素直な喜びを、工女たちは拍子に乗せて軽やかに歌い上げるのである)



俗に『ごはんはおかず』と呼ばれる糸引き唄。

後述する元工女たちの証言も裏付けるように、当時の飛騨の寒村の貧しさが垣間見える。


こうして、この夜ばかりは上も下もない歌と踊りの無礼講に工場内は湧く。


しかし飛騨の工女たちはそんなにぐずぐずしてはいられなかった。

急がないと正月までに故郷へたどり着けないからである。



検番の若い衆が先頭になり、工場の旗を立てて出発した。

このときばかりは、怖い検番が頼もしかったという。

新工は先輩の<ねえさん>たちが前後を守るようにはさんで発った。

タイマツが三~五人に一本渡され、工女はそれを掲げて進んだ。


しかし、雪深い野ムギ峠の道は険しかった。



  「くそっ!タイマツが消えちまった!誰か火を貸してくれ!」

  「リッちゃ~ん!前の人から借りてきたよ!」

吹雪がひときわ激しく、タイマツを襲っていくつかを吹き消す。


  「♪君を見てゐるとォ~ 何時も心臓 動悸 ど……にゃあッ!ミヲねえさん!」

  「アヅサっ!私の腰帯につかまれ!足許にも気を付けるんだぞ!」

鋭い刃のような風が、工女の歌声をかき消す。


腰巻きのすそは凍ってガラスの破片のようになり、太ももが切れて血が流れ、
ワラジをいくら取り替えても足袋は凍り、足は凍傷にふくれた。

故郷の家族に会いたい一心で、病身を押して峠越えをし、血を吐いて倒れる者、
中には、足を踏み外して極寒の谷底に命を落とす者も少なくなかった。

「野ムギの雪は赤く染まった」と言われる悲しい由縁である。



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