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「あなたのことが好きです。付き合ってください」

高校生活最後の文化祭を大成功で終わらせた、数日後のこと。
私は後輩のあずにゃんに告白された。

以前から彼女の想いには気づいていた。
色恋沙汰には疎い私だが、それでもわかってしまうほど、露骨に好意が向けられていた。

私にとって彼女は親しい後輩であって、それ以上ではない。
だから部活以外で積極的に関わることを避けたのに、
一度決まってしまった想いは、それぐらいで諦めることを許さなかったようだ。

しかし抱いている感情が違う以上、当然私にはそれに応えられない。


「……ごめんなさい。私はあずにゃんのこと」

「トラック、ですか」

私の言葉を遮り、あずにゃんがつぶやく。
そのまま私の返事を待たずにあずにゃんは続けた。

「トラック、トラックって……唯先輩、頭おかしいんじゃないですか」

異常だ、病気だ、常識はずれ……それからあずにゃんは、あらゆる言葉で私を罵った。
段々とあずにゃんの声が荒げられていき、ついには涙を流しながら叫ぶように声を出していた。

「トラックなんか好きになっても、意味ないじゃないですか!」

「私だったら、あなたの愛に応えてあげられるのに!」

私は何も言い返さなかった。彼女の言うことは正しい。
私のやっていることは、有り体に言えば異常であることぐらい私にもわかっている。
しかし、だからといって、私のトラックを好きな気持ちが消えるわけでもないし、
その気持ちを押し隠して生きていけるほど器用な人間でもない。

だから私は反発したりせず、もう一度同じ言葉を返した。

「……ごめんね」


それから、あずにゃんは学校を休むようになった。
憂によると、学校に来た日もあったようだが、部室に姿をは姿を見せていない。
何度か軽音部の仲間や憂と家に行ったが、あずにゃんが出ることは一度もなかった。

あの日から一週間が過ぎて、もう軽音部に来ることはないんじゃないか、そう思いはじめた頃、
あずにゃんは部室に戻ってきた。

部室に入ってくるなり私たちに向かって深く頭を下げ、開口一番に謝罪した。

「ご迷惑をおかけして、すいませんでした。心の整理がついたのでもう大丈夫です」

そして今度は私の方を向き、また頭を下げて先日のことを謝ってきた。
私が気にしていないしまた仲良くしたいと言うと、
あずにゃんは笑顔になって、意外な言葉を返してきた。

「私、知りたくなりました。トラックの何が先輩をそこまで魅了するのか」

「だから、私にも唯先輩のトラックの話、聞かせてください」

私は嬉しくなった。
もう仲の良い先輩と後輩には戻れないかも知れないと思っていたのに、
まさか私とトラックのことを理解しようとしてくれるなんて!


それからあずにゃんは復帰し、いつも通りの五人の軽音部に戻った。
ただ、なぜかたびたび学校を休むようになってしまい、軽音部はますます練習時間が減った。
しかし、家の近くでうろついているのを見かけたことがあるので、病気の類ではないとわかって安心した。

ともかく、私の話を聞いてくれる相手が一人増えたことには間違いない。
私はあずにゃんに、私とトラックに関わるすべてのことをいち早く話すようになった。
話す時間も前よりずっと増えて、私たちはより親密になれた気がする。



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秋も深まったある日のこと。
家に帰ると憂が出迎えてくれたが、いつもと違い、どこか落ち着かない様子。

「ただいま憂。どうしたの?」

「お掃除をしていたら見つけたの……まずはお姉ちゃんに見せようと思って」

そう言って差し出された憂の手の平には、小さな鍵が乗っていた。
それが何であるかは一目でわかった。

トラックの、キーだ。

私は感極まって、無言で力いっぱい憂を抱きしめた。憂の戸惑う声が背中に聞こえる。
一足早い誕生日プレゼントをもらってしまった。今日はなんていい日なんだろう!

「憂、ありがとう。本当に、ありがとう」

そう言った私の声は震えていた。そんな私を、憂は何も言わずに抱き返してくれた。
こんな素敵な妹の姉でいられて、私は本当に幸せ者だ。

鞄とギー太を玄関に置いたまま、私は早速トラックへと走った。
今握りしめているものがトラックのキーだという確信はあるのに、いざ運転席につくと、酷く緊張する。
深呼吸の後、意を決してキーを挿入する。かしゃっ、と小気味よい音がしてキーが入った。

「ああ……」

今まで味わったことのないような感激と快感が、体の奥底から波紋のように全身に行き渡る。
あまりの幸福感に体が震え、思わずため息が出てしまった。


体は熱に浮されたまま、ハンドルをそっと握りしめる。今から私は運転手だ。
私はキーを一段階だけ、回す。かちり。

「かちっ、きゅきゅきゅきゅっぶろぉーん!がちゃがちゃ、ぎっ…ぶおおおん!」

「ぶおおおーーん、…ぅうーん、がちゃっ、ぴーっ、ぴーっ。がちゃがちゃ、ぎっ、かち」

「…………あはぁっ」

いつもの走る真似事。それでも、キーがあるだけで真似事は一気に現実に近づく。
でも、エンジンはまだかけない。免許を取ってからと決めているのだから。
もうすぐ迎える十八歳。ここでやっと普通免許が取れる。しかし、それではトラックを運転できない。
トラックに必要な大型免許を取得するにはあと三年、どれだけ早くとも私は二十一歳。
私のトラックを走らせてやれるのは、まだまだ先の話。
ああ、なんて待ち遠しい誕生日!早く大人になりたくて仕方がない。

それまでキーはなくさないように、ずっとここに挿しておこう。



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木々はすっかり葉を散らし、冷たく乾いた空気が冬の訪れを予感させたある日。

あずにゃんが休みだったので、今日の部活は早めに切り上げることになった。
あの時からあずにゃんは休みがちになっていたので、今日のような日も珍しくなかったが、
私のトラックについて話せる相手がいないのは少し残念だ。
今日は話したいことがあったのに。明日に待っている嬉しさを共有したかったのに。

そう、明日は私の誕生日!明日になったら教習所に行こう、絶対行こう。お金だって用意してある。
そうしたら頑張って、春までに免許を取ろう。
それで三年経ったらすぐ大型免許を取れるように、次はもっと早くから教習所に通っておこうか。
でも他のトラックに浮気したくないし、自分で勉強するのもいい。
そうだ、普通免許を取ったら自分へのご褒美にエンジンをかけよう。
動かさないと決めていたけど、少しぐらいならいいかな。


そんな事を考えながら、家が近くに見えた交差点、
勢いよく私に近づいて来る、

とても見慣れた大きな影――




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――何もない景色、他に交通のない道路を、私とトラックはひた走る。
天気は良好、風はなし。アスファルトのわずかな凹凸がガタガタとコンテナを大袈裟に揺らす。
トラックも絶好調の様子で、走りに重さを感じない。運転席の私はまるで体が宙に浮いているみたいだ。

「楽しいね!」

ぶろろんぶろろんと、エンジンをふかせばトラックが嬉しそうな音で答える。

「気持ちいいね!」

少し開けた窓から風が入り、私の髪や頬を優しく撫でる。

私はブレーキを踏み、トラックを路肩に寄せた。
今なら言える、言ってもいい気がする。なぜかそう思えた。
今までずっと言えなかった言葉。

「……――です」

「……好き、です」

トラックは何も答えなかったけれど、同じ気持ちになれた気がして、なんだか嬉しくなった。

「……愛してる」


愛しています。
ずっと、ずっと走っていたい。ずっとずっと一緒だよ。

私のトラック――





「――……あ」

気がつくと、私の視界にはぼやけた空が広がっていた。
もう冬になろうというのに、全身が熱い。
なんだかわけがわからない。ひとまず起き上がろうとしたけれど、体が全く動かない。

体が今度は寒さを覚えたころ、ふいに視界に何かが入ってくる。


「どんな気分ですか?」

「愛したものに裏切られるってどんな気分なんですか?ねえ答えてくださいよ、唯先輩」


今日休んでいたはずのあずにゃんが、私の顔を覗き込んでいた。
私は何か声をかけたかったのに、出てくるのは消え入りそうなほどの、か細いうめき声。

「あ……ぁ……」


「答えられないんですか?私を裏切ったのに」

「私、トラックなんかに負けてすっごく悔しかったんですよ?」

「でも私潔いですから、先輩を応援してあげようと思ったんです」

「今だって。唯先輩が私にしてくれるみたいに、唯先輩の胸にトラックを飛び込ませてあげました」

「なのに、こんなことになるなんて。やっぱり私じゃないとダメだったんですよ」

あずにゃんの酷く嬉しそうな顔を見て、私はやっとすべてを理解した。


私のトラックは唯のトラック。

私がいくら愛しても、唯のトラックだから応えてくれない。
唯のトラックはご飯を食べない。話をしない。夢を見ない。歌を聞かない。人を愛さない。
だから、他の誰かに触られて、愛した私を傷つける。

なんだか眠くなってきた。このまま眠れば、さっきの夢の続きを見られるだろうか。

私のトラック。唯のトラック。


END




2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/11(土) 17:27:34.10 ID:WIOvu16L0


ただのとらっく


45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/11(土) 22:38:31.52 ID:npVIXWTJO


>>2
絶対に許さない


50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/11(土) 23:00:00.67 ID:npVIXWTJO


ていうか唯梓信者なのになんで俺こんなの書いてるんだろ