私のトラック。唯のトラック。

私はトラックが好きだ。



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「おはよう、今日も素敵だね」


朝。自分の部屋からトラックに挨拶をして、私の一日が始まる。

階段を下り、顔を洗うと、まずは食卓へ向かい朝食の準備。

「憂、おはよう」

「おはようお姉ちゃん、はいご飯。こぼさないようにね」

「ありがとう」

憂の用意してくれたトーストとスープをお盆に載せると、更に階段を下り、トラックのある外へ。


憂はよく出来た妹だ。頭がよくて、家事が得意で、気立てもいい。そして何より、私の唯一の理解者だ。
軽音部の仲間や幼なじみの和ちゃんは、とても仲良くしてくれる。
しかし、私がトラックの話をしても、それが始めから存在しないかのように触れようとしない。
トラックを譲ってくれた両親でさえ、段々と私のことを気味悪がって避けるようになった。

ただ憂だけは、トラックの話を聞いてくれるし、
私とトラックのために何かと気を遣ってくれる。
私にはもったいないほどの出来た妹だ。


「今日は、運転席で食べるね。いただきます」

「……それで、休んでたはずのあずにゃんが出てきて」

「今度は、いつの間にか寝転んでて体が……」

朝にする話は、大体昨日見た夢の話。少しでも長く話したいから、どんな夢でも事細かに話す。
話のタネが尽きないように、今ではどんな夢でも細部まで思い出せるようになった。
トラックは何も答えないので、私が一方的に喋る形になるのだが、それでも私は満足している。

そういえば、トラックはどんな夢を見るのだろう。
私の夢を見ることもあるんだろうか。



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生まれた時から家にあるトラック。キーをなくして、誰も使うことのないコンテナトラック。
何故か、何時かはわからない。ただ気がつけば魅了されていた。

だから、いつだって私はトラックのことを考える。学校へ行っても頭に浮かぶのはトラックばかり。
授業中はノートにトラックを描いて、お昼休みにはトラックと食べる晩御飯のことを考えている。

それは部活になっても変わらない。
私は歌うとき、ギターを掻き鳴らすとき、トラックを思い描いている。
その影響か、最近は気持ちが篭っていると褒められるようになった。
あまりいい顔をされないので、トラックのために歌っています、とは言わないが。


いつものように練習よりお茶とおしゃべりが圧倒的に長い部活時間が終わり、
帰路につこうとしたとき、後輩の中野梓、あずにゃんに声をかけられた。

「唯先輩。ギターのことで聞きたいことがあるので少し残ってもらっても構いませんか?」

「うん、いいよ。最近熱心だね?」

「ええ、まあ」

時々、特にここ最近は頻繁にあずにゃんに個人練習を頼まれる。
トラックとの時間は大事だが、こうやって部活の仲間と一緒にいるのも嫌いではないため、断ることはない。
実際はあずにゃんは私より上手いので、結局私が教えてもらうことになるのだけど。


そして二人だけの練習が終わると、いつも決まってあずにゃんは切り出す。

「あの、よかったら今度の日曜日、二人で出かけませんか?美味しいお店があるんです」

そして私も決まってこう返す。

「ごめんね、あずにゃん。誘ってくれたのは嬉しいけれど……日曜日は駄目なんだ」


いくら仲間でも、特にこの後輩においては、踏み込める領域の線引きははっきりとしなければならない。
何より日曜日は大切な用事がある。私とトラックにとって大事な用事だ。

「そう、ですか。仕方ないですよ、無理言ってすいませんでした」

そう言ったあずにゃんは笑顔だったが、少し残念そうで、それでいてどこか怒っているようにも見えた。



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今日は日曜日、待ちに待った日曜日。私は自分が人一倍この日を好きであると思っている。
なぜなら、この日には毎週欠かせない楽しみがあるから。

いつもより早めに起床した私は、タンクトップ一枚とハーフパンツの軽装に着替え、外に出る。
物置から脚立とバケツとブラシとその他諸々を取り出し、タオルを頭に巻く。これで準備完了だ。
先週風が強い日があったから、今日は念入りにやっておこう。

私の週一の楽しみ、それは洗車だ。

ホースから放たれた水流が車体にぶつかり、跳ねた水は虹を作り出す。
全体に水をかけると今度は洗浄液とブラシを手に持ち、車体をこする。
しっかりと、それでいて傷をつけてしまわないように優しく。隙間まで隅々と。
全体をこすった後、もう一度水を流し一息。しかしまだまだ終わらない。
ブラシをスポンジと雑巾に持ち替えて、次は拭き掃除だ。

「……ふう」

夏が終わったとは言え、まだまだ暑さも厳しい。額から流れた汗をぬぐう。
それでも辛いなんて思わない。私の手でトラックが綺麗になる様は見ていてとても楽しいものだから。

洗い終えて道具を片付ける頃には、ちょうど昼食の時間。私は庭で食事をとる。

「お疲れ様、ぴかぴかになったね。すごくかっこいいよ」

見違えるほど綺麗になったトラックを眺めながらの食事は、普段より一層おいしいと思えた。


午後になると私は、ギー太を部屋から持ち出してトラックのコンテナに乗り込んだ。
トラックのためだけの演奏会だ。私の相棒、ギー太に呼びかける。

「ギー太、頑張ろうね」

そういえば以前、憂にトラックに名前をつけないのかと聞かれたことがある。
その言葉に、憂は家族や恋人に名前をつけるのか、と笑って返した。
あくまでツールであるギー太とは違い、特別な存在であるトラックに名前をつけることなんて、できはしない。

それでもあえて呼ぶとしたなら、
私、平沢唯の、唯のトラック。


楽しい時間は過ぎるのが早い。
トラックと話しているうちに、いつの間にか夜の帳が降りていた。冷えた空気が体を刺す。
でも今日は部屋に戻らない。用意していた毛布に包まって、一晩をトラックと過ごすのだ。
私はコンテナの上に上り、寝そべる。背中は冷たいはずなのに、どこか暖かい気がした。

「秋はカシオペア、ってどれだろう。わかんないや。でも、みんな綺麗だね」

本当に楽しい一日だった。今日はこのままトラックと星を見ながら眠ろう。私は目を閉じた。

これが、私の休日の過ごし方。



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