だがその日、澪達が唯に会うことはなかった。

唯の部屋の戸は固く閉ざされ、いくら呼んでも返事は返ってこなかった。

憂の説明によれば、彼女は用を足す時と食事の時以外はずっとこの調子らしい。

実の妹ですらどうにもできないのだ。澪達にできることなど何一つ残されていなかった。

そうして鬱屈とした数日が過ぎ、唯の欠席が二週間を越えようとしていた頃。

和が話しかけてきた。


澪「何か明るいもの?」

和「そう。漫画でも映画でも何でもいい、
  とにかく唯の気持ちが明るくなるようなものを貸してほしいの」

紬「唯ちゃんに会うのね」

和「ええ。無理やりにでも会って、思い切り笑わせてやるわ。
  それからあのニート予備軍を学校に担ぎ込むの」

律「任せとけ!私の漫画、いくつか貸してやるよ」

澪「映画じゃなくて悪いけど、
  去年の学祭のライブのビデオなんてどうかな。私が盛大にずっこけたやつ」

紬「ケーキを持って行って。唯ちゃん、きっと喜ぶわ」

和「みんな……ありがとう。私に持っていけるの、中学のアルバムくらいしかなくて」

律「それも十分アリだよ」


和「本当にごめんね。急に無理なお願いしちゃって」

律「気にするな。その代わり、明日必ず唯を学校に連れてくること」

澪「和……頼むよ」

和「何を?」

澪「情けない話だけど、私達じゃ唯をどうにもできないみたいなんだ。だから」

和「任せておきなさい。……戻ってきたら、優しくしてあげてね」

澪「ああ」



紬「幼なじみっていいなあ……。唯ちゃんがうらやましい」

律「そうだな。唯のやつ、こんなに愛されてるのに。帰ってこなかったら承知しないからな」


澪達三人は、横に並んで帰る。どこからか秋の虫の声がした。

きっと唯は明日、学校に来るだろう。

そうしたらとびっきりの笑顔で出迎えてやろう。

あの楽しい放課後のティータイムも再開しよう。

空は綺麗な茜色をしている。それを見る三人の顔は、わずかに、だが確実に明るくなっていた。




その日の夜。

澪は机の上にでんと座っている分厚い参考書とにらめっこしていた。

来年、彼女は受験生として全国の同い年の少年少女と戦うことになるのだ。

体勢を整えておかなければならない。

ノートに何か書き始めた瞬間、机の上に置かれた携帯が突然鳴り出した。

律からの電話だ。

少し迷ったが、仕方なく澪は電話に出る。

下らない用だったら、すぐに切るつもりだった。


澪「もしもし?」

律『澪か?よかった。……大事な話が、あるんだ』

澪「何だよ。早く今勉強中なんだ、早く言えよ」

律『和が……和が……死んだ』


電話の向こうの律の声は、激しく震えていた。



高い山から突き落とされ、深い闇の中へと落ちてゆく気分だった。

激しく震える澪の手から、携帯が落ちる。
通話が切れ、部屋の中を不気味な沈黙が充満する。

手は純粋なパニックに震えていたが、澪は奇妙に冷静だった。
和が死んだ。私はどうすればいい。そうだ、唯に連絡しなくちゃ。

震える手で唯に電話をかける。コール五回で彼女は出た。


澪「唯、落ち着いて聞いてくれ。……和が、和が死んじゃったんだ。
  事故なのか事件に巻き込まれたのかは知らない。……そこ、どこだ?」


電話の向こうはやけにうるさかった。
何台もの車の走る音だ。唯はどこか大きい通りにいるのかもしれない。


澪「聞いてるのか、唯。お前の幼なじみが、死んじゃったんだよ」

唯『聞いてるよ』

澪「……どこにいるんだよ。うるさくてよく聞こえないよ」

唯『さよなら』

澪「……唯?何言ってんだ?何やってんだ!おい!」


紛れもない、大型トラックの走行音。

クラクション。

凄まじいブレーキの悲鳴。

大きなものが、何かを跳ね飛ばした鈍い音。

誰かの悲鳴。

そして、沈黙。




日記 ×月×日

ここ数日で、だいぶ涼しくなった。気分は上々。

今日は全校集会があった。先日新たにガキが二人死んだからだろう。

校長が神妙な顔つきで、命の尊さについて語っていた。

普段は私達の話なんかろくに聞かないガキ共も、今日は静まり返っていた。

中には感激して涙をボロボロ流してるのもいた。ガキは本当に単純だ。見ていて寒気が走る。

いずれ、お前ら全員をあの世に送ってやる。楽しみに待っていろ。




ティーセットを棚から取り出し、一つ一つダンボール箱に詰めていく。

武道館の夢は、あっさりと消えた。ホワイトボードの落書きよりもあっさりと。

今日中に音楽準備室の私物は、全部撤去しなくてはならない。もう軽音部は存在しないのだから。


紬「……りっちゃん。そこの箱取ってくれるかしら」

律「……ああ」

律「……ムギ、激やせしたな」

紬「……りっちゃんこそ、目が真っ赤よ。寝不足?」

律「お前もだろ」

紬「澪ちゃんは大丈夫なのかしら?」

律「あいつはまだ自宅療養中。しばらくそっとしといてやってくれ。相当まいってるから」


紬が小さくしゃっくりをする。先ほどひとしきり泣いたばかりなのだ。


律「まったく、唯のやつ。こんなに私物持ち込みやがって。迷惑だよなあ」

紬「りっちゃん」

律「見ろよこれ。200円で取れたって自慢してたぬいぐるみだぜ。変なの」

紬「りっちゃん」

律「はは、これ確か薬局の前に置いてあるやつだよな。
  あーあ、これ全部あいつのうちに持ってってやらなきゃなんねーのかよ。かったりー」

紬「りっちゃん!」

律「何だよ、また泣き出すのは勘弁してくれよ。
  澪もいないんだし、もうフォローするのきついんだよ。あはは」

紬「……これで涙、拭って」

律「あはは、バカかよ。私が唯のために泣くわけないだろ。
  あははは、はは……ああ、ああぁぁぁ……うわああぁぁ……」



紬「……落ち着いた?」

律「ああ。ごめんな、取り乱しちゃって」

紬「いいえ」

律「三人とも大バカだよ。勝手に死にやがって。
  私、あの世で会ったら絶対に許さない。歯が折れるまで殴ってやる」

紬「そうね。私も許さないわ。でも私達は生きましょう。
  全力で生きて、それから死んであの子達を叱りましょう」

律「……ああ、そうだな」


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