澪「………」


秋山澪
彼女は自分の部屋で手鏡を片手に絶句していた

澪「はぁ…憂欝だ……」

そう思うのは仕方のない事だった
なにしろ軽音部員みんなと約束した露天風呂が明日に控えているのだ

澪「行きたくないよぉ…」

最初に気付いたのは小学校のお泊りキャンプの時
同級生と共に昼間の汗を洗い流す入浴時間
今も傍らに学校生活を満喫している幼馴染の股間を初めて見た時
私は自分のそれと比較し、違和感を感じた

大して気にもせず時は流れ
あの時感じた違和感が確信に変わったのは、
父親の秘密の雑誌を運悪く見つけてしまった時だ
卑猥な雑誌に載るその女性は顔を見ても明らかに私よりも年上の筈
この女性も、この女性も、そしてこの女性も……

彼女のこの時の感情は、卑猥な雑誌を初めてみた衝撃からくる高揚感でもなければ
こんな雑誌を購入しているであろう父親への嫌悪感でもなかった



澪「私の方が陰毛が濃い……」



卑猥なポーズをとるどの女性よりも、私の陰毛の量は勝っていた
その時悟った、私は人とは少し違う人間なんだと
恥ずかしさ極まりない感情と共に、深い絶望感が私を襲った

澪「どうしよう…このままじゃ…」

もちろん他人の前で裸に近い格好をする事は、今回が初めての体験じゃない
部活による合宿で、私の目の前をタオルも巻かず横切る親友たち
その親友たちの下半身を、見てはいけないと思いながらも、
私は無意識に目線を下ろしてしまう

その時私の面前に映るものは、なんの不自然さも感じられない
むしろ可愛げも見てとれる様な陰毛たち
特に可愛げのある黒髪の後輩のそれを見てしまった私は
心に深い傷を負い、バスタオルを1人体に巻きつけたまませっせと自分の体を洗い流す
見せてはいけない、見せるくらいなら死んだ方がマシだと自分に言い聞かせながら



澪「とりあえず処理はしておかないと」

使い古したカミソリと毛抜きピンセットを片手に、私はバスルームへと歩みを進める

先に断っておくが今からする行為は予防線だ
私の下半身は誰にも見せる訳にはいかない

露天風呂で起こる予想外な出来事
たとえば巻いていたタオルがはだけてしまった時とか
そういった場合に対する予防線なのだ

澪「………」ショリショリ……


湯の音が聞こえもしないバスルームに
ひたすら私の処理の音が響く……




………

紬「今から行く露天風呂ね、本当は一年前くらいから予約しないと入れないんだって♪」

唯律「すげー!」

梓「本当に大丈夫なんですか?そんなに高価な所…」

紬「うん、ちょうど招待されていたから♪」

唯「ありがとうムギちゃん!すっごく楽しみ~」

澪「そうだなっ!いつもありがとうムギ」

澪「………」


バス内で期待に目を輝かせている仲間たちとは裏腹に
私は気乗りがしない自分の本心を隠しながら、皆と話を合わせる

頭の中は浴場に到着した時の事
いかなる状況でも自分の陰毛を人の目に晒さない事
それを考える事で頭の中はいっぱいだった




「いらっしゃいませ、5名様で宜しいでしょうか?」

紬「はい、予約していた琴吹と申します」

「お話は伺っております、どうぞこちらへ」

律「すげー…超VIP待遇だよ」

唯「なんかお嬢様になった気分だね」

梓「私こんなの初めてです」


清潔感と高級感をこれでもない程感じられる受付場を後にする
どうやら個室が用意されてるらしい
1人旅でのホテルならどんなに気分が良い事か

そもそも私は共同で使う浴場というものが大嫌いだ
家のバスルームで事足りるじゃないか
なんで赤の他人の前で自分の裸体を見せつけなくてはならないのか
もっともそんな私の持論等、好意で誘ってくれたムギには口が裂けても言えない



律「すっごく広い…!ここ本当に5人部屋か?」

梓「宴会場みたいですね、それに和風な感じで本当に高そう…」

唯「見て見て!こんなにいっぱい露天風呂があるよ!」

紬「ふふふ、喜んでもらえて嬉しいわ♪」

澪「あ、あんまりはしゃぎすぎるなよー」


唯が見つけたガイドによると
大小20程の露天風呂が用意されている様だ
岩や檜や内風呂…
各露天風呂の温泉効果も様々らしい


律「よし、それじゃあ早速入りますか!」

唯「そうだねりっちゃん!」

澪「少しはゆっくりしたらどうだ?」

律「せっかく来てるんだからどんどん入らないともったいないよ!」

唯「そうだよ、ほらみんな行こう?」

澪「わ、私はまだいいよ…」

梓「私も…バスでの移動時間で少し疲れちゃいました」

紬「私も後で大丈夫、唯ちゃん達先に入ってきたらどうかしら?」


この二人が先走るのも想定の範囲内だ
今のところ私のシミュレーション通りに事は運んでいる
何も問題ない
入浴時間が短ければ短い程、私の隠すべきものは隠しやすくなる



紬「お茶、入ったわよ♪」

澪「ありがとうムギ」

梓「すみません、ここに来てまでこんな事させてしまって」

紬「ふふ、いいのよ♪」

三人で使うにはもの寂しさを感じるこの空間で
ゆったりとした時が流れる

紬「着替えよう?」

梓「そっか、やっぱりこういう場って浴衣ですよね」

紬「はい、澪ちゃんの分」

澪「ありがとう、ムギ」

二人を背に向けたまま私はあまり着る機会の無い浴衣を手に取る
下着姿になるのは心許した二人の前とはいえ恥ずかしいものだが、
お風呂に入るそれ程ではない
昔の女性は浴衣の下には何も着けなかったと耳にしたが、
小心者の私には到底理解できるものじゃない



律「これおいしい!なんて料理?」

唯「えっと、和風焦がしバターソースオマール海老だって」

梓「フルコースなんですね、どれもおいしい」

紬「そう?どんどん召し上がってね」

初めて口にする高級料理を、『おいしい』と思う事はなかった
ムギには申し訳ないが、心ここにあらずの状態なのだ
なぜならあの嫌な時間が、刻一刻と迫っているのだから

律と唯は昼間露天風呂に入ってきたのにも関わらず、またこの後入るようだ
私の気も知らず、高級露天風呂を満喫しているこの二人が羨ましい
その太い神経と薄い陰毛が本当に羨ましい



紬「みんな~」

律「ん?」

紬「みんなでお部屋空けちゃうから貴重品はこの中にいれてね」

唯「あ、そっか、お財布盗まれちゃったら大変だもんね」

梓「厳重な金庫、これなら安心ですね」

澪「みんな入れたみたいだな」

律「じゃあ鍵は私が責任を持って」

梓「ちょ…ちょっと、律先輩が鍵持つんですか?」

律「なにか問題でも?」

梓「正直不安です…お風呂の最中泳いだりしてるからどこかに落とすんじゃ…」

律「し、失礼な!私だって時と場所を考えるって!」

唯「じゃあ、澪ちゃんに持っててもらったらどう?」

梓「それなら安心です」

律「おのれ…」

紬「じゃあ澪ちゃん、お願いできる?」

澪「別にかまわないけど」

確かに律じゃ不安を感じる
ここからは自分の下半身の事で精一杯の戦いになるのだが、
みんなの貴重品が泥棒に合うのはまっぴらなので、引き受ける事にした
私はみんなの信頼を胸に、金庫の鍵を手首にきつく巻きつけた



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