その1

律「昔の澪はもっともっとグズだったんだぞ」澪「うるへー」





 部活を終えて家へ帰ると、澪が泣いていた。

 ここは、私の家の私の部屋だ。


 私はあんまり気にもせず、むしろちょっとうっとーしいとか思いつつ、床の上に寝っ転がった。


 中学に入って、クラスがバラバラになって。
 私は楽しくやっているけど、澪はどうやら新しい環境にあんまり馴染めていないみたいだった。

 初めのうちは澪のクラスに様子を見に行ったり、泣きついてきたら励ましたりもしてた。

 それでも澪は毎日嘆くばかりで、自分からどうにかしようという気が、少なくとも私からすればないように見えた。
 しかもだんだん「律と離れたのも友達がいないのもドジも、不運だからだ」とか言い出して、メソメソ病が始まったのだ。


 私だって暇じゃないし、新しいことばっかりで疲れてる。
 家に帰って来たからって今日の用事が全部終わりってわけじゃなくて、ゲームしたりだとか、お手伝いしたりだとか、色々考えることもある。


 私が澪に声を掛けたのは、そんな状況でめそめそめそめそ泣かれることに耐えかねたからだ。

 そうでもしなければ澪はこのままずっとそうしているかも知れないし、
 ここでかまってしまうからいつまで経っても治らないのかもしれないけれど、しょうがない。

 だって本当にうっとーしいんだから。


「おい、誘い受けはやめろよ」


 苛々した調子で話しかけると、澪は顔も上げずに「なっ、」とかなんとか聞き取り難い声で呻いた。


「人と話すときは顔上げろ」

「だ、って、みっともない……」

「今更だろ」


 冷たく言うと、澪は「うっ」とか呻き声を上げて体を震わせた。
 そっちのほうがよっぽどみっともない。


「そ、そうだよ、いつも私は、みっともないよ……」


 鼻声が私の気分を益々害させた。
 こいつは、人に苛立ちを運ぶイライラの精か何かなのかもしれない。


「だから、もうやめろって。せめて変な声出すなよ。おかーさんに、私が泣かせてるって思われるだろ」

「ご、ごめん律、でも」


 いつまで経ってもうじうじと下を向いている。

 ここで原因を聞きだしてしまったりしたら、それこそ澪の思う壺だ。
 でも、このまま部屋全体が湿っぽい空気に呑まれてしまうことのほうが避けたかった。

 自分の部屋という安らぎの場所で、どうして私はこんなに気を遣わなくてはならないのか。
 なぜこいつと友達になったのか。

 事の理不尽さを、心の中で強く嘆いた。


「でも、何? 今日は何があったんだよ」

「あの、委員会で、当番で、」


 正直、このへんのくだりは真面目に聞く気はない。

 私は、今日やった授業のことや昨日見たテレビのことなんかを思い出しながら、長くて要領の得ない話をうんうんと頷きながら聞き流した。
 要約すれば、不運だかドジだかで、自分や他人が酷い目に遭ったということだ。


「そっかー」


 それだけ言うと、澪は「なにか言うことはないのか」という目でじっとりとこっちを見てきた。

 あるもんか。


「私が悪いんだ」

「そりゃ、そうだろ」


 他に誰が悪いっていうんだ。
 グズだかドジだかなんだかしらないが、こううじうじしているからそういう悪いものを呼びせるんじゃないか。


「そうだよ。でも、律にはわかんないよ」

「おまえな……」


 ここまで聞いてやってそれはない。

 そりゃあ私も冷たすぎたかもしれないけど、部屋に来るたびこうじゃ、嫌にもなる。
 どっちかっていったら、澪なんかとうっかり友達になった私のほうが不運だ。


「もういい。とにかくもう部屋で泣くなよ」

「ごめん、でも、止まらなくて」


 また下を向いてしまった。

 これでまた泣かれたりしたら面倒くさいことこの上ない。
 でも、ここは引けない。

 というか、「律にはわからない」発言に私はかなりいらっときていた。
 じゃあ誰ならわかるっていうのか。この数年間、澪の話を聞き続けてやったっていうのに。

 それならそのわかる誰かに話せばいい。


「じゃあ泣きたくなったらどっか他に行けよ」

「どっかってどこ……」

「この部屋の外の、私のいないところだよ!」


 ちょっと言い過ぎたかとも思った。
 けれど、私が後悔したのは澪に沸点の低い奴だと思われたら嫌だからであって、澪が傷付くとかそんなことは知ったこっちゃあない。

 また泣き出すか。
 そう思った。



「嫌だ」



 澪の瞳はこちらをじっと強く見据えていて、思わず眉間に皺を寄せた。

「澪のくせに生意気な、」とどこかのガキ大将のようなことを呟いてしまった。


「真面目っていうより融通利かなくて、依怙地で、口良くなくて、」

「ん?」

「外面は悪くないのに、私には意地悪だし、変な前髪だし、それに」


 もしかして私のことを言っているのだろうか。正直暴力とかは好きじゃないが、ここでは有効かもしれない。
 いや、私の鬱憤を晴らしたいんじゃない。澪のために。という名目で七、八発殴ってもいいだろうか。
 勿論、拳に中指突き立ててだ。


「でも、律がいいんだ」


 思わず怪訝な顔をせざるを得なかった。


「なんか、そうだな、一言で言うと気持ち悪いぞ」

「訊いてない! それに、別に、いいよ……気持ち悪くて。だって、律だって、私、好きだ」

「は?」

「で、しょ……?」


 呟いた澪に、笑うしかなかった。






おわり



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