先生「はい、それでは夏休みの間は体調を崩さずに過ごしてくださいね。」
先生の号令と共に、教室は喧騒に包まれた。
梓「はぁ・・・」
高校生活最後の夏休み。特に予定も無い私は、どうも浮かれることが出来なかった。
梓「先輩たちが卒業して、もう三ヶ月くらいかぁ・・・」
けいおん部は結局部員が集まらず廃部になってしまった。
昔は飽きるほどギターを触っていたのに、今では時々暇なときにいじるくらいだ。
一緒に演奏できる人がいないと、こうもモチベーションが違うものか。
梓「久しぶりに先輩たちに会いたいなぁ・・・」
先輩たちはそれぞれ大学に進学した。
私は卒業して以来、先輩たちとは一度も会っていない。
大学生はいろいろ忙しいだろうし、メールでもやり取りは出来るから。
憂「梓ちゃん、帰ろっ」
梓「うん、そうだね」
それに、唯先輩の話はいつも憂がしてくれる。
だから、最近まで、寂しいと思ったことはあまりなかった。
憂「それでね、その時お姉ちゃんがね――ー」
憂が唯先輩の話をしているときは本当に生き生きしている。
唯先輩のパワーを分けてもらっているみたいだ。
憂「あ、そうだ。最近お姉ちゃん、何か隠し事してるみたいなの」
梓「隠し事?」
憂「そう。何だかそわそわして、こっそり誰かに電話してたり、考え事してたりするの」
梓「もしかして・・・彼氏とか?」
憂「えーっ!お姉ちゃんに彼氏ぃー!?」
唯先輩に彼氏・・・。もし本当だったら面白い。
でも、唯先輩は可愛いし、本当に彼氏なのかも・・・。
そんなことを考えつつ、憂とお喋りをしながら帰った。
家に帰って何気なく携帯を見ると、メールが来ていた。
律先輩からだ。
メールを開くと、次のように書いてあった。
『久しぶりに皆で集まらないか?』
なんというタイミングだ。
私はメールを返すことすらじれったく感じ、電話帳から直接律先輩に電話した。
・・・、・・・
律「おー、梓ー。久しぶりだなー。元気してたかー?」
梓「お久しぶりです。律先輩」
先輩は早速、皆で会う話を切り出した。
律「まぁ卒業してしばらく経ったしさ、一度皆で集まりたいかなーって思ってさぁ」
梓「私もちょうど先輩たちと久々に会いたいと思ってたところです」
律「お?なになに?梓ちゃんは寂しかったのかなぁ~?」
梓「ち、違いますっ!ただ、久々に顔を合わせたいと思っただけで・・・」
律「ははは。まぁ、実は唯のことでちょっとあってさ、みんなに相談したくてさ」
梓「唯先輩のこと・・・?」
律先輩までなんだろう。やっぱり唯先輩に彼氏ができたのかな・・・。
数日後
紬「皆さんお久しぶりね。変わってないようで何よりです」
律「このメンバーで集まるのも久しぶりだなー」
澪「私と律は同じ大学だからしょっちゅう顔を合わせてるけどな」
唯「あずにゃ~ん、久しぶり~」
梓「わっ、いきなりくっつかないで下さいよ」
皆相変わらずだ。
先輩たちはまだ楽器を続けているのだろうか。
まだ、あの、去年の学園祭の盛り上がりを覚えているのだろうか。
何も変わらない先輩たちを見て、私は少し胸が痛んだ。
喫茶店で一息ついたところで、律先輩が切り出した。
律「まぁ、改めてになるけど、実は唯のことで相談があるんだ」
律「とは言っても澪とムギにはもう伝えてあるし、知らないのは梓だけか」
梓「私だけ・・・ですか?」
唯「いいよ、りっちゃん。私が言うから」
いつになく真面目な口調で、唯先輩が口を開いた。
唯「あずにゃん・・・私ね、アイドルにスカウトされたの」
梓「えっ・・・」
私は何も言えなかった。
だって、唯先輩に彼氏が出来たとか、そういう話が来ることばかり考えてたのに。
梓「・・・スカウトって、音楽でってわけではないんですか・・・?」
唯「うん。道を歩いてたら突然声をかけられたんだよ」
梓「それってすごく怪しいような・・・」
律「それが、声をかけたのが琴吹プロダクションの人だったんだよ。本当に偶然だったみたいだけど」
紬「私も確認したから間違いないわ。唯ちゃんを一目見てスカウトを決めたんだって」
澪「唯を一目見てって・・・にわかには信じがたいな・・・」
梓「それで、何て返事したんですか?」
唯「それがね、まだ、迷ってるの」
唯先輩が真剣に悩んでる。
将来のこととなると、さすがに唯先輩でも悩むんだなぁ。
律「まぁアイドルでやってけるかどうかもわからんしな。それでみんなの意見が聞きたくてさ」
紬「私は大賛成よ。唯ちゃんなら可愛いからきっと成功すると思うわ♪」
澪「私は反対だな。唯がテレビに出るなんて、何を言い出すかわからないしな」
律「私も一応反対派かな。わざわざアイドルなんてバクチに出る必要もないだろ」
唯「・・・あずにゃんはどう思う?」
梓「・・・・・・・・・私は・・・」
梓「・・・私は・・・アイドルの唯先輩を、見てみたいです」
唯「あずにゃん・・・」
何言ってるんだろう私。
私が本当に見たいのは、あの学園祭で一番輝いていた―――
唯「あずにゃんがそういうなら・・・私、頑張ってみるよ!」
律「ま、唯がそういうなら、仕方ないな」
紬「頑張ってね、唯ちゃん」
澪「何かあったら、すぐ私たちに連絡しろよ」
唯「うん、ありがとう!みんな!」
その後、喫茶店で他愛もない話をして、解散となった。
先輩たちに、まだ楽器をやっているのかを聞こうとしたけれど、
唯先輩のアイドル話で盛り上がったので、水を差すのは悪いと思いやめた。
梓「唯先輩、大丈夫かな・・・」
せっかく先輩たち皆と会ったのに、頭の中は唯先輩のことでいっぱいだった。
アイドルってどんなことをするんだろう。
水着になったりするのかな。歌も歌ったりするのかな。
ギターを弾いたりは・・・・・・するのかな。
そんなことを考えながら、私は眠りについた。
最終更新:2011年11月07日 21:07