『あひょぼ』

澪「  」

『ね、あひょぼ』

澪「  」


たれみずの くちはにくだる わらべうた
おととならずに くるうてきえる


『あひょぼ』

澪「  」

『ね、あひょぼ』

澪「来」

『あひょぼ』

澪「ないで」


くらくもあり
かがやいてもあり
かげひなたもあるところ

わらべのかたちした
ひとにあらざる

あそびをせがむ


澪「来ないで」

『あひょぼ』


わらしの ころまで かみだとて
このこの かたちの
おそろしき
かみと おもわず
おにか あくたがみか と


はるか むかし
まよわのおおきみ という童あり
おやのかたきと
あなほのみこ 弑す 

大逆のために
やきころさるる

まよわしがみ
ただれがみ
このわらし
まよわのおおきみ


ただれたからだを
きにもせず
くろかみのむすめに
あそびを せがむ

おのれは
かみだとて
ただれて かみも なくに


『あひょぼ』

澪「来ないで」

『あひょぼ』

澪「来な」

『あねさま』




律「禁足」


澪が行方知れずとなって10日。
軽音部の面々は、手をわけて彼女の行方をほうぼう捜す。
しかし 音信はまったくつかめず。

そして、律が足を止めたのは
さる『禁足地』の前。

その立て札にはこうある。

『一度入れば二度と出てこれない所
 入れば必ず祟りがある』

澪の家のすぐ裏手にある
この場所。
いつの頃からかは知られていないが
進入は許されず、祟りとして報いがあるとの故。

この場所だけは、小さい頃から、遊びの場所にしなかった。
高校に入り、新しく遊びの場所を見つけた後には
記憶からも遠ざかっていたのだが。



「ここ…」

律「!」

律「ムギか?」

紬「いやな、所…」

17時をわずかにまわったあたり。

紬「『一度入れば二度と出てこれない所
   入れば必ず祟りがある』」

紬「『入れずの所
   帰れずの所』」

立て札を読み上げる紬。

紬「禁足地ね。」

律「ああ。」

二人の影は夕日を受けて
まっすぐに伸び
目の前の小怪を、わずかに犯す。

律「昔から、近づくな、決して入るなって、」

律「大人やじいちゃんばあちゃんから、言われてきたとこ、だ。」

律「そんなとこが近くにあって、」

律「澪は特にこわがってたんだ。」

律「ここと、ここに関する話を。」

二人の目の前の禁足地は
四方20m程度の、小さな木立。

紬「そう…」

そして、澪の失踪。


律「この林は、別の世界の入り口、」

律「"かみのくに"の入り口だって。」

律「ずっと昔から、そのくにの神さまたちが」

律「気に入った、綺麗な娘を、昔から喰ってきた場所だって。」

紬「神かくし、ね。」

律「そんな上等な、もんじゃない。」

律「…」

律「そろそろ他のみんなと合流しないと。」

紬「そうね、そんな時間、ね。」

律「…」


さそうかみは
まよわのみこ
きにいたものを 
まどわし
まよわす。

"目弱き"ゆえに。


田井中家の食卓は今日も暗い。
姉弟二人だけで食卓を囲む。
母親は、澪の家のほうに行っている。

瀬戸物と箸の、かちゃ、かちゃ、という音だけ。

律「…」

聡「…」

聡「ねえちゃん。」

聡「…」

律「…」

聡「おれさ、澪姉が居なくなった日、」

聡「澪姉、見たんだ。」

律「…」

聡「入らずの林で。」

律「…」

聡「澪ねえが、あそこの、入り口ん、とこに居るのを。」

聡「おれ…おれさ、」

律「…」

律「飯食ったら早く寝ろ。」

聡「…」

聡「うん…」


そして、日が変わるころ。
律は、あの木立の前。

立て札に唾吐きつける。

あらはき。
まよわざれ。


馬止めをまたぎ、禁足地のうちへと、
入る。





梓「目開(まあけ)」


昏い林のなかを、歩くだけ。
五歩、六歩あとに、焼け爛れた子供のようなものが、娘達のあとにつづく。

終わりの見えぬ林は林ではなく。
五歩、六歩後より聞こえる
子供の、うれしそうなわらべ歌。

その子は焼けた爛れ、脂肪が所々白く肌に浮かぶ。

四人の娘達はただ歩む。


紬「聞いたことのない歌…」

澪「ずっと歌ってるんだ。」

梓「あの子が?」

澪「ああ…」

律「歌って、わたしらの後付いて来るだけ、か?」

澪「それと、遊んで、欲しいって。」

紬「古い古い、ずっとずっと昔の歌のよう…」

紬「私達がずっとずっと昔に、忘れてしまった…」

律は立ち止まり、王(おほきみ)の方を向く。

律「お前は楽しそうに。楽しいのか?」

『うん。あひょぼ。』

童の瞳の無い白が律に向き、笑む。

『あひょぼ』

紬「…」

紬「この子と遊んであげれば、もしかしたら…」

帰れる?






紬「不帰(かえらず)」


紬「遊んで、あげようか?」

紬が王に答える。

『うん、あひょぼ!』


そう言うと、紬の方へ球のようなものを投げてよこす。
両手で受ける紬。
まじまじと球を見る。
球ではなかった。

人の首級(しるし)。
ざんばら髪で髭面の、五十路男の首級。


紬「ひっ…」

紬がそう呻くと、生首は目を見開く。

『あそぼ。』

童の姿が、ゆっくりと、かたちを変える。
少女のかたちへ。
よく知った少女のかたちへと。
首級は琵琶へと。






唯「葬送」


唯は琵琶をかき鳴らし歌いはじめる。
童が歌っていたものと同じうた。

唯はうたう。


友のために、人のために歌をうたう。
葬送の歌を。

すがたかえ かたちかえども
終わりは かならずあり。

ひとにも くににも しゅ(種)にすら。
終わりは かならずある。
ならばこそ 天の川の 乳の流れへと
皆人の思いを流し 消え行け












皆人よ 消え行け






そこには唯の姿だけがあった。
琵琶を奏で、腐臭と屍が埋める大地を歩む唯が。

皆人よ 消え行け。



おわり







少し解説

眉輪王…王殺しのメタファー。
    すなわち、消滅を能動的に作動させる存在。自身もまた消滅。

穴穂命…安康天皇。殺される王のメタファー。
    すなわち、消滅という現象とその媒介を意味する。

禁足地と少女たち…供犠とそのための聖別としての隔離。

眉輪王から唯への転身…メタモルフォーゼ