朝、古典のあと数学の前にて。


唯「ううう、まさか今日指される日だったとは……」

澪「でもなんとか答えられてたじゃないか。唯にしては頑張ったと思うぞ」

唯「澪ちゃんそれひどくなーい? 答えも惜しかったけど間違ってたし」

澪「まあまあ。進歩は見られてるってことで」

唯「ぶう。……あ、澪ちゃん」

澪「なんだ? 課題なら見せないぞ?」

唯「ちがうよー! 第一、課題ならもう半分くらいやったもん」

澪「唯もやっと受験意識するようになったんだな、感心感心」

唯「みおちゃーん……」

澪「ごめんごめん。素直に褒めたことなくてさ。その、照れくさかったんだ」

唯「あらあら、素直になれないなんていわゆるツンデレってやつですかな~」

澪「なっ、違うぞ!」

唯(かわ唯……じゃなかった、かわゆいなぁ澪ちゃん)

唯「ねえねえ澪ちゃん」

澪「どうした?」

唯「突然なんだけど。死ぬってさ、どういうことなのかな」

澪「死ぬ? ば、お前死のうとか思ってるのか? そんなことしたら憂ちゃんが悲し――」

唯「憂は悲しませたりしないよ。それは絶対大丈夫」

澪「あ、ああそうか。……そうだよな、うんごめん」

唯「憂は世界で一番大切な人だもん」

澪「今日はやけに惚気るな、唯」

唯「でへへそうかな。
  でも澪ちゃんだっていつもりっちゃんがどうとか、りっちゃん可愛いとか惚気けてくるじゃん」

澪「あ、いやあれはだな。惚気とかじゃなくてその」

唯「――わかってるよ。澪ちゃんりっちゃんが好きなんでしょ?」

澪「え、ええっ。いやあの……」

唯「隠さなくたっていいじゃん。好きな人を好きって言えることは世界で一番素敵なことらしいよ?」

澪「うう。そう、かな」

唯「そうそう。だから澪ちゃんも当たって砕けろだよ!」

澪「いやいや砕けたくない」


唯「で、本題についてなんですが」

澪「本題?」

唯「もー、死ぬことについてだってば」フンス

澪「あーあー、ごめんごめんそうだったな」

唯「で、どうなの澪ちゃん的にはさ」

澪「お星様だな」

唯(なんなのこの子)

唯「えっと……。つまりどういうことだってばよ」

澪「だからさ。お星様になっちゃうことなんだよ、死ぬことって言うのは」

唯「ふ、ふーん。お星様ね」

澪「そうそう。昔さ、私がまだ小学生だった頃の話なんだけど」

唯(どんなメルヘンな話が飛び出すのだろうであろうか、
  今の私には一片の想像さえつかないのであった)

澪「ハムスター飼ってたんだよ。
  ジャンガリアンでさ、設備投資も安くて当時の私のお小遣いでも手が届いたんだ」

澪「結局3年くらいで死んじゃったんだけど、当時の私は律の次くらいに大切な友達だったんだ。
  いや初めの方は唯一と言ってもいいくらいの」

唯「なんか澪ちゃんペットとかすんごい大事にしそうだよね」

澪「思ってるとおりだと思うぞ。夜とかずっと一方的に喋りかけたりしてたし。
  今思うとちょっと恥ずかしいけどな」

唯「そんなことないよー。お友達とおしゃべりするのは普通だよ?」

澪「ありがとな。……それでその子が死んじゃったあと、私はそれこそ大荒れで。
  学校をさぼったのもあれが初めてかもしれない」

澪「その時ママが言ってくれたんだ。
  『この子はお星様になって澪をずっと見守ってくれるし、時には励ましてくれるのよ』ってね」

唯「ロマンチックだね」

澪「うん。でも本当にそんな気がするんだ。
  今でも星空を見上げると、なんだか私は護られてるなぁなんて気が湧いてくる」

唯「そんなことがあったんだ」

澪「……なんだか話し終えて恥ずかしくなってきた」

唯「それはまた今更だねー。じゃあちょっと質問変えるけど、澪ちゃんも死んだらお星様になるの?」

澪「どうだろうな。でもなってみたい気もするよ」

唯「どうして?」

澪「私にだって好きな人、尽くしてあげたい人の一人や二人はいるからな。
  今だったら、まあ律、だし。これから生きていけば変わってしまうかもしれないけど」

澪「死んでしまってからもそういう人の背中をさすってあげて、
  勇気づけてあげたいって思うのは普通じゃないか?」

唯「でも相手が気づかないんじゃない?
  ほら、せっかく澪ちゃんが星になって見守ってあげてもさ。鈍感で気づかなかったりして」

澪「それは……やだな。少しでもいいから気づいて欲しいよ」

唯「だったらやっぱり生前に言っとかなきゃね。『私死んだら星になってあなたを見守るし応援もします』って」

澪「そういうことって言ってもいいのかな……? いやでも、あえて言っておいた方がいいのかも」


唯「とりあえず当面はりっちゃんに、だね」ニヤニヤ

澪「ばっ……ううう」//

照れる澪ちゃんも可愛いよね。
澪ちゃんを見てるとなんだか他のことなんか忘れられそうで。
死ぬことを難しく考えるのが馬鹿らしくもなってきそうだけれど。
残念ながら私は考えることを放棄できないんだよね。

そう。ほんとにそれは、残念なことだけど。




昼休み、部室にて。


唯「あ、ムギちゃんさんではないですか!」

紬「唯ちゃんさんではないですか~」

唯「これはこれは」

紬「どうもご親切に♪」

唯「――っていうかムギちゃんどうして部室にいるの?」

紬「それがね。キーボードの調子悪くてちょっと見に来てたとこなの」

唯「そっかー。じゃあ私と似たようなもんだね」

紬「唯ちゃんもレスポールの様子見に来たの?」

唯「うん。いや別に調子は悪くないんだけどさ~……。
  時々もーれつに見たくなることがあるんです」デヘヘ

紬「本当にギー太が好きなのね、唯ちゃんって」

唯「好きだよー! まだ添い寝してるもん」フンス

紬「あらあら。それじゃあ憂ちゃんも嫉妬しちゃってるんじゃない?」

唯「あ、ああうん。でも憂は分かってくれてるから……」

紬(ほんのりと地雷臭がするわね。ケンカでもしたのかしら)

紬「そんなことより唯ちゃん。今日のお菓子はベルギーから届いた本場のチョコレートよ!」

唯「あっ、ごめん。今日ちょっと用事あって部活来れないんだ」

紬「あら……。そうなの?」

唯「うん。ほんとにごめんね。でも大事な用事だから……」

紬「そう。じゃあ唯ちゃんの分のチョコレートは明日にとっとくわね」

唯「あ、ムギちゃんありがとね」


唯「ねぇねぇムギちゃん」

紬「なあに?」

唯「ムギちゃんはさ、死ぬことって何だと思う?」

紬「死ぬこと? それは人がってことよね?」

唯「うん。人って死んじゃうとどうなるのかなとか、
  そもそも死って人間にとってなんなのかなって」

紬「それは私の持論でいいのよね? ちょっと長くなっちゃうけど聞いてくれる?」

唯「うん。聞かせて聞かせて」

紬「それじゃあまずは、死について人が思うことについて」

唯「うん」

唯(なんだかムギちゃんいつになく真剣だなぁ)

紬「人間は死にたがってるって、どこかで聞いたことがない?」

唯「うーん聞いたこと無いような」

紬「そっか。じゃあ説明するね。昔フロイトっていう高名な人がいたんだけど、
  その人は死への衝動、欲動をこう定義付けたの」

紬「『最も根が深くにある感情で、それは抗いがたい生命の破壊衝動である』」

唯「ちょっと難しいなぁ……」

紬「うーん。これ以上噛み砕くのも難しいんだけど、
  簡単にしていうと死にたがってるってことだと思うの。生きたいっていう欲求よりもね」

唯「え? じゃあみんなは何で生きてるの?
  生きたいっていう意志よりそれが強いんだったらみんな自殺しちゃうはずだよね?」

紬「難しいところね。私はひとたび現れたら収拾がつかなくなるっていう考えなんだけど」

唯「普段は抑えられてるってこと?」

紬「そう。ちょっと補足すると、普段はそういう思いを色々な行動で発散してるんだと思う」

唯「行動……。スポーツとかは、凄く頑張ると何も考えずにいられるとか聞いたことあるよ」

紬「うん。スポーツも確かに発散できる行動のうちの一つね」

紬「でもそれだけじゃないわ。サディズム、マゾヒズム。色々なコンプレックス。ドラッグ。
  自傷行為に見える行動でも、それは死への感情であるデストルドーを抑える為のものなの」

唯「デ、デストルドーって言うの?」

紬「精神分析学の用語なんだけど……。ごめんね、難しくなっちゃったね。
  一応、ギリシャ神話から転じたタナトスも同義で使われてるわ」

唯「ほえー。昔からそういうのって研究されてるんだね……」

紬「そうね。半ば自我、精神哲学の本質とも言える議題だからかもしれないけど」

唯「ふむふむ。じゃあまとめると、
  人間の精神っていうのは死にたがる感情を、生きたがる感情が押さえてるんだね」

紬「概ねそんな感じだと思う。唯ちゃんはまとめるのが上手いのね~」

唯「でへへ、天才ですから」

紬(唯ちゃんかわいい……)

紬「ごほん。じゃあ次は死後についてなんだけど」

唯「うんうん。続けて続けて」

紬「唯ちゃん、今日はやけに積極的なのね。お勉強みたいなものなのに」

唯「うん。なんか興味があることは結構頭回る気がするよ!」

紬(興味持って話を聞いてもらえるのは嬉しいけど、なんだか複雑な気分……。
  地雷なのはわかってるけど聞いてみようかしら)

紬「唯ちゃん、どうして突然そんなことに興味が湧いたの?」

唯「え? えっと……。いやその、そう年頃だからだよ! そういうこと考えちゃう時期っていうか」ハハハ

紬「あやしい」ボソッ

唯「え? なにー?」

紬「な、何でも無いの。水をさしてごめんなさい。続けるわね」

唯「うん。ムギちゃん先生お願いします!」


紬「唯ちゃんは死んだらどうなると思う?」

唯「えっと、質問を質問で返すのは反則だってりっちゃんが言ってたよ?」

紬「うふふ、ごめんね。でも一応聞いておきたくて」

唯「うー。天国とか地獄とかに行くのかなぁ」

紬「唯ちゃんは仏教徒さんかヒンドゥー教徒さんってことになるわね」

唯「い、いきなり宗教の話になるの……?」

紬「うーん。一概には言い切れ無いけど、死後の世界を語る上で宗教は欠かせない存在だと思うわ」

唯「そうなんだ。で、さっきの仏教徒とかはどうして判断したの?」

紬「天国とか地獄に行くという考えが仏教とヒンドゥー教にしか無いからよ」

唯「そうなの?!」

唯「私てっきりキリスト教とかかと思ってたんだけど」

紬「ええキリスト教やイスラム教にも確かに天国や地獄に似たものはあるわ」

唯「ムギちゃんさっきと言ってること違うー!」

紬「ごめんなさい。でもこの場合ちょっと違うのよ」

紬「キリスト教やイスラム教には審判の日っていう日があってね。
  この日にすべての人間は善か悪かで裁かれて、天国か地獄に送られるっていう感じなんだけど」

唯「審判の日とかは聞いたことあるねー」

紬「うん。よく映画とかのキーワードに使われるわね」

唯「ターミネーター面白かったなぁ」

紬「……続けるね?」

紬「で、審判の日っていうのは世界の終わりの日に行われるんだけど、
  その日までキリスト教の人達は待ってる状態。つまり仮死状態みたいなものなのね」

唯「お墓の中で待ってるってこと?」

紬「そのとおり。キリスト圏で土葬が行われるのもその為よ」

唯「なるほどねぇ。じゃあキリスト教の人達とかは死んでもずっと待ってなきゃいけないんだね」

紬「一説によれば人類が滅びるのは10万年後らしいから結構待つことになるのよね♪」

唯「キリストさんもなかなか焦らすんだねぇ……」

紬「ね。――さて、話を戻すわね。仏教とヒンドゥー教の話だったかしら」

唯「待たずに天国と地獄にいける宗教の話だね」

紬「実はそれにも若干の語弊があるんだ……」

唯「ムギちゃん~。情報の後出しが多すぎるよ!」

紬「上手く説明できなくてごめんね。前後しちゃうことが多くて」

紬「仏教の世界観では死んだから天国に行くとかじゃなくて、
  天国がある世界に輪廻するっていう見方なのね」

唯「りんね? ってどういうことなの?」

紬「生まれ変わる、が近いのかしら。
  この世で一度死ぬと、その生き方に応じて天国とか地獄とかで生まれ変わるって感じなんだけど」

唯「それってわざわざ言い換えないと何か困ることあるのかな?」

紬「分かりにくいんじゃないのかしら。いわゆる死後の世界じゃないってことが」

唯「ああ。天国がゴールじゃなくて、あくまでコースチェンジをしただけってことだね」

紬「唯ちゃんすごいわ! その通りなの。
  天国や地獄でも生まれ変わりが起こって、この世にコースチェンジすることもあるそうだから」

唯「でも宗教も結構深くまで考えてるもんなんだね」

紬「そうね。それだからこそ人々の心の拠り所に成りうるのだろうけど」

唯「まぁ私は無信教なんだけどねー」

紬「奇遇ね。うちもなの」


キーンコーンカーンコーン

唯「予鈴だー」

紬「お話はとりあえずお開きね。続きも聞きたかったらまた明日」

そう言ってムギちゃんは行きましょう、とウィンクをしてくれた。
それに伴われて私も走りだす。
続きはまた明日――。

聞きたいな。
やっぱり世界は不条理だよねりっちゃん。


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