――――――――――――――――――――――

それからというものの 彼女は呼んでもないのに毎日家に遊びに来た

闇属性のチャイムが高々と平沢家室内に鳴り響き気分を害しながらドアを開ければ中野梓

あっちで中野梓 こっちで中野梓だ

私がいくら断ってもこの媚びた野良猫は

図々しく家に上がり込もうとしてムカついた私が

会心のハイキックをこめかみ辺りにお見舞いしてあげるんだけど


「そういうトコも含めて全部好きだよ」


とかいう半ば宗教めいた台詞を熟れ過ぎたトマトみたいに真っ赤になった顔で言う始末でもう何なの

お姉ちゃんはこの野良猫を(恐らくは憐れみの意志からだが)可愛がってあげているので何とも言えないが

こんなこと続けても私を振り向かせるなんてできっこないのに何してるんだろう

ただこの黒い猫は お姉ちゃんとも遊ぶ

もう好きじゃないんじゃないの?

って3連鎖までしかできないぷよぷよに夢中になる中野梓の背中に私は問いかけたかった

好きなものだけに齧り付けばいいっていう

私の考えがおかしいとは部屋の隅に溜まる埃の一粒程にも思わないんだけど



そんなある日

またしても39度の破滅的な熱気は猛威を奮う

家のアイスと飲み物を全消費しても尚 暑さは容赦なんかしてくれない

勿論イフリート召喚したような灼熱地獄にか弱く可愛いお姉ちゃんが耐えられるはずもなく

私達平沢姉妹はユートピアでありアルカディアであるエデンである市民プールへ出かける気満々だった

ゼウスも本妻認定しちゃうレベルの色気を潜ませるアルティメットお姉ちゃんビキニを拝めるので

テンション高速エレベータで絶賛上昇・・するかと思いきや出発寸前に鳴るチャイムの音がそれを阻止する

ぴんぽーん

案の定玄関に立つのは中野梓ちゃん



お姉ちゃんも優し過ぎるもんだから「あーあずにゃんだー あがっていってよー」なんて言っちゃって

この子は着実に 調子に乗りつつあるようだ


「ねぇ憂、今からプール行くんでしょ?」


なんで知ってんだよ今日朝決めたんだよ


「一緒に行こうよ!ね?」


私は困惑するんだけど主であり神であるお姉ちゃんが許可してしまうので断れない

ああ折角お姉ちゃんの水に濡れた髪とか肌とか爪とか空気存在概念森羅万象が一人占めできるかと思ったのに


なんてことを考えていると 梓ちゃんと目が合った


・・・生意気



――――――――――――――――――――――

中野梓のプールでの振る舞いは媚薬とマタタビとドラッグ全部一緒に呑みこんだ発情期の猫のようで

微塵の凹凸も色気もないある意味奇跡的なその身体を以て必死のセクシャルアピールを試みていた

小学二年生の女子が着るようなピンクの水着は哀しいまで似合っていて 嫌でも視界に入る


「ねぇ憂、あっちでスライダーやろうよ!」

「ほら憂、パスパース」

「唯先輩の水着も可愛いけど、私のも負けてないよね」


世界で一番市民プールを楽しんでるのは絶対的に間違いなくこの中野梓で

そもそもそれはスライダーじゃなくてただの滑り台だし
(そりゃあお前の体躯からしたらスライダーかもしんないけど)

みるみる内に日焼けしていく様はまるで昆虫の変態する瞬間を

高速カメラで眺めているような不思議な光景だった


そのせいもあってかスペシャルお姉ちゃんビキニを網膜に焼きつける暇は無く

終始梓ちゃんに振り回されて何時の間にか空が茜色カラスが鳴いて

門限ギリギリ帰宅の時間だよコンチクショウ


「たのしかったねーあずにゃん」

「そうですね。憂も、楽しかったよね?」


もう知らないよどうでもいいよ

この黒猫の異様なまでの執着心はどこから来るんだろう

簡単にお姉ちゃんから私に乗り換えてよくここまでハマれるもんだ

最近根負けしてきたよ



帰り道

私の脳内は そんな一昨日の晩御飯程にどうでもいい思考でがっぷりと埋まっていた

そして中野梓は 妙に不安そうな顔で空を眺めていた



我が家へ帰宅すると


頭が痛い

頭痛で痛い ズキズキズキ

お姉ちゃんも似たような症状を訴えていて

これは不味いなとシックスセンスで予知した瞬間体温計のアラームが鳴る

39.0

久々にはしゃいだせいかはたまた身体が弱っているのかわからないけれどこれは結構クリティカルで

何故なら今平沢家には私とお姉ちゃんしかいない

私の体調は蟻の糞程に無視していいとして何よりお姉ちゃんが苦しんでしまうのが世界崩壊並に不味い

多少無理してでも看病に勤しなければ 

御粥でも作ろうか?いやまずお姉ちゃんをベッドに連れてって

官能的な汗ふいて着替えさせてあげて水分補給も忘れずに

その後半分は優しさで出来てる薬を探して

お姉ちゃんが飲みやすいようにイチゴ味のゼリーオブラートも一緒に渡さないといけないけど

なにか栄養のあるもの食べた後の方がいいだろうか?いや ダメだ

冷蔵庫は宇宙創世期を彷彿とさせる見事なまでのがんらんどうかつすっからかんの空っぽぷりだ

まず買い物 行けるだろうか てか 行かなきゃいけないんだけど

お姉ちゃんは守らなきゃ お姉ちゃんを護らなきゃ


ぐったりしたお姉ちゃんを背負って部屋へと運ぶ途中に着替えとタオルを取ろうと洗面所へ向かう

この汗びっしょりなまま床に着いたらお姉ちゃんが可哀そうだ嗚呼可哀想可哀想

ごめんねお姉ちゃん無理させちゃって

引き出しから安物の黄色いタオルを取り出し 

ふと鏡を見る

そこにいたのは


そこにいたのはまるで人を喰らう鬼のような形相でこちらを見ているそいつはまるで暴慢な鬼のような面で

こちらを睨むそいつはまるで己の欲望に酔いしれる鬼のような視線でこちらを見るそいつはまるで肉親をも

躊躇なく喰らい尽くす鬼のような佇まいでこちらを指すそいつはまるで自分以外を認めない傲慢な鬼のような

瞳でこちらを観るそいつはまるで外へ出るのを恐れている臆病な鬼のような涙を流すそいつはまるで大事な

事に気付かない振りをしながら心の奥底で自分自身を戒める鬼のような汗を流すそいつはまるで自分が

強いと思い込まないと気が済まなくて何かから逃げ続けている鬼のような悲哀を持つそいつはまるで自分の

愛が天も次元も突破するくらいに誰かに届いて実を結んでいるものと勘違いしている鬼のような恥を散らす

そいつはまるで見なきゃよかったと後悔するものに直面する鬼のような愚かさを露呈するそいつはまるで

怒り喚けばそれが意味を持つと盲信する鬼のような未熟さを隠さないそいつはまるで好きでい続けることの

意味と理由を思い出せなくなって狂信するしかなくなった鬼のような虚しさを披露するそいつは


私の姉である


平沢唯の


たった一人の 


妹だった




この意味を私は理解した



途端に意識が落ちる

目の前がブラックアウト真っ暗になってゲームオーバーのカウントダウン



Continue? 0







――――――――――――――――――――――


少しずつ広がる視界は眼球の表面にでんぷん糊でもくっ付けたみたいに不鮮明で

なんとか目を凝らすとそこに立つのは黒髪ツインテールが似合う小さな女の子中野梓ちゃん

話を聞くとお姉ちゃんに預けたままだったリップクリームを返してもらいに来たところ

家の様子がコンヒュ喰らったみたいにおかしかったから入ってきたそうだ

私は見事なまでにベッドで寝転んでいて脇を見ると見事なまでに薬と御粥が置かれていて

見事なまでに看病されてしまったようだ

きっとお姉ちゃんの手当てにも手を抜いたりはしないだろう

私と違って 満遍なく好意を振り蒔けるのだ

私と違って 人間らしい人間なのだ


「憂、大丈夫!?」


親の今際の際に立ち会うみたいに必死こいた顔で私を観るこの子は

きっと恐らく間違いなく清涼純粋ピュア100%に私が好きで それは素晴らしい事なんだろう

私はお姉ちゃんが大好きだ

それは地球が丸いってのと同じくらい否定しよう無い絶対確実1000%の事実だけども 

梓ちゃんのそれとは掛け離れた一種の逃避と引き籠りで

他の全てをシャットダウンする

一番近い存在である姉に依存して 他の好きを拒むんだ

それが良いか悪いかはともかくとして

残念ながら少なくとも今はそこに身を置くことに徹しているので

梓ちゃんとは結ばれない

感謝はしてるけれどね

まぁ今までの非礼は詫びた方がいいかもしれない


39度の女子高生は 中野梓と仲良くなった

ただそれだけしか進展してないけど

数日数週間じゃそんなもんだろう

夏休みが終わる頃には

何かが変わっているかもしれない

だってこの子

マジで毎日通ってくるからね


好き好き大好き超愛してる?


Love Love Love You I Love You?




・・まだわかんない



終わり