唯「分からないよ……」

 「さっき目を覚ましたらグルグル巻いてあって……あずにゃんが お腹の上に乗っかってて」

梓「ぎひひっ」

澪「そっか」

適当に聞き流した私はシーフードヌードルを食べることにした



カスッ カシュッ


お湯の入ったポットの、押したら お湯がごぼぼって出るところを押したが

妙な空気音がするだけだった


澪「ムギ、お湯が入っていないようだけど……」

紬「えっ、そんなハズは」


がぱっ、とポットのフタを開けてみるが、

なんと そこには 

やっぱりお湯が入っていなかった



澪「おい、ムギ!!」

紬「わ、私は悪くない……!!」

 「だって私、唯ちゃんに水を入れておいてって頼んで……」

唯「えっ、おかしいな~」

 「私、絶対にポットに お水入れたよ~!?」

と、不満げな顔をする

梓「じゃあコレは一体、どういうことなんですか」

澪「あ、もしかしたらオバケの仕業かも知れないな」

唯「!」

梓「ぷぎゃああああああああおばあああああk

私は梓を蹴り飛ばした


唯「……もしかして」

 「ポットにお湯が入っていない理由は……」

澪「入っていない理由は?」

紬「唯ちゃんがアホだから?」

唯「……」


唯「『おゆおに』の仕業かも知れないよ」


紬「───おゆおに?」


澪「唯、おい唯よ。なんだい、おゆおにって?」


唯「……お湯が大好きな妖怪だよ」

 「お湯を飲むためならなんだってする、全身が真っ黒な体毛で覆われた恐ろしい鬼で

  なんと お湯を飲むならなんだってするという……

梓「そこのくだり二回目ですよ」

澪「お湯を飲むのと毛深い以外に、その恐ろしい鬼の情報は無いのか」

唯「無いよ……」


唯は下を向いたまま、それっきり口をつぐんでしまった


どうやら この平沢 唯という少女は

架空の 『お湯が大好きな妖怪』に全ての罪をなすりつけるらしい


「ポットに水を入れ忘れて ごめんなさい」と

一言謝れば済む話なのに……


トボけた顔して大した女の子だ


梓「ハァ、バッカバカしいなぁ もう」

 「妖怪なんているワケないじゃないですか」

唯「あっ…」

澪「あ~あ 梓、お前死んだな」

梓「えっ?」

紬「ホラー映画だと『そんな事あるわけない』とかって

  バカにする人から真っ先に殺される約束でしょ?」

梓「あ……」

唯「かわいそうな あずにゃん」

紬「じゃあ どうせ食べさせてもムダだから

  梓ちゃんのカップラーメン返してもらうわね?」

梓「く……」

食べたかった大好きなカップラーメンを取り上げられ

梓の愛らしい顔がみるみるうちにちるちるみちる

梓「冗談じゃないですよ!!」

 「こんな怖いこと言う人たちと一緒にいられるもんか!!」

 「私は一人で部屋にいます!!」

ドタドタドタ

バタン!!

梓は青い鳥を求めて旅立った

さようなら

澪「アイツ、完全に終わったな」

唯「あれが死亡フラグなんだね」

紬「えぇ、そうね」

ムギはポットにジャァアアアッて水を注ぎ始めた


さようなら 梓


ずるずるずる

ちゅるるるっ

唯「あ~、食べたね~」

紬「私、カップラーメンって生まれて始めて食べたけど おいしかったぁ~」

唯「よかったね、ぺっ」

べちょっ

紬「あ……」


またもムギが遠まわしに

「庶民のしみったれた食べ物なんて普段は絶対に食べません、嗚呼 食べませんとも」

というセレブアピールを始めたので

唯が別荘の床にツバを吐いた

でも、やり慣れない事をしようとしたためか

唯自身の太ももにツバが べちょっとかかっただけだった


唯「わぁっ、きたないよぉ~;;」


バカかコイツは

唯「……ムギちゃん、エアコンの音頭下げてよ」

紬「え、えぇ」

ぴっ ぴっ

唯「違うよ、エアコンの温度じゃなくてエアコン音頭だよ~」

 「わかんないかなぁ。あっ、お金持ちだから わかんないんだねっ?ねっ、澪ちゃん」

澪「そうかも知れないな」

紬「……」

ぼたゃっ


ムギがポケットに隠し持っていた大福を壁に叩きつけた


ちなみに私も、唯が何を言っているのか分からなかった



結局、私たちは無事、カップラーメンを食べることに大成功した

しかし確かに海で食べるシーフードヌードルは格別だったが

何かが足りないような気がした

紬「オマールエビ?」

ムギがポケットから巨大なザリガニを取り出す

澪「違う、……律だ」


思い返してみれば別荘に着いてから、あいつと会話した記憶が私には無い

唯「ほえ?」

澪「律だよ律!!分からないのか!?」

唯「わ、分かるよ。分かるけど……」

紬「りっちゃんが どうかしたの?」

澪「どうかしたのかって……さっきからずっと律がいないじゃないか!!」

唯「だってそれは……」

紬「澪ちゃんが海に着くなり、血の海に沈めたんじゃない……」

澪「そういえば そうだったな……」


ハァ──とため息をつく


考えてみれば打楽器で人間の頭を叩くのは大変、良くないことだった

そもそもベースは打楽器ですら無いのだ

学校ではなかなか教えてくれないことだが

こういった経験から、少しずつ 私たちは大人になっていくのか……


まぁいいや


澪「しかし それはそれとして」

 「今になってもアイツが姿を見せないのはおかしくないか?」

紬「あんまり言いたくなかったけど、りっちゃんはたぶんもう……」

唯「うん……」

澪「なんだよ」

唯「だから、ね……?」

澪「……!!」


そのとき、私の頭脳に稲妻のような電撃が走った

稲妻も電撃も似たようなものだが


そんなことよりもしかして、田井中律は死んだのか?


そう考えると、これまでのアイツの行動の辻褄がすべて合点がいく

だから律は今日一日、姿を見せなかったのだ

くそっ、アイツめ

……などと愚痴をこぼしている場合ではない

私が 律の頭でスイカ割りをしたことが明るみになったら……

大人として、いくつかの手を打たざるをえないな、と私は ほくそ笑んだ

澪「あっw!!」

唯「ひっ、ど、どうしたの?」

澪「もしかしたら、『おゆおに』の仕業かも知れない……」

紬「えっ」

澪「おゆおにが気絶している律を食べちゃったのかも知れない」

唯「そんな……」

澪「きっと そうだ、きっと そうだよ!!」

私はイチかバチか、唯の生み出した架空の妖怪『おゆおに』に

全ての責任をなすりつける事にした


唯「うーん。でも、おゆおにって お湯が好きな鬼だよ?」

 「りっちゃんを食べたりするのかなぁ」

澪「だったら、どうして律は帰ってこないんだ?」

 「他に理由があるっていうなら言ってみろよ!!えぇ!?」

おずおずとしゃべる唯の胸倉をつかみあげる


唯「ひっ、だ、だからそれは澪ちゃんがころ……」

澪「見えないよ!!聞こえないよ!!」


紬「……」


紬「じゃあ、みんなで砂浜へ行きましょうか」


紬「りっちゃんの確認に」

澪「へぁっ!?」


ムギめ……まったく、とんでもない事を言い出すヤツだ


紬「りっちゃんが本当に食べられているなら その体に異変が見られるハズよ」

 「鬼に かじられた痕とか」

唯「ふぇぇ……」

澪「で、でも跡形もなく食べられたかも知れないよ?」

紬「だったら 砂浜には何もなくなっているハズね」


くすくす、とムギは笑う


クソっ、なに笑ってるんだ

人が一人死んでるんだぞ!!


と、私は憤りを感じた



ざっ、ざっ


じゃりっ、じゃりっ


私とムギと唯の三人が懐中電灯の灯りを頼りに

砂浜へ向かう夜道を歩く

いつもはにぎやかな唯も、存在感の薄いムギも一言も発しない


もし、砂浜に、律の死体が、あったら、わたしは、いったい、どうなるのだろうか


ムギと、唯は、通報、するのか?

もし、正直に自白するとしても、私はおまわりさんに、動機を、なんて話せばいいんだ?

海に来てテンションがあがって、ついベースを振り下ろして……なんて言ったらアタマが変な子だと思われてしまう

結構、恥ずかしいぞ、それ


そんな事態だけは、なんとしてでも避けねばならない


どうする どうする


いろいろな思考がぐるぐるぐるると頭の中を駆け巡る中

ふと、唯が道端に座り込んだ

紬「どうしたの、唯ちゃん」

唯「お腹いっぱい過ぎて気持ち悪くって……」

澪「お腹いっぱいって、カップラーメン一個で?」

唯「夕飯の前にちょいと、つまみぐいを……」


へへ、と笑う


澪「なに食べたんだ?ハンバーグ?ねぇハンバーグ?ハンバーグ!?」

紬「ねぇ、あんまり無理しない方がいいんじゃないかしら」

唯「うん……じゃあ悪いけど、私、横になってるね」

澪「ああ」


澪「ぁあ?」


道の真ん中で唯は ごろりと寝そべった


紬「唯ちゃん、そんなところで眠ったら お服が砂まみれになっちゃうよ?」

唯「ふんす……」

とろんとした目つきの唯の耳にはもう、ムギの言葉は届いていなかった

唯を置き去りにした私たちは夜の砂浜に到着した


ムギと2人きり……


別にロマンチックなことを考えているワケではない

ムギ一人なら口封じ出来るかなぁ、なんて事を考えていた


澪「ムギ」


紬「なぁに、澪ちゃん」


澪「1000円あげる」


紬「え……?ど、どうもありがとう」


やった!!

商談成立だ!!

やったった!!



ワイロを受け取ったムギとはもはや一蓮托生

これで私をおまわりさんに売れば、ムギも贈収賄罪とかで捕まるハズだ!!

たぶん


澪「唯には内緒だぞ?」

ムギ「え、えぇ……」


唯には10円でいいだろう

紬「えっと、りっちゃんが いたのはあの辺りだったかしら」

澪「そうだな」

 「そうだけど」

紬「?」

 「だけど……なぁに?」

ムギがキョトンとした顔でこちらを見返してくる

澪「今、私1000円あげたよね?」

紬「うん」

私の賄賂を受け取ったのだから、捜索は切りあげて別荘に戻れば いいんじゃないの?

分かんないかなぁ

私はムギの目を見つめてテレパシーを送る

澪「届け、私の想い」

紬「えっ……///」

紬「澪ちゃん……」

澪「あっ、一緒に死体を処理してくれるってこと?」

紬「??」

澪「どうなんだ、ムギ」

紬「ごめんね。澪ちゃんが何を言っているのか分からないわ」

澪「……!!」

こいつ……金だけ受け取って約束を反故にする気か……!?

くそっ、ウンコめ!!

私はムギにヒドイ事をしようと決心する

紬「あらっ」

澪「えっ」


ムギをどうにかしようと背後から近づいたが

興味はすぐさま別のものに移った


月の光に照らされた白い砂浜に、赤黒いシミがべったりと広がっている


しかし、そこにはシミ以外、何もなかった


何も


紬「りっちゃん……? りっちゃんは?」

澪「……」