憂に支えられていないと歩くことすらままならない。
それでも軽音部の一員としてもう一度だけ演奏したい。
あまりにも悲しい唯の最後の願いに、妹の憂だけではなく、顧問として唯を見守ってきたさわ子も、
幼馴染としてそれ以上の長い時間唯とともに時を過ごした和も、周囲の目を憚ることなく嗚咽を漏らした。

そしてそれは軽音部の面々も同じ事であった。
目の前で苦しみながらもギターを手にしようとする唯を、ただ黙って見ていることしかできない。
助けてあげることもできない。そんな自分達が悔しくて、恨めしくて、悲しい。

しかし、そんな中で梓だけは違った。
グズグズに涙を流しながらも、ギターケースから愛機のフェンダー・ムスタングを取り出すと、
アンプにプラグインし、背後を向いて一心不乱にチューニングを始めた。


唯「あずにゃん……ありがとう」

すると、そんな梓の心意気に感化されたのか、

紬「唯ちゃんのためなら……」

紬も涙をぬぐうとキーボードの前に立ち、鼻を真っ赤にしながら鍵盤の感触を確かめた。

律「うぐっ……ちくしょう……! 唯がそこまで言うなら……
  私だって腕がぶっ壊れるまで叩くしかないじゃないか」

律もまたドラムセットに腰かけると、
沈み込んで駄目になりそうな己の気持ちを鼓舞するかのように、一発スネアドラムを鳴らした。

澪「わかった……演奏しよう!」

そして澪もまたフェンダー・ジャズベースを抱えると、マイクの前に立ち、
左手で涙を拭うと、フラフラになりながらレスポール(=ギー太)を肩にかけた唯を見据えた。


そして唯はと言えば、憂の支えがなければ一人で立つことすらままならない状態だったのが、
ギターを持った途端にしかと自分の脚で立って見せた。

そして始まった演奏。

『ふわふわ時間』、『私の恋はホッチキス』etc……
5人は、自分たちの手でものにしたオリジナル曲の全てをがむしゃらに演奏した。

唯は相変わらずとても半死人とは思えないすさまじきギタープレイを披露した。
速射砲のように繰り出されるカッティング。血わき肉躍るリフ。うねり、咆哮をあげるソロ。
その全てがパーフェクト。これぞ悪魔に魂を売り渡して禁忌の技術を手に入れた伝説のギタリストのプレイだ。

しかし、唯にとって大事なのは『上手く』ギターを弾くことではなかった。


唯「(やっぱり……楽しい!)」

唯「(このメンバーの中で演奏するのは……たまらなく楽しい!!)」


律のドラムス、澪のベース、紬のキーボード、梓のギター……
それらの演奏に鼓舞されるかのように熱さを増し、疾走する唯のギター。
上手いか下手かなんて本当は関係なかったのだ。バンドの、軽音楽の醍醐味はとにかく楽しく演奏すること。
それが、いつから強迫観念に囚われるまでに目先の技術ばかりを追い求めてしまったのか。
悪魔に魂を売り渡してまで得たかったものは本当に自分にとって価値があるものだったのか。

答えはわかっているがもう既に遅い。
だとすれば最期の瞬間まで、唯は自分が追い求めた最高の演奏を
この5人で成し遂げることに全身全霊を込めたのであった。



憂「お姉ちゃん……」

さわ子「唯ちゃん……」

和「唯……」


見守るのはたった3人の観客。
5人の放課後ティータイムの最後のライヴの、平沢唯の最後の演奏の観客としては
あまりにも寂しすぎるものだったが、そんなものは気にならない。

そして、


梓「(唯先輩……あなたは最期まで私の憧れのギタリストでいてくれたんですね……)」


唯の背中を見つめる梓の視界はやがて涙で歪み、


紬「(今なら言える……私はそんな一生懸命な唯ちゃんが好――)」


紬はその言葉を飲み込み、墓まで持っていこうと決意しながら鍵盤を叩き、


律「(だ、だめだ……もう、涙で前が見えなくて……スネアも見えない……)」


律はドラミングを荒れさせながらも、最後まで力いっぱいビートを叩きだし、


澪「(私たちが唯のために出来ることは……もうこれくらいしかないんだ)」


澪は涙声を枯らしながらも必死にマイクに向かい、4本の弦を弾きまくった。

そして全てのレパートリーの演奏を終えると、


唯「これだよ、これ……。あぁ……幸せだなぁ……」


唯はマイクに向かって小さくそう呟き、そのまま糸が切れたマリオネットのように倒れ込んだ。




そしてそんな唯達の最後の演奏を遠巻きに眺めていたもう一人の観客がいた。

悪魔「だから言わんこっちゃない」

悪魔「しかし、もうちょっと早く逝くかと思ってたけど、意外に持った方かな」

悪魔「あ~あ、どいつもこいつもアリみたいにユイに群がって……。
    そんなに呼びかけても無駄だって。救急車呼んだって無駄だって。どうせもう死んでるぜ」

悪魔「しかし、なんでどいつもこいつも泣き喚いてるんだ?
   ユイは悪魔との契約の引き換えに、伝説になって死んだんだぜ?
   崇め奉られたとしても、そんなに悲しむのはおかしくねえか?」

悪魔「いや、絶対におかしいだろ」

悪魔「おかしい……んだよなぁ?」

悪魔「……………」

悪魔「チッ」





唯「ふわ~ぁ、よく寝た~。うい~、今何時~?」


憂「!?」

さわ子「!!??」

和「!!!???」

澪律梓紬「!!!!????」


唯「あれ~、みんなどうしたの~……って、そう言えば
  さっきからやたら私の名前を呼ぶ声がいっぱい聞こえてきた気がしたけど
  ……って、ここ音楽室? あれ?」

律「唯、お前……死んだんじゃないのか?」

唯「死ぬ? 私がなんで?」

紬「重篤状態で……一人で起き上がるのもままならなくて車いす状態で……」

唯「やだなぁムギちゃん、いくら私がグータラでも、立つのくらい一人で出来るよ~」

澪「最後に私達5人で演奏したいって……」

唯「最後? どうして最後なの? 軽音部の活動はこれからもまだ続くでしょ? 変だなぁ澪ちゃん」

梓「悪魔と契約をして……魂を奪われたんじゃなかったんですか?」

唯「あくま? 何いってんのあずにゃん、ライトノベルの読みすぎだよ~。
  でもそんな中2病なあずにゃんもかわいいなぁ~」

律「おい、これって……まさか」

紬「そのまさか、ですね……唯ちゃん、どう見てもピンピンですもの」

澪「さ、さっきまでの感動的な展開は何だったんだ……」

梓「で、でもとにかく……」

唯「あ~、ぐっすり寝たらお腹すいちゃったなぁ。
  うい~、アイスある~。それかムギちゃん、いつものケーキ……って」


次の瞬間、唯が見たものは、涙目になって一斉に自分に飛びついてくる4人の姿であったという。




ところは変わって……人影一つ見えない不気味な十字路。
物憂げな顔で人間界を覗きこむ悪魔に、同僚の悪魔が声をかけた。


悪魔2「おい、聞いたぜ~。お前、成立しかけの契約フイにして、人間一匹の魂食い損ねたんだってな?」

悪魔「チッ、悪魔の世界は噂が広まるのが早いから嫌になるぜ」

悪魔2「しかも土壇場で自分から契約を取り消しにしちまったっていうじゃないか。何考えてんだよ」

悪魔「別に。ただあの人間はここでさっさと命を食い尽くしちまうよりも、
   生きながらえさせて高みの見物を決め込んだ方が楽しめると思っただけだ」

悪魔2「マジかよ」

悪魔「マジだ」

悪魔2「とか言いつつよ。お前、まさかあの人間の女に惚れたんじゃないのか?」

悪魔「(ドキッ!!)」

悪魔2「あの血も涙もない最悪の悪魔と言われたお前が、
    契約を途中で打ち切るだなんてそんな理由しか考えられないぜ」

悪魔「そそそそそそ、そんなわけあるかよッ!!!!」

悪魔2「(うわッ、バレバレwwww)」

悪魔「お、俺はなあんなちんちくりんのガキじゃなくて、もっとオトナないい女が好みなんだよッ!!!」

悪魔2「はいはい。わかったわかった」

悪魔「フンッ。しかし、ユイよ、俺に空腹を味あわせたからには……
   これからのお前のギタリスト人生……しっかりと見せてもらうぜ」




それから数日後。

澪「唯、『私の恋はホッチキス』の出だし、弾いてみて」

唯「ブペブペッ!! ブヒョッ!! チャルメラ~♪」

紬「全然弾けていませんね……」

唯「うえ~ん!! どうして~!?」

律「前の駄目駄目唯に戻っちゃったなぁ」

唯「こんな難しいフレーズ、初心者にすぐ弾けるわけないよ~!」

梓「しかも唯先輩、バカテクだった頃の記憶がないみたいですからね」

唯「みんな言いたい放題言って~……ひどいよー!(チャルメラー♪)」

澪「でもなんていうか、この方が唯らしいというか……」

紬「前は上手すぎて不気味なくらいでしたからね
  (それに上手く弾けなくて困ってる唯ちゃんの方が性的に興奮するし)」

律「これでこそ、我が軽音部って感じだよなぁ」

梓「そうですよね! 多少下手くそでもその分演奏のまとまりで勝負すればいいわけで」

唯「うえ~ん、みんな酷いよ~!(チャルメラー♪)」



そして放課後――。不意に唯は道に迷ってしまった。


唯「どうしよう~。道、わかんなくなっちゃったよ」

そして、いつの間にか辿りついいたのはどこか見覚えのある風景の十字路(クロスロード)。


唯「ここ……前に一度来たことがあるような……」

すると、どこからか聞き覚えのある声が唯の耳に木霊した。


?「唯は……ギター弾くのが楽しいか?」


この問いに、今度こそ迷わず答えられる。



唯「うん! 楽しいよ!」




(終わり)






以上です。

所々のレスでお察しの通り、元ネタは悪魔に魂を売った早死ブルースマンを描いたクロスロード伝説です。
まぁ、ロックの世界に伝わる眉唾話の一つみたいなもんです。

もし、興味を持たれた方がいたらエリック・クラプトン(クリーム)のカヴァーバージョンか、
ロバート・ジョンソンのオリジナルバージョンを聴いてみてください。
特に後者は安眠を誘うには最適ですw

しかし、規制に巻き込まれて二か月近く書き込めなかったのはつらかったなぁ……。