翌日。音楽室にて。


唯「早速だけど私のギターを聴いてほしいの!」

澪「おっ、へんに張り切ってるな」

律「さては珍しく練習してきたか?」

紬「是非聴いてみたいですわ」

梓「唯先輩?(なにか様子がおかしい?)」


唯は即座にケースから愛機のレスポール(=ギー太)を取り出し、
部室備え置きのアンプにプラグインすると、六本の弦を力いっぱいかき鳴らし始めた。
それは他の4人のうちだれもが聴いたことのないような演奏だった。


澪「な、なんだこれ……」

律「めちゃくちゃ上手くないか?」

紬「凄いリズムギターです……」

梓「しかもリズムと同時にリードまで……。まるでギタリストが2人いるみたい……」

そしてあろうことか唯はギターをかき鳴らしながら歌い始めた。


I went to the crossroads, fell down on my knees♪
(私は十字路へ行って、跪いた)
I went to the crossroads, fell down on my knees♪
(私は十字路へ行って、跪いた)
Asked the Lord above,
(そして天の神様にお願いした)
Have mercy now,Save poor Yui if you please♪
(「お情けをください、哀れなユイをお救いください」と)


澪「あんな複雑なフレーズを弾きながら歌うなんて……!」

律「しかもなぜか英語!?」

紬「唯ちゃん、英語の成績いつも赤点なのに……」

梓「(この曲、どこかで聴いたことがある?)」

唯「えへへ~、すごい~? 私、すごい~?」

澪「すごいもなにも……一体どうしたっていうんだ」

律「英語の曲なんていつの間に覚えたんだ?」

唯「う~ん、なんていうか自然に。いつの間にか覚えてた」

紬「そ、そんなことがあるんですかね?」

梓「それにギター……いつの間にそんな上手く?」

唯「えへへ~♪」

さわ子「全盛期の私と比べても甲乙つけ難いわね」

唯「さわちゃん先生いつの間に!? とりあえずえへへ~♪」


そしてその後、5人合わせての演奏では、鬼門だった『私の恋はホッチキス』をはじめ、
全ての曲で唯は完全にギターパートを弾きこなしてみせた。

あまりの急激な上達ぶりに驚く一同であったが、最後までその上達の秘密を明かそうとせず、
笑って誤魔化していた唯に、全員一抹の疑問は拭えなかった。それでも、


澪「まぁ演奏が形になっているならそれでいいか」

律「形になっているどころか、ググっと良くなったもんなぁ」

紬「これで文化祭のステージもどんとこいですね」

さわ子「これならいつでも歯ギターを伝授出来るわね」

梓「(確かに演奏は良かったけど……何かおかしい)」

この時、唯の異変に気づいていたのは、現役ギタリストとしての感覚を持った梓だけであった。




そして文化祭本番――。

唯「それじゃあ行きま~す! 『私の恋はホッチキス』!」


客「ワーッ!!」


唯「ギョワワーンピロピロピロブボボッピキピキギュイーン!!」

澪「(……す、凄すぎるギタープレイだ)」

律「(歯弾きところか背面弾きまで披露してるし)」

紬「(濡れた)」

梓「(まるで……ギターの悪魔が乗り移ったよう……)」

唯「ありがとう~♪」



客「アンコール!!アンコール!!」


こうして熱狂、大成功のうちに文化祭のステージは終わった。
舞台裏では興奮冷めやらぬメンバーが唯のプレイを賞賛していた。

澪「唯! お前は最高だ!」

唯「澪ちゃんのボーカルも相変わらずキュートだったよ♪」

律「唯をギターに据えた判断はやっぱり間違ってなかったな!」

唯「えへへ~、ほめてもなにもでないよりっちゃん隊員♪」

紬「私なんか興奮過ぎてイキかけましたわ」

唯「濡らしたステージの床は自分で掃除してね、ムギちゃん♪」

梓「……凄かったですね、唯先輩」

唯「でしょ~♪ もうあずにゃんにも負けてないよ~!
  これからはギターのことはこの唯先輩になんでも聞きなさい(キリッ)」


唯を囲みはしゃぎ合う先輩達を眺めながら、梓は一人心の中で燻ぶる疑問と格闘していた。


梓「気のせいか……ステージでギターを弾いている唯先輩の背後に誰かいた気がする」


それはどこにでもいるような普通の人間の形をしていたような気がした。
しかし、空中に浮遊していることとその表情が邪悪な愉悦に歪んでいたのは、どう考えても普通ではない。


梓「いや、そんなことあるわけない。あれは錯覚だよ……」


そう自分に言い聞かせ、疑惑を忘れようとした梓だったが、

梓「でも音楽室で唯先輩が弾き語ったあの英語の曲……やっぱりどこかで聴いた気がする」

帰ったら父親所蔵のレコード棚を漁ってみようと心に決め、梓ははしゃぐ唯らとともに帰途についた。




一方、自宅に戻った唯は――。


悪魔「どうだ? 最高のギターの腕前をオーディエンスの前で披露した気分は?」

唯「わわっ!!」

自室のベッドの上で、我がもの顔であの悪魔が胡坐をかいていた。


唯「……びっくりしたなぁ、って、なんでここに?」

悪魔「あの十字路で人間界を覗く生活にも飽きてきたんでな。
   ユイが上手くやってるか心配で見に来てしまった、ってわけさ」


そういってニヤリと口の端を上げる悪魔の姿は、
どう見ても「心配だった」というより「興味本位」というのが相応しかった。
しかし、興奮冷めやらぬ唯はそれには気づかなかった。


唯「気持ちよかったなぁ~、ステージで浴びるあの歓声は格別だよね♪」

悪魔「ほうほう」

唯「それに自分の思った通りに指はすらすら動くし、出したい音もなんでも出せる。ギー太も喜んでたよ!」

悪魔「それはそれは」

唯「ほんと! アクマさんと契約して良かったよ♪」

悪魔「ククク……それはありがたい」

唯「でもアクマなのにこんな良くしてもらっちゃっていいのかなぁ?」

悪魔「人を不幸にするだけが悪魔じゃない。悪魔にだっていろんな種類がいるのさ」

唯「へ~、そうなんだ」

悪魔「とにかく、あれだけのギターの腕前を手に入れたんだ。
   これからもせいぜい……っと、誰か来たようだな。それじゃまた」

唯「え、あ、うん! ばいばーい」


唯が消えていく悪魔を、手を振って見送ると、控え目なノックとともに部屋のドアが開いた。


憂「お姉ちゃん、なんか声が聞こえてたけど、誰か来てるの?」

唯「ううん、なんでもないよ。それより憂、今日の軽音部のライヴ、見てくれた?」

憂「勿論だよ~! お姉ちゃん、かっこよかったよ~!」

唯「えへへ~♪」


まさにこの世の春を謳歌する唯。
一方、唯の部屋を去った悪魔は、あの十字路からじゃれ合う平沢姉妹を覗き見ていた。



悪魔「ククク……これからもせいぜい、俺のことを愉しませてくれよ? ユイ」




ある日の平沢家の朝、顔色は真っ青で目の下には大きなクマが出来ている姉の姿に、憂は心底驚いた。

唯「なんだか最近寝付けなくて……昨日も結局徹夜でギター弾いてたんだ……」

憂「どおりで夜通し部屋からカチャカチャ音が……って、お姉ちゃん、そんなの身体に悪いよ!?」

唯「う~ん、行ってきま~す……」

憂「お姉ちゃん……朝御飯も残してる……。今までこんなことなかったのに……」



教室で――。

唯「エフッエフッ」

紬「唯ちゃん? 風邪ですか?」

唯「うん、エフッ、最近、エフッ、咳がよく出て」

律「唯でも風邪をひくんだなぁ」



音楽室で――。

紬「あれ……。唯ちゃん、今日はお菓子食べないの?」

唯「うん……最近食欲がなくて」

澪「あの唯が!? これは明日ヤリが降るぞ」

律「いや、でも実際最近の唯、どこか調子が悪そうなんだよなぁ。ちゃんと睡眠とってるか?」

唯「あんまり……」

紬「そう言えば最近、唯ちゃん少し痩せました?」

唯「……○キロ痩せた」

澪「なっ……!(うらやましすぎる)」

梓「…………」



そして練習中――。

唯「(ギュイーンバリバリバリ!!)」

澪「(体調は悪そうだったのに……)」

律「(ギタープレイは相変わらず鬼気迫るものがあるなぁ)」

紬「(でも心なしか表情もつらそうな……)」

梓「…………」




放課後――帰途に着きながら。


梓「唯先輩、最近おかしくないですか?」


唯と二人きりになったタイミングを見計らって、意を決して梓は尋ねた。


唯「え、なんで?」

梓「何ていうか、最近体調悪そうですし……」

唯「アイス食べすぎてお腹壊したのかもアハハ……」

梓「部室のお菓子に一つも手をつけないのにその理由はおかしいですよ」

唯「………」

梓「何かあったんですか?」

唯「……何かって?」

梓「唯先輩、文化祭の前のある日から、急激にギターが上手くなりましたよね?」

唯「(ビクッ)」

梓「それと何か関係があるんですか?」


核心をついたか?――そう思った梓であったが、


唯「あずにゃんはアクマって聞いたら何をイメージする?」

梓「は、はい?」


予想の斜め上をいく唯の返答に思わずたじろいでしまった。
が、唯の声色があまりにも真剣なので一応返答する。


梓「アクマ……悪魔ですか。悪魔っていったら……怖くて……不気味で……人間を不幸に陥れる……」

唯「それは違うんだよ、あずにゃん」

梓「え?」

唯「アクマさんはね、心からお願いすれば、その人が本当に欲しかったものを与えてくれるんだよ?」

梓「は、はぁ……」

唯「アクマでも、人を幸せに出来ることがあるんだね」

梓「幸せ……ですか?」

唯「そう。ロバートさんもジミさんもデュアンさんも
  ランディさんもスティーヴィーさんもダイムバッグさんもアベさんも、
  みんなアクマさんに幸せにしてもらったんだよ?」

梓「????」

唯「あ、私はこっちだから、ここでお別れだね。じゃあまた明日部活で。ばいばい、あずにゃん」

梓「は、はい……」


遠ざかる唯の背中を見つめながら、梓は唯の放った「悪魔」という単語を何度も脳内で反芻していた。


梓「悪魔……アクマ……あくま……! そう言えば!」

そして何かを思い出した梓は、一路駆け足で帰路へついた。


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