「唯は……大丈夫なのか?」

 律の声は心配そうだった。

「死んではいないわ。死に至る重症でも無いと思う……多分ね」

「そっか、良かった。ムギは、ムギは大丈夫か?」

 律が自分の身を案じてくれた事が、紬は少なからず嬉しかった。

「ありがとう。私は大丈夫よ、まだ身体中痛むけれど。
ちょっと二人は此処で待っててもらえる?
唯ちゃんと梓ちゃんを一先ず拘束するシーツか何かと、
りっちゃんと澪ちゃんの替えの服を取ってくるわ」

 そう言って紬は立ち上がった。
泊まる為に持ち込んだ着替えを含めて、
律と澪の荷物は紬が監視場所として使用していた部屋に置いてある。
身体の痛み故に足取りは覚束ないが、時間を掛ければ部屋まで辿り着けるだろう。

「いや、私が行くよ。だから場所だけ教えてくれ」

 律は紬を気遣うように口にしていた。

「悪いわ、私のせいでもあるんだし」

「いや、私のせいだよ。唯も梓もいちごも、そしてお前も悪くない。
だから、私が行くよ。
何より、ムギは怪我してるし、澪だって足を捻ってる。
私しか、居ないだろ?」

 律の申し出は有難かった。確かに、身体中が痛みを訴えている。
律とて精神的に辛い部分が多々あるのだろう。
だが、だからこそ動きたいのかもしれなかった。

「有難いわ。でも、やっぱり私だって悪いのよ。
唯ちゃんも梓ちゃんもいちごちゃんも含めて、
澪ちゃんを裏切ってたんだから」

 紬はそれだけ言い含めて、部屋の場所を教えた。
加えて、唯と梓を拘束する為に、シーツも持ってくるように頼んだ。

「ああ、そう複雑なコースでも無いな。そらで憶えられるよ。
行ってくる、ちょっと待っててな。それと、澪の事頼むわ」

 紬は頷くと、律を見送った。
そして、梓と唯に視線を向かわせる。
ハンカチか何かで、手だけでも拘束しておいた方がいいと判断したのだ。
また、容態も確認しておきたかった。

 まずは梓に向かうと、顔色や呼吸を確認した。
暫く起きそうな気配は無いが、命に別状は無いだろう。
ハンカチで手を縛ると、ふとポケットの膨らみが目に入った。
探ってみると、携帯電話と財布があった。
財布に興味は無いが、携帯電話には興味がある。
もしかしたら、メールの送受信記録や着信履歴に、
梓や唯がゲームの黒幕である証拠があるかもしれないと思ったのだ。

 プライバシーの侵害が気になったが、どうせこちらは情事まで撮影されている。
お互い様だと胸中で言い訳して、メールの受信ボックスを見た。

「梓ちゃんは……協力者では無かったのか」

 差出人不明のメールを見て、紬は然程意外でも無さそうに呟いた。
その文面には、こうあった。


『田井中律と秋山澪が、琴吹紬が主催する悪趣味なゲームに巻き込まれる。
それを解決できれば、田井中律からの歓心を買えるだろう。
ただし、助けるタイミングを誤ってはいけない。
もし間違えれば、二人の命が危険に晒される』


 続いて、この別荘の住所とゲーム開催の日付が書いてあった。
メール自体の着信日付は、昨日だった。

「唯ちゃんが黒幕、か」

 紬は呟く。
唯が梓にメールを送って乱入させたのだろうと、紬は推測した。
送信者のメールアドレスは、携帯電話のプロパイダメールでは無く、
フリーメールのものだった。
唯が送ったかどうかの証明はできないが、消去法的に考えた結果だった。
加えて、律に対する執着は、浮気相手の中で唯が一番強かった。

 紬は次に、唯の元へと移った。
顔色は悪いが、呼吸までは途絶えていない。
取り敢えず手を縛ろうと、唯のポケットを弄った。
自分のハンカチは、梓の拘束に使っている。
だから唯のハンカチで代用する心算だった。

 その時、手が固い物体に触れた。
それは携帯電話だった。
梓への連絡や紬への指示には、フリーのメールアカウントが使われていた。
故に期待薄だと分かっていたが、梓の時と同様にフォルダを調べた。



「えっ?」



 程なくして、紬は絶句を漏らした。
その原因は、受信フォルダにあった一通のメールだった。


『田井中律を、秋山澪と琴吹紬が誑かそうと画策している。
田井中律は貴女のものの筈だ。
だが田井中律は、琴吹紬の別荘で、性欲の餌食にされようとしている。
琴吹紬と秋山澪によって、田井中律は犯される。
貴女は田井中律を取り戻さなくてはならない』


 梓の時と同様、この別荘の住所と今日の日付が書いてあった。
送信者のメールアドレスは、梓に送られたメールと同じだった。

「どういう……事?」



 唯もまた、詐言を受けて操られていたに過ぎない。
その唯こそが黒幕だと思っていた紬は混乱に陥った。
だが、すぐに混乱から脱し、黒幕の正体を導き出す。
消去法で考えれば、もう一人しか居ないのだ。

 紬は自分の携帯電話を取り出すと、彼女の番号へと発信した。
彼女の電話番号を、紬はつい最近まで知らなかった。
昨日、眠っていた律の携帯電話のアドレス帳から、入手したばかりである。

 すぐにその相手は着信に応答した。

「もしもし?」

「どうも、琴吹紬よ。
いちごちゃん、貴女が黒幕だったのね。協力者の正体だったのね」

 相手は、若王子いちごは、沈黙を返してきた。

その沈黙こそが答えである気がしたが、紬は敢えていちごの返答を待った。

「……何の話?」

 少し経って、いちごの訝しげな声が返って来た。

「惚けないでっ。今回のゲームよ。
貴女が、裏で糸を引いていたんでしょう?
それで、今は何処に居るの?この建物内に、潜んでいるのかしら?」

 紬は苛立たしげに問いかけた。

「だから、何の話だか分からない。錯乱でもしてるの?
忙しいから、切るよ?これから病院行かなきゃならないし。
何なら一緒に行く?診療科は違うだろうけど」

「惚けるのもいい加減にして」

「惚けてなんか無い。本当に最近は厄続きね。
この前は自転車で転んで怪我するし、そのせいで病院通い。
そして今度は、紬が訳の分からない事を言って絡んでくる。
マイナスのサイクルもいい加減にして欲しいな。
ていうか、何処で私の番号知ったの?」

 律の浮気相手の一人という事で、
念の為と自分に言い聞かせて入手しておいた番号。
それは律のプライバシーへと踏み込む自分に対する言い訳であり、
本当に使う事になるとは思っていなかった。

 勿論、その事をいちごに伝えはしない。
いちごの問いには答えず、追及のみを続けた。

「自転車で転んで怪我?見え透いた嘘言わないで。
貴女が今回のゲームの」

「もう、付き合ってられない。
何処で私の番号知ったのか分からないけど、もう掛けてこないで」

 いちごは紬の言葉を遮ってそれだけ言うと、一方的に電話を切った。
紬は怒りと警戒の綯い交ぜになった思いで、リダイヤルしようと試みる。
だが、その手は不意に止まった。

紬の脳裏に、大きな疑念が過ぎったのだ。


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