「みっ、澪……痛い、痛いって」

 痛みを訴える律の声に構う事無く、澪は更に深く指を差し入れて掻き混ぜてくる。

「み、澪っ」

「やっぱり……」

 澪は一言呟くと、苦痛に喘いでいた律を唐突に解放した。
律は痛み故の涙を目尻に溜めながら、
律の陰門から抜いた指を眺めている澪に向かって問いかける。

「な、何が?やっぱりって、何が?」

 澪は脱力した声で言葉を返してきた。

「体液が分泌されてなかった……それにとても窮屈だった。
やっぱり萎えてたんだな。
私の性器じゃもう、律は興奮しないんだな」

「そ、そういう訳じゃないよ。
単純に、状況が状況だったから……濡れなかっただけで。
いつもいつも常に欲情してる訳でも無いし」

 律は澪の意図を悟り、慌てて釈明する。
だが、澪は更に声を曇らせて言う。

「悪かったな、いつも欲情してて。
律は違うんだ……何だか、私だけ好きみたいだね」

「そんな事無いよ……私だって、好きだよ」

「浮気してたくせに」

「それは……反省してるよ」

「今日、そんな色っぽいショーツ履いてきた事だって、
もしかしてムギの為だった?」

「違う……違うよ……。ムギとはもう、何でもないよ。
もう昔の事だよ、ちゃんと別れだって告げたし。
ムギだけじゃない。梓もいちごも」

「未だにそいつらとも、仲良く話してるみたいだけど」

「いや、何でも無いとは言っても、友達ではあるんだけどさ。
だから、ムギの事も心配ではあるよ?
ほら、私らが攫われた時、ムギがどうなったか、未だ明らかになってない」

 勿論、紬の事も心配ではあった。
だが紬の安否に言及した発言には、話を逸らす意図もあった。

 澪は律の言葉を受けて、深刻そうな表情を見せた。
澪も紬の事を心配しているのだろうか、そう思うと少しだけ安心できた。
澪の怒りの矛先が、浮気対象である紬達に向かう懸念もあったのだ。

 しかし、黙した後に出てきた澪の言葉は、律の安堵を覆すものだった。

「大丈夫だろ?どうせこれ、ムギが仕組んだゲームだろうし」
 律は咄嗟に反論する。

「そんなワケ無いだろ……」

 どうして、と理由は問えなかった。思い付き過ぎるから。
確かに紬は仕組みやすいポジションに居る。
そもそも別荘に招待したのは紬だった。
同じ部活に属する唯や梓が来ていないという不自然も考慮すれば、
紬の容疑はより濃厚になる。
律が澪の推理を否定した事にせよ、紬が友人だから、
という感情面からの理由に過ぎない。

「大体、ツムギソウっていう名前自体が、ムギに似てるだろ」

 律に問われるまでも無く、澪は理由を語っていた。

「そこは逆にムギが犯人じゃない証拠だよ。
確かに、ムギっぽい名前だ。
だからこそ、ムギが仕掛け人なら、
自分の本名を匂わす様な名前は名乗らないはずだし」

「そう思わせる為の策略かもな。
或いは逆に、自分の名前をアピールしたかったのかもな。
お前が本当に、ムギとの不埒な関係を断っていたら、の話だけど」

 律は澪の言いたい事を察した。
別れを告げられた復讐がこのゲームだとするならば、
敢えて自分の名前を匂わせる事にも意味が生まれる。
私を捨てた事に後悔しろ、そういった声を届ける事ができるのだ。

 しかし、すんなりとその考えを受け入れる訳にはいかなかった。

「お前の言いたい事は分かるよ。
でも、それだと……澪が巻き込まれるのは理不尽だ。
アイツに別れを切り出したのは私だ……澪は関係無い」

 言いつつも、律には分かっていた。澪が巻き込まれた理由が。
自分の本命が恨めしい存在である事くらい、容易に想像が付く。

「関係無い?それはつまり、私なんて恋人でも何でも無いって事か?」

 澪の声は不安に震えていた。
律は首を左右に激しく振る。

「そういう意味じゃない。澪は悪い事はしていない、って意味だ。
澪は私と恋人だっただけで……私だけが悪いのに……。
いや、勿論、ムギと決まった訳じゃ無いけど」

 律は力なく言った。
しかし、別荘の中に居た律や澪を攫ったとなると、
確かに部外者の犯行とは考え難い。
紬が主犯では無くとも、仕組んだ側に加担していると考えた方が自然だった。

 それに、紬が無関係だったとしても、
自分の浮気相手の誰かが主犯である気がしていた。
律と澪を攫った事、ゲームのテーマが絆であるという事、
そして流れる映像が全て浮気の現場を押さえたものであるという事。
これらを考え合わせれば、
捨てられた復讐こそが動機のように思えてくる。
少なくとも、無関係な人間が仕組んだスナッフムービーの撮影、よりは自然な解釈だった。

「実は私……お前が誰かと浮気しているんじゃないかって、疑ってたんだ。
律の事、ずっと見てきたから。だから、不自然な挙動にだって勘付ける。
でも……信じたくなかった。
だからお前の不自然な挙動、見ないフリしてた……」

「そうか……」

 律は今更驚かなかった。
複数人に浮気をしていたのだ、
澪が不自然を感じたとしてもおかしくは無いだろう。
浮気をしていた頃にせよ、証拠さえ握られなければ疑われても切り抜けられる、
そう高を括っていた。

「私は……本当に辛かった。律に猜疑を抱いている日々は、地獄だった。
ヤケ食いする日と食欲無くなる日が交互に襲ってきて……
胃だってキリキリと痛んだし、生理だって乱れて、夜も眠れず……
精神科にだって通ったくらいなんだ。
そこまで追い詰められても、お前の事は信じたかった。だけど……」

 澪は額に手を添えて、言葉を続けた。

「裏切られたよ……」

「ごめん、澪」

 それ以上の言葉は出てこなかった。
澪の苦悩を知った今、掛けるべき言葉が見つからない。
先程澪に殺されてしまえば良かったとさえ思えてくる。
だが、ゲームの始めに澪と交わした約束を思い出し、何とか自分を奮い立たせる。

──二人で助かる。
散々裏切ってきたからこそ、その約束を大切にしたかった。
 既に水は胸の位置まで迫ってきている。
律は焦燥に駆られるまま、叫んだ。

「おい、ムギソウ、ここから私達を出してくれっ。
注水を止めてくれっ。頼むっ。
もし私の浮気相手だったのなら……謝るから許してくれ。
軽い気持ちで手を出した挙句、フった事は本当に悔いてる。
本当に、悪かった。手を出して悪かった、捨てて悪かった……。
本当にごめんなさい、お願いだ、許してくれ……許してぇっ」

 嘆願を込めた律の絶叫が響き渡るが、反応は何も返ってこなかった。
もう、律に残された道は一つしかない。
水が満ち次第、澪と交互に息継ぎを行う事だけだ。
しかし、今の澪が協力してくれるだろうか。律は不安だった。
もし非協力的であっても、何とか翻意させて協力させなければならない。
そうでなければ、約束は果たせないのだ。

 しかし、澪の説得に律は自信が持てなかった。
今の自分はもう澪からの信頼を失っていると、律には分かっている。
澪が未だ律と協力して助かる気でいる事を、祈るしかなかった。

 そうして律はこのゲームの本質に、今更ながら気付く。
二人共に助かる方法を模索する謎解きゲームなどでは無い。
交互に息継ぎを行うだけという運動ゲームでも無い。
律が簡単過ぎると懸念した通り、本質は別にあった。
裏切りが露わになっても、なお信頼を保てるかという、心理ゲームだったのだ。

(ゲームのテーマ、絆か。くそっ)

 例え自分が相手を信頼できても、相手からの信頼が得られなければ意味が無い。
露わになっていく裏切りの中でも、相手を信じさせる必要があったのだ。
つくづく嫌らしいゲームだと、律は胸中で毒づく。


「なぁ、律」

 その律の耳に、澪の声が届く。

「ん?」

 顔を向けた律に、澪は静かに問いを放ってきた。

「他にも浮気相手は居るのか?」

 律は凍りついた。
事実は、あと一人だけ居る。
しかし、事実を言う事は躊躇われた。
澪からの信頼を、これ以上失う訳にはいかないのだ。
水は肩にまで迫ってきており、タイムリミットが近い事を示している。
ここで更に信頼に傷を付ければ、協力しあう事が絶望的に思えてくる。

 だが、どうせその一人との映像を流されれば、露見する事なのだ。
嘘が露見した場合、正直に告白した場合よりも信頼の毀損は大きい。
勿論、ムギソウがその映像を持っているとは限らない。
だが、持っていない方へと賭ける事は、危険過ぎる行為だった。
何より、澪にこれ以上嘘を重ねたくなかった。
もう裏切りたくなかった。

 律は葛藤の末、決断を下した。

「ああ、あと一人だけど、居るよ」

 澪は脱力しきったように、壁に背を凭れた。

「あと一人?これでもう、四人目だよ。
私はまた、裏切られるのか」

 澪は頭を抱え込み、言葉を続けた。

「律だけじゃない……クラスメイトのいちごにも裏切られた。
妹のように可愛がっていた梓にさえ裏切られた。
親友だと思っていたムギにも裏切られた。
その上、そのムギが仕掛け人かもしれないなんて……。
これ以上は無理だ……これ以上、恋人や友人や知人から裏切られたくないよ。
唯に会いたい……HTTの中じゃ、アイツだけが私を裏切っていない。
アイツだけが……」

 澪の悲痛な言葉が、律の胸を劈く。
律は何も言えなかった。
言わなければならない事は分かっている。
だが、悲しみに嬲られた澪に、言う事ができない。

 その時、唐突にディスプレイに光が灯った。
また浮気現場を押さえた映像が流されるのだろう。
律には相手の予想も付いている。恐らく、最後の一人だろう。

「今度は何だよ……」

 嫌気が差したような声を上げて、澪がディスプレイへと視線を移した。
律は顔を歪ませた。
相手の予想が付いているからこそ、ディスプレイも澪も正視する事ができなかった。



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