ムギソウはカメラに映る二人を見て、歪んだ笑みを浮かべた。
梓と律が身体を交わらせた映像を見た澪は、律に掴みかかっている。
二人の絆も大した事が無い、その満足感を感じていた。

 そもそも、律は澪と付き合っていながら、他の女とも関係を持ってきた。
律と澪は仲睦まじく見えて、片方は移り気だったのだ。

 このゲームを始める前から結果など分かっていた。
この二人は、きっと勝てないと。

「私は見てきた。二人の絆が、薄っぺらいものである事を。
そして今、私は見ている。二人の仲が瓦解する様を」

 ムギソウはそう呟いて、愉悦を漲らせた笑い声を上げた。



 澪の腕に掴まれた律は、その拘束を逃れようと足掻いていた。
だが体格に劣る律の劣勢は、覆しようも無い。

「律っ、律っ律っ。梓、梓ぁぁ」

「落ち着けっ、落ち着けって、澪」

「落ち着いていられるか。梓は私にとって、妹も同然だった。
律は、絶対に信頼できる恋人だと思ってた。

その二人に、同時に裏切られたんだぞっ」

「昔の話だって。今はもう、梓とは何もしてないよ。
それに、そう何度もヤったワケじゃないし……」

 腕力で敵わない以上、言葉で懐柔を図るしか無かった。
だが、律の言い訳は逆効果だった。

「開き直るなっ」

 澪の怒号が響く。

「いや、開き直ってるわけじゃなくてっ。
今は、ほら。澪しか愛していないって事が言いた」

「今は?
じゃあ、昔は?そして、これから先は?」

 澪は眦を吊り上げて、律に迫ってくる。

「昔だって、澪が一番好きだったよっ。
ただ、他にも味見したってだけで。
これから先だって、澪だけが好きだからさ」

「それを、信頼しろとでも言うのか?
裏切られてズタズタにされた私に、更に信じろと?
お前はさっき言っていたな?私だけ愛してきたと。
それは……嘘だった。この期に及んで尚、お前は……嘘を吐いていたんだ。
私は決死の覚悟で律だけ愛すると言った……なのにお前は……
軽い気持ちで、嘘を……」

「いや、嘘も方便ってヤツでさ。
ほら、過去の武勇伝なんて知らせない方がい」

「嘘も方便だとぉっ?」

 律の言葉は、澪の咆哮によって遮られた。

「お前……じゃあ、じゃあっ。私だけ愛しているってのも、方便か?
私だけ愛していくって言っていたのも、方便かっ?
この場だけ助かりたくて言った、都合の良い出任せなのかっ?」

 澪は続け様に言葉を放つと、律の首へと手を伸ばしてきた。

「止めろっ。澪っ。そうじゃないっ、そっちは本当なんだっ。
都合が良いかもしれないっ。でもっ、でも信じてくれっ」

 首へと伸ばされてくる澪の手を必死に払いのけながら、
律は断続的に言葉を放つ。
しかし、澪の攻撃が止む事は無かった。

「お前が手を出した梓は、梓は……。
私の事、本当に慕ってくれていた。私の事、姉のように……。
お姉ちゃん、って言ってくれた事まであったんだっ。
その梓まで、毒牙にかけてたのかっ」

 猛る澪の攻撃は激しさを増し、律の身体に圧し掛かって体重を傾けてくる。
律は何度も水中へと頭を沈められながら、必死の思いで言葉を紡いだ。

「ぷはっ、澪、聞いてくれっ。私は……」

「黙れっ。そんな梓と私を、お前は引き裂いたんだ。
可愛い妹だったはずの梓が……今や憎き恋敵だ。
お前のせいで、お前のせいでっ」

「澪っ、げほっ、話、聞いてくれっ。
今はそれどころじゃっ、無いんだ。後で浮気に付いては、話、聞くから」

 頭が水上に浮かぶ度に言葉を放っているので、律の声は途切れ途切れだった。
また、何度も水を飲んで、その度に咳き込んだ。
それでも律は、足掻く事を止めなかった。

「それどころ?私にとっては、これが一番重要な話なんだっ。
律の事に関する話こそが、一番重要なんだっ」

 二人、激しく動き回ったせいか、胸部を覆う下着が外れていた。
しかし、露わになった胸を隠そうとはしなかった。
お互いによく知っている相手の身体であり、羞恥は薄い。
だが、律は敢えて指摘した。澪の隙を見つけたかった。

「澪っ。その前にっ、一ついいか?
胸っ、胸見えてるぞ。ブラジャー、外れたから……」

「それがどうした?今更、それを恥じる関係に戻りたいとでも?」

 予想通り、澪は律に対して裸を見せる事に抵抗は無いようだった。
だが、この場にある視線は律のものだけでは無い。
それを思い出させるべく、律は上を指差しながら言う。

「私達、きっと監視されてるぞ。
じゃなきゃ、絆を確かめるなんて、できる訳無いからな。
お前の胸、誰かに見られてるんだって。
しかもさ、遠くから監視されてるんじゃないって、多分。
場所が遠けりゃ、ゲーム進行に支障が出たときリカバリできないし。
近くに居るヤツに見られてるんだって」

 澪はそれでも動じなかった。

「ああ、そうだろうな。
律の言う通り、企画した奴はきっとすぐ側でゲームを見てるんだろう。
で、それがどうした?そんな話で、話題を逸らそうとでも思ってるのか?
大体、私の裸を見られて嫌なのは私本人より寧ろ……
本来なら、恋人のお前のはずだろうっ?」

 怒りが羞恥を凌駕しているらしかった。
平素から恥らいやすい澪にしては、珍しい事である。
それ程までに、律の浮気に対して怒りを抱いているのだろう。

 だが律は諦めずに澪の発言から話題を繋げて、
怒りを逸らそうと試みる。

「いや、澪。それはお前にしても言える事でさ。
私の胸だって……見られてる。
恋人のお前は、その事に嫌な気持ち抱いてくれないの?」

 澪は一瞬だけ、戸惑うような表情を見せた。
だが、すぐに憤怒へと転じる。

「調子がいい事を言うなっ。確かに嫌だよ、胸が張り裂けそうな程に嫌だ。
でもな、その嫌な事をお前はやったんだ。
いちごや梓に、私以外の人間に、その胸を見せたんだっ。
それを今になって、嫌な気持ちを抱いて欲しい、だと?」

 律を組み敷く澪の力が、更に増した。
次に水中へと沈められたら、もう浮かんで来れないかもしれない。
それを予感させる程、執念めいた澪の力は強かった。

 律は迫る危機感の中、賭けに出た。
まずは澪の言を肯定し、そこから怒りを静めるピンポイントな言葉に繋げる手法。
一旦は澪が怒りを向ける対象、即ち自分の勝手な態度を認めるという危険な行為だった。
だが、その後に放つ言葉が効果的な程、リスクの見返りは大きくなる。

「うん、それでも嫌な気持ちを抱いて欲しいよ。
だって、私は未だに澪の物だから」

 律の言葉を受けて、澪の力が緩んだ。
その機に乗じて、律は畳み掛けるように続ける。

「それにさ、私だって嫌だよ?澪が私以外のヤツに、胸とか見せるなんて」

 澪は更に力を緩めて、言い聞かせるように言葉を放ってきた。

「本当にそう思っているのなら、私の痛みだって分かるはずだよな?」

「ああ、分かる。本当に悪いことをしたって、思ってる」

 律は神妙な顔で返すと、すぐに別の話へと話題をシフトさせる。
澪の怒りが落ち着きを見せたこの機会を、逃す心算は無かった。

「なぁ、澪。
スナッフビデオの撮影目的で攫ったと、澪はそう推理してたよな?
でもそうだとすると、変だと思わないか?
私達の事情に詳しすぎる。そりゃ、スナッフの標的を選んだら、
その身辺調査くらいはするだろうさ。
ただ、調査の域を超えているし、個人的な事情に立ち入り過ぎている。
多分これ」

 律はその先を続ける事を躊躇ったが、結局言った。

「私達の周囲の人間が組んだゲームだぞ」

 澪も既にそう思っていたのか、顔に表れた驚きは少なかった。

「だとするなら、誰なんだろうな」

 澪は深い溜息を吐く。
律も溜息を吐きたい気分だった。
自分の周囲の人間が、悪意に満ちたゲームを仕組むとは考えたくも無い。
だが現実には、律の浮気を知っている人間なのだ。

(誰なんだよ……。
澪ですら知らなかった私の浮気、それを知ってしまうだなんて……。
それこそ数は限られてくるぞ。そもそも、これ一人の仕業か?
複数人で組んでるとしたら、一体私は何人、大切な人から裏切られるんだよ)

 律の脳裏に、親しい友人や知人達の顔が浮かぶ。
深い情報に触れたという事は、それだけ深く関わっているという事だ。
律は深い関係にある疑いたくない者達にさえ、猜疑の目を向けざるを得なくなっていた。

 そして続け様に、律の溜息を誘う事象が起こった。

「お、おい律……」

 澪に声を掛けられるまでもなく、水面に映った色彩を通じて律には分かっていた。

「今度は何だよ……」

 堪えきれず、律は溜息を漏らしながら視線をディスプレイへと向けた。



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