精液の注入が終わり、しばらくして、さわ子はようやく、顔を上げた。

和「…さ、さわ子先生。ごめんなさい…だ、大丈夫ですか?」

気を遣う和に、さわ子は努めて、柔和な微笑を返した。

さわ子「大丈夫よ。ね?言った通りだったでしょ?」

さわ子の様子は、一見平気なように見えたが、それがかえって不自然というか、無理をしている事が手に取るように分かり、和は居たたまれない気持ちになった。

でも、これで。少なくとも和は、これ以上の辱めから解放されるのだ。

和はさわ子に引け目を感じつつも、それでも安堵していた。

だから、次のカウントダウンが始まったときも、先ほどまでのように取り乱すことは無かった。



3回目のブザー。

カウントダウン。

そして、ディスプレイに映し出される男の写真と、注射器に充填される恐らくはその男のものであろう精液。

和は、そのディスプレイの写真をしげしげと見つめた。

全く持って、普通の男だった。

特に容姿が良いわけでも、悪いわけでもない。中肉中背。まさに絵に描いたような「普通の男」だった。

和は面食いな方ではなかったが、それでも積極的に関係を持とうと思うような男でもないと、半分他人事にそんな風に思った。

さわ子は、器量が良い。

学生時代、周りに同年代の異性が多くいる状況下では、さわ子は常に誘惑の対象だった。

言い寄ってくる男は非常に多かった。その中で、過去に付き合いのあった男性は、その中のほんの一握りの上澄みの男たちだった。

容姿はハンサムで、頭も性格も良い、そんな男としか関係を持ったことがなかった。

つまり、今画面に映し出されているような、「普通」のレベルの男は、さわ子に言い寄ることすらできずにフィルタリングされる層だった。

つまり、その男は本来なら、さわ子には相手にもされない程度のレベルの男だった。

…これからさわ子は、その程度の男の精液を、その胎内に射精される。

早くも、決心が鈍りそうになったが、さわ子はそれを努めて気づかないふりをして、先ほどと同じように「IN」のボタンを力強く押下した。

さわ子「和ちゃん。ボタン押して」

和「あ、はい」

和もそれに従い、「OUT」のボタンを押下した。

これで、数分後には、その男の精液はさわ子を受精させるために、子宮口から直接子宮内に注入される。

前の二人は、考えてみればまだマシだったのかもしれない。

全く望んでいない事とはいえ、プレーンに考えれば、魅力のある男性である事は間違いなかったのだから。

ぞくり、と、さわ子の背筋に悪寒が走った。

今何か、とても重要な事に気が付いたような気がしたが…深く考える間もなく、タイムリミットを迎えようとしていた。


「0:10」

二人は無言で、カウントダウンを見守る。

「0:05」「0:04」「0:03」…

そして。

「0:00」

カウントが0になると同時に、前回同様、「ピー」と無機質なブザー音が鳴り、三回目のタイムアップを告げた。

さわ子「…」

和「…」

ちゅうっ、と、さわ子の子宮に精液が注入される。

さわ子がこの先普通に人生を全うするとして、こんな、何者でも無い男の精液を受け入れることは、恐らく無かったであろう。

屈辱に顔が歪む。頭を垂れ、歯を食いしばり、その屈辱に耐える。

事が済んだ後も、さわ子はしばらく、顔を上げることができなかった。

和「せ、せんせ…」

さわ子「…大丈夫よ。気にしないでね」

和の、気遣うような、哀れむような視線に、さわ子は複雑な感情を抱いていた。

自分は教師で、そして和よりも年長で…自分には和を庇護する義務がある。それは理解している。

今はまだ良い。屈辱的ではあるが、まだ耐えられる範囲だ。

しかし、この先、仮にもっともっと低い層の男が出てきたとして…私はこのまま、この責任を全うすることが出来るだろうか。

そこまで考えて、さわ子はまた、ぞくり、と、背筋に悪寒が走った。

さわ子(ちょっと待って…ええと…今、3回目で…残りのランプが…)

ドク、ドク、と、心臓が高鳴る。

一回目、最初にすべてのランプを消化して、全てのランプが4個になった。

その後、さわ子がIN、和がOUTをそれぞれ2個消化して、ええと…ええと…

はっ、と、和に視線を向けるが、和はきょとんとした表情をして、まだそれに気づいている様子はなかった。

後二回。仮に、後二回これが続いたとして…

そうすると、さわ子のINと、和のOUTのボタンは全て消化される事になる。

もし仮に、その後も続いたとすると、以降は必然的に、一回目と同じ状態になるのだ。

…いや、もっというと。さわ子の選択次第では、恐らく和とさわ子の立場が、完全に逆転する事になる…



「ブー、ブー」

さわ子の思考を遮断するように、ブザーの音が鳴り響く。

制限時間を告げる液晶。注射器に充填される精液。

そして、ディスプレイに映し出された男を見て…さわ子は思わず、ひっ、と、うめき声を漏らした。

腫れぼったい一重まぶた。下ぶくれの顔に、崩れた歯並び。

手入れのされていない、中途半端な長さの頭髪は、見るものを不快にさせた。

それは、明確に、醜い男だった。


さわ子「…う、うう…」

和「…さ、さわ子せんせい…」

…さわ子は、殆ど反射的に、INのボタンをを押下していた。

少しでも思考を巡らしたら、自分がどんな行動にでるか、自信が持てなかったから。

さわ子「…和ちゃん。ボタン、押してね」

和「先生、ごめんなさい…。ごめんなさい」

計らずして、こういった男と触れ合ってしまうことがある。

混み合った電車内や、食堂など…様々なクラスタの人間が十把一絡げに、フラットに押し込められる空間。

混んだ食堂での相席。電車の座席で偶然隣り合わせるなど。

その都度、さわ子は不快な思いをしてきた。

容姿や身なりで差別する事に、後ろめたさがなかったわけではないが、それでも耐えられないものは耐えられないのだ。

さわ子は、本質的には潔癖症だった。

混んだ電車が嫌。混んだ食堂が嫌。人混みが嫌。その根底には、醜い人間を拒絶するという、さわ子という人間の根本的な性質が起因していた。

だから、今ディスプレイに写された男の精液を胎内に受け入れるなど…さわ子には、到底受け入れられることではなかった。

しかしさわ子は、ほぼ義務感だけで、その精液を受け入れる選択を自ら行う。

さわ子は、こうして教師であり年長者である義務を果たしつつも…しかし、その思考の奥底では、冷徹な打算が展開されつつあった。

その事に、和はおろか、さわ子本人ですら、まだ気づいていなかったが…


カウントダウン。

無情にも続く、カウントダウン。

和「…あ、あの、さわ子先生」

さわ子「…ん?どうしたの?」

和「…これ、あと、何回続くんでしょうか」

さわ子「…」

核心とも言える、その発言。

和はまだ、その真の重要性に気づいていなかったが…いや、意図的に考えないようにしていたが、その発言は現在、最も重要な意味を持っていた。

さわ子も、和も、現状を等しく認識していた。

あと一回。

正確には、今回を入れてあと二回。

全ての精液をさわ子が引き受けるのは、それで最後だ。

そこでこのゲームが終わる保証は、どこにもない…


和が今、これほどまでに精神が落ち着いているのは、半分現実逃避していたからに他ならない。

一旦、さわ子に庇護されて以来、和は完全に安堵し切っていた。

何かあっても、さわ子が保護してくれる。

この状況下で、さわ子に出来ることは少ない。それは和も重々承知していたが…

それでも、こうして考えることを半ば放棄することで、何とか精神の均衡を保っていたのだ。

さわ子「…分からないわ」

和「…そうですよね」

それっきり、二人は沈黙した。

そして、無情にもカウントダウンは続き…

「ピー」

そして、射精。

さわ子「…」

この精液の主は、この光景をどこかで見て、あざ笑っているのであろうか。

女性の身体を使って、自分の子供を孕ませるための苗床として、物のように、家畜のように扱って…

ちゅうっ、と、さわ子の胎内に、醜男の精液が注入される。

それは本来ならば、生涯の伴侶の遺伝子を受け継ぐための、女性の最も神聖な行為のはずだった。

会ったことすらない、醜男の遺伝子を、強制的に胎内に注ぎ込まれ…

その神聖なはずの行為は、こうして強制的に、徹底的に辱められた。


さわ子「…そろそろ、終わりかしら」

全く根拠はなかったが、さわ子はそう言った。これ以上は耐えられないと、暗にそう宣言しているかのようでもあった。

和「そうですよね…そ、そろそろ…あっ」

「ブー、ブー」

二人の希望はあっさりと裏切られ、次のカウントダウンが始まる。

さわ子「…」

和「…」

これで、最後。

今回で、さわ子がそれを全て引き受ける事が出来るのは、最後。

和の背筋に、嫌な悪寒が走るのが分かった。

和も心の奥底で、現状のシビアな状態を認識しつつあった。

シンプルに考えるなら、以降は初回と同じように、二人で半分ずつの精液を受け入れる形になる。なるはずだ。

しかし…もう一つの法則性が、単純にそうはならないかもしれないという可能性を示唆していた。

最初の二人は、まだマシだった。

現に、和も一人目の精液は未だ子宮内に注入されたままだったが、その後の男に比べると、だいぶマシだと思っていた。

三人目も、まだギリギリ。当然、嫌な物は嫌だが…それでも。

四人目に比べれば。全然マシ。

そして、五人目の男が、ディスプレイに映し出される。

さわ子「…!」

和「…!」

五人目の男は…直視する事が躊躇われるレベルの醜男だった。

人間の顔としてのパーツは一応一通り揃ってはいたが…だがそれでも、一瞬人間を想起出来ないレベルの顔立ちだった。

二人は今まで生きてきて、このような醜悪な容姿の人間を見たことがなかった。

和「ううぅ…っ!お、おええぇ…」

和が堪えきれず、嘔吐く。逆流した胃液が少量、唇からこぼれ、スカートの上にぱたぱたとこぼれ落ちた。

さわ子は、嘔吐はしなかったものの、完全に血の気が失せて、顔面が蒼白になっていた。

さわ子(こんな、嘘でしょ?こんなのがいるの?嘘でしょ?)

あり得ない。こんなの、あり得ない。

百歩譲って、存在すること自体は良い。

しかし、こんな人間の精液を受け入れるなど…あってはならない事だ。到底、受け入れられない事だ。

さわ子(和ちゃん、ごめんなさい…!わ、私、もう…!)

さわ子は、ついに、OUTのボタンに力を込めて…

さわ子「…」

しかし結局のところ、思いとどまった。さわ子は、INのボタンを押下した。



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