・・・
ハイになっている私は、車のルーフに登る。
紬「星、綺麗だ…」
日本まで続いている空。
その高翌揚した気分のまま、DJのかける曲を口ずさむ。
1曲、2曲、3曲、4曲…。
何時の間にか、何人かが私の車の周りに集まって来て、そしてまたその内の何人かが私の後を追うように口ずさむ。
そして、最後にLove Is The Massageを。
楽しい!
歌い終え、一息を付く。
高校時代のあのとてもマジカルなライブを少しだけ思い出す。
一人が拍手し始める。
それに続くように何人かがパラパラと。
気付くと周りの皆が私に向かって拍手をしてくれている。
え、え、え?!
何時の間に寝袋から起き出したのか、さわ子さんも混じっている。
さわ子さんは、周りの人らよりもずっとオーバーアクションで私を称賛してくれ、さらには指笛を鳴らしたりして、周囲のダンサー達を煽る。
DJは私に視線を送って来る。
私は困惑してさわ子さんを見る。
さわ子さんは舌をペロリと出してウインク。
私は胸を張る。
DJはターンテーブルに新たなレコードを乗せる。
イントロ。
クラシックなディスコ調のロックンロール。
でも、皆を躍らせるスペシャルな一曲。
さわ子さんとダンサー達はイントロが流れ出した瞬間に拳を突き上げた。
"私は耐えている"
"一人の夜を過ごしてる"
"ああ、こんなに君が恋しいのに"
"ずっと、呼びかけてくれるのを待ってるのに"
"一人きりのベッドで待ってるのに"
"君にキスしたいなって思って、待ってるのに!"
・・・
あの日、私と彼女はいつものように出かけ、彼女はいつものように、タブレットを口に放り込んだ。
私は彼女が、自分がどれだけ情け無い顔になるのかって言う事を周囲のダンサー達と競い合うようになってきているんじゃないかと感じていた。
つまり、何となく、彼女のスタンスが気に食わなくてなって来ていたので、当て付けにその日はそれを摂らなかったのを憶えている。
彼女はその事にちょっとだけ不満そうな顔をしたけれど、効きだしてしまえば、私とのそんな感覚の相違さえどこかに飛んで行ってしまう。
その日、彼女とダンサー達に取って不幸だったのは、前日に、近くでオーバードーズで病院に運び込まれたティーンがいて、そして、警察は次に開かれたパーティを絶対に潰してやろうと手薬煉を引いていた事で、要するに夜が更けピークを迎えんとする頃に警察の手入れが行われたと言う事だった。
私は、彼女と別れて車に戻り、スカンクを決めて、カーステから流れるロウなダウンビートに身を任せている所だった。
突然、私の車は明滅する青い光の中に投げ込まれる。
最初、何が起きているかさっぱり分からなかった。
窓が乱暴に叩かれ、私がビクビクしながら開けると、制帽を被った男が車をすぐ動かすように高圧的な口調で命令して来る。
激しく明滅する青い光と男のその高圧的な口調に、私は少しバッドに入ってしまい、運転する事に恐怖を感じたが、何とか周囲の車にぶつけないで動かす事は出来た。
私の作った一台分の車が入れるスペースを通り、回転灯から青い光を放ちながら車は侵入して行く。
その連なるパトカーは、まるで黙示録に描かれた全ての終わりの時に訪れると言う蒼ざめた馬のようだった。
私は何時の間にか横に座っている彼女に気付く。
彼女も警察の突入から何とか逃れる事が出来たらしい。
どれぐらいたったか分からないものの、夜は明けていた。
私達の車の周りを囲んでいたパトカーもその仕事を終え、既に帰路に付いたようだった。
夢の国は消え失せ、住人達も消え失せた。
私達二人は座席から、寒々とした気分でその光景を見ていたのを覚えている。
取りあえず、私達は二本分のジョイントを巻き上げ、残りの全てはトランクの中敷きの下に押し込んで車を発進させた。
車が田舎のでこぼこ道を走っている間、私達の間で交わされる言葉は何も無かった。
家に帰りついても、私達は何の会話も交わさなかった。
いつも同じにしていたベッドでは無く、彼女は来客用のベッドに、私は自分のベッドに潜り込む。
そして、私が目覚めた時には彼女の姿は無かった。
トランクの中敷きの下に隠したブツとともに、彼女の姿は煙のように消え失せていた。
エンディングへと向かうための後日談ときたら実に喜劇的なもので、彼女はその少し後で都市部を襲ったコカインの嵐に巻き込まれたと言う。
共通の友人から聞いた話によって補足すれば、こう言う感じらしい。
伸びきった犬みたいに両手両足を大の字にする形で武装警官に制圧され、懐を探られる彼女。
そして、そこで彼女の懐から見つかったものの前では、得意の無実を装う演技もまるで意味の無いものだった。
コカインのディーリングを理由として、元パートナーが刑務所に放り込まれたと言うエンディング。
そんな風に夏の恋の物語は終わりを迎える。
夏の恋から醒めた。
結局、パーティの時間は終わって私は父の会社の現地法人に就職する事にした。
無難な着地だった。
高校時代に皆で誓った「HTTを続けて行こう」と言う約束を失恋と天秤に掛けて、一人逃げ出した私に相応しい末路。
夏の恋も幻だった。
人々を結びつけるポジティブなヴァイブ?
ただ、Eをやってただけよね。
それが外で通用する訳がない。
Eを摂取して、会場の外に出て街の酔っ払いに「Hallo!」
あはは、きっと酷い目に合わされるわ。
・・・
車のルーフから飛び降りた私とさわ子さんはハイタッチする。
それからハグ。
さわ子「格好良かったわよ、ムギちゃん」
私は、呼吸を整えながらさわ子さんに微笑み返す。
紬「最初は合唱部に入ろうと思ったぐらいですから」
演奏&視姦専門で、ですけど。
それから、私達は再びDJのスピンする曲に合わせて踊る。
チルスペースだった筈なのに、DJはアップリフティングな曲を回し、どんどん上げていった。
私の行動がそのパーティを動かしたのは間違い無かった。
・・・
そんな恋の終わりに落ち込んでいた私を元気付けてくれたのは、やはり私の原点であるあの人。
唯ちゃんのCDを偶然入ったショップで見つけたときは本当に驚いた。
そこは好事家のためのセレクトショップで、新しいもの好きのための音源なども数は絞られているが入荷するようなところだった。
そこでは、アメリカのインディーロックや、ドイツのアンダーグラウンドなダンス、都市部のレベルミュージックなどが無造作に並列的に置かれていた。
そんな中にただ一枚並べられていたCD-R音源。
そんな中から何で分かったかって?
それは、分かるわ。
私の大好きな、一番大切な人の名前だもの。
懐かしい声。
でも、そのサウンドも歌詞も私の知っているものじゃなくて、だから私を打ちのめした。
私も少しばかり色々な世界を覗いたから、その凄みが分かった。
・・・
電話をするのが怖かった私は、裏にプリントされたアドレスへメールを送る。
すぐにメールは帰ってきた。
りっちゃんから。
澪ちゃんも梓ちゃんもいなくて、唯ちゃんの側にいるのはりっちゃんだけ。
りっちゃんは「あはは、ちょっとすれ違いがあってさ…」と、自嘲気味に話してくれた。
その言葉に翳りはあまり無くて、もう新しい道を生きているみたいだった。
きっと、唯ちゃんだけが一人私達の帰ってくるのを待っている。
小雨の中でも、空を見上げて雨が止むのを待つみたいに。
私の呪いの言葉の通りに待ち続けていたのだ。
・・・
さわ子さんは上着も脱がずにソファに倒れこむ。
さわ子「明日起きれるかな…」
紬「ファンデ落とさなくて良いんですか?」
さわ子「意地悪言わないでよぉ…」
さわ子さんはそこまで言葉を発した所で眠りに落ちる。
私は、それを確認して居間を出た。
そして、何をするかと言えば…、あはは、自分の部屋に戻りリズラに手を伸ばすの。
・・・
唯ちゃんがツアーでこっちに来ると聞いた時は、全てを諦めた振りをしていたけど、さすがに心が躍ったものだ。
当然、会う約束を取りつけた。
澪ちゃんはいないみたいだったけど、梓ちゃんは唯ちゃんの元に戻って来ていた。
唯「ムギちゃん!!」
紬「唯ちゃん!」
ライブが終わったばかりのテンションを維持したままに唯ちゃんは、駆け寄ってくると、私をギュっと抱きしめてくれる。
私は、隠していた気持ちがバレてしまわないようにと、少しだけ遠慮がちに手を回す。
唯ちゃんと私はしばらく抱きあう。
梓ちゃんがちょっとだけ、不満そうな顔してるけど、気にしないわ。
私の数年分の気持ちだって、少しぐらい報われても良いと思わない?
唯「ね、ムギちゃん、私、まだこうして音楽やってるよ、ムギちゃんが言った通りに」
紬「うん、凄い…、と思う…」
唯ちゃんは私の言葉に照れたようにはにかみの笑顔を見せる。
それはあの頃と同じ笑顔。
でも、私は唯ちゃんの目の下のグラデーションを描くそれに気付く。
あの娘たちと一緒のそれに。
唯ちゃんのハイテンションも単なるアシッド・ハイ。
だからって、私に何が言えるの?
ねえ、良い治療院を知ってるんだけど、って?
バカみたい。
もう私達全員があの頃と違ってる。
ねえ、私に何が言えたって言うの?
・・・
さわ子「じゃあ、また…、来年かな?」
私は、微笑んで返す。
紬「何時来て頂いても構わないですよ?」
さわ子さんは、苦笑する。
さわ子「そんなに休み取れないわよ」
紬「ふふ、私も首になっちゃいますしね」
さわ子さんは一頻り笑った後に、真剣な顔になる。
さわ子「皆のこと知ってるんでしょ?帰ってらっしゃいな」
紬「なんの事です?」
私は、そ知らぬ顔をしようとして、でも、それに失敗してしまう。
さわ子さんは、少し私を哀れむような表情を作った後で、また笑顔になる。
さわ子「もう、大人だものね、皆もムギちゃんも」
そう言って、さわ子さんはゲートに消えていく。
私は手を振って見送る。
見送る。
見送る…。
さわ子さんがこの遠い国まで来てくれた理由は何となく分かる。
本当に素敵な「先生」なんだな、って改めて思う。
もう、何の責任を持つ必要も無い私達のためにわざわざね。
私達が特別な生徒だったなんて自惚れはしない。
きっと、どの生徒に対してもそうしたんだろうなって思う。
ただ、あのお行儀の良い桜が丘高校に私達ほどおかしな事になってしまった生徒がいなかったと言うだけで。
でも、私はそんな素敵なさわ子さんの助言も聞かず、部屋の隅でリズラを巻いてるばかり。
ふふふ。
どうしてだろう、自分で選択したことなのに、涙が出てくる。
・・・
私は、携帯電話の鳴り響く音に起こされる。
どうやら、車の中で眠ってしまっていたらしい。
携帯のディスプレイが懐かしい人の名前を表示させる。
?「ムギ?」
紬「うん、聞いてる」
?「私達、戻っても良いんじゃないかって思うんだ」
紬「うん」
?「ちがう。そうじゃないんだ。今更に格好付ける必要なんか無い。戻らなきゃ行けないし、戻りたいんだ」
紬「うん」
?「『うん』以外言ってくれよ」
ごめんね澪ちゃん、自分が泣いているのを隠したくて、それ以外の言葉が出て来なかったの。
紬「うん、澪ちゃん…。私も…、戻りたいな…」
澪「戻れるさ、きっとあの場所に」
私は、飛行機の予約をする。
一番大きいトランクに身の回りのものを詰め込む。
リズラやスカンクはもういらない。
勿論、ティーセットは忘れない。
私と澪ちゃんは、唯ちゃん達のいるホテルのロイヤルスイートの前に立つ。
そこには全てがある。
私の全てが。
さあ、覚悟を決めよう。
彼女達を救い出す。
そして、その後に唯ちゃんに告白する。
それからは?
サイコロに任せることに。
どういう結末になろうとも後悔はしない。
私はドアを開くと光の中に飛び込む。
私個人に取って言えば、「友人」に何か良きことを為すのは最高にハイな事で、そしてきっと、世界中の人に取ってもそうなんだろうなって。
それは、ストレート、ゲイ、そしてビアン、あらゆる人種に関わらず、共通する祈りのようなものだと信じる。
そうやって、私達は自分の人生を祝福していくの。
皆の身体に手を回す。
私達五人はあの頃のように一つになるように抱きしめ合う。
私は、そして君は音楽に身を委ね、手を振り上げ、フロアに靴底を叩きつける。
そうね、そうやってダンスは続いていく。
だから…。
“Pick Me Up,I’ll Dance Dance Dance,Dance To The..."
最終更新:2011年10月14日 22:25