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私達のキスはおおよそ三分間にも及び、その間私達は抱き合い、制服越しにお互いの体温を感じ合った。

空調の効いた図書室とは言え、西日の差し込む窓際でのその行為は、私達を激しく汗ばませ、そしてその仄かに立ち上る汗の匂いがまた私達をより高ぶらせ、私はすぐに二度目のキスをせがむ事となった。

今でもしばしば考えるのは、もし彼女がその場で違う対応、例えば私を「変態」呼ばわりしたりとか、人を呼んだりとかしていたら、どうなっていたかと言う事だ。

おそらく、二度とそう言う行為を試そうとは思わないか、もしくは、その後何年にも渡って、いや未だにそれを試す事も出来ず悶々とした人生を送ったかもしれない。

そして、今と言う地点から巻き戻して見れば、その方が良かったのかも知れないと思う部分もある。

だが実際には、そのキスとそしてそこから地続きのセックスは、マジカルで、それはその魅力を持って、私を一瞬にして虜にしてしまったのだ。

・・・

一般的な話をすれば、自分のセクシャリティを積極的に公表する人と言うのは、今この時代でも尚稀な事だと思う。

それが、セクシャルマイノリティに属するようなものであれば尚更の事で、表面的には無いものとして扱われている。

そして、世間的な風当たりと言う面から考えても、決して暖かなものではない。

だが、こうした私を取り巻く周囲の環境にも関わらず、私は同性愛者としての生活をこれ以上無い程に満喫する事が出来ていた。

中学の時、私がパートナーとした女の子の人数と言うのは、ざっと数えるだけでも、両手の指の数を優に超える。

私はその頃、ストレートな娘がパートナーを手に入れるよりもずっと簡単にそのパートナーを手にしていたのだ。

その理由の一つとして、私が当時通っていたのが、上流階級の子弟ばかりを集めた女子高と言う事にある。

それぐらいの年齢で、かつ同性のみによって構成される社会では、同性相手に擬似的な恋愛感情を持つと言うのは決して珍しい話では無い。

その仕組みに関して説明するならこのような形になると思う。

同年代少女ばかりの狭い社会において、異性間の交流を規制すれば、それはすなわちロールモデル、指導者の不在をも意味し、異性間の恋愛をより困難なものにする。

とは言っても、人の性愛を求める心性と言うのは留められるものでは無く、故にそこでは、女の子同士は互いを共犯者として仕立て上げ、自分たちの中に対象を作り上げ、擬似的な恋愛共同体を稼動させる。

共犯者達は『唯一の活路として、一つの禁断の世界を組織する事を受諾する。そこで生きる事を受諾する』と言う訳だ。

そして、私はその秘密の世界を誰よりも上手に生き抜く術を知っていた。



つまり、学校は私のセクシャリティとそれに付随する欲望をカモフラージュするのにはもってこいの環境で、私はそれを利用して相手を調達し、その性的な欲望を思う存分満足させることが出来たのだ。

・・・

紬「おはようございます、さわ子さん」

さわ子「おはよぉ…」

さわ子さんは、眠そうな目を擦りながら起きて来る。

紬「朝食用意出来てますよ」

さわ子「ありがとぉ…」

私は、さわ子さんが席についたのを見て、ご飯を茶碗に盛り付ける。

さわ子「おお…、この日本から遥か離れた地でふっくらツヤツヤで立ってるお米に出会えようとは…」

紬「ああ、日本からまとめて送って貰ってるんですよ」

さわ子「それにしたってよ?」

さわ子さんがあまりに感動して見せるので、私は少し恥ずかしくなってしまう。

さわ子「嫁に来ない?」

また、ジョークですか?

紬「あ、えっと…」

さわ子「冗談よ、冗談」

紬「ですよね~?」

さわ子「りっちゃんの真似?」

紬「似てます?」

さわ子「どうかしら?」

ええ、さわ子さんのさっきの問いも昨日と同じようにほんの冗談で、だから私はそれに冗談で返すの。

・・・

さわ子「ムギちゃん、決まってるぅ!」

さわ子さんは、支度を終えた私の格好を見てまた、本気か冗談か分からない大袈裟な賞賛を私に浴びせる。

私もお返しにさわ子さんの格好を褒める。

紬「さわ子さんのガムブーツも良い感じじゃないですか」

さわ子「ふふん、これ別注でスネーク型押しなのよ」

紬「トップスは、えっとヘンプ素材ですか?」

さわ子「そう、一応中綿はプリマロフトなのよ。ちょっと、大袈裟だったかしら。こっちの夜は寒いって聞いてたから」

紬「用意するに越したことないですけど、まあ、本当に寒ければ向こうでも露天の人たちが色々売ってますし、車の中に戻るって手もありますから」

さわ子「お、経験者は語るって感じね」

紬「うふふ、私も最初のフェスに別荘ルックで行ってた頃とは違いますから」

さわ子さんは改めて、私の全身を繁々と眺める。

さわ子「足元はスニーカーかぁ。どっちか迷ったのよねぇ」

紬「そこは機能よりも合わせ重視で、やって見ました」

さわ子「そっか、ムギちゃんパンツはバギーだもんね」

私はちょっと、いたづら心を起こしてお返しする。

紬「さわ子さん、動き辛くないですか?」

さわ子さんは、ふふんと笑って私の反撃をすかして見せる。

さわ子「ムギちゃん綺麗になったけど、まだまだ子どもねぇ」

紬「そうですか?」

さわ子「女のファッションは心意気なのよ。一つのスタイルなのよ。例え少しばかり動き辛くても、お尻がきつくてもスキニーをブーツインして見せる」

紬「なるほど」

さわ子「あんまり、真剣に聞かないで。単にケイト・モスを見て野外フェスはガム・ブーツだって思っただけだし」

私は、さわ子さんに少しだけやり返したくなってもう一回だけ、教えを請うような真剣な表情で言ってやった。

紬「なるほど、女の道の勉強になります…、っぷ」
…、そのつもりだったけど、どうも噴出してしまってその目標は達成出来なかった。

さわ子さんも私の目論見が失敗したのがおかしかったようで、一緒になって笑い出す。

・・・

さわ子「あの車で行くの?下擦っちゃわない?汚れちゃわない?リセールバリューが下がっちゃわない?」

さわ子さんは心配してくれているようだ。

何か余計なところまで。

でも、それに関してはまったく心配がない。

紬「いえ、今回は…」

さわ子「まさか、別の車?!まさかの二台持ち?」

さわ子さんは大袈裟に驚いて見せる。

でも、ガレージを見たらその驚きは消し飛んでしまうに違いない。

私のあのこう言う時専用の「ロックモービル」を見たら。

・・・

さわ子「…、なんて言うか…、随分と…、使い込まれた…」

紬「ええ、ルームメイトが出て行く時に置いて行った車ですから」

さわ子「途中で止まったりしない?」

紬「一応、機関は年二回きっちり見て貰ってますから」

さわ子「買い換える方が安くついたり…」

紬「何か愛着が湧いちゃって…」

さわ子さんは何か探るような目になる。

紬「あ、いや、ルームメイトのことも含めてさわ子さんの期待するような話は何も無いですよ?」

さわ子「ぶー。良いじゃないちょっとばかり勘繰ってみたって」

紬「さわ子さんは全てをそこに繋げようとし過ぎですよ」

さわ子「ムギちゃんも、あと数年したら分かるわよ」

さわ子「今から考えてみたら、あの頃はまだ甘ちゃんよ。ほんのねんねだったのよ」

私は、さわ子さんの遠くを見るような目に負けて、言葉を中断させた。

紬「じゃ、じゃあ、行きましょうか」

さわ子「なによぉ、異国の地で少しぐらい黄昏てみたって良いじゃない」

紬「まあまあ、続きは車の中でお聞きしますから」

私は、さわ子さんを車の助手席に押し込む。

それから運転席側に回り、私がドアを開けようと手を掛けると…、



鍵は閉められていた。



そして、さわ子さんは鼻の頭に皺を寄せてニヤリと笑う。

これが、丸頭の子がでか鼻の女の子に説いて見せた愛と言うものなのかしら?

愛?

さわ子さんが私に?

ほんの冗談。

お互いに冗談を仕掛け合うだけ。

・・・

荒れた農道からのキックバックを押さえ込むために、パワステ無しの重いハンドルと格闘する私に、さわ子さんは少しだけ、ほんの少しだけ心配そうな感じで声を掛けてくる。

さわ子「そう言えば、チケットは大丈夫なの?」

紬「さわ子さんともあろう人が、愚問ですよ?」

さわ子「あれ、私何か変な事言った?もしかして、私が用意するって話だった?」

紬「私、こっちに来てフェスに参加料なんか払ったことないんです」

さわ子さんは私の言葉に含まれた真意を探ろうと、私の横顔を見つめる。

紬「別に父の会社が主催企業に名前を連ねているとかそう言う事じゃないですよ?」

さわ子さんは、少し悩むような表情を作る。

紬「こう言うのはですね…」

さわ子「こう言うのは?」

紬「塀を乗り越えて入っちゃえば良いんです」

さわ子さんは小鼻を一瞬膨らませて…、少し興奮したような声を上げる。

さわ子「ああ…」

紬「それがロックンロールの理想ってものじゃありません?」

・・・

私は最初の成功以後、私がキュートだと感じる生徒に片っ端から声を掛けて回った。

勿論、全員が全員私の誘いを受けてくれる訳では無かったが、こう言うものは何と言うか理論より経験なので、だから片っ端から声を掛けて回ると言う私の判断は結果的に正しくて、つまり私は短期間のうちに上手に誘うコツのようなものを身に付けてしまっていた。

私が話しかけ、探りを入れる。そこで相手の反応から、「誘い」に乗って来るかを瞬時に判別する、そんな能力をだ。

先ほど述べたように、彼女らもまた私と同様に「飢えて」いたので、彼女らはかなりの高い確率で私のその「誘い」に喰い付いて来た。

私はその体験がいかに気持ち良かったかと言う事、男の子とのそれのように次の日まで続くような「変な感じ」を残さない事、そして「肉体的には何ら汚れる事が無い」と言う決め文句をオブラートに包みながらも事細かに語って見せた。

そして、そこに相手が拒否感を示さなければ、続けて女の子がどうすれば気持ち良くなるかを知り抜いている相手にされる事がいかに最高かと言う事を説明した。

紬「ねえ、貴女はそんな経験ってした事あるかしら?」

後輩「無いです…」

後輩は私の表情を伺う。

私を見上げるその瞳は、私からの次の一手への期待に潤んでいる。

つまり、分かりやすく言うと私の目論見は成功したのだ。

こうして私は同性による不特定多数との性交と言う独自ブランドの開拓者として、その学校を開拓し続けた。

だが結局、このブランドが私に内部進学を断念させ、桜が丘女子高等学校と言う偏差値レベルから言ったら、私が通っていた学園の高等部からは少し劣る高校へ進学させる事となった。

これに関して説明するなら、勿論当時の年齢的なものを考慮に入れたとしても、私の無思慮に過ぎる快楽主義は周囲の人間関係を解き様が無いほどに複雑に絡み合わせてしまったので、そこからの逃亡を選択せざるを得なくなったのと言う事だろうか。

・・・

私とさわ子さんは車を田舎道の脇に止めると、生垣を乗り越え、鳴り響く音を頼りに一直線に張られた金網の方へ向かう。

何百エーカーと言う会場の周囲を完全に覆う事の出来る塀や金網なんてものは存在しない。

どこかに、途切れる箇所が出来てしまうし、そうでなくても…。

さわ子「あ、あったわよ!ムギちゃーん!」

金網の周囲を探っていたさわ子さんが私の名を呼ぶ。

そう、別に態々金網が途切れる箇所を探さなくても、誰かが金網に穴を開ける。

それは、愛と音楽と自由への道。

そうやって、私達は突破して行く。

・・・

桜が丘高校に入学した私は、また同じ事を繰り返す訳にもいかず、その上、以前の学校とは大きく違う環境であったため、どう振舞ったら良いかも分からず、右往左往して結局何も出来ない日々を過ごす事となった。

父母にとっては私の桜が丘への進学は大いに不本意であったと思われるので、私がそこで他の学生の色に染まらないように、同級生達と距離を取る生活を送るのは、望ましいものであったのだと思う。
お目付け役の斉藤の方は、以前のようにやたらとハイテンションでリムジンに乗り込む私を諌める必要が無い事を、どうにも寂しがっているように見えた。

周囲に溶け込めない状況。

そこから来る憂鬱さを家に持ち帰るのも、父母の意図通りになってしまっているように思えて何だか癪にさわったし、斉藤の寂しそうな表情を見続けるのもあまり気分が良いものでは無かった。

紬「そう言えば、積極的だったのって、音楽系の部活の子が多かったのよね…」

斉藤「お嬢様?」

紬「何でも無い」

斉藤「そうでございますか」

紬「耳聡い」

斉藤「何かおっしゃりましたか」

紬「いーえ、何も」

斉藤「そうでございますか」

紬「そう言えば…」

斉藤「はい、なんでしょう」

紬「部活を始めようかと考えているんだけど…」

斉藤「…」

紬「何か問題あるかしら」

斉藤「いえ、良いアイデアかと思います」

紬「音楽系の部活が良いと思うんだけど、何が良いかしら」

斉藤「私には、何とも」

紬「つまらないの」

斉藤「申し訳ありません…」

紬「そうね…、!」

私は、その時ふいに閃いたのだった。

私の弾くピアノに合わせて女の子が歌う姿と言うのは、中々に官能的な事なのでは無いかと。

背をしゃんと伸ばして、お腹に力を入れて発声する女の子たち。

とても美しい光景。

紬「そうだ、合唱部が良いわ、そう思うの」

斉藤「ええ、良い考えだと思います」

紬「そうよ、そうよね」

・・・

結論から話せば、私は合唱部には入らなかった。

と言うのも、何故だか分からないけど、間違って入ってしまった音楽室を占拠していた二人組から軽音部と言うものに誘われたてしまったからだ。

少し迷ったけども、それまでの私にまったく縁の無かったロックンロールと言うものに興味を惹かれて、私はその誘いを受け入れた。

勿論それだけでは無くて、そう、そこに何がしかの性愛が無かったなどとは間違っても言えない。

つまり、りっちゃんも澪ちゃんもすっごく素敵な女の子だった。

この娘たちと仲良くなりたい。

まず、それがあった。


でも、それはそれまでの感覚とはちょっと違っている。

ただ、その場で身体を重ねあわせるだけでなく、一生その関係性の中で生きていきたいとまで思ったのだ。

だから、私は二人の誘いを受けいれて軽音部に入部した。

思うに私は、その日恐らく生まれて初めて「友人」と言う人間関係を得たと言って良い。

・・・

たとえ同性愛者であっても、家族や友人を持ち何らかの共同体に属して生きると言う事は当然欲するところである。

中学時代の私は、小学生より持ち上がりで当たり前のようにあったその周囲の環境のためか、そう考えた事が無かった。

だが、高校生になり、誰も知り合いのいない環境に放り込まれたことで、そこで初めて私はその重要性を実感する事となり、そして共同体に属していないと言う孤独感が私の足をあの音楽室へ向けさせた。

中学時代の私ときたら、あのような環境が永続的に続くと思っていた。

あのような環境とは、ストレートの女の子をハンターである私が、生物学的頂点として一方的に狩る狩猟場としての人間関係と言う事だ。

今にして思えば、それはその頃私が自覚していなかった孤独や疎外感の裏返しだったのだと思うが、私は彼女らを獲物としてしか見ていなかった。

単なる性欲の捌け口でしかなかった。

友人では無い。恋人でも無い。

そんな同級生達に遠慮容赦は必要ない。


今にして見れば、私はりっちゃんと澪ちゃんと出会って初めて自分の心の住処を見出す事が出来たのだと思う。


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