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 それから数週間後、家で勉強をしてた休日の時だった…

『和ちゃん!お姉ちゃんが…お姉ちゃんの意識が…!!』

 憂の電話を受けて、私はすぐに病院に向かった。


 入院中の唯の病室、そこには唯のご両親と憂がいた…。

「お姉ちゃん…っ! お姉ちゃん……!!」
「唯…!もう、大丈夫かい?」
「唯…本当に…良かった…」

「お父さん、お母さん…憂…心配かけてごめん。」

「いいの…! お姉ちゃんが元気になってくれたのなら…私…私…!」

「すまなかった…こんな大事な時でも仕事仕事で…唯や憂にどれだけ寂しい思いをさせていたことか…!」
「お母さん、海外の仕事はもうやめだ、今後こんな事がないよう、僕達は日本で唯たちと一緒に暮らそう…」
「あなた…ええ、そうね」

 ……………。


唯と憂は、たぶん世界一の幸せ者だろう…。
 こんなにみんなから…両親や妹から愛されていて…不幸なわけがない…


 私も、唯に駆け寄ってみる。

「唯…!」
「あ、和ちゃん~~♪」

「馬鹿っ…!みんな…心配したのよ?」
「あはは…ごめん……」

「まったく…この子は……!」

 照れ隠しの叱責を終え、私も唯に駆け寄る。

 そして、包帯に巻かれた腕に気を付け、優しく唯に抱きついてみる…。

「あははっ、和ちゃんから抱きついてくれるなんて、初めてだね~♪」

 今までと変わらない笑顔で唯は微笑んでくれた…。
 その笑顔を見て、心の底から私は言うことができる…

「おかえり……唯…。」

「うん…ただいま、和ちゃん」


「唯~~~~~!!!!」

 病室の扉が開き、律達軽音部のみんなが病室になだれ込んできた。

「心配かけやがってこの…この~~!」
「唯ちゃん、これからは私の車で送り迎えするから、もう絶対にあんな事にはならないようにするからねっ!」
「これ、クラスの皆からの千羽鶴、勉強の合間縫って折ったんだ。」
「唯先輩…本当に…本当に…良かったよぉぉ……っ!」

「りっちゃん、澪ちゃん、ムギちゃん…あずにゃん…みんな、心配かけてごめん…でも、もう平気だよっ!」


 そんなみんなの声に一言、ふんすっと…お決まりの笑顔でみんなに笑いかけていた。


「平沢唯さんのご家族の方で宜しいでしょうか…?」

 医師の先生が、真面目な顔で唯たちの両親に話しかける。

「先生、この度は娘の命を救って頂き…ありがとうございました!」
「先生…!あなたは娘と僕たちの恩人です…本当に…本当にありがとうございました!!」
「いいえ…急患を救うのは医師として当然です…それで…娘さんの事でお話が…」

 そうして、憂とご両親が医師に連れられていくのに、おそらく私達は気付いていなかった。


 …この頃の皆には想像もできなかった…。
 まさか事故の後遺症で、唯の腕が二度と動かなくなるなんて…ここにいる誰が想像できたものか……


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 唯の意識が戻ってから数日。

 唯も含めた全員がその話を聞いて、固まっていた。


「お姉ちゃん……っ…っっっ」
 元から話を知っていた憂は、唯の傍ですすり泣いている…

「…嘘……だろ?」
「唯の腕が…もう二度と…動かないって……?」
「…あはは、唯先輩のご両親も、冗談が好きなんですね…!」
「そ…そうよ、でも、今のは少し冗談としてはナンセンスだわっ」
「そ…そうだよな、同じ冗談なら、私の方がもうちょい笑えるって!」

 …みんながみんな、その話を冗談として笑い飛ばしていた。私も、そう笑えるのならそうしたかった…

 でも、私は知っていた…唯と憂のご両親は、こんな性質の悪い冗談を言うような人では決してない…。

「ごめんなさい…でも、これは事実なの…」

 唯のお母さんが、とても悲しい声で『現実』を私達に告げる。



――――――唯の右腕は…もう二度と…動かない……そうです……――――――

…事故の際、唯はスピードを出していた車のタイヤに右腕が巻き込まれた。

 勢いに引きずられ、全身と頭を強打しても尚、奇跡的に一命は取り留めたが。肩から腕にかけての腱と神経が完全に切れてしまったと、医師の先生が言っていたそうだ…

 骨が折れた程度であれば、数か月のリハビリで完治も出来る…だが、神経と腱が切れてしまっては…二度と動きはしない…

 医師並に人体に詳しくない私でも、そのぐらいの知識はあった。


「……じゃあ…もう唯は……ギター、弾けないんですか…?」
「…唯ちゃん…やっと元気になってくれたのにそんな……そんなのって…ない……っ!」
「私…嫌ですよ……?まだ、先輩には教えてないコード…いっぱい…いっぱいあったんですよ?? それが…もう……できない……なんて…………………。」


 私もショックを隠し切れない…。
 病室にいるみんなが、涙を流し…ただ泣くだけしかできなかった…。


 …もう二度と、唯の腕がギターを鳴らす事はない。
 唯が講堂でギターを弾き、皆を感動させる演奏をすることは…もうない…

 高校に入り、何かをしなきゃあれこれと悩んで見つけ、そして、大切な仲間とギターに巡り会えた軽音部。
 そんな軽音部を…唯は、誰よりも愛していた。
 その軽音部で…もう……唯はギターを弾くことが出来ない………

「…………………。」
 唯は、ベッドに俯いたまま、涙をこらえていた。

 そして、ぽつり…ぽつりと、声を上げる…。

「そっか…あははははっ…それは…困ったねぇ…」
「でも、私…大丈夫…だよ。」
「ギー太に触れないのは残念だけど……音楽できなくても…みんないてくれるしさ……!」

「覚えは悪くてあずにゃんやみんなには迷惑かけっぱなしだったし……もともと…私に才能なんて……っっっっ!!!」


 嘘だ。

 唯が強がりを言っているのは誰にも分かっていた。

 でも、この場の誰に、唯の心に触れられるだろう…
 誰が、唯の心を救ってやれるだろう……。

 誰も、いるはずがない…
 同情や慰めならいくらでもしてやれる…けど…。
 大好きなモノを永遠に奪われた…その唯の気持ちに…誰が触れられるというのか…!


 それが分かっているから…誰にも…唯の言ったことを間違いだとは言えなかった…

 それは心が冷たいからではない…
 本当に唯の事が好きだから…唯を誰よりも愛しているから…言えないんだ…。生半可な言葉がどれだけ唯の心を傷つけるかを…知っているから…。


「先輩…っ……!いやですよ…私…唯先輩がいない軽音部なんて……っ」
「私嫌だ……唯がいない軽音部なんて…そんなの絶対に嫌だああぁぁ…っっ…」
「斉藤…! すぐに世界中の医者を日本に呼んで……! 待っててね唯ちゃん…! すぐに世界最高の医者を呼んで…腕を…なお…し…て…あげる…から……っっっ」
「ムギ……っっむぎ……っ…!」
「…澪……ちゃん…っ!」

「もう…いいよ……みんな……ありがとう……」

 俯いたまま、唯は言った…。
 目の色は光を失い…、顔色が酷い…

「ごめんね…みんな…………私…少しだけ…一人になりたいんだ……」
「お姉ちゃん…私、そばにいるよ…?」
「ごめんね…憂……少しだけ……少しだけ…だから……っっ」 

 絶望に打ちひしがれた私達に…唯にかけてやれる言葉は見つからなかった……。
 今日ほど自分の無力感を感じた日があったであろうか…

 みんなと共に、私達は病室を抜ける…

 その時、聞こえた…嫌というほど耳に入ってくる…唯の嗚咽…

 「――――ぁ…あ……っっ…あ…っっぁぁぁっっ!!!!」
 「っっっっ……!!ギー太ぁぁ…みんなぁ…ごめんね…ごめんねぇぇぇぇ……っっっ!!!!」

 病室から聞こえる嗚咽が…静かな病院に響く…
 それはまるで、唯が無力な私達を罰しているかのよう…
 この時、この場の誰もが、自分達の無力さを呪っていた……。

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 唯のご両親からのお願いもあり、私達は帰ることとなった。

 本当はずっと唯の傍にいてやりたかった…でも、唯からの頼みというのもあり…その日はそれでお開きになったのだ…。

 その帰り道…私は憂と公園にいた。

「お姉…ちゃん…っ…! おねえ…ちゃぁぁん……っ!!」
「…っっっ……! 憂……唯………っっ!」

 いくら泣き叫んでも…何も変わらない…
 そんなこと分かっているのに…涙は尚も溢れてくる……

 …どうしようもない、奇跡でも起こらない限り…私達に唯は救えない…
 神様というものがいるのなら、なんて酷い事をするんだろう…

 唯が何をした…
 あんなに一生懸命に…ただ音楽が好きなだけの、普通の女の子の唯が…何をしたっていうんだ…!!

 この世界は不条理だ…
 唯のように真面目に生きてる人間があんなに苦しんで…私のような平凡な子供が…何の苦労も知らずに図々しく生き永らえていて……

 そんな、人の世の理に絶望していた時だった。

――その子を助けたい…?


 どこかから声がする…

「…今、誰か何か言った?」
「うん…私にも聞こえた…」

――こっちこっち、キミたちの上だよ…

 言われるがままに顔を見上げてみる。よく見ると、木の枝の上に、白い猫のぬいぐるみのような、赤い目をした生き物がいる。

 その生き物は枝から飛び降り、私たちの前に寄ると…。


――その子を助ける方法なら…あるよ

 口は動いていないが、その生き物は確かに私達に話をかけている。
 若干気味は悪いが、唯を助ける方法があるというその言葉に、私達は食いついていた…。

「唯を助ける方法…ですって?」
「その方法を使えば…お姉ちゃんは、またギターを弾けるの…?」

 憂が驚いた顔でその生き物に問いかける。

――うん、その子がまた音楽を奏でられる方法を…僕は知ってるよ。

「どんな…方法?」

――教えてあげるけど…その代わり、キミたちさ…

 その生き物が、口をかすかに上げた…気がした。
 そして、意味深な言葉をつなげる…


――僕と契約して、魔法少女になってよ!


…そして、私達の日常は狂って行く。

 今思えば、その時に気付くべきだったんだ…でも…。
 その頃は、私や憂の…みんなの日常が、この生き物に壊されていくことになるなんて…。

 唯の事で絶望していた私たちに気付けるはずなんて…なかった……

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   幸せというものは、何かを犠牲にして得られるもの
   幸せというものは、誰かの不幸の上に成り立っているモノ

   シアワセというモノハ、永遠には続かないモノ

   シアワセとイウモノハ……気持チイイコト……!!


「…あはは……あははははっっっっっっっっっ!!!!」

「あーーーーーっっっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!」

魔法少女のどか★マギカ 終