最初から最後まで鬱展開&鬱エンドです。
この物語に救いなんてありません。

覚悟完了?



   幸せというものは、すぐ身近にある筈なのに気付けないもの。
   幸せというものは、失ってからこそその価値に気付けるもの。

   シアワセというものは…ある日突然消えて行くもの…

そんな世界の理を理解するのに、高校生の私たちはあまりに幼すぎたのかも知れなかった…

―――
――

 唯が事故に巻き込まれた。

 私が澪からその話を電話で聞いたのは、生徒会の仕事を終えて一人、夕暮れに燃える下校道を帰る途中の事だった。



 「すぐに行くわ!病院は…!?」

 電話越しの澪は嗚咽交じりに病院の名前を叫ぶ。
 はっきりとは聞き取れなかったが、ここらで病院と言えばそこぐらいしかないし、ここからならそう遠くもない。

 手近なタクシーを拾い、私は病院に駆けつける…。

 嘘だ、唯が事故に巻き込まれて重体だなんて……
 そんなの…絶対に嘘だ………!!!


――――――――――――――――――――――――――――――

病院に着き、みんなと合流する。

 『手術中』のランプが光る部屋の前、そこにみんながいた…。


「律…律……唯が…唯がぁぁ…あっ…あっっ!…」

「…唯……。唯…嘘だろ……なぁ……? さっきまでお前…あんなに元気だったじゃん…っっなあ!! 唯!! 聞こえてんだろ!? 唯ぃぃ!!」

「神様……!! お願いします…!! お願いしますっ…!! 唯ちゃんを……助けてください…っっ。 ―――お願い…します…!!」

 澪や律…軽音部の…唯の仲間が、その部屋の前で泣いていた…。
 それを見て私は嫌でも現実を直視しなければならなかった。
 ああ、唯は。確かにそこにいるんだ…。
 その重々しい部屋で今…生きるか死ぬかの瀬戸際にいるんだ……。

――――――――――――――――――――――――――

 みんなが泣いてる中でも、私だけは何故か冷静だった。
 泣きたいのに涙一つ流れない…。
 それは心が壊れているのか…それとも、未だにこの現実がどこか違う世界の事に見えているのか…

 私はまだこう思っているのだろうか…

 そこにいるのが唯じゃないことに。
 唯は本当は無事で、今からでもその部屋から…冗談だよ~と舌でも出して元気に出てくるのだと…
 そんな、ありもしない事を期待しているのだろうか…。

 自分が何を考えているのかがよく分からない…

 『手術中』と光る無機質なランプがただ、廊下に佇むみんなを照らしていた…


―――
――

「イヤーーーーーッッッ!!!!!!」

 耳をつんざく金切り声が廊下にこだまする。

 全員がその声に振り向くと、友達二人に抑えられた憂が真っ赤な目で吠えていた…。

「憂ッッ!!落ち着いて…!!」
「二人とも離して!! お姉ちゃんは私が助けるの…!! 離してよ…ねぇ……ねえってばっ!!」
「憂!やめて…憂ってば!」

「純ちゃん…梓ちゃん…私の邪魔をしないで……私がお姉ちゃんを助けるんだ…私が……お姉ちゃんを守るんだ……!!」

「お姉ちゃん待っててね…! 私がすぐに行くから…私が…わたしが…!!」

 友達二人の静止を振り切り…憂は手術室のドアを叩く。

 ガンガン…ドンドンと、耳障りな音が廊下に鳴り響く…

「開けてよ…このドア開けてよ…!! 私をお姉ちゃんに会わせてよ!!! ねえ!!!」

「ちょっとあなた! 今手術中なのよ!!」
 騒動に気付いた看護婦さんが憂を止める。
 それでも憂は看護婦さんの静止の声を無視し、ドアに向かって叫び続けていた。

「離して!! お姉ちゃん…!!! 私が行くから……私が…ッッ!!」

「……………。」

 私は黙って憂に近付き…

「………っ!」

――パシンッ!!

 そして、半狂乱に叫ぶ憂の頬を打った。

「和…ちゃん……?」
 叩かれて紅くなった頬を抑え、憂が私を見る。

「憂、いいかげんになさい、そうやって叫びたいのはあなただけじゃないのよ…」

「和…」
「和…ちゃん…」
 みんなが心配そうに私を見る。
 私が誰かを叩くなんて柄にもないだろう…
 でも、そうでもしないとこの子は…いつまでも叫び続けているだけだ…。

 この子の邪魔で唯の手術に支障が出たら…それこそどうしようもない…!


「……でも…でもぉ……っっ!!」
「憂…唯の強さを信じましょう………あなたは、平沢唯の妹でしょう…?」

「和…ちゃん……!!和……ちゃんっっ…!っう…ぅうぅぅぅ……!!」

 憂を抱きしめる…
 私の中で憂はひとしきり泣き…ようやく落ち着きを取り戻してくれた。


「すみません、お騒がせしました…。」
「いいえ、お気持ちはわかりますが…他の患者さんもいるので、病院内ではお静かにお願いします…」

 看護婦さんに一言詫びて、私はみんなに向かって言う。

「…みんな、唯を信じましょう。大丈夫よ、必ず唯は助かるわ…」

 そう、根拠もない事を言い残して…

「それじゃ私…待合室に戻ってるから…」

 私は病院のロビーに戻っていった。

 戻り際に後ろを振り返る。

「唯先輩…私…もう先輩が音楽室散らかしても、練習しなくっても絶対に怒ったりしませんから…帰ってきてください…お願い…します……っっ」
「お姉ちゃん……無事に帰ってきて…お願い……っっ!!」

 手術室の前では、みんなが唯の無事を祈っていた…。


――――――――――――――――――――――――――

 缶コーヒーを片手に、ベンチに座って時を待つ。

  『和ちゃ~ん、また一緒のクラスだねぇ~~♪』

  『とりあえず、軽音部ってところに入ってみました!』


 こんな時に限って頭に出てくるのは…唯との思い出の数々だった…

 冗談じゃない、こんな時に何をそんな不謹慎な事を考えているんだ…私は……!!

「唯…どうか……助かって…お願い…!!」

 頭の中に浮かぶ思い出をかき消すように…空き缶を握りしめる…


……………。

 どれだけの時間が過ぎただろうか、ぼうっとした頭の中で唯の事を考えていた時だった。

「…真鍋さんっ!」

 私を呼ぶ声が聞こえる。
 ふと声の主を確認する。
 病院の入り口には誰かが呼んだのだろう。息を切らして、担任の山中先生が駆けつけてくれた。

「山中…先生…」

「…ひ、平沢さんの状態は…!?」
「今、手術を受けています…詳しい事はまだ…」
「そう……」

 私は現在の唯の状態を簡単に先生に伝える…。

そして…

「真鍋さんも…大変だったでしょう。」

「辛かったら…今は…泣いてもいいのよ…」
「山中…先生………」

 先生の腕が優しく頭を撫でてくれる……

 もう、限界だった…


「先生……先…生…っっ!!」

「…っ……せん……せい……!! あ…ぁぁぁっっ!!」

「…………………」
「……偉かったわね、よく今まで冷静に頑張っていられたわ…。」
「すごく立派よ、真鍋さん…。」

 そう、私を励ましてくれる先生の胸の中で…
 私は…大粒の涙をこぼして…泣いていた……。

それから私は、時間がたつのを…唯の手術が終わるのを待っていた…

 涙は一通り流したし、もう平気だ。
 落ち着きを戻した私は、みんなのところに向かおうとする。

 その時。

「よ、お疲れ和。さっきはかっこよかった、さすがは生徒会長だねぇ」

 律と先生が揃ってロビーに戻ってきた。

 吹っ切れたのか落ち着いたのか、律もさっきまでとは違い、普通の顔に戻っていた

「一応私も部長だから、和を見てたら泣いてばかりもいられないなって思ってさ…」
「それに、いつまでもみんなが泣いてたらさ。唯だっておちおち寝てられないっしょ?」

「律は強いのね……」
「そんな事ないよ、でも、いつまでも泣いてばかりいられないだろ?」

「そう…ね、澪は?」

「ムギが送ってった。今日はムギの家に泊まるんだって。」

「唯ちゃんの手術は、明日までかかるんだそうよ。だから、あなた達も早く帰りなさい。」

 明日…か。
 授業が終わったらすぐに向かおう。

「分かりました…その、憂は…」
「梓と純ちゃんが慰めてる…今は唯から離れたくないんだってさ。」

「後で私が説得して帰しておくわ。ご両親には私から報告しておいたから大丈夫よ。」

「外にムギの車が止まってるからさ、それに乗ろう」
「ええ…それでは先生…憂の事、よろしくお願いします…。」
「ええ、任せなさい。」

 胸を叩き、笑顔で返す先生。
 頼れる先生だ…
 この時ほど、この先生の事を尊敬したことはなかったのかもしれない…

―――
――

「それで…どうしてあんなことに…」

 帰りの車の中で私は、唯が事故にあった原因を聞く。

「それがさ…」
 ぽつりぽつり…と、一部始終を見てた律が説明を始めてくれる。

「唯のやつさ、下校途中に猫を見つけたんだ。」
「捨て猫だったみたいで、あいつ可愛いの好きだからさ…」
 それだけ聞いて…なんとなく察しがついてしまった…

「でも、唯が抱いてた猫が急に道路に飛び出して…」

「…い…嫌っ…!」
「澪ちゃん…」
 後部座席で澪が小さい悲鳴を上げた。
 唯が轢かれた場面が頭をよぎったのか、身体が震えているのがミラー越しに映って見える。

「…そう。もう…分かったわ…っ」
「…ごめん……、話すんじゃなかったな…」

「いいえ…律は悪くないわ…ありがとう、どんな状況だったのか、やっと理解できた」

 …道路に飛び出した猫を助けて事故に遭うとは…まったく…唯らしい理由だ…

 馬鹿正直で優しくて…周りが見えてなくて…本当に…救いようのないぐらいに…優しいんだから……


―――――――――――――――――――――――――


 翌日、授業が終わり、私たちは先生と共にすぐに病院に向かった。

 憂は…あれから山中先生の説得で梓ちゃんと鈴木さんと共に家に帰ったらしい。

 日が明けても、みんなの顔色は変わっていなかった…
 当然と言えば当然だ、友達が、親友が事故に遭って…平然としていられる人間なんかいやしないのだから…


 そして、病室の一室。『集中治療室』と書かれた部屋の中に、唯はいた。

 点滴のチューブに繋がれ、頭や腕に大量の包帯を巻いている幼馴染の姿が目に止まる…


「あれから、なんとか峠は越しました…もう、命に心配はありませんよ…」
 医師のその言葉に、全員から安堵の溜息が漏れる…

 とりあえず…一安心だ…
 あとは…唯の意識が戻るのを待つだけか…


 その日はみんなで、ガラス越しの唯の姿を見つめていることしかできなかった。

その帰り道。

「唯が帰ってきたらお祝いしないとな~」
「私、今までにない最高のケーキを持って来るわっ」
「あ、復帰祝いに唯先輩に歌とか作ってあげましょうよっ」
「梓ちゃん、私にも手伝わせて!」

「唯、本当に…良かった……本当に……!」
「澪ー、あまり泣かないの…綺麗な顔が台無しよ?」
「和…だって…だって…っ」

 安心しきった私たちは、それぞれ唯が復帰した時のことを考えて、あれこれとお喋りをしていた。

 でも…

「………。」
「先生、どうかしました?」
「…いいえ……」

 医者の先生と話をしてから…山中先生の表情が妙に暗い…。

「何か、あったんですか…?」
「まだ…私には何も言えないわ…」
「…?」

 頭に浮かんだ疑問符を打ち消す言葉を、先生は最後まで言ってはくれなかった…。

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