―――どうしてこんなに早く?


日が昇る始めた頃に職人は起きる


唯「昼間は道路が混んでいますからね
  これくらい早く起きないと道路の撮影許可が下りないんですよ」

―――辛くはないんですか?

唯「まぁ、最初はいやでしたよ(笑)
  でもこの仕事を続けるうちにどんどん苦にならなくなっていったんです」


そういながら淡々と血のりを顔に張り付けていく
一見難しそうな背後の血のり付けでさえも職人は数十秒で片づけてしまう

何気ないメイクの一つでも職人技が光る


―――いつもこんな風にメイクを?

唯「いえ、いつもはメイクさんがやってくれますから
  うだうだお喋りしている内に完成していたりしますね」

唯「ですがちょっと行ってしまうと出来の悪い世界なんかだと
  メイクさんがつかなくて自分でやる羽目になってしまうんですよ」

唯「適当に立ち逃げなんかされるのは止めて頂きたい(笑)」


―――この仕事を始めたきっかけは?

唯「友人に勧められて始めました
  その轢かれるのに失敗していまは植物人間ですけどね」



小鳥の囀りが聞こえる
どうやらもう6時、道端にちらほら人が現れるようになった


唯「あちゃーきちゃいましたね
  最初のうちは規制を引いたり、こっちにこないように呼びかけていたんですが今はもう違います
  見ててください」


そういうと職人はトラックに乗り込み、一般人を轢いていく
巧みなハンドルさばきはまさに職人を感じさせる


―――すごいですね…

唯「こうすることでトラックに自然な血痕がつくんで事故後の演出に便利なんです
  実際に私が轢かれるシーンはSEだけってことが多いですからね
  ただしあまりやりすぎるとこれ(手錠のジェスチャー)なんで、素人にはお勧め出来ないもろ刃の剣です」


そう言って職人はペロッと舌を出した



時刻はもう七時
道路に大量の人が押し寄せる


唯「ここはもうダメですね、裏路地に行きましょう」


そう言うとスタッフと共に移動を始める


―――次は何を?

唯「そうですね、裏路地はトラックが使えないんでバイクのメンテでも」


先ほどトラックについた血のりは無駄になったが、時には妥協も必要だと職人は言う

そして職人はバイクのメンテを始める
続けること数十分、職人に変化が


―――どうしたんですか?

唯「バイクにラクガキがあるんですよ
  また殺りやがったなこの野郎なんてボロクソに……スタッフの仕業でしょうか」

唯「まぁこういう仕事なんで仕方ないことなんですが……」

―――辛くはないんですか?

唯「最初は辛かったですよ
  ですが仲間に支えられてなんとかここまでこれました」

―――この仕事をやめたいと思った時は?

唯「それは憂―――家族にさっさとまともな職につけと言われたことですかね
  仕事が仕事なので中々理解を得られないんですよ」


そうこうしている内にもう昼である
職人はなにかを思い出したかのように急いで着替えを始めた


―――どうしたんですか?

唯「今日は未来という設定の世界だということを忘れていました
  制服ではなくリクルートスーツに着替えておかないと」

―――未来の設定というのは?

唯「そうですね、どうやら今日は『しゅうしょくなん!』というタイトルの世界のようですね
  いくらやっても就職につけない私が、絶望の果てに事故に遭い、天国の世界に永久就職というオチの世界のようです」


どうやら無事に着替えを終えたようだ


そして職人は裏路地での撮影を開始した
超スピードのバイクで轢かれた職人は錐もみしながら空を舞う

もちろん自ら後ろに飛んでいるので衝撃は全て殺している


―――トラックで轢かれるのとバイクで轢かれるのとの違いは?

唯「いろいろありますが一番はやっぱり衝撃の大きさですね
  バイクで轢かれるとどうしても飛距離が出にくいということがあるんですが
  そのぶんトラックで轢かれる時は衝撃を殺すのは難しいものの、最大10メートルは吹き飛べますからね」


そういうとまた次の事故シーンの撮影に入る
おや?職人の顔が強張っている


―――どうしてんですか?

唯「轢かれた後に生きているっていう設定で撮りたいって監督が言うんですよ
   トラックに轢かれたらグチャグチャになっている方が楽しいって言うのに
   撮影はしますが、スレが立ったら徹底的に荒らしてやりますよ」


職人は一切妥協しない



時刻はもう17時、夕方である
夕日をバックの事故シーンも無事終わったようだ


―――そういえば朝から何も食べて食べていないのでは……?

唯「基本的に事故のある世界では私も色々と苦労している設定ですからね
  どちらかというと不健康な感じを出せた方がいいので、食事は摂らないようにしているんです
  まぁ平和な部活シーンを撮る時なんかは逆に違和感バリバリなんですけど(笑)」


事故SSの為ならほのぼのSSなどには目もくれない
職人の心意気を改めて実感させられた


―――次は何を?

唯「次は……ああ、律さんを呼びましょう」

―――律さん?

唯「共演者の一人です。どうやら二人で轢かれるシーンがあるみたいですね」

―――今日はいつまで撮影するんですか?

唯「大体、夜は道路が混むんで一旦一休みして、深夜になったらまた撮影を始めたいと思います
  夜はトラックのライトが栄えて綺麗に事故シーンが撮れるんで、私も楽しみですよ」



深夜12時を回ろうかという時

職人は動き出す


唯「そろそろ……ですかね」


職人がメイクを始めていた瞬間、律さんが姿を現した
職人は挨拶もしない


―――声はかけないんですか?

唯「いえ、今回の世界では私たちは中野という人を巡ってけんかになり、その最中に惹かれるという設定なんです
  言わば役作りですね。挨拶もせずに不仲であると自分に言い聞かせるんです」


見れば律さんがこちらをちらりと見た後にお辞儀をする
あの方も一人の職人であることは間違いない


―――「この仕事をやっててよかったと思うときは?」

唯「やっぱり猛スピードのトラックが迫ってくる瞬間でしょうか
  走馬灯が流れ、世界がスローモーションになり、脳内に駆け巡るアドレナリン
  一回味わったらもうやみつきですよ」


そう語る職人の顔はとても嬉しそうだ



撮影を終えると、時刻は深夜三時を回ってしまった


唯「明日も早いのでそろそろこの辺で終わらないと」


そういうと職人は痛めてしまったという左腕に包帯を巻く
自分の体調もきちんと管理する職人である


―――明日は何時に?

唯「明日は七時ですね」

唯「それじゃあ私はギー太の練習をしてから寝ます
  事故シーンだけ撮れるのが一番なんですが、軽音楽があってのけいおんなので
  おやすみなさい」


事故職人の長い一日が終わった


13 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします: 2010/09/20(月) 21:55:35.08 ID:jtzYnEv9P

ネトゲ廃人の朝は早い
http://logsoku.com/thread/raicho.2ch.net/news4vip/1250550889/
パクった


最終更新:2012年03月20日 21:32