でも、それは覚悟の上だ。

ところで季節は晩秋といってもいい頃になった。

時計もカレンダーもないけど、夜の冷え込みはさすがに堪える。

僕は廃屋から失敬した毛布を紬にかけ、紬はうれしそうに毛布を身に纏い眠りについた。

僕も眠ろうと思ったけど、今夜の冷え込みはちょっと厳しい。

律(紬に心配かけちゃいけないから、我慢我慢)

そんなとき、紬が急に毛布を僕にかけたかと思うと、だまって僕によりそってきた。

律(暖ったかい)

律「紬?」

紬「......」

僕たち二人は寄り添いながら眠りに着いた。

僕たちの旅は続き、紬も楽しそうだが紬の体調はあきらかに悪くなっている。

自転車での苛酷な旅、ベッドも布団もない場所での宿泊。

それでも、紬は不満を口にしない。

それどころか日を重ねるごとに笑顔が増えてきた。

初めて紬にあったときの無愛想と比べると雲泥の差だ。

律(今日はできるだけ広い場所で寝られるようにしよう)

せめて、手足を伸ばしてゆっくり寝られる場所をみつけようと決意した。

そんななかで、廃校らしき小学校を見つけることができた。

律「今夜はここに泊まろう」

紬「うん!!」

校内に入ると、僕も紬もなんとなくウキウキした気分になった。

紬「だれもいない学校に侵入するってワクワクするね?」

律「そうだね。それに広いし」

律「でも、広すぎるから夜は冷え込みそうだし。なるべく暖かい所を探そう。」

僕たちは窓や扉がしっかりしていて、隙間風が入らない教室を見つけ、

ひさびさに手足を思いっきり伸ばして眠った。


翌朝、目を覚ましたら、紬の姿がなかった。

律(紬?)

僕は焦った。いや焦る前に紬を探し回った。

そして紬の姿はあっさりと見つけることができた。

それは思い当たるふしがあった講堂のステージの上だった。

前夜)
 紬「ねぇ?机を1卓講堂のステージの上に持っていってくれない?」
 律「え?別にいいけど...なんで?」
 紬「なんでもいいから」

律「どうしたんだよ急に!!心配したよ!!」

紬「ごめんなさい。でも、律に聞いてもらいたい歌があるのよ」

律「ここで?でも紬?紬はいつもピアノと一緒に歌ってたじゃないか。」

紬「ピアノはあるよ。」

律「えっ?」

紬「ほらっ!!これよ!!」

紬が指さした先には、昨日紬がステージに持っていって欲しいといってた1卓の机だった。

そういうやいなや、紬はピアノを弾くように机の上で指を踊らしはじめた。


「さよなら」は言わないで欲しい♪
鍵のついた鳥かごそ抜けだして♪
つれてって~♪

折れた翼♪
身体に刺さってる♪
もう一度空を飛びたい高く♪

高く♪
空を♪
遠く♪
高く♪

紬は絞り出すような声で歌いだした。
その歌は紬の最後の願いでもあり、抵抗でもあるようだった。
そして、紬の指に導かれるようにピアノの音が聴こえてきた。


歌は続いた。



暗くて冷たい場所で育った♪
やさしさぬくもり悲しみ知った♪

ここじゃ君の姿が見えない♪
だから連れてって、ここから助けて♪

あなたに会いたかった♪
こんなにもふるえた♪
ひとつになりたい♪
言葉にならない♪

つれてって♪

つれてって♪



紬の思いがヒシヒシと伝わってくる。

僕は目を閉じて紬の歌声を聴いていた。

ずっと聴いていたい。このまま永遠に聴いていたい。


ランラララランランラン♪
ララララララララン♪
ランララランランラララン♪

紬はスキャットを始めた。

絞り出すような弱々しい声だ。

でも、悲壮感はない。

それどころか未来に向かって生きていく決意をしているような声だった。

僕は目をつむったまま紬の声に聴き入った。

この瞬間を脳裏に焼き付けようとしていたのかもしれない。



ドサッ!!


突然、この場にふさわしくない音で僕は目を開けた。


そして、僕は僕が目にした光景に驚愕してしまった。

紬が右肩を左手でおさえている。

そして、

そして、その右腕の上腕部から下が無くなっている。

とっさに周辺を見渡したら、紬の腕が講堂に横たわっている。

律「......」

なんてことだ!!

紬の右腕が感染症のせいで朽ち落ちてしまった。

紬「私...私...」

紬「ピアノ弾けなくなっちゃった...」

僕はとっさに救急袋を取りに講堂を後にした。

律(はやく手当てをしなきゃ!!)

僕は救急袋を携えて講堂に戻った。

が、

律「つっ、紬?」

紬がいない!!

律「紬~!!紬~!!」

僕は紬を探し回った。一心不乱に探し回った。

そして校庭で跪いている紬を見つけた。

いそいでそばに駆け寄った。

律「紬!!」

紬「私、私...」

紬はただ泣きじゃくるだけだった。

律「......」

僕は何もできない...声ひとつかけることができない。

律(僕にできることはなんだ?)

律(今の紬に僕はなにをしてあげられるんだ?)

その時、僕は一辺のガラス片を見つけた。

僕はガラス片を手に取り、それで左手の手首を切った。

血が流れ出した。

僕はそれを紬の口に近づけた。

紬はなにも言わずに、僕の手首から流れる血を飲み始めた。

紬「ありがとう!!ありがとう!!」

紬はそういいながら、僕に寄り添ってきた。

紬の肩をそっと抱く。

紬「ありがとう!!ありがとう!!」


僕たちは旅を続けた。

紬は一時は落ち込んでいたけど、すぐに元気になった。

紬「こうなることはわかっていたし、それに今は律がいるから大丈夫」

僕は紬を守ることも救うこともできないけど、一緒にいることはできる。

それだけしかできない僕を紬はとても頼りにしてくれている。

紬「施設や病院にいたら孤独なまま死んでしまったと思うけど、今の私には律がいてくれる。」

紬「でも、本当に辛かったら、律は律で旅をしてね」

律「辛くなんかない!!僕は最後まで紬のそばにいるよ」

律「そのために旅にでたんじゃないか!!」

紬「,,,ありがとう」

と言うか言わないかのうちに紬は眠りについた。


紬の衰弱が激しくなってきた。

意識はしっかりとしているけど、話すことも辛そうになってきた。

それでも旅を続けることを止めようとはしなかった。

紬「この病気は治らないし、病院に入っても病室に閉じ込められて死んでいくしかないの」

紬「だから、今が楽しいの...」

紬「律と一緒に旅をしていることが楽しいの」

紬「そして、一緒にいる一秒一秒が想い出なの」

そんな紬の想いを受け、僕も精一杯普通に振る舞った。


季節は冬にさしかかったころだろう。

その夜は廃校に泊まることにした。

そこはつい最近廃校になったらしく、古物回収業者がいろいろなものを回収していた。

そんななか古ぼけたピアノだけが残されていた。

律「あの~このピアノはどうするんですか?」

業者「あん?これは廃棄だよ」

紬「おねがいがあるんです。」

律・業者「ん?」

紬「このピアノをあの浜辺に持っていってくれませんか?」

業者「えっ?」

紬「お願いします。お願いします!!」

紬がひたすら頭をさげた。

小汚い格好ながらも美少女な紬のお願いには業者も折れて

業者「やれやれ、わかったよ。あの浜までは運んでやるよ。」

業者「でも、回収期限は明日だから明日には回収するよ」

紬「ありがとうございます。ありがとうございます。」

浜辺におかれたピアノ。

ここは海なんだろうか?

それにしては海の匂いがしない。

紬は左手だけでピアノを弾いている。

合唱コンサートのときの流暢なピアノには及ばないものの、魂を刻み込むように一音一音鍵盤を叩いている。

ふとピアノを離れ

紬「もういいよ」

律「そうか」

紬「うん」

僕たちは廃校に残っていた灯油をピアノにかけ、そして火を放った。

燃え上がるピアノ。

律(この炎の力強さが僕にあれば、紬にあれば)

紬は僕に寄り添いながら燃え上がるピアノを眺めている。

そしていきなり

「さよなら」は言わないで欲しい♪

と歌い出した

あの時からさらにか弱くなった声で...

それでも紬は歌いつづけた。

声はさらに弱まっていく。

僕は紬の声を必死に聴いていた。

脳裏に焼き付けなければいけないから...


ランラララランランラン♪
ララララララランラララン♪
...