女性「あらっ。警察官が二人乗りをしてていいのかしら?」

兄ぃ「なんだよ~、こいつは弟だよ」

女性「そう。まぁいいわ。それよりこの村の療養施設に案内してほしいのよ」

兄ぃ「そんなのカーナビでいきゃいいだろ?」

女性「特別療養施設はカーナビには表示されないのよ!!」

女性は兄ぃになにか証明証のようなものを提示した。

兄ぃ「しゃーねぇなぁー...俺に付いてこいよ」

兄ぃがチャリンコを漕ごうといしたらとたん。

女性「二人乗りは違反でしょ?後ろの弟さんは私の車に乗ったら?」

兄ぃ「はぁ?」

律「わりぃ、僕はあの人の車に乗るよ!」

兄ぃの乗り心地の悪いチャリンコよりは一見して高級車と思われる女性の車に乗ることにした。

女性「本当に兄弟なの?」

律「違います。でも兄弟同然です。」

女性「そう...」

女性「そうそう私はね」

女性は運転しながらおもむろに鞄を探り、一枚の名刺を差し出した。

女性「私は厚生労働省特別査察官の秋山澪」

女性「よろしくね?」

律「はぁ...」

澪「あなたの名前は?」

律「田井中律...」

澪「よろしくね!!律...でいいかしら」

律「はいっ。ところで今回はなんの査察なんですか?」

澪「最近、このあたりで例の伝染病の発症率が高まっているんで状況確認にきたのよ」

律「そうなんですか...」

澪「それとそんな療養施設の子供が合唱コンサートを開催して、家族との交流をはかろうとしているってことを聞いてね」

澪「それを1つの療養モデルにできないかって思ってきたのよ。」

まさかそんなことが伝わっているとは全く思っていなかった。

不思議に思っていると

澪「国の情報網はすごいのよ。ちょっとしたことでも筒抜けなのよ。」

澪「しらぬは国民ばかりなり!!」

澪「ごめんね?でもこれが日本を含めた先進国の実態なのよ」

律「はぁ...」

僕にはどうでもいいことだけど、たかだか小さな村の小さなイベントすら監視されているということには少し驚かされた。

ふらふらとチャリンコを漕ぐ兄ぃに先導されて、ようやく療養施設にたどりついたころには夕方になっていた。

澪「ありがとう!!」

澪さんは先導を勤めた兄ぃに一言かけて、施設に入っていった。

その施設の前には紬が立っていたんだけど、僕と澪さんが同じ車から出てくるのを見た途端。

踵を返して施設内に入っていった。

追いかけたい衝動にかられたけど、今日一日は国の検査日なので入ることができなかった。



紬の気持ちを知りたいと思いつつも、僕は合唱コンサートの練習に明け暮れた。

僕の指揮、紬の伴奏。

息をあわせるためにときどき目をあわせようとしたら、紬はいつも僕を見ている。

指揮は不安だけど、紬がみてくれていると思うととても安心できる。

僕は一切の楽器ができないから、紬は簡単な楽器をいろいろと教えようとしてくれた。

ピアノやオルガンはさることながら、散歩がてらに外出したときにはピアニカを教えてくれた。

紬は息の吹き方から指使いまでを丁寧に教えてくれた。

紬「はいっ、次は律がやってみて」

紬はなんの悪気もなくピアニカを差し出したけど...

律「練習はかまわないけど...これって間接キス?」

ちょっと照れていたら、紬が

紬「なによ、さっき教えたじゃないの。もう忘れたの?」

律「そうじゃないけど...」

ちょっと恥ずかしい気もしたけど、一生懸命教えてくれる紬のためにピアニカを手にして練習を始めた。

なんだろう、この時間は?

この瞬間が、永遠に続いてほしいって思った。



僕は澪さんと仲良くなり、いろいろなことを教えてもらうようになった。

本来ならできないであろう車の運転すら教えてもらうようになった。

澪「今のような時代、時代についてこれないような法律に従ってたら生きていけないんだから」

とか言われながら...

ある夜、澪さんに車の運転を教わり、澪さんが宿泊している療養所に戻ろうとしたところ、ライトに一人の女性が照らされた。

澪「あっ?あれは?」

紬だった。

こんな時間になにをしてるんだろ?

心配をしつつも、紬は療養所に戻っていったので、それ以上考えず、私は澪さんにお礼を言って自宅に戻った。



合唱コンサートの練習は順調に進んでいった。

兄ぃは相変わらずチャチャ入れをしてくるけど、僕はそれを適当にあしらいながら子供たちや紬と一緒に練習を続けた。

いつもの野原で練習ということで紬と一緒にピアニカを練習していたとき、

律「うーん...なかなかうまく弾けないや」

紬「ちょっと、貸して」

紬はいとも簡単にメロディを弾いた。

でも、その時は、

律(さっきまで僕が口にしてたのに...)

顔に出さないまでも、少しは動揺した。

律(紬は全く意識していないのかな?)

そんなことをしながら、昼ご飯の時間を迎えた。

二人共お弁当を持ってきていたけど、紬の持ってきたサンドウィッチが美味しそうだったので、ひとつもらった。

とても美味しかった。

律「美味しい!!僕にも作ってほしかったなぁ~」

紬「食べました!!」

律「えっ!!」

紬「作ったけど...食べました!!」

紬は不機嫌そうに横を向いて、吐き捨てるように、

でも、どことなく恥ずかしそうに言った。

...その時、紬の気持ちはわからなかったけど...
...今、思い返すとそれは...


コンサートの数日前

兄ぃ「なんで、今さら血液検査なんだよ」

律父「今さらだけど、血液検査で例の病気に感染してるかどうかがわかるようになったんだよ」

兄ぃ「ふ~ん」

兄ぃ(試験管の一本を手に取りながら)「こんなもんでねぇ~」

律父「おいっ!!勝手に触るな!!」

兄ぃ「わかってるよ。でも、病気に感染したことがわかってもどうしようもないのになぁ~」

兄ぃ「感染してもしてなくてもいつかは死ぬんだから、どうでもいいんじゃねえか?」



コンサート当日

この日はコンサートのことで頭が一杯だったけど、僕も含めた血液検査の結果がわかる日でもあった。

律(感染しててもいいや!!逆に紬と一緒にいられるなら感染した方がいいや)

そんなことより、コンサートの開演が迫っていた。

客席は一杯になっていた。

とてつもなく不安だったけど、紬がいてくれることがとてつもなく心強かった。

いよいよ開演時間になった。

僕はおそるおそる指揮者台の上に立ち、深呼吸をして紬に目を向けた。

自然と紬と目が合った。

そして、紬は僕の視線を待っていたように大きくうなずいて、ピアノを弾き始めた。

「星と廃墟」

紬がコンサートのために作った曲。

タイトルだけを見ると暗そうだけど、紬曰く

紬「廃墟でも都会でも星は同じように輝いているのよ。」

紬「だから誰だってどこでも輝けると思うの。」

紬「この病気が発症したからといって諦めたらいけないのよ。」

紬の言葉はとても重いんだけど、発症していない僕はその重さを実感することはできなかった。

律(今はわからなくてもいいかな?)

僕はタクトを振りあげて、演奏開始を告げた。

紬のピアノが前奏を始めた。

僕はタクトを振り始めた。

子供たちはそれを合図に歌い始めた。

一生懸命歌っている。

この子たちの中には末期症状寸前な状態の子もいる。

末期症状になれば、強制的に隔離施設に移される。

でも、今は一生懸命歌っている。

紬も楽しそうにピアノを弾いている。

この時間が永遠に続けばいいのに...

この子たちとずっと居られればいいのに...

そして

紬とずっと一緒に居られたらいいのになぁ...


コンサートは成功した。

子供たちも僕も紬も、そして観客も満足できるものだった。

紬「良かったね」

律「うん」

もっと紬と話をしたかったけど、今日はそろそろ帰らないといけない時間になった。


帰宅後の夕食時。

いつもと少しだけ違う夕食。

律「あれ?兄ぃは?」

律父「あ?今日はなんでも用事があるようだ」

律「兄ぃに?」

律「せっかく、コンサートが成功したことを自慢したかったのになぁ~」

でもその違いがとてつもなく大きな夕食だったことに気がつくのは翌日だった。


翌日

いつもの野原に紬と一緒に居た。

紬に言いたいことがあるんだけど、うまく表現できない。

紬もなんとなくソワソワしている。

多分、同じ気持ちなんだろうけど、いざその場になると、どうしても緊張してしまう。

そんな時。

兄ぃが幽霊のように現れた。

律「あっ、兄ぃ!!」

律「昨日はなにがあったんだよ?言いたいことがあったのに!!」

兄ぃ「...」

律「兄ぃ?」

兄ぃは何も言わずに佇んでいた。

その目は紬を見つめつつ...

律「兄ぃ!!どうしたんだよ?」

兄ぃ「お前は恐くないのか?」

兄ぃ「お前は死ぬことが恐くないのかよ?」

兄ぃは攻めるような口調で紬に問いかけていた。

その瞬間。

兄ぃは腰に付けていた拳銃をおもむろに抜いて、紬に銃口を向けた。

律「兄ぃ、何してるんだよ。」

兄ぃ「お前は発症したんだよな?死んでも仕方ないよな?」

律「兄ぃ!!兄ぃ!!どうしたんだよ?いつもの兄ぃじゃないよ」

兄ぃ「律、俺はミュージシャンを目指してアメリカに行ったって言ったよな?」

兄ぃ「あれは嘘だよ」

兄ぃ「俺にはそんな根性も、何より才能もなかったしさ」

兄ぃ「それで普通に生きようと思ったのによお」

兄ぃ「それが...この様だ」

兄ぃは制服の前をはだいて、胸をさらけだした。

そこには...

兄ぃの胸部には憎むべき赤い発疹があった。

律「兄ぃ...」

兄ぃ「なあ?お前は恐くないんだろ?

兄ぃ「死ぬことが恐くないんだろ?」

兄ぃは銃口を紬に向けながら、引き金に指をそえた。

律「兄ぃ!!兄ぃ!!」

兄ぃ「はっ!!」

兄ぃ「冗談だよ」

といった瞬間。

兄ぃは銃口を自分のコメカミに当てたと思ったら...

パァン

乾いた音が響いた。

僕は紬を庇うように、そして兄ぃを見せないように

紬の手を引っ張って走った。

ひたすら走った。

紬は何か言ってかもしれないけど、そんなことは関係無く走りつづけた。


僕たちがたどり着いたのは神社の裏側だった。

律・紬「ハァハァ」

息があがっている。

走ったこと以上に兄ぃがあんな最期を選んだ事が僕にはショックだった。

律(兄ぃなら発症しても最後まで笑いとばすと思っていたのに)

その瞬間、僕は命の儚さのようなものを感じたのだろうか

律「紬、どこかに行こう。」

紬「どこに?」

律「わからない。でもこの街をでてどこかに行こう!!」

律「そして二人で生きていこう!!」

僕は紬が嫌だといっても街をでる覚悟で必死に訴えた。

それは...

紬の命が長くないから

紬と一緒にいる時間が欲しいから

そして...

そして紬の事が好きだから...いや!!愛しているから。


僕は紬の手を掴んで、強引に進もうとした。

が、紬は動かない。

紬「待って、ちょっと待って」

紬は僕の手を振り払って、僕を見つめている。

紬「恐くないの?」

紬「律は恐くないの?」

律「こ、恐くなんかないよ」

紬「ほんと?」

律「ああ、ほんとだ」

紬「じゃあ...」

紬「キスして」

律「...」

紬「私の事が好きなんでしょ?」

律「もちろんさ」

紬「じゃあキスして」

僕はどうしていいのかその時は全くわからなかった。

紬の事は好きだけど、キスの経験なんかないので、どぎまぎしながら突っ立っていた。

紬「恐いの?」

律「恐くないよ」

紬「じゃあキスして」

紬は目を閉じて唇を差し出した。

僕も目を閉じて、紬の肩を抱き、顔を紬の顔に近づけた。

あと数センチ...

あと数ミリ...

でも、そこから先に進めない。

紬が恐いからではなく、キスの経験がないからだ。

...

意を決した瞬間、突然紬が後ずさりして

紬「嘘だよ」

そういって、体を翻したと思うと、今きた道を走り去っていった。

僕はというと...

しばらくそこに立ちずさんでいた。

そして、紬を追いかけるどころか全く反対側に走っていった。


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